■20■ グレネット編 第5話『正体を晒していけないダンジョン攻略1』
剣で届かない場所を斬ってはいけない。
剣を伸び縮みさせてはいけない。
攻撃は防具で受けるか回避しなければならない。
魔術式を無効化してはいけない。
歩いた地面の感触や魔力の流れから経路予測しても他の種族には説明できない。
断食して十日以上平気な顔をしてはいけない。
寒さや暑さは嫌がるそぶりをしなければならない。
空気の薄いところでは喘ぐくらいの真似が必要。
正体を隠す場合、少なくともこれだけの事をグレネットはやらなければならなかった。
人のふりをするわけではないが、この世に溢れる種族達の多くは、こういった肉体や常識に縛られた行動のうえで成り立っているのだ。そこを横紙破りばかりしていたら疑われるし、そもそも、強大な存在が我が物顔で権能を振り回すようなことをすれば異物として排斥される。
誰もが龍体のまま生活する龍族と一緒に暮らせるわけではないのだ。
そもそも、龍族達ですら多くが集まる場所では、人間体をベースに環境を構築した。
一般に流通する物品は、人族がベースの大きさや形をしている為だ。
いちいちタルより大きなコップだの、テーブルより巨大なお皿だのを用意するのは面倒なのである。
神龍に至った龍族がそのままの体型や魔力を発露して生活すれば、それこそ幼い龍族達が毎晩夜泣きで眠れなくなること請け合いである。
和とは意地の張り合いでは成り立たぬ。自重とは誰もが必要なのだ。
誰が言ったかは定かでないが、まさに真理である。
ともあれ、とある事情から遙か北のクロウと同じく、ダンジョン攻略に参加せねばならなくなったグレネットは、大きな背負い鞄に荷物を準備していた。
「グレネット様、何も貴方が斯様な事でお手を煩わさずとも」
自身の子孫、遠い血の果てであるドワーフ族の姫君、ドワーフ王国第三王女、イシュン・ドワルコフ姫の言葉に、グレネットは首を振る。
「我が血の末が困るとなれば捨ててはおけない。心配しなくともいいよ、このグレネットに任せてくれ」
曽祖父より遙かに古い祖先である若き青年に、イシュン姫は困り顔で自身の頬へ手を当てた。
例え、大きな力を隠そうとも。
この一目見れば忘れられぬ面立ちのこの方は、すぐにでも噂になってしまうだろうなと。
話の発端は数日前に遡る。
かつてエルフや龍族に幾人の友がいたクロウ。
逆に、友の立場や身内を守る為に力を振るったこともある。
ただ、殺し合いでもない時に自在剣でも振るえば大事になる。
その為に、かの者は格闘術を培ったのだ。
殴り合いとは、原始的でありながら一種の交流でもあるのだ。
同じものをぶつけ合うようになって初めて、互いの事が解る時もある。
むしろ口下手で話の下手なクロウは、拳に助けられたと語っている。
『あー、殴り合いなんて誰だって本当は嫌なんだ。だから、話し合おうって気になる』
そう痣のある顔をしかめていたクロウは嘯いていた。
古エルフなんかは、そもそも殴り合いの方が不得手な方だったのだ。けれども、負けん気の強かった彼等は、腕力に寄らぬ殴り合いをしたかったがゆえに柔拳なんて技術を編み出した。
仲間外れなど、誰だって面白くないのだ。
皆で喧嘩をして、皆で騒ぎ、皆で飯を食い、皆で歌った。
かつての時代の中、そうやって鋼の種族はこの地で生きて来たのだから。
『あとな、上手くならんとお互いに加減ができないから、そりゃあ危ない』
あれでいて、友達とか、同族がひどいことにならんよう気を付けていた男なのだ。
そのクロウが、遠い場所で龍族の若い衆をしばきまわしているなど、さすがのグレネットも思いもしなかっただろうが。
ちなみに、戦闘訓練を終えるまで、かの地で大怪我をした龍族はいない。
