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鋼の種族は花嫁が欲しい  作者: ザイトウ
第二章 それぞれの生活
18/59

■17■ クロウ編 第6話『神龍をぶん殴る』


 力に見合った誇りと矜持こそ宿業。

 かつてそう嘯いた龍が居た。

 生まれながらに強く、生まれながらに大きい。森羅万象に認められた龍こそ支配者と。

 その龍の名をいと尊き水の始祖龍『アプスー』。

 かのティアマト神の夫であり、鋼の種族の始祖たる『アイガイオーン』とも敵対したという。

 ただし、その血が帯びた神性は、龍族という幾筋もの支流が大河に飲まれていくよう、その血筋たる数多の龍族へ別たれていった。

 神性は薄れ、強さは血ではなく魂より生じるように変化した。

 それはどんな種族でも同じ。

 スタートラインが変わり、ボーダーラインもまた変わったのだ。

 龍殺しは生まれ、強者は不変ではなく。

 強さの天井と床とが地続きになった。

 たったの百年ぽっちの人族が数千年を生きる龍を斃し、ほんの数百年ぽっちの寿命になってしまったドワーフやエルフは、遥か過去の頃よりその数を何十倍にも増やした。世界という形は、新たな世代へ至ったことで、新たな在り方が生まれたのだ。

 だが、それを認められない者もいる。 

 たまさか我々より強かろうと、種の本質へ近付いたもの、龍としての強者には敵わぬであると。

 神龍フリクタル2世。

 現代における、数少ない神龍の力量を備えた龍。

 その男が、クロウを尋ねて来たのは昼過ぎだった。


「俺と戦え」

「いいけど。着替えてきても?」

「構わん」


本を折り目がつかないよう丁寧に閉じて、身にまとうヴリドラから貰った上下を着替える。

 屋敷の外に姿を現わしたクロウは、滾るような戦意を漲らせていた。

 対するはフリクタル2世。

 神龍として最も年若き一頭。祖先にアヴァロンに至れなかった白き龍、ヴォーディガーンをもつ、白金の鱗が特徴の龍種である。

 その人間体の外観は、真っ白な神と真っ黒な肌をもつ両極の力を持つ長身の美男。

 体付きこそ鋼の種族の特性で2m近いクロウより頭一つ小さな身長と、岩を削り出したような野性味のある風貌をした美男子であった。


 自在剣を既に抜き、全身を簡素な革鎧で包んだクロウは、まとっていた戦意を即座に消し、察せることもできないほど存在感を希薄にした状況で戦闘態勢を形作る。

 

「近くに異界がある。そこで」

「解った」


応答は短かった。そのまま二人が異界、世界と世界の境界線が接する別の場へと潜る。

 荒れて乾いた大地、灰色の空。

 竜の領域からも外れたまた別の世界は、ほんの数歩、街の端から離れた場所を歩いているだけで到達した。

 元々龍の領域自体が始祖やその後に続く力持つ龍達が拵えた新しい世界である。

 大本の大きな世界を一つの大きなボールに例えると、それに接着剤を付けた小さな新しいボールを投げつけ、付け足したのが現在だ。基礎世界という巨大ボールに、新規世界、異世界と呼ばれるやや容量の小さなボールがペタペタとくっつき、おおまかな世界と小さな世界が重なりあい、それが幾つもくっつきあうことで全体となっている。

 ダンジョンも、かなり大雑把な言い方では、世界と言うボールの内側に生じた小さなボールなのだ。

 神様の視点や学者的な穿った見解だともっと違う言い方もあるのかもしれないが、クロウや龍達など、この世界の住人としての視点しか持たない多くの存在はそう認識している。

 そして現在、龍の領域に隣接する異界の中で、二人は向き合う。

 遙か果ての見えない荒野、雲の存在しない灰色の空。

 一頭と一人が、同時に己の力を解放する。

 瞬時に巨人体へ変化するクロウ。

 突如として龍へ変じるフリクタル二世。

 振りかぶられた自在剣がフリクタル二世に叩きつけられるも、その角で攻撃を弾き、続けて二世は前肢を振り抜くよう爪撃を放った。

 しかし、思い切り振り抜かれたクロウの前蹴りで体勢を崩され、爪は空中を裂いた。

 巨体と巨体。

 単なるぶつかり合いですら異界全体が震えるも、それぞれの動きは止まらない。

 大上段で振り上げられた自在剣の重量が巨人体ですら扱い切れぬほどの重さに変化し、一気に『落ち』てくる。

 低い姿勢から立ち上がろうとしていた二世であるが、上段から落とされる剣撃に対し、即座に全身を魔術で転移させることで攻撃を躱した。

 大地が裂けた。

 離れた場所に転移した二世のところまで衝撃波と砂塵や砕けた岩が台風よりも盛大な速度でぶつかってくる。勢いに踏みとどまろうと踏ん張った二世であるが、それは悪手だった。

