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鋼の種族は花嫁が欲しい  作者: ザイトウ
第二章 それぞれの生活
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■15■ クロウ編 第5話『龍の領域での諍いごと』


 神代の時代。かつての頃、この世界全部で戦った大戦争があった。

 生死も定かでなく、勝ち負けも不明確なまま、幾つもの争いと幾つもの闘争が重なった。

 そして大戦争を経て、神々が生じた。

 天地から生まれ、神々となったもの、神々として生まれ、そうあるべくして成った者。

 世界の法則はその神々によって補助され、その機能を権能によって保たれている。

 常態の支配者たる大神オケアノス。

 分子の支配者たる大神ゼウス。

 時間の統括者たる大神オーディン。

 空間の統括者たる大神バアル。

 重力の統括者たる大神バガヴァンド。

 精神の統括者たる大神メサイア。

 天空の統括者たる大神ケツァルコアトル。

 量子の統括者たる大神アンリマン。

 記憶の統括者たる大神アカシャ。

 想念の統治者たる大神ブラフマン。

 生死の統括者たる大神ヤマ。

 魔力の統治者たる大神エア。

 彼等のおかげで昨日から今日へ、今日から明日へと、時間が過たず繋がった。

 彼等のおかげで、生死は等しく別たれ難く、その意味が裏返ることは減った。

 彼等のおかげで、天地が時に逆転することは失われ、虚空が不意に開くことも減った。

 そうやって、今の世界の在り様が安定したのだ。


 さて、そんな時代を経る頃の鋼の種族。神代の大戦争を生き抜いた巨人族としても古き神性を帯びた者達はかの大戦争おいて幾度か大いなる者達と戦った。

 星辰より来たりし赤い星の化身カッシャ。

 北の地より至りし終末を告げる炎の巨人スルト。

 祖の地より別たれた光焔のアーダル。

 つまるところの炎の根源たる者達と。

 世界の始まりを告げるかたち。滅ぼすもの、発展を示すもの。

 虚空、火、水、風、地。世界の円環を成す巡りゆく構成要素。

 神々が司るものの一つ、有限と無限を測る閾値。

 クロウ曰く、火とは根源的な破壊だと唸る。


「火傷ってものを始めて感じた時、身体が削れたのかと錯覚した。痺れるような痛みに続いて、ぼっと、腕だの脚だのが溶けてしまうんだ。おおよそ、鋼の種族にとって、一番の強敵だったと思う」


だが、そこは鋼の種族。その特性から鍛鉄が生まれたものであり、後の世の五行思想に諳んじられる相克(そうこく)から相侮(そうぶ)、まさに火虚金侮(かきょごんぶ)となるが如く、打ち勝つものに変じてしまう。


 かのものは金が祖に等しく、鉄が鋼と打ち上がるが如き不壊。

 神鉄、まことの鉄とは鋼の種族が事を謂う。

 森羅万象に通るは自在剣。

 森羅万象を遮るは鋼の体躯。

 いずこへも一歩で歩き、いずれをも闘争にて打ち克つ。


 つまり、火を断ってしまったのだ。その身体は。

 やがて炎の化身達の天敵となった鋼の一族は、須らく炎を使う敵を叩きのめしてしまった。

 その時に生じた因果で、そのまたあとに遥か極東の同胞、ディダラボッチと共に雲より大きな敵と戦うことになるなど、戦いが戦いを呼ぶような毎日であった。

 はるか昔の話である。


 とある日、クロウは借り受けた本を手に喫茶店のテラスで読書に勤しんでいた。

 既に半月あまり龍の領域に滞在しているが、古龍ヴリドラ老の客人と伝えられているので、高位の龍族とて干渉してくることはないし、そもそも、戦闘訓練を除けば多少の運動と読書に日がな一日かまけているような男であったので、さほどの問題視や危険視をされることもないまま時が過ぎている。

