■18■ クロウ編 第7話『生徒の成績表とこれから』
今日も今日とて、戦闘訓練という名の若者いびりを終えたクロウは、それぞれの成長を確認して満足そうに頷く。その顔は無表情にすら見えるが、深い熟慮に伴う真面目な顔だ。
「あー、ここ数週間でそれぞれの持ち味や癖もわかった。人間体のみの技術については、まぁ及第点といったものも増え始めたので、ここらでこれを渡そうと思う」
「えーっと、成績表? ですか?」
代表として一枚目を受け取ったのは、この戦闘訓練について指導補助に任命していたサンダルフォン家の次男と名乗っていた青年、巨漢のオルブだ。人間体のクロウと比べても頭が三つか四つ分高い位置にある青年は、多少及び腰な面もあるが、理知的でまとめ役をきちんとこなしていた。
「そうそう、幾つか指南や現状についてまとめた成績表だ。正直、何人かは自信の種族についての特性理解が足らないものもいるようなので、一旦それを持ち帰ってご両親や師事したことがある人がいればその人達の意見を聞くこと。このまままず戦闘、単純に殴り合いの経験値を溜めたいというのであれば、今まで通り俺が担当しようと思う」
そうしめくくって解散を促すと一人の生徒がクロウを引き留めた。
「あの、クロウ先生」
「あー、どうした? アルトリオット?」
引き留めたのは長剣を携えた金髪の青年、アルトリオットである。
突き技や速度を生かすしならせる剣撃を得意とするも、指導当初は牽制や威力の不足を指摘していた。
「実は、成績表を含めて両親に相談しようと思うのですが、このあとお時間は?」
「あー、構わんが、お前、たしか赤龍の家系だったな」
「はい、そうです」
「わかった。それじゃあ邪魔させてもらうぞ」
自在剣を腰の帯に巻き付けるよう戻し、然して汚れてもいない訓練着をはたく。
そのまま向かった先は、龍族の家屋が立ち並ぶ貴族街のような通りだった。
まず、家々が大きい。
それは、単純に龍としての身体に戻る部屋を備えているからであり、大広間や玉座の間、居龍室などと呼ばれる部屋があるのだ。
案内されたのはそのうちの一つ、臙脂色に外壁が塗られた瀟洒な屋敷。
金属製の門扉を開いて踏み込むと、幾つかの魔術的な反応をクロウも感じた。
魔力関知、侵入時の動的関知、出入口の鍵から伝達される正規開閉かの確認信号。
幾つかの反応を読み解いていると、屋敷から老齢の男性が歩いてきた。
「お帰りなさいませ坊ちゃま。後ろの方は?」
「クロウ先生だよ。戦闘訓練の教師を務められている」
「それはそれは。クロウ様、わたくし、当ペンドラゴン家で執事頭を務めるウルシュと申します。客間までご案内いたしますので、どうぞこちらへ」
「痛み入る」
剣を引き、浅く礼をする古めかしい挨拶にウルシュは僅かに驚くも、名の有る家の方かもしれんとより礼儀に注意する。
ちなみにクロウとしては、他の種族との間で戦闘の意志がないことを示す剣を引いたり、視線を外したりとするこれらの動作が、古い社会に伝わって正式な礼になったことまではさすがに知らない。
客間に通されたクロウは、紅茶で持て成され、僅かに力を抜いた。
しばらくののち、客間に屋敷の主、ペンドラゴン家当主のウーサー氏と奥方が現れた。
「ようこそクロウ殿。我が息子の為にご足労いただいたとのことで」
「いえ、然程、多忙なわけでもありませんので」
奥方は豊かな金髪の美女であったが、当主殿は真っ赤な髪をした美丈夫であった。
芯の通った背筋に武の香りを感じ、僅かばかりクロウの中で好感度が上がる。
ちょうど、クロウとアルトリオット、対面に両親という構図で座ることとなった。
「今回、ご子息の鍛錬について、ちとご相談ございまして」
「ほう? どのような?」
「お父様、こちらを」
「うむ。成績表とな? これはまたこまかに」
息子の評価を一瞥し、その頬を緩めるウーサー氏。
どうやら親子仲は良好のようだ。
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出席番号1番:アルトリオット・ペンドラゴン