岩盤ごと抉り割った一撃だというのに、既に重量を元に戻された自在剣は、今度は100kmばかしの長さに伸ばされ、真横に振り抜かれた。

 岩山に隕石が衝突したような異音と共に、二世が吹き飛ばされる。

 クロウはその場から動こうとしてもいない。否、むしろ、動けないほどの攻撃を準備していた。

 正眼、大上段。再び頭上へ掲げられた自在剣。

 相手を、自分と剣撃の直線に置くよう重心を動かし、溜めを作る。

 勢いと、重量と、大きさ。

 それらが全て一致させる。

 振り始めの重量は常と同じ。

 加速した瞬間、自在剣を極大、極重、極長に変化させる。

 さながら空中に出現した巨大な、それこそ大地と同じサイズに見える巨塊が降ってくる。

 フリクタル二世はそれでも構えた。

 大地と、巨塊にサンドイッチにされても。

 大地は陥没し、地面に海溝を思わす巨大な亀裂が入るほどの一撃にあらゆるものが吹き飛ばされた。



病院。

龍の領域においては患者も少なく、生来の病や体質でもなければ訪れる者も少ない場所。

 その治療室では、全身を青黒い打撲痕や裂傷だらけにした人間体のフリクタル2世に包帯が巻かれていた。


「完敗だ」

「まぁ、正面から喧嘩して若いもんには負ける気はない」

「若いって?」

「邪神の残骸だとか、龍族至上主義の毒龍だとか、世界を焼いてみようとする神性とか、そういったものと殺し合いしたことのない世代」

「……なるほど」


目の前の存在がかつて生きていた時代の混沌具合に思わずフリクタル二世は唸る。

 あの巨剣での剣撃を十数人で叩きつけても、毛ほどの痛痒も感じない存在が相手だったなどと、とてもでないが想像できる世界ではない。単なる神龍ですら『そこらにいる』くらいの扱いであった時代など、なんと神代の恐ろしいことか。

 かつての大戦争で終わりとしていなければ、世界など簡単に滅亡していただろう。

 そういった昔話の間にも治療は終わっている。

 クロウもさしたる手加減こそしていなかったとはいえ、神龍に至った龍の命が脅かされることなどそうそうない。それこそ龍殺しの毒酒だの、龍殺しの剣だの『殺す為』の専用具でわざわざ致命傷をこさえられなければ簡単には死なんのだ。

 ちなみに。

 自在剣の特性を『龍殺し』にすることは、出来ない事ではない。

 龍殺し属性の剣でそっ首叩き落せばいかに神龍でも死ぬ。

 さすがに単なる喧嘩や戦闘訓練でそこまでクロウがやることはない。

 敵対したら迷わずそういった技を使うが。

 他の鋼の種族が使わずとも、クロウは迷わず使う。

 それこそ、自在剣に秘されたあらゆるものを。

 引き出しの多さは神秘生物、いや、神代の種族にとっては生命線であったのだから。

 彼等の持つ剣とは、道具の祖、武器の祖、戦う為の物品の最初。

 そういった真理や神秘の象徴でもある。

 鋼の種族に勝とうとするなら、それこそ亜神を殺すくらいの覚悟が必要なのだ。


「さて、ご指南に礼を言う。それでは」

「おー、それじゃあな」


だので、正面から喧嘩を売りに来た相手に隔意を持つこともない。

 陰険なやり口や他者を軽んじる真似さえしなければ、鋼の種族とは非常に理知的なのだ。

 少なくとも大半があんな場所で眠る程度には。


 この一戦をフリクタル二世が語ったことで、龍種の中で意固地になっていた者達のクロウに対する態度は軟化することになる。

 それはそれでまた面倒事に巻き込まれてしまうのだが。

 少なくともクロウにとって今日もまた『平和な日』だった。


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