 鋼の種族、という古き血を真の意味で解ってはいない、とも捉えられるが。

 ヴリドラも詳しくは説明しなかった。わかる者には説明せずともわかるし、わからぬ者には言っても無駄だと。

 そして。


「おい、貴様がクロウか?」


そのクロウのことが解らぬものが、あまりに尊大な態度で彼の目の前に現れていた。

 然したる興味もない相手から、友好的でない態度で読書を邪魔されたことで若干の対象評価を下げながら視線を上げる。


「あぁ、それが何か?」


その男は龍族にしては出っ張った腹をした巨漢であった。

 ともすればかなりの長身であるクロウより更に一回りは大きいだろう。


「ヴリドラ老に取り入ってこの領域に居座っているそうだな。とっとと出ていけ」

「断る。用件がそれだけなら帰れ」


すげなくそう告げたクロウは、そのまま本へ視線を戻す。

 その態度に苛立った男だが、本を打ち払おうと予備動作をした瞬間。

 突き刺さるような視線に気付き、男は身を強張らせた。

 本を粗末に扱おうとした時点で、だろう。

 即座に戦闘態勢に入ったクロウが、自在剣を抜刀していた。

 既に闘気を漲らせ、いつでも首を落とせるようだらりと手を下げたクロウは、本を傷つけぬよう優しくテーブルへ置いた。


「他に、用件があるなら言え。残さず、だ」


ぞっとした。

 おそらくそれが最後通告であろうことが男にも解った。

 嘘を口にすれば死ぬ。

 侮った動きをすれば死ぬ。

 戦闘行為に移った瞬間に死ぬ。

 死ぬ。

 それは龍族として生きて来た男が体感したことがないほどの恐怖であった。

 目の前の相手がどれだけの異形で、どれだけの力量を備えた者か把握できない。

自分の無様さ、自分の無力さをまざまざと思い知らされた。

 このまま黙ったままであれば、いつまで自分の命が保たれるのか。

 その恐怖に耐えられず、乾ききった喉を必死で震わせた。


「りゅう、龍の領域で、我が物顔で振舞う男がいると聞いて」

「ほう」

「甘言をもってヴリドラ老を騙し、なんらかの無法を働く可能性もあり、早々に追い出すべきだと」

「それで、わざわざ挑発を?」

「あ、あぁ。大書庫に頻繁に出入りし、情報を探りながら、女あさりを、ヴリドラ老に仲介させて、いるという、噂が本当であれば、看過は、出来ぬと」

「ふむ、語弊があるようだが、それはまぁ、いい」


すぅと、浅くクロウが息を吸い込む。

 微かに揺らぐ片刃の切っ先が、まるで残りの命を刻んでいるようだった。


「で」


気配が、不自然なほどに澄み渡ったクロウが、まるで水鏡を思わす静謐な瞳で男を見る。


「どうする?」


それは、追い出す、それこそ物理的に人を叩き出そうとするつもりかという誰何だ。

 既に手出しをするつもりであったことは、本を平手で打ち据えようとしていたことから察されている。

 即座に首を落とされぬのは、龍と、鋼の種族が間の約束に守られているだけだ。

 そして、約束とは、次の解答、その次第で彼と男との間において破られる。

 勝てる気はしなかった。

 かといって、この後をどうすべきか混乱した頭では思いつかなかった。

 既に気合いに負け、気勢を挫かれていた。 


「これ、これ、これ。物騒な気配を出すでない。クロウ」

「……ヴリドラ老か。よくわからんが、これ、敵としてしまおうか問うていたところだ」


自在剣の放つ剣呑な光に対し、ヴリドラ老が僅かに顔を顰める。

 何かのきっかけ、この男が軽挙妄動の一つでもとっていれば、たちどころに首は落ちていただろうことは想像に難くない。途中で目の前の相手がどういったものか気付き、最後の一線を越えなかったあたり、腐っても龍族の末席に連ねるものだったのだろう。


