■25■ 閑話1『海の女神は三人を見る』
海の女神テティスは、遥か遠き世界を己が権能を用いて眺めていた。
鋼の種族。
遙か遠き過去において、大戦争を終わらす契機を生んだ者。
遙か遠き時代にて、いとおそろしき悪神に挑んだ戦士達。
英雄による時代の始まる頃、その身を眠りに委ね、大地の礎となった。
遠く、遥か遠く、この世界の行く末を願い、眠りの最中に消えていくはずだった大いなる者。
ただ、そうはならなかった。
大樹海の最奥、深淵のほど近くに眠る彼等は、世界に魔力という要素を繋ぎ止める楔の役目を果たした。やがて再来するやもしれぬ、悪神と同等のものか、それよりも悪しき者への対策として、世界に神秘を残したのだ。
大いなる力は大いなる破滅に繋がる。
同時に、大いなる力なくば、大いなる力に対することはできない。
神性は失われ、一つの星、世界として定まり、異界と現世との間に境界線が生じた。
歩いて地獄や冥界に渡れることはなくなったし、多くの偉大なる種族達はここでない別たれた場に去っていくことになる。この世に残ったのは、世界を壊すほどの力を生まれながらには備えない、地に生き、空に生き、海に生きる神性持たぬ者達が主役の場所になったのだ。
そこに、やむをえぬ事情として神性を備えたる鋼の種族が再び目覚めを促す必要が生じた。
凶事の前触れか、それとも、何かの節目であるというのか。
それはテティス神にもわからない。
ただ、目覚めた三人の青年達が、思っていたよりも随分とお行儀が良いことには驚いた。
鋼の種族の始祖といえば。
粗暴とは言わぬも大雑把、粗野とは言わぬも適当、のんきとは言えるが考え足らず。
そういった者であったと父だの祖父だのは繰り返し口にしていた。
血縁を除けば彼等との関りの浅いテティスもまた、そのような存在だと思っていた。
それも蓋を開けて見れば、なんとも言い難い現状だ。
まず、クロウ。
龍の領域へ到達後は、傲慢や偏見の育ちかねない閉じられた場に、新たな抑止力として機能し始めていた。本人はさほど考えていないだろうが、神代の種族が領域内で大きな権力を備える災厄龍ヴリドラと懇意で、なおかつ若い世代を軒並み叩きのめすくらいの武勇を誇るともなれば龍というだけで優れたものと知らず思い上がっていた者達にはいい薬になったのだろう。
敵に容赦することはないとはいえ、仮にもヴリドラの身内であり、鋼の種族との間に約束を結んでいる龍種だ。クロウにとってもいい意味で安全弁となっている。
そのうえで、見合いから付き合い始めようという相手がいるのもいい傾向だろう。
次に、グレネット。
ドワーフの国まで無事に辿り着き、自らの血族が裔にも出会うことが出来た。目的達成という意味では万々歳だろう。しばらくは王家の様子を確認するつもりなのだろうが、ちょっとしたトラブルが起きているようだ。さっさと解決してしまえばいいものを、なんやかや理由をつけて見守っている。腕の有る冒険者として知られてきた者とはいえ、その正体に気付いているのはいまだドワーフの王族と国の上級官吏が少しばかりというのが現状。
最後にオルガン。
僧院を経由して帝都で庭師見習い。一番よくわからない。
もともと、悪神との戦いで半身を失うほどの大怪我をしていたのが彼だ。なんとか身体が全快したころには身内もおらず先行きに悩んだ末、他の二人を含めた大樹海での眠りに加わった経緯を持つ。人生経験という意味では、一度はつれあいと過ごした時期のあるグレネットとも、長き戦いを生き抜き友と過ごした記憶を長くもつクロウとも違う、まっさらな青年なのだ。
彼については、やや危うげな印象もあった。
目覚めさせた責任というものもある。
悪い方向に転ばぬよう見守り、多少の運命には介入してあげようと頷く。
ただそこに、野次馬根性だとかがないとは言い切れないのがこの女神であった。
まぁ現世に関わろうとする神様なんぞ、そんなものなのだろうが。




