■24■ クロウ編 第10話『戦の才能しかないダメ男に』
遙か神代の時代。
鋼の種族の中において、かつて戦った数多くの戦士に「二度と敵に回したくない」と言われた男がいる。戦いの場においていかなる手管も余すことなく使うその悪辣さは、かつてを知る者の顔を悉く渋面に染めた。
それが始祖アイガイオーンの息子の一人、海の白石である。
ズミルニはかつての悪神討伐において二度目の討伐に死力を尽くし、その戦いが元で命を落とす。その息子が2人いたのだが、そのうち次男にあたるのがあるきまわる者ことクロウだ。
かつてのズミルニを知るものは、あるきまわる者を知ってこう言い表した。
「あの者はまさにズミルニの息子。一度として敵に回すべきではない」
その所為で兄である救済者は、様々な騒動の後始末に奔走することになるが、それはまた別の話。
曰く、あるきまわる者の才は三つあったとされる。
知の編纂、武の集積、悪徳の舌。
彼の者に知られてはならぬ。彼の者と剣を交えてはならぬ。彼の者に語らせてはならぬ。
戦の場においてそう忌み嫌われた才能は、平和な時代においてはありがたいことに発揮されることは少ない。目覚めた三人のうち、こと争いごとに対して、武力以外においても才覚を発揮するこの青年は、ヴリドラによって遙か北の異界に留めおかれているのだから。
さて、そんな異才が多々存在する鋼の種族とも戦ってきた者のうち、名を遺すことのなかった神々。
その力や、権能の影響を断つ為に、秘された神、または無名の神として後年には極々一部の者のみしか知られないよう言い伝えられた神格は多い。
そのうち最も有名なのはやはり、かの悪神であろう。
名前を知るだけで界が侵されるというのだからその力の恐ろしさがうかがい知れる。
ただ、その悪神の攻撃に晒され、二度までも真正面から受け止めた者もいる。
二度目で半身を失うほどの大怪我を負ったその者が暴れる風、オルガンなのだ。
こと、守勢において才能を発揮するオルガンは、断崖の盾、太陽の影と呼ばれ尊ばれた。
始祖より孫の代、神性が薄れつつも戦士として極まった者達がいたのが彼等の世代なのだ。
石くれ? 女絡みの時は奇跡じみた活躍をしていました。おわり。
時は現代に戻る。
そんなクロウであるが、グレネットと比べると女運は絶無。
とっつきにくい性格に面立ち、別種族の者に友はいても想いを寄せてくる異性などおらず。
むしろ、上述のような理由から一部の人間には蛇蝎の如く嫌われていたような男である。同じくらい活躍したオルガンと比べても、その扱いたるやお察しのレベル。
そんな彼の目の前に、人生にして初めてといっていいレベルで、ヴリドラ老の連れて来た一人の女性、交際相手として紹介された者がいた。
「どうも、クロウです」
「えぇ、あの、アシャ・ディータ、で、す」
背のぴんと伸びた六本腕の美女。アシャは、クロウの家、そのテラスで向かい合う。
巨人族と龍種のハーフで、服飾工房で働く、ごく普通、と言ってよいかはともかく、龍の領域においてさほど珍しくない種族の女性。
「えぇ、今日はどのような御用で?」
「あの」
「はい」
「また改めて、と言われたあと、お会いする機会が、なかったので、こちらに」
思わずクロウは口元を押さえる。
ほとんど無意識だった。
たまさか、あの時に場を後にする時、そう口にしていたのは確かだった。
ただ、色々な条件が重なり、こちらの存在を認識していなかったはずの相手にかけた言葉だった。聞かれているとは思っていなかったし、応えてくれるなどはなから期待もしていなかった。
それでも。
それでも何故、あの時そう呟いたのかと。
無意識だったとはいえ、その意味を考えクロウは僅かに頭を下げた。
「それは、わざわざありがとう、ございます。不調法な真似をして、その、お待たせしまして」
「いや、ええ、あの、私こそ、突然こんな形で、その」
席を外し、外で紫煙を吹かすヴリドラは、煙管から灰を捨て、欠片もなく燃やし尽くす。
やたら下手糞な会話を聞かないふりして、新しい煙草を煙管へ詰め込む。
「あー、改めて。今の名をクロウ、鋼の種族が始祖アイガイオーンの孫。父をズミルニ、母をエフェスとし、かつて龍族に縁があり、長き眠りより目覚めし折にその縁を頼り、この街へと訪れました。その際、友であるヴリドラ老の口添えにて仕事を担い、報酬と家を得て今に至ります」
「……それではわたくしも。名をアシャ・ディータ、巨人の末裔ディータ家の子、父を巨人たるアマン、母を龍たるアリアンナにもち、成人の儀よりあと、服飾を生業にして参りました。混血が故に、父と母の家とは今となっては距離をおいております」
「然様ですか。我が血は多くがこの大地に眠り、再びの目覚めがあるかも定かではなく、と。作法に則った挨拶はここまでとさせていただいても?」
「えぇ、えぇ。私も正直、肩が凝りました」
なんとも珍しいことに。
微かに笑うクロウは、アシャを好ましいものとして自ら口を開いていた。
対するアシャも、服飾の話などにも興味深そうに頷く彼へ、とりとめもない話を口にする。
二人の話は、しばし続いた。
かつて。
ズミルニと、あるきまわる者は、遠き地の海を眺めながら、語り合ったことがある。
ズミルニが、三度目となる悪神との戦いでその命を使い果たす前のことだ。
「お前は、俺の悪いところばっかり似てしまったからな」
口髭を生やした、ふてくされたような顔をした男。それが父の印象であった。
あるきまわる者に母の記憶はない。悪神の使徒との争いによって母は殺されていた。
その事を覚えている兄は、殊更に戦いを嫌い、名の通り救済者であろうとした。
ズミルニは言葉を続ける。
「我々は仇花のようなものだ。神には成ろうとせず、他の種族との間に新たな子をもうけた。時にドワーフと、時に龍と。そうやって次代の者達が生まれていくのだろう。続く時代の頃、我々は邪魔になるやもしれぬ」
父の言葉を、あるきまわる者はその時にわからなかった。
ただ、同じ話を聞いた救済者は、その先に続くことを悟っていたのだろう。
英雄の時代。
そのきざしは、鋼の種族が示してしまったのだと。
神性の存在より英雄が生まれ、英雄より人が育まれた。
時代は移ろいでいく。
その中で、鋼の種族という意味は、どこにあるのかと、父も、兄も考えたのだろう。
まるで、老人が孫へ席を譲るように、どこかで、我々も席を立たねばならぬと。
父は神代の間に、答えを示すことなく果てた。
兄は一族をもち、別の地へと流れていった。
残ったあるきまわる者は、自分が火種になることを考え「面倒くさいし寝ちまえ」とばかりに、始祖代と共に大樹海の奥に消えた。
兄の一族のその後は不明だ。ただ、兄であるなら、いずこかの地に辿り着き、そこで生きていたのであろうと、今においてクロウを名乗った自分は、そう信じることができた。二度と会えぬとはいえ、自らの道を選んだそのことを誇らしく思った。
ひるがえって、明日よりの自分はどうすべきか。
夜。片付け忘れていた二つのコップがテーブルの上に並んでいる。
月明かりに照らされた部屋の中には、彼女の気配が少しばかり残っていた。
不快感はない。
そこにはまるで、ぼんやりとした温かみが残っているようで。
彼女のことが、もうすこし知りたいと思った。
そのくせ、自分から何か出来る気もしないあたり、相も変わらずヘタレであった。