「儂が、きちんと話を聞いておこう。ひとまず剣を下げてくれ」

「ふむ、なら任せます」

「任されたよ」


男を一瞥し、喫茶店に勘定を払ったクロウは本を抱えて去っていった。

 十二分に距離が離れたことを知覚した男は、膝から崩れ落ちるように尻もちをついた。


「これ、お前さんは一体何があってあの者に喧嘩を売ったのかね?」

「ヴ、ヴ、ヴリドラ老、いったいあの、あの、あの方は?」

「お前さん、鋼の種族と伝えた事、調べもせずにここに来たのかい?」

「まさか、本当に」

「……さすがに呆れたぞ。儂がホラでも吹いたと思っとったのか?」

「は、いえ。たまさか、なにかの間違いではないかと」


深く深く溜め息を吐いた老人は、男の尻に杖を一撃いれた。


「お前さん方の集まりに、ちっとばかし儂を案内しろ。さすがに次はないぞ」


その言葉に顔を真っ青にした男は、ヴリドラ老を足早に案内した。

 虎の尾、どころではない、あれは特大級の爆弾だと理解した今、急ぐしかなかった。



 神代の時代。いや、神話となって久しい古い古い時代。

 あらゆる種族の始祖にあたる者の強さは凄まじいほどであった。

 その争乱で幾度となく世界は壊され、創生が必要になったほどだ。

 神に等しき存在が降り立っただけで大地は砕け、神そのものが腕を一振りするだけで空が割れたのだ。この世の在り方そのものが不安定で、なにもかもが大地や空と等しいほどの存在の力を帯びていた。

 それぞれの始祖が、それこそ世界一個分の強さを持ち合わせ、それが戦でもつれ、発散され、種族としての営みや繁殖を経て、徐々に世界そのものと混ざり合い、界と呼ばれる場が安定したのだ。時間、空間、質量、量子的なふるまい、それらが一定の均衡を保ち始めた頃、というのがそれ以降なのだ。

 その時の始祖達の強さを仮にでも数値換算して1000とすると、孫の代にあたるクロウ達は精々が200か150といった程度であり、始祖代も神性を少しずつ自分の種族へ分散していったことで500か、600といったくらいになっていた。それくらいまで神性が薄まって、世界という箱の強度が増して、やっと箱が中身を零さずに済むくらいになったのだ。

 いちいち世界が壊れていたのでは、記憶も、記録も、環境も、なにもかもが途切れては作り直したり、生まれ直したりすることになってしまう。

 そんなことばかり起きれば、いずれは滅んでおしまいになる。そこで、それを本能的、または無自覚的に悟った者達は、やがて大きな力を分配して集中しないようにしたり、隔離したりすることを覚えたわけだ。

