■19■ クロウ編 第8話『ダンジョン攻略』
ダンジョン。龍の領域のような人工的なものと違い、魔力溜まりとも言われる魔力の異常蓄積地点などで発生する異界である。有名なところでいえば、大樹海の中央に存在する『深淵』だろう。黒い領域、大穴の中に何が存在しているのかを識る者はいないという。
その場所を守る境界守とも呼ばれる、とある神の子孫達は、その生涯を賭けて土地を守っているという。
彼等は別名『世界最強の農夫』と呼ばれるが、一番弱い魔物がドラゴンイーターという巨大芋虫がいる森で農業をしているのだから間違いないだろう。現在、子孫達の数は激減しているというが、その一因でもあった鋼の種族による魔力飽和の危機は脱したので、森の脅威度も下がり、徐々に回復するようであろうと願っている。
さて、そういった極まったダンジョンとは違い、龍脈やレイラインと呼ばれる大地の魔力の流れにおける、龍穴、魔力の吹き出し口にあたる場所にはダンジョンが出来やすい。
ちょうど、その噴出孔に特殊地形による魔力の滞留現象が起きる、まず間違いなくダンジョンに変化する。
洞窟、霊山、古代都市などがいわゆる特殊地形だ。
特に、一定以上の魔術知識を持つ種族や民族などは、龍脈の活用を古くから行っていたので、そういった民族が滅んだ跡地などは、利用されず滞留した魔力によってダンジョンが生まれる。
そしてこのダンジョンは放置すると危険度が増す。
いわゆる魔力飽和によって亜神といった強大な存在が自然発生したり、魔力によって生み出されたダンジョンクリーチャー、いわゆるダンジョン産の魔物によるスタンビートが発生したりと、周辺が大迷惑することになる。
この解消として生み出されたのがいわゆる冒険者だ。
傭兵と混同されがちだが、いわゆる魔物対策『も』やるのが本来の傭兵で、本来は魔物対策『を』やるのが冒険者なのだ。未踏のダンジョン踏破し、ダンジョンの奥に出現したダンジョンコアを破壊、その地を平定するという。
ここでダンジョンコアの破壊だが、これは、龍脈における噴出孔の破壊行為に等しいので、その場からダンジョンが湧くことはなくなる。代わりに、また別のところで長い年月を経て新たな噴出孔が発生するのだが。
そもそも、レイラインを巡る大地の魔力は、噴出孔がなくとも徐々にレイラインに沿って魔力を放散していく為、噴出孔がなくなっても世界的な魔力バランスとして困ることはない。
あくまで、レイライン全体のバランスを保ちやすくする為の自浄作用として噴出孔、龍穴があるだけなのだ。
さて、そんなダンジョン探索だが、龍族にとっては非常に面倒臭いことなのだ。
龍族の本領を発揮するのは龍体の時だが、ダンジョンの多くは魔力を蓄積する構造上、狭かったり複雑だったりすることで、いわゆる迷宮化や閉所化していく傾向にある。つまり、探索知識を駆使して、せまっ苦しいところを延々と進まなければならないのだ。
ダンジョン構造ごと壊してしまうような力技もできないではないが、ダンジョンコア破壊前ダンジョン構造を崩してしまうと、ダンジョンに蓄積されていた魔力が拡散し、ダンジョン範囲が広がって再形成されてしまうというもっと面倒なことになる。
ダンジョンへの影響を極小にしてコアだけ破壊などという芸当でも出来れば別だろうが。
ちなみに、今回、クロウにとあるダンジョンの攻略を依頼したヴリドラ老だが、そういったことが出来ないか聞いてみたところ。
「一度でも潜ったことのあるダンジョンなら出来ないこともないが、最奥までダンジョン破壊を目的に潜ったなら、そもそもコアに到達した時点で破壊しているからあまり意味がない」
そういった回答をクロウは回答していた。
