■21■ グレネット編 第6話『正体を晒していけないダンジョン攻略2』
イシュンに事の次第を伝えダンジョンに駆け込んだ数時間。
既にグレネットは中層に辿り着いていた。
地形把握、魔力検知、広域探査と、大戦争を生き抜いた者として取得し、種族として培った数々の技能や経験によって、活火山の奥地に培われた異界である『ホレブの岩屋』をまるで既知の場所が如く踏破していく。
そもそも、灼熱の空気だろうが、肌を焦がす熱波だろうが、然したる痛痒もなく突破してしまう強靭な身体が一番の理由でもあるのだが。
環境効果による行動の減衰を受けない。
これがどれだけ重要なことかは冒険者なら誰でもわかるだろう。
そして遭遇した魔物は剣撃一閃。ひと呼吸でずんぱらり、である。
悪霊、そして精霊のたぐいが出てこない段階では、何を剣で斬ろうと見咎められるない。
「お、おい、あの男、溶岩蜥蜴を一撃で斬ったぞ」
「まさか!? あいつぁ溶けた岩の層が何層も皮膚にまとわりついてんだぞ!?」
「魔剣か? それとも名の有る剣士か?」
見咎められないはず、である。
とにもかくにも、彼等にとってダンジョンは然程の脅威ではない。むしろ、起きてすぐに踏破することになった大樹海の方が、ダンジョンとしての難易度は高いのだ。街に近い位置で管理されているダンジョンなどなにするものぞ、といったところ。
この『ホレブの岩屋』は、山の中腹から侵入し、徐々に下っていく構造のダンジョンだ。
冷え固まった洞穴の姿をした層を上層、脆い足場や溶岩が姿を現わす中層、そして溶岩の上に浮島のよう浮かんだ岩場を進まなければならない下層と、おおまかに三層で形成されている。もっと細かく『下層第一採掘場』や『中層石切り場跡』といったエリアごとの呼ばれ方や有用な採取ポイントなんかもあるそうだが今回はスルー。
そう苦労することなく層と呼ばれる場所まで踏み入っていった。
そして深く伸びる、あまりにおぞましい響きを聞いた。
熾火に触れよ。神秘を直視せよ。
遠き遠き星辰の彼方より至りて星の炉にくべられし神よ。
いと哀れな犠牲者の祖よ。
いと哀れな哀悼者の成れの果てよ。
かの地より訪れし、神性たる哀れな神よ。
アイギェ。いと哀れアイギェ。
彼等は大きなトラを連れていた。青い炎を瞳に宿したトラ、名をイスタフェ。
封印神アイギェの眷属。
聞き覚えのある神の名に、グレネットは自在剣を鞘ごと外した。
わざと足音をたてて集団の後ろ、冷えた岩石の上に腰を下ろすと、残っていた保存食を齧りはじめる。
振り向いた数人が掲げた星杖、アイギェ教の法具にして武具をこちらへ向けようとするが、自在剣を地面に置いたことでその動きを止めた。
敵対するつもりでないことをその動きで察したのか、詠唱が続く。
ちなみにこのアイギェ教。現代においても邪教でもなんでもない。
ごくごく普通の御祭神の一柱である。ただ、その祭儀を知るものが少ない神であるが。
祈りと共に、中空に真っ青な光の球体が現れた。
ぼんやりと発行する球体は輪郭もおぼろげで、何かの力の欠片のようであった。
その球体はしばらくの明滅を繰り返すと、じきに蜃気楼のよう消えてしまった。
高いフード付きの僧服を着たアイギェ教の僧侶達から緊張が解けた。
弛緩する空気の中、腰に剣を戻したグレネットは僧侶達に向けて声をかけた。
「冒険者ギルドまでご同行願えますか?」
封印神アイギェ。
権能はその名の通り『封印』であり、関連する加護や神秘を僧侶達に預ける神である。
もっと古い時代には守護神アイビスとも同一視されていた、星辰より加護をもたらす善き神だ。かつての大戦争の頃から存在し、幾つかの戦いを抑制し、講和の一助を担った神性存在である。
そんな神の力を借りて、この場で何をしていたのか。
正直、グレネットはあまり知りたくなかった。
さて、そんな内心はともかく。
無事に帰還用のアイテムを用いてダンジョンを脱出して半日。
アイギェ教司祭、ゲラルド・トーチャー氏曰く。
ことの起こりは50年前にまで遡るという。
「元々は、一匹のジンがとある神殿の宝具を盗み出したことが問題でな」
ジン、砂漠の地でいう下級の精霊である。
大きな力はもたぬが僅かばかりの神性を備えて生まれており、人間の作った結界などは擦り抜けてしまうことがある。これがとんでもなく厄介で、技術的な安定化を成した近代の魔術式とはとみに相性が悪く、どれだけ多重に敷いても、網目を綿毛が通り抜けてしまうように効果が発揮されず精霊が迷い込んでしまうことがあるのだ。
