■23■ オルガン編 第6話『帝国の治安と住人』
帝国の治安は恐ろしく良い。それは、悪事必罰、罪業処断を担う組織の力だ。
帝都を守る帝国騎士団、近衛騎士隊、及び警邏隊。
帝国巡廻を担う装甲猟兵、法務局査察員、憲兵旅団。
各地を守る帝国軍駐屯兵団。および自治自衛団。
公的な戦力だけでこれだけ存在しているのは帝国くらいだろう。
それぞれ、役職や立場、そして担う役目が異なるのだが、帝国の臣民であれ、それらの区分がはっきりわかっているのは、査察や処罰の対象になりがちであり、さらには実働や組織管理を担う立場にあるところの貴族くらいだろう。
最初に、帝国騎士団。
皇帝のお膝元、最大都市である帝都を守る騎士団である。主な役目は城郭内の守衛と城下町の守護。対外的な敵が出た際に真っ先に動き始める。帝国騎士の証として赤い翼が書き込まれた鎧や制服を特徴とする。
次に、近衛騎士隊。
皇帝含む王族、及び重要人物の守護に動く。
また、帝国領域内の魔獣や亜神、その他の領内敵対勢力の討伐式、実働を担う。
近衛騎士は、各所属によって隊章や腕章などが細かに取り決めされており、見る者が見れば即座に立場や所属がわかる。
三番目が、警邏隊。
帝都の警邏および犯罪者の捜索および捕縛、場合により捕殺を任とする。
黒い素地に赤いラインの入った制服は全て憲兵隊の関係者だ。
ここまでが帝都周辺を主に活動の場としている面々だ。
次に各地を不定期、または定期的に巡回する人員。
まず、装甲猟兵。
一人、ないし少数名で各地を不定期に巡回している兵士である。通り名の通り、帝国謹製の装甲服と呼ばれるジャケットとまとい、地方の取り締まりと街道を含む各地の監査を担う。巡回人員の中で最も高い権力を有し、司法的な介入も行える。
次に、法務局査察員。これは、各地での自治と行政の運営を確認する文官の一団である。ただし、実力行使に足る戦力、いわゆる強制査察担当官が同行しているので、地方のちゃっちな戦力は蹴散らされる。不正がなければ即日退去するので、あまり見かけることはない。
巡回担当者の三番目が憲兵旅団。
これは、街道の摩耗調査、魔物の出没調査をはじめとした帝国街道周辺の交通の安全と場合により補修や調査、原因排除を行う一団である。一定の周期で各地を巡っており、魔物のスタンビートや天候災害による周辺被害が予測される場合にも、各所との連携や防災活動の先陣として動く。鹿と槍の団員章が目印の道の保全者である。
最後に、地方における警察組織。これは二種類しかない。
帝国軍駐屯兵団。
帝国軍所属の地方守護を任とする軍事組織。基本任務は街などの防衛。
あわせて、国境警備や周辺地域の警護を担う。
自治自衛団。
各都市の行政に雇われた自警団の一種。規模によって国からも援助が行われる。
各地の自治者、貴族、行政監督者、派遣文官などの権限で運用される警察組織。
街の治安維持と、警備が目的。帝国法において帝国軍への協力義務を有す。
冒険者ギルドと互助関係のところも多く、いわゆる地元の見回り隊である。
非常時を除いても、その他の管轄や立場に似たようなものも少なくないが、大半がこの中に含まれる。
そのうえで。
麦わら帽子を抱えるような恰好で居心地悪げに佇むオルガンに、当時の状況を事細かに聞いている彼等はというと、帝都の守護者において最も身近な警邏隊の黒制服を着た者達であった。
ことの次第は昨日。
何時も通りに庭の世話を汗水垂らしてえっちらおっちら行っていたオルガン。
正午を過ぎ、特に暑くなる時分に、ふと敷地内に馴染みのない気配を感じた。
地に関すること、それも自身の手によって場を保っている場所など、鋼の種族にとって己の肌も同然、僅かな違和感も感じ取れる縄張りの一種である。
音もなく近寄って対象を確認すると、なにやら召使服こそ着ているものの、見慣れない男が一人、庭木の影に隠れていた。
「あの、どちらさんで?」
そうオルガンが声を掛けた瞬間、その男は腰へ手を伸ばしていた。