■技能評価■良
■種族能力■未
■詳細■
人間体において、長剣を用いた剣術技能を用いる。
剣閃鋭く硬軟を織り交ぜた攻めを成す。
ただし、赤龍としての種族に基づく生来の適性を用いた技や能力による攻撃に難あり。
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赤龍とは、大きく三種に分かれる。
火の要素を強く備えた大陸赤龍。
古龍に属す王冠角赤龍。
土地を治める赤龍祖。
炎龍や火龍、火山龍の一種で一般的なのが大陸赤龍。強い火の属性を帯びる。
古龍、古い血に連なる別名『滅びの獣』と呼ばれる王冠角赤龍。総数は少ない。
最後に、ウーサー達が属すのが神格赤龍。とある島を統治していた赤龍である。
普通、レッドドラゴンなどと呼び現わされているのは大陸赤龍。
王冠角赤龍については、別名が『滅びの獣』とも呼ばれ、この龍の領域にすらいない希少種族である。大陸の僻地でひっそり暮らしているそうだが、龍の領域とも関りを断って長いという。
残る赤龍祖というのが、ウーサー達、ペンドラゴン家だ。
かつて大陸より別たれた小さな島の神域を治めていた龍族。
外の世界では、騎士物語、人の王達による英雄譚として僅かばかりの真実だけが残っているという。
さて、そんな赤龍祖に連なるアルトリオット君であるが、クロウの見立てでは位階にして成龍には間違いなく至っている。真龍になりかけ、といったくらいではなかろうかと見立てをしている。
そのくらいになれば、龍種として己の血脈に宿った技を知る頃だ。
武家で言うところの一子相伝の技術を、この青年はまだ用いていないのだ。
「赤龍祖の業というものを私は知らぬもので、その点についてペンドラゴン家ではどのようにしているのかと」
「ふむ、アルトリオットももうそんな歳か。あと百年は後だと思っていたが」
やはり龍ともなると時間の加減が大雑把だ。
きっかけがなければ大気操作の本分すら教えてなかったのかもしれないようだ。
平和というのも考えものだとクロウは唸る。
軽く話を進めていきながら、そろそろ仕舞いだなと、この龍の領域での生活に思いを馳せる。
クロウは、龍の領域から旅立とうと考えていた。
種族特性とは、龍のみならず、人族を除いて多くが元より備えている種族や血族に起因する技だ。鋼の種族における自在剣のようなものだ。ただし、身体機能の一部であると同時、生存に必要のない余技でもあるのも確かなのだ。
だので、知らぬ、察せられぬ、本能や身体に根差していたはずの諸々でありながら、忘れられてしまわれた技は、受け継がれることもなく途絶えていく。
たとえば、鋼の種族の中であっても、ごくまれに自在剣を使えない者もいた。
オルガンの姉であったり、父祖代の者であったり。
オルガンの姉であれば、まったく別の形、自在剣と同等が、それ以上でありながらまったく別の方向性の力を備えることで剣を失い、父祖代の剣無しは、そもそも剣を『不要』と捨てたことで別の力を得ていた。
ただしそれは、神性の残りし頃、いわゆる能力のキャパシティが大きかった頃の話だ。
種とは、魂とは、実に怠惰なものなのである。
必要なければ、衰え、力を忘れ、散逸していってしまうのだ。
まぁ、それだけ、世界が安定し、そこまで大きな力が不要となった証拠ともいえるが。
そういった種族技能を培うのは、多くの家では一子相伝の秘技とされている。
クロウの手を、離れるわけだ。
そうやって各々の道を見つめ直すのであれば、戦闘訓練の師とは、不要となるわけだ。
戦いの心構えも教えた。生き死にこそかからぬものの、戦いの経験を積ませた。
ここらが潮時だろうなと、クロウは思っていたわけだ。
そういった旨をヴリドラ老と話していると、かの翁は、ふむと顎鬚を擦った
「いや、別の仕事もありますし、居たければまだ居てもらっても構いませぬぞ?」
「あれ?」
ただ、彼の役割はまだ終わっていないらしい。