龍族や、その者達と共に暮らせる種族の強さもあるが、それだけではなかったのは、そういうことである。
しかして現代。
殴り合いでさえそこらの種族だと五体が竜巻のど真ん中に放り込まれたような姿になりかねないのが鋼の種族である。
ドワーフの玉座に対し、グレネットは古い作法で立礼をとった。
「お初にお目にかかる。今世のドワーフ王よ。鋼の種族にして今の名をグレネットと申す。どうぞよしなに」
礼儀作法については、三人の中でグレネットが最も秀でている。
まぁ、それだけ多く他種族との諍いを起こしたり、巻き込まれたりしたのだが。
色恋沙汰でトラブルになったのは、鋼の種族全体を通してもこの男が一番多いとさえ言われている。
その礼に対し、鷹揚にドワーフ族の王、バラン・ドワルコフは頷く。
「遥か時の旅人たる鋼の種族の方よ。どうか楽にしてくれ。遠き祖先と語り合うことができた我ら末裔は、そのことがなによりありがたい」
そう歓迎してくれた王に再び礼をして、玉座の間を辞した。
挨拶も済み、自身の子孫が何不自由なく暮らせていることも知れた。
冒険者としての仕事も終わりにし、どこかの工房にでも落ち着くかと今後を考えていたグレネットであったが、冒険者ギルドへ顔を出した途端にトラブルへ遭遇することになる。
鉄火場の多いドワーフの都とはいえ、どうしてこう火種が落ちているものなのか。
旅路の間に集めた幾つかの素材を納品し、適当な小銭にしようとしていたグレネットであるが、冒険者ギルドに踏み入った瞬間、奇妙な空気を感じて腰の自在剣に手を置く。
ギルドに併設された酒場のテーブルでは、二組のチームが激しく言い争いをしているようだった。厄介ごとの気配を察したグレネットは、酒場から即座に距離をおき、空いていた冒険者ギルドの窓口へ向かう。
身を乗り出しかねない姿勢で酒場を注視しようとしていた受付嬢は、目の前に現れた長身の男に思わず慌てて居住まいを正した。
「すまない、今朝がたこの街に着いたのだが、採取した素材を卸したい」
「あ、はい、それでは素材の方をこちらへ」
犬族の獣人である受付嬢は、背の高い、ともすれば巨漢の男性の顔を見やって更に驚く。
まるで黒曜石を思わすような見事な美男であった。
それこそ劇団の役者でも務めれば随分な人気が出そうな面立ちである彼は、手慣れた様子で自身の背嚢から丁寧に包まれた薬草や錬金術の材料となる素材を取り出していく。
処置は上々、あとは鑑定のうえ素材の品質を確かめれば大丈夫だろう。
品数と素材のおおよその種類分けを行い、背後の鑑定ブースへ平たい収納箱ごと渡す。あとは引き換え番号を渡し、査定額に了承すれば引き換えカウンターで金銭を受け取って終了だ。
しかし、引き換え札を用意し、札番号と引き渡した収納箱のラベルが合致しているか再確認している時、木製のジョッキが床を転がる音と、誰かの罵声が酒場側から大きく聞こえた。
顔を顰める美男の冒険者は、僅かに身体を屈め、こちらに囁く。
これまた惚れ惚れするほどの、低く深みのある美声であった。
「あの騒ぎは?」
「え、あぁ、はい。どうも、高ランク冒険者同士が、揉めているらしくて」
「どことどこだ?」
「火山口にある大型ダンジョン『ホレブの岩屋』を中心に活動する銀級チームの『鉄腕キング』と、同じく『イリシャの弓』ですね。鉄腕の方は鍛冶師ギルドにも所属している山の氏族のドワーフ達で構成された鉱脈掘り専門のチームで、イリシャはエルフと人間による魔物討伐をメインとした混成チームですね。正直、同じダンジョン探索を目的とした冒険者チームでも、目的が異なり過ぎてお互いに揉めることもないはずなんですが」
「なるほど。ありがとう」