一般人にとって、抜く手を見せぬ高速の一撃が次の瞬間には放たれるはずだった。
ただ、それより先に、オルガンの平手打ちが男を吹き飛ばしていた。
顔が原型を保っているので、よほど上手く手加減したようだが。
結果として大騒ぎとなったのだが、後続がないことを確認したオルガンは、困り顔で男をぶら下げ、屋敷の守衛のところまで引っ張ってきた。そこから警邏隊に通報して引き取ってもらい、大騒ぎの翌日に再聴取に来ているのがこの二人組、ということだ。
「つまり、昨日聴いた通り、庭の手入れ中に、見慣れぬ人がいたから声をかけて」
「はい、見た事もない人だったので、声をかけようとしたら何か物騒なものを出して」
「そこで平手打ちと」
「思いっきり叩いてしまったら、気絶してまったようで」
そういうことにした。
庭師が庭で不審者をたまたま叩きのめしたということだ。何の不思議もない。
「そぉですか。確かに、にいさん背ェ高いし力強そうだもんなぁ」
「きょ、恐縮です、はい」
困り顔でぺこぺこするオルガンに対し、警邏隊の二人もうんうんと頷く。
背も高く、ともすれば威圧的な容貌であるが、面立ちといい雰囲気といい、嘘をついている様子もない。庭師とはいえ貴族屋敷お付きの者であるし、まず問題ないだろうと二人の間でも意見はまとまった。
年嵩の警邏官の指示によって聴取も終わり、二人は一礼して屋敷から去っていった。
「さて、それじゃあ荒らしちまったとこ、きちっと手直しするかぁ」
「ご、ごめんなさい」
「謝んな謝んな。お手柄だよオル坊」
「はい」
親方による指示の元、吹き飛ばされた侵入者によって荒れた生垣は、ほんの半日足らずで元通りになった。まことに熟練の手による見事な技術であった。
「けど、お前ってそんなに強かったのか」
「はぁ、うちの一族はみんな力持ちなので」
先輩のマルクマンと一緒に話ながらも手は止めない。
聴取もあったので、今日は雑草抜きと季節の終わる花の剪定くらいであった。
「どこの出身?」
「こっからだと大樹海の方です。山通って、寺のお坊さんの世話になる形で帝都まで降りて来たんですが」
「そらまた辺境も辺境だなぁ。山側の民っていうと、元は山岳国のあたりか」
「えぇ、その国よりまた向こうってことになりますが」
「随分だなぁ。他の身内は?」
「最近は若い者が三人ばかり出て来ただけです。他はみんな、ひとつところにいて」
「出稼ぎか?」
「いえ、どちらかと言えば嫁探しみたいなもんです。さっき言った通り、ひとつところにいるんで、たまに人がそこの外に出ないと、やっぱり悪いことになるって話で」
「あぁ、血が濃くなりすぎることに対する対策か。やっぱり辺境も辺境だとそういった考えがないと維持が難しいものなんだろうなぁ」
ちなみにオルガンは嘘一つとして言っていない。無論、簡単に話せないところは省いたが。
ただ、帝国は帝国で多民族国家、世界でも有数の広い領土をもつ国なので、こういった人間も珍しくないらしい。
実際にマルクマンの母方も、元はもっと北にいた民族だったという。
「今となっては随分と昔のことになるが、帝国と聖王国との諍いで戦場近辺になった土地が荒れたもんで、それをきっかけに帝国側に移り住んだのが母の爺さん、俺にとっての曽祖父にあたる人でな。それ以降、親父は農業はじめて、兄貴が家を継ぐもんだから、俺は帝都の方に出て庭師をやっているわけさ」
「大変だったんですね」
「らしいな。もう数十年も前のことだから、さすがに俺も実感がないけどな」
数十年前が一昔。
まさにその通りだなとオルガンは苦笑いする。
自分が眠る前に生きていた遙か彼方の時間も、マルクマン先輩にとっての祖父代の話も、終わってしまえばすべからく過去でしかないのだ。乱暴な表現のようでいて、まさに真理である。
「そういや、金一封が出るらしいが、どう使う?」
「額見て考えます」
「それもそうか。ま、それとは別に奢ってやるから今度呑みに行こう」
「はい」
平々凡々。
過去の英雄も、帝都の片隅では日常に埋没していっていた。