そして、そういった厳重な結界の中ともなれば、宝具だの、重要な資料などが保管された場所であることが多い。
イタズラ好きな精霊は、隠されたもの、秘められたものなんかは大好きで、たちどころに悪さをしてしまうのだ。
これが自然に発生した魔力スポットなどであれば、中位、ないし高位の精霊による独自の秩序や秩序があるのだが、人の街の傍で発生したり、はぐれたりしている精霊たちに、人間に近しい倫理観などは期待できない。
保管されていた宝を、そのジンは持ち出してしまったのだ。
「その地を管理していたのは国際魔術学院だったのですが、70年ほど前にあった戦争の際に、物品の管理資料が散逸してしまっていたそうで、判明したのが二月ほど前、そして、持ち出されていたのは『翡翠の瞳』という宝具でして」
翡翠の瞳。俗にアーティファクトと呼ばれる高位の魔術的存在、または神性の力を帯びた道具の一種として保管されていた宝具だという。名前の通り、翡翠を球形に加工し、瞳のような細工を施した品で、発見場所、保管の経緯は不明、ただし特性については学院に問い合わせたところ、研究資料が残存していた。
「蓄積した熱エネルギーを魔力に転換するそうです」
そして、そのジンについて、高位精霊を通じて探してもらったところ、本人は既に散逸、この場合は精霊という力を保てずに自然消滅してしまったということだが、宝具に関しては、どうやらダンジョンの奥地に放り込まれてしまっているという。
「それが、このホレブの岩場の、溶岩の中らしく」
回収は困難。破壊も困難。
熱エネルギーを魔力に転換する機能上、宝具自体の破損より前に、魔力濃度が急激に増加し、ダンジョン内で、強力な魔物が発生、または著しくダンジョン環境が変化する可能性が高い。
そう判断した学院は、アイギェ教に連絡をとり、急ぎ力の封印作業を行って欲しいと依頼してきたという。
「冒険者ギルドにも報告の人員を送っていたのだが、どうも手違いで報告が遅れてしまっていたようで申し訳ない。ただ、そういった次第で場が安定しているうちに、火の高位精霊を呼び出すか、マグマに棲むたぐいの召喚獣を扱える召喚士を呼ぶ必要があるのだが、さすがに今日明日というのはさすがに難しいようで」
困り顔の老人、ゲラルド司祭は、整えられた白い口髭を擦る様に口元を覆った。
アイギェ教の面々をたまたま案内した都合上、その場に同席することとなっているグレネットだが、この時点で二つほど解決方法は考え付いている。
一つ目は、ダンジョン内で魔力の強いところを探り、伸ばした自在剣でぶち抜く。
ただし、ダンジョンコアを間違って壊した場合は、経済資源である管理されたダンジョンという存在が失われてしまう。場合によってはドワーフ王国の屋台骨にダメージが入るだろう。
あわせて、壊したことで魔力が溢れた場合、封印を破って広範囲に被害をもたらす可能性もある。
二つ目は、ちょっとグレネットが溶岩の中を潜って、翡翠の瞳を拾ってくること。
溶岩の中はかなり広いようだが、巨人体になってざぼんと溶岩に漬かり、手で溶岩の中を探ればどっかで掌か指にひっかかるだろう。
ただし、下手に刺激したらこっちも翡翠の瞳そのものを潰したり壊したりするだろう。
こっちも大雑把過ぎて周辺への影響が懸念される。
やはり、司祭が言ったように、精霊使いだの召喚士だの、専門家に任せた方が安全だろう。
融通の利かない力だと苦く笑いしながら、グレネットは静かに冒険者ギルドを出ていった。
ちなみにあの虎、先行してダンジョン探索の為に潜った際に冒険者チームと遭遇したらしい。使役された魔獣であることを示す首輪もつけていたそうだが、騒ぎの所為でどちらのチームも見逃していたらしい。
事情を慮ったゲラルド司祭が、どちらのチームにも食事を奢ることで手打ちとなったらしい。報告が遅れた理由は、どうも大掛かりな討伐が別に行われていたことの影響で窓口が繁忙していたからだという。別段、悪意ある誰かの所為で阻害されたわけでもないらしい。
平和でいいことだ。
さて、速やかに立ち去ったグレネットは、事の次第を再度お姫様に報告すると、さっさと宿に戻る。
彼としては、面倒事に自分から頭を突っ込もうとする気はなかった。




