■13■ オルガン編 第3話『出会いとは運命の匙加減』
山岳寺院でダイネン和尚とのめぐり逢い、そして寺の手伝いということで行った逗留は数えて三日ほどの出来事であった。大柄だが人の良い青年に周りのものも良くしてくれ、別れの際は多くの者が見送ってくれた。
多少の金子と保存食を鞄に詰め込んだオルガンは、麓の街から帝国行の乗り合い馬車に同乗することにした。さすがに大陸から大陸といった長距離、他者に気付かれ難い状況でもなければ巨人体での移動は憚られる。
車内では年嵩の人族に混じってサイコロ遊びに興じていた。
出る目に一喜一憂して遊ぶ若者に、まるで孫か息子を見るようにサイコロ遊びを教えていく周囲の人間。実際にオルガンは、この世界の在り様を目覚めて以降、とても楽しんでいた。
かつての頃、始終の殺し合い、自身も生死に関わる大怪我を負った大戦争。
そんな馬鹿げた時代にほとほと悲しみと、そして嫌気がさしていたのがオルガンである。
同世代に比べても幼さの残る彼の容貌や性根は、怪我の治療で人との関りがある頃から途切れてしまったことにも起因する。
そして、大戦争が終わったとて種族間の諍いが止まることはない。
鋼の種族の一部、いや、当時のどの種族でも一定の割合のものが、ほとほとあきれ果てていたのだ。そんな戦いにまみれた時節に。
だからこそ他の領域に去ったり、鋼の種族のように眠ったりすることで距離を置き、いずれ訪れるであろう平穏の時代を願ったのだ。
そして今は、誰もが幸福と喜びに満ちた人生を送っているわけではない。
だが、こうやって関わる多くの人が日々への文句こそ言うものの笑っていることが多い。
そこから考えるのであれば、この帝国という国は、そこまで悪くない場所なのだろう。
馬の蹄の音。
高い青空に、荒々しい風。
買い出しから帰るのだと笑う農夫の親子と干し芋を分け合ってかじり、誰かが歌い始めた曲に拍子を会わせる。
牧歌的で、それでいて心休まる旅路に、オルガンは楽しそうに笑っていた。
擦れ違う街道警備の帝国兵に手を振り、遠く聞こえる狼の鳴き声に怖がる女の子に、かつてあった出来事を御伽噺として語る。
空を渡る龍。遠き星の彼方からの来訪者。かつてあったくだらない友との喧嘩。
そうやって日々を過ごすうちに、大きなトラブルもなくついに帝都に辿り着いていた。
帝国。この大陸においてそう呼ばれる大きな国の首都へ巨大な城門を超えて街へ入る。
いや、入ろうとした。
「君は別の国の人のようだが、身分証明書の類は何かあるか?」
その言葉に鋼の種族の青年は、とても困った顔をして言葉を返した。
「すみません、しばらくお寺で務めていたのですが、そういったものは」
「あぁ、そうなのか。待ってなさい、入国審査所に連れていってあげるから」
門番の一人が、そう言って周りの人間に業務の引継ぎを行うと、詰所近くにある入国審査所と呼んだ場所へオルガンを案内する。どうやら、身分証の有無でいきなり門前払いをくらうことはないようだ。
「この広い帝国で、いちいち少数部族や農村部の人を追い返す馬鹿はいないよ。帝都の人種だの種族だのは数えきれないほどいるのだから。作法も文化も帝国の法に違反しない限りは全て自由だよ。ちなみに、あんたのところは生贄だとか、何かの作法に反した相手をすぐに殺さねければならない、って文化はないよな」
この問いにはオルガンも苦笑いで返した。対面の審査官も同様に笑っていたが。
幾つかの質問と、提出書類への記載を終え、入国が許可された。
定住届を出すまで居場所がわかるという探知魔道具を手首に結ばれ、街の中へ踏み出す。
さて、オルガンはついに、帝国の中心部、華やかなる帝都に到着したのだ。
人、人、人、人と、まるで人々が洪水のように溢れている。
遠く、まるで建物が行列を作るような光景の果ての果てに、小高い丘に聳える皇帝のお城が見えるくらいの広さだ。この都市だけでどれくらいの人数が住んでいるのか想像もつかない。
思わず面食らっていたものの、何か職を探そうとオルガンは歩き出す。
目指すは、帝国の中心部にある区役所だ。
区役所の職業安定所の担当員の一人、ツリメー・ハーゲン嬢は目の前の青年を扱いかねていた。
手元には入都証が一枚、手首にはまだ位置証明魔道具が結わえられたまま。
それだけ見れば帝都に来たばかりのおのぼりさん、で済むのだが。
身の丈は単位換算で2mはあるだろう。柔和そうな容貌の若者であるが、腰にはしっかりと革帯で覆われた剣を刺している。一見すると鉄製の剣のようにも見えるが、それにしては軽そうだ。
どこかの山岳民族か、それとも農村出の若者か。
「こんにちは、今回はお仕事の相談で?」
そう口にする間も相手の様子を観察する。相手と自分の間には緊急時の結界が常時待機しているが、何か不作法な真似をするようなら即座に反撃できるだけの用意はある。窓口の人間には、かつて冒険者や衛兵だったものも少なくない。
「はい、実は、山の方から出てきたのですが、帝国に知人もなく」
オルガンと名乗った青年、どうやら農村出の若者や単なる山岳部族ではないようだ。
立ち居振る舞いは落ち着いているし、口調も丁寧だ。
「帝都に来られる前は何を?」
「直前まではお寺でお世話になっていました。主に雑務を手伝っていて」
山岳寺院などで育てられた孤児か、僧侶の息子か。
どちらであれ多少の教育を受けているのは確かだろう。
「何か得意なことは?」
「えーっと、採集、清掃、あとは荷運びなんかも」
「何か地元で習った魔術式などは?」
「魔術式、えーっと、魔力を操る技なら、幾つか」
「であれば、思いつくものを幾つか、こちらにまとめてもらえますか」
剣を腰に据えながらも、剣の腕については口にしなかった。
おそらく荒事を嫌っているであろうと察する。
さて、魔術式の概要申請書に文字を連ねていく彼を見ながら、どんな職を紹介すべきかツリメーは考えることにした。