つまり、ダンジョンコアの位置さえわかれば、自在剣を伸縮して地表からぶち抜くくらいのことはやりかねないということだった。
あらためて鋼の種族はおかしいとヴリドラ老は思った。
さて、戦闘訓練も成績表の授受と、全ての生徒が個別での鍛錬を選んだことで無事にお役御免になったクロウだが、ヴリドラ老からの依頼で今度はダンジョン探索へ駆り出されることになった。
目標地点は極北の大地に存在する龍穴に発生している『氷結の洞窟』と名付けられたダンジョン。龍族によって若者達の訓練場所として管理されていたのだが、最近は魔物の強さが危険な段階まで上がっており、スタンビート前には間引きしておく必要があるらしい。
ただ、気の長い龍族としては、喫緊の状況になるまでは、誰か行きたくなるまで放置するつもりだったらしい。
おおらかなのはわかるが、少しばかり危機感が足りてない。
生まれつき強い種族や、長命の種族特有のこういった部分は、同じ長命種であるクロウとしてはわからないでもないが、龍穴から亜神が出てくるような事態になったら相応の被害が出ることをどう思っているのか、ちと疑問には思った。
そうして、水筒一つに腰にポーチを一つ。あとは自在剣を常と同じく腰にぶら下げただけの恰好でクロウは龍の領域から出た。
シャツとスラックスに革靴と、服装に関しては常と変わらぬものだった。
いや、鋼の巨人にとて衣服とは外皮の一部を変化させたものなので、人の目を気にしないのであれば、何だって問題ないのだが。
グレネットのように冒険者稼業として周囲に目の多い職業を選べばそうも言っていられないだろうが。
極寒の地でありながら、凍えて縮こまることも、震えて動けなくなることもなく、普段と同じような歩調で『氷結の洞窟』に辿り着いたクロウは、魔力の密度が増えたことを体感しながらも、躊躇うことなくずんずんと奥へ進んでいった。
氷結の洞窟は三層によって構成されている。
広大な洞穴は煌めく氷と雪によって構成され、留まるだけで体力も気力も削られる。
魔物の近付かぬセーフゾーン、いわゆる汚染魔力の空白地帯でさえ、炎を焚き、身を寄せ合わねばたちどころに凍り付くような場所なのだ。
しかしそこは鋼の種族、魔術式による攻撃であれ、高位の術式さえ時に無力化してしまう身体の持ち主は、身体が十全である限りはたかだかダンジョン環境に屈することはない。
気温によるマイナス補正を一切受けずに行動していく。
生息する魔物も、龍の若者が手を焼く強力な存在、たとえば高位精霊であるブリザード・スピリットやシヴァの眷属、極雪大ムカデや凍り熊といった高位氷結魔術式を呼吸のように放つ存在や、氷結毒と呼ばれる、当たっただけで身体や装備が氷に変換されてしまう猛毒放つ相手でも剣さえ届けば一撃である。
物理攻撃無効? 特性を帯びた自在剣は不死だろうと不可視だろうと魔力で構成された存在だろうと叩き斬ります。
さらには、どれだけ複雑な構造であっても、歩いているうちに大地の形や魔力の経路を呼んで、奥への筋道をそのうちに察してしまうという探索者としても異常な技能の持ち主。
さしもの、もしダンジョンを管理する存在がいれば、頭を抱えかねない存在なのだ。
天然、それも人工物を主体としていないダンジョンは罠のようなものを再現することもないので、精々が深い谷や落とし穴、崩落くらいの環境再現が精々で、それらも落ちる前に察するし、多少の崩落くらいなら自在剣を振り払うだけで迎撃してしまう。
実際、ある程度の神性を帯びる段階の種族や現象でなければ鋼の種族は止められないのだ。
そうこうしているうちに時間にして四日もすればクロウは最奥に到達していた。
