■16■ オルガン編 第5話『喧騒の中で』
貴族屋敷付庭師見習いオルガン。それが現在の職である。
帝都は秋にはいろうかといった頃でまだまだ暑さが残っている。そんな中で、毎日を、庭木の手入れ、草むしり、土の入れ替えやら魔導機の扱い方の勉強やらを行って日々を過ごしていた。先輩のマルクマンはいい人だし、屋敷の外に紹介されたアパートの居心地もよく、管理人夫婦にもよくしてもらっている。
大柄だが人懐っこい青年ということで、オルガンは帝都の生活に馴染みつつあった。
まだまだ任される仕事は雑用ばかりであるが、誰と争うわけでもない草花の世話は、オルガンの性に合っていた。まわりも、粗暴な様子もない牧歌的な青年に対し少しずつ親しくなっていた。
イリーシャン侯爵邸の庭には、侯爵家の子供達がときたま顔をのぞかせる。大抵が侯爵家付の子守り召使と散歩がてらであるが、ときたまどこかから逃げ出したのか、庭でかくれんぼなどをしていることもある。
庭の何か所には侵入者防止の罠や警報があるのだが、どれも子供達に反応しないよう場所や術式が工夫されている為、逆に彼等を見つけるには人間の手が必要となるのだが、ただ、地属性や風属性の魔術に秀でた人間であったり、五感に秀でた種族であったりすれば、さほどの労力はいらない。
「ぼっちゃん、薔薇に近寄るとあぶないですよ?」
薔薇の生垣の傍に座り込んでいた侯爵家三男、ラズフォードを見つけたオルガンは微笑む。
今年3歳になったばかりの末っ子は、オルガンに抱え上げられるときゃっきゃと楽しそうに笑った。
「おぎゅがん! はこんで! はこんで!」
「はいはい、棘が刺ささるといたいいたいですよ。むこうに行きましょうね」
ラズフォードを揺らさないように、それでいて軽々と垣上や花壇をまたいでオルガンが屋敷の正面まで歩いていく。すると、慌てて外へ跳び出してきたメイド服の女生徒はち合わせた。
「ラズフォード様! お庭に勝手に入ってはダメですよ! 草木でお怪我をされたらどうするのです!?」
「ギネヴィア、えっちょね、ごめんね」
「ほら、たんけんはおわりです」
ゆっくりと召使のギネヴィア、年若い子守り召使に彼を渡すと、かぶっていた麦わら帽子を軽く上げて礼をとって広い庭へと引き返す。
ただ、その黒髪黒目、灰色に近い横顔を見ていた来客は、思わず彼を二度見にしていた。
「あ、あの、彼は?」
「あの方は新入りの庭師ですが、どうされましたか?」
「え、あの、そう、私の古い知り合いに似た外見だったから気になったの。よければ、彼と話させてくれない? 同族やお身内の方かもしれないし」
「そうですか。エブリン様はお顔が広いですものね」
「そう、そうなのよ。た、頼むわね」
柳葉のような長い耳。真珠を思わす白い肌。
森の民、古い血の一族が末裔。
エルフ。
その代々続く知識の中に、かの一族の事も謡われていた。
例えるなら、そう。
たまたま用事があって訪れた知人宅に、古龍の類が何の気配させずに溶け込んでいたのだ。
思わずその瞬間に尻もちをつかなかったのは褒めて欲しいと彼女は自制した己を褒める。
エルフの郷でも長き歴史のある血族、ダワーナの家に連なる4番目の子、エブリン。
対外的にはエブリン・ダワーナとだけ名乗っている。
そんな彼女が感じた限り、帝国の貴族屋敷、その庭師として紛れ込んでいた彼は、間違いなく鋼の種族の係累と思われる容貌と力を備えていた。
自分と同じような末裔か、それとも。
その真意を尋ねようとイリーシャン家の奥方に頼み、彼と話す機会を設けて貰った。
「あの、貴方、いえ、貴方様は、もしや、鋼の種族の末裔で?」
「あぁ、はい。今の名をオルガン。鋼の種族としての真の名を暴れる風。始祖アイガイオーンの孫の世代にあたります」
「ま、孫?」
「はい」
末裔どころかまごうことなき鋼の種族そのものだった。神話的存在だった。
始祖アイガイオーンの名はエルフでなくとも知っている者は多い。
この世が『定まった時』より後、大戦争以降もいずこかで眠りについているという大巨人だ。
そして、その巨人に連なる者が、目の前にいる。
種族の象徴たる自在剣は見当たらず、山を越えるほどの巨体でもないが、間違いなく鋼の種族であると。
かの一族の名を騙ることは出来ぬはずであるから、まず間違いないだろう。
そのうえ今のご時世に、かの種族の名を偽って一体なんの得があるというのか。
目の前の種族が真の姿で足踏みするだけで帝都は平地になってしまうのだが、一体、どんな経緯でこんなところで庭師などをやっているというのか。
その問いに対し、オルガンは苦笑いしながら語る。
「寝過ごしたんですよ」
その言葉に、エブリンも、自分の懸念が単なる思い過ごしだと悟った。
続く嫁探しなるなんとも間の抜けた話を聞かされたエブリンは、実に見事な百面相を見せることになる。