「あ、いいえ。あの、こちらが今回の引き換え札です」
「お手数おかけした。では」
「あ」
美男は手札を受け取ると同時に受付から立ち去った。多少の名残惜しさはあったものの、頭を切り替えた受付嬢は、受付に並ぶ人がないことを確認して書類の整理に意識を戻した。
さて、受付から離れたグレネットの方はというと、少しばかりの好奇心と義務感、あとはなんらかの勘働きに急かされるよう、酒場で揉める面々の声が届く位置まで移動する。手元の引き換え札の番号が呼ばれることを待つように、酒場の端で安いエールを頼むと、これまでの旅で痛んでないか道具を確認しながら座った。
ロープやポーション、あとは解体用のナイフ、保存食のきれっぱし、書きつけようの古びた手帳といったものが痛んでないかを確認していく。ただ、ポーションなどは、もっぱら自分以外に使う事がある為に用意したもの。ナイフに関しても、自在剣でなんでも掻っ捌いてしまうと目立つので、そのカモフラージュの為でもあなど、少しばかり他の人とは趣が違う理由であるのだが。
さて、そんな一般的な冒険者と同じような真似をしている間にも、騒ぎは拡大し、言い争う者達の声は嫌が応にも聞こえてくる。酒場の常とはいえ、何がそんなに気にくわないのやら。
他の面々が止めるのも聞かずに言い争っているのはドワーフの女と人族の女だ。
ドワーフの女は、どうやら一行、いやここらだと単に集団と呼ばれる冒険者の集まりにおいて、片方のチームリーダーである『キング』の妹、ギーラというらしい。濃い茶色の癖がある髪に色の濃い肌、低い身長と、まさに純血のドワーフといった外見。
反対に人族の女は、チームリーダーであり代表者のイリシャという弓使いのようだ。赤い髪を短く切り揃え、スレンダーな体型で腰にはショートソード。本来の得物である小弓は隣にいるエルフの男が、渋い顔のまま抱えていた。
どうも、話を聞く限りだとダンジョン内での行動について揉めているらしい。
赤い毛皮を持つ虎の魔獣、近辺でドゥンと呼ばれる存在をギーラが目撃。
ダンジョンの下層に降りていくドゥンに対して、ギーラが周囲の為に大声で警告を発する。
しかしその影響でイリシャ達の魔物狩りが失敗し、そのことで揉めている、と。
聞いてみると些細なように聞こえるかもしれないが、冒険者にとって狩りの邪魔というのは存外に難しい問題なのだ。
ダンジョンの生き死には自己責任とはいえ、多くの掟のもとに冒険者は活動している。
その作法やら、決まり事を守らなかったとなれば、その者は大きな批判に晒される。
今回の場合、逃げ去る魔物について周囲へ警告を発したことが問題でなかったか否か。
ギーラ側は「中層では見慣れない魔物で危険と思った」との主張。
イリシャ側は「そんな魔物は見ていない。狩りの邪魔をされた」との主張。
ただ、どうもそこから騒ぎが大きくなっていた。
なんでも、ここ数日で中層や下層での死傷者が増えているとのこと。
そして見覚えのない傷痕、生き残った冒険者によって四足の獣が襲っていたという話。
イリシャの顔が青くなり、ギーラが渋面を市、慌てたギルドの職員がその場に駆け付ける。
その段階になってダンジョンに異常が発生しているとその場の面々が気付いた。
慌てた職員が、イリシャとギーラ達、そしてダンジョンから撤退してきた冒険者達を奥へ引き連れていく。
情報遮断と対策会議の為だろうが、その間にも、今ダンジョンを探索している面々が危険に晒されかねない。誰かが先んじて動いておかねば、
席を立ったグレネットは、お節介にもダンジョンへ潜ることにした。
ダンジョンの多くは所有する国の資源に関わる。
あの末裔の少女に苦労をかけたくないという理由であった。