 世界を均す。

 そうやって、均衡に次いで、物事に常態、定まった在り方が決まってきた。

 代わりに困ったのが、当時に存在した神に等しき獣や、他種族の始祖代と戦う時だ。

 神に等しき獣、今は神獣や幻獣の名で伝わる存在達は、居るだけで規格外だったのだ。

 海の端から端まで体の届くリヴァイアサン。

 大地と海を足したより大きなミドガルズオルム。

 太陽を食べる狼スコル。

 天地を貫く世界樹を齧るニーズヘッグ。

 大地を踏み鳴らすベヒーモス。

 星を覆うテュポーン。

 のちに神となるもの、神に滅ぼされたもの、あるいは世界を渡っていずこかへ去ったもの。

 そういった獣であったり、または敵対種族であったりが同じ大地で共に住んでいた時、縄張りだの住処だのを守る為、大戦争の頃は戦わざるを得なかったのだ。

 下手をすれば始祖代に匹敵する彼等を戦う為には、なんらかの手段が必要だった。

 鋼の種族として、天地を壊しかねない攻撃はなんとか耐えた。時に星を溶かす炎熱だろうと、世界を静止させるほどの氷結であろうと、その身体一つで凌いでしまった。

 あとは攻撃の業。自身達にとっての自在剣の使い方を突き詰めた。

 時に岩盤より重く、時に水滴より尖り、時に光すら断つほどに薄い剣。

 そういった己に宿る神性の残り滓を集めた。

 そして至ったのは、剣身をもちいぬことこそ自在剣であるという極地。

 技術、神性、その果て。当時から今に至るまで自在剣の業の最高峰と呼ばれるもの。

 光を消し去り虚空すら操る刃の真髄。

 そういったものを、戦った相手から受けた攻撃だの、世界から零れ落ちた満ち満ちたる構成要素だのを吸い込んで、受けきって、転化していく中で会得してしまったのだ。

 奥義。または秘技。

 そういった段階まで辿り着いたものだけ、大戦争を生き残った。

 鋼の種族ですら、大戦争が終わった頃に残った戦士はたったの三十人ほどであった。

どれだけ困難なことであったのかはわかるだろう。

 そのうえで、グレネットに『鋼の種族としてトラブルを起こすなら、あいつだろう』と評されるだけの力量を備えているのがクロウなのだ。

 飛び抜けて強いわけでないが、戦闘技術として技と知識を培ってきた男なのは間違いない。


「お前達、そんな相手に軽く突っかかれるほど強いのか?」


本当に、単なる疑問としてヴリドラ老は、その場に集う者達に声を掛けた。

 この場にいるのは、龍の領域でも指折り、既に真龍の位であり、やがて応龍や神龍に至る可能性もある者だ。

 もっとも、ヴリドラの目からすると、あと何千年かかけて、たまさか応龍となるものが一人出るか出ないかくらいだろうな、程度であるが。

 ちなみに、先の説明でわかるよう、始祖代、それこそ神龍の位に位置するものとも喧嘩せざるを得なかったのが現存する鋼の種族である。

 ありていに言えば、ヴリドラが戦おうとするなら、万全の準備をした龍の領域に存在する龍全てを率いて勝率七割くらいと考えるくらいだ。

 そして残り三割とて、かつての力量から鑑みてのものだ。眠る寸前までにどれだけのものを培っていきたのか、それはヴリドラとて仔細が解るものでもない。

「そ、そのような危険人物がいるのですか?」

「それもまた違う。力だけなら儂とてお前等を吹き飛ばせるだけの力量があると自負しておる。喧嘩を売ってくるようなら、それだけの対処をしてくるだろうさ。ただそれだけの話だぞ?」

「我々では、とても敵わぬと?」

「儂が見た限りはそうじゃの。まぁ、お前達が儂の寝首をかけるだけの力量を隠しておるのなら、単なる儂の見識不足だろうがの」

「我らは真龍ですぞ? それでも?」

「たとえ真龍だろうと敵わない相手などいくらでもおるじゃろ? 古神だの、巨人種だの、はたまた始祖代のいずれかや、星辰の果てより至る別の基軸の神性に等しき者、それが目に見える場所にいるだけでおたおたしおって情けないのう」


龍種全体の零落に、ともすれば溜息を吐きたくなるヴリドラ老。

 神性の有無ではない、在り様だ。

 年若い者達は考えなしだが新たな師として受け入れるだけの器を示した。

 だというのに、この者達はなんと小さなことに固執しているのか。

 竜の領域を閉じ、外界との間を大きく遮ってしまったことの弊害というものか。


「儂の話はこれで終わりだ。気にくわないから凹ましてやろうというのなら好きにしたらいい。ただし、侮辱して煽るだの、軽んじて下に見るだのはやめておけ。そのような真似をしている間に首を刎ねられたなど、末代までの恥だ。あと、先程そんな恥知らずな真似をしたそこの、名前は?」

「ダルカ、と申します。ヴリドラ老」

「クロウ殿に詫びはいれておけ。同じ気配がするだけで身内が敵視される可能性が上がる。娘や嫁の生首など見たくないだろう?」

「は、はは。すぐにでも」


ヴリドラの言葉に巨漢の男は平身低頭のままその場をすぐに立ち去る。

 残った者も、その様子にヴリドラ老の言葉が誇張でないことを遅く悟った。


「龍は強い種族だ。だが、誰もが最強なわけではない。驕り高ぶるな、傲慢になるな。今一度考えよ」


足音もなくその場を去るヴリドラ老を、なんともいえぬ顔で、その場の面々は見送った。


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