その間の食事は、一日数度の水の摂取だけだ。断食というわけでなく、食事自体もダンジョンから放散される魔力を吸収することで代替している。さすが神性存在に片足を突っ込んでいる者である。
最奥、ダンジョンコアより現出した守護者が立ち塞がる。
温度の変化すら拒絶する神鋼に等しき永久氷で全身を構成された巨人。
エターナルフォースブリザード・ゴーレム。通称EFBG。
その体躯は単位に換算して30mは超えるであろう巨体。
分厚い氷は何層にも重ねられ、『真理』と綴られた古代文字と、身体を構成する魔力結晶、そのどちらも体躯の奥深くに保護されている。
一文字でも削れば動作不良になる弱点、砕けばたちどころに力を失う核、どちらもその分厚い氷を突破しないことには触れることすら叶わないのだ。
さしものクロウも、物理的にひたすら硬い相手に対し、手を考える。
上下左右、部屋全てが同様の永久氷であり、削るにも砕くにも難儀しそうな最奥。
魔術的な抵抗力も高く、物理的にも強固、かわりに搦め手こそ使ってこないだろうが、その質量が、その氷に属す魔力そのものが脅威の巨人。
まさに、氷の極地に相応しい守護者だ。
剣で叩き斬る。保留。もし氷属性として神性等しい力に至っていれば一手失う。
転ばせて床へ地面に叩きつける。不可。触れた場所を吸収して回復する。
魔術式による弱体化後に倒す。不可。デバフが通じそうな相手ではない。
無視して奥へ進む。採用。
戦闘回避を選んだクロウの動きは迅速だった。
鋼の種族としての権能、たったの一歩で距離を縮める。最奥の部屋における出入口からコアの安置されたコア室の扉の前まで一息で移動し、同じ永遠氷とはいえ、守護者と違い意識的に氷属性の魔力を操るわけではない。
軽く氷の層の要所を叩き斬って、結合をばらしてしまった。
EFBGがクロウを再捕捉しようと振り向くより先に、扉の構造や封印をずんぱらりと斬り刻む方が遙かに速かった。
砕けた氷を蹴散らし、奥へ踏み込むクロウ。
中空に浮き、光り輝く白い結晶体、強い氷結属性を帯びたダンジョンコア。
それに向けて、自在剣を振った。
音もなく切断されるダンジョンコア。
剣が届かぬはずの場所であったが、自在剣の刀身とは、鋼の種族としての権能、自在剣の特質が単に物理的な像を結んでいるだけいるだけのものだ。
伸びるし縮むし重さも形も自由自在。
ちょっと隔たった空間をまたいで、手の届くようにした対象を刻むくらい当然のように出来るのだ。
出来ないなら出来ないで、直接薄く硬く刀身を変化して断ち割ってしまえばいいだけだが。
ともあれ、ダンジョンコアは破壊され、ダンジョンとしての魔力は失われた。
洞穴は元通り、野生の魔物が住み着く氷の極地における単なる地形へ戻るだろう。
ただし。
魔力が結合し、一体の魔物として顕現しているEFBGが消えるわけではない。
ただし、既にダンジョンからの加護、いわゆる地形による上昇効果は受けていない。
一割か二割も下がれば、十全な力は発揮できない。神性を帯びるほどに強大な技だの魔術式だのが振るえるはずもない。
とすれば?
先程よりは力強く。
肩に担ぎ、大きく振りかぶった自在剣。
振り抜いた瞬間には、単純にして明解、伸縮して巨大化した刀身が、氷の巨人、その上背を追い越すほどに膨れ上がる。
一撃をもって氷の巨体を断ち割った自在剣は、身体ごと核を両断し、文字が刻まれた場所を勢いのまま吹き飛ばしてしまった。
これにてダンジョン攻略終了である。
たったの四日、それも単独でダンジョン攻略を成し遂げたクロウであったが、戻って一番に所望したのは熱い茶であったという。
寒さを無視できるとはいえ、好んで居たい場所ではなかったということだ。




