■22■ クロウ編 第9話『ふらふら自由人』
今となっては昔。
かつて大精霊オランと、あるきまわる者は海を得る為に戦った。オランは9人の娘と水の精霊達の寝床を確保する為に。あるきまわる者は自らの種族と、その仲間に漁場を手に入れる為に。古き時代の戦争とは、常に、生きる為の戦いであり、安定しない世界の数少ない生存圏を争うばかりの場であった。
大戦争を経て分かち合うこと、営みを互いに理解することが広がり、世界が安定し、平穏を得るのは、随分と後になる。
天地に繋がりを持つ大精霊オランは、夫のエーギルの制止を拒み、巨大な網と竜巻を束ねた矛を使って鋼の種族たるあるきまわる者の自在剣と打ち合った。
網によってあるきまわる者は囚われそうになるも、長大に伸ばした自在剣で打ち払い、捕縛を免れた。幾度となく矛と剣が打ち合われ、最後には天地を断ち割らんと振り上げられた巨大な自在剣が振りかぶられたその時、海神エーギルの懇願によってオランは助命された。
他種族が海へ立ち入ることを拒んでいたオランも、三つの約束をもって海へ入ることを認めた。
鋼の種族は、炎神、そして海神も打ち破ったのだ。
それらの約束は、幾つかの港町において、冬の海神祭として残っている。
はるか過去、神代の話である。
平穏な午後の時間。
ダンジョンを平定し、その報酬としてこぢんまりとしたテラス付の家をヴリドラ老よりもらい受け、今日も今日とて読書三昧と貴族の放蕩息子のような生活をクロウは過ごしていた。ダンジョン探索時の素材も借り受けた異次元バックで回収し、龍族を通して売り払っているので、今となってはそこらの富豪より金を持っているくらいとなっていた。
たまに教えを請いにくる戦闘訓練実習の元生徒を除けば、何時も通りにヴリドラ老が茶を飲みに来る以外に来客もなく、実に静かな生活であった。
争いもなく、読む本に欠くわけでもなく、三食昼寝付き。
たまさか今日は、龍の領域から外に散歩し、氷山の浮かぶ海に釣り糸を垂らしていたところ、大きな回遊魚を手に入れて刺身にした。これがまた脂がのって非常に美味かった。
海の中がなにやら騒がしくなっていたが、まぁ、クロウには関係がない。
なんという最高の生活なのだろうかと、冷やした紅茶を片手に、テラスで読書にふけるクロウの顔に浮かぶのは、穏やかな笑顔である。ただ、本来の目的が他にあった気もするのだが、然して優先度が高いものではないのだろうと忘れる。
「おぬし、嫁探しはどうした?」
「あ」
そこに、ヴリドラ老の溜息と告げられた言葉で共に思い出すのも何時ものことなのだから。
さて、玄関ではなく庭に面した裏門から入ってきたヴリドラ老は、その後ろに一人の女性を連れていた。すわ、また生徒からの相談かと思って顔を見ようと立ち上がると、かつて一度だけ顔を会わせた女性がそこにいた。




