■09■ クロウ編 第2話『龍を倒す剣』
ここは龍の領域。
ただし今は、倒れ伏した龍がそこかしこに並ぶという異常な光景となっているが。
まぁ、加減せずとも龍が易々と死ぬことはないだろう。
自在剣を肩に担ぎ、岩の上に腰を下ろすクロウ。
一匹目を岩山に吹き飛ばしたのがどうも駄目だったらしい。
来るわ来るわ、襲撃だ! いくさごとだ! とばかりに血気盛んな若い龍が多数飛来し、返す山刀で吹き飛ばされていく。
何かの競技かと思うレベルで、自在剣を振ったらボールのように龍が飛んで行く。
岩山に何か所か穴が開き、それでも襲って来た二度目以降の龍は地面に叩きつけた。
つまり、まわりで倒れているのは剣撃ひとつで吹っ飛ばされながらも、反撃に戻ってきた根性の据わった者達である。そもそも、龍をボールか何かと勘違いするくらいに吹き飛ばすのがまずおかしいのだが、それに対して叩きのめされた世代の龍は誰も不思議に思っていなかった。
鋼の種族と気付かないのはまぁ解る。
ただ、相手が龍をぶん殴る膂力なり手段を持ち得ているのを解ったあとで、何の策もなく個別に殴りかかってくるのはいただけない。
大戦争の頃なら全滅まったなしの愚行だ。
平和ボケというより、閉ざされた環境の影響という気もしたが、ここはいったいどんな生活が成されているというのか。
迎撃が終わったので逆に反撃に移ろうと思っていると、今までの龍達と比べれば10倍はありそうな巨体が飛んできた。
一見すると山が飛来してきたのかと思うサイズ感。
目の前に着地する乾いた茶色の鱗をした老龍。
その姿を見たクロウは、大きく目を見開いた。
「ヴリドラ、か?」
『おぉ、おぉ、おぉ。貴方はまさか、トーレなのか』
深く染み入るような声に、自在剣を腰に戻したクロウは、かつての渾名を呼ぶ者に頷く。
「久方ぶり。生きて、いたんだなぁ」
『真祖は既におられぬものの、我らが寿命は遠く永きもの。まさか、貴方と再びまみえるとは、長生きとは、するものですなぁ』
「あぁ、嬉しいよ」
そうやって、かつての友を見たクロウは、苦いような、嬉しいような、不思議な笑みを浮かべていた。
災厄龍ヴリドラ。かつてイグロンより生まれた血筋とは別、天地と等しき龍の一族であるティアマト氏族より生まれた者。そのうち東の果てを目指し旅立った種族がヴリドラを含むパルサ龍種と呼ばれる血族達であった。
ヴリドラはアジ・ダハーカとの兄弟龍であり、その力の大きさから悪龍、魔龍、災厄龍などと呼び現わされた。最初の頃は砂塵と共に生まれたことからアッラータシュ(乾き)と周りから呼ばれていた。
かつての大戦争では、のちに神へ至るヤザタの一族と激しく争い、旱魃と呪いを放つヴリドラは、立ち向かうあらゆる者を殺傷せしめたという。そこから名は伝わらず災厄龍という忌み名だけ語られた。
その戦争も終わり、ヴリドラとアジ・ダハーカ、そしてニム・ロドの三兄弟は東を目指し旅立った。二ムはとある民族の守護者として人々の傍に残り、アジ・ダハーカは砂漠で旅を終え、それぞれが国を興した。ヴリドラは更に旅を続けたが峻厳な霊峰にて足を止め、しばらくの間は仙人に扮して過ごしていたという。
パルサ龍最古の血族、それがこの古の災厄龍ヴリドラだ。
「その後、この龍の領域に参じた、というわけです」
目の前で茶器を用いて黒い茶を注ぐ老人に対し、木製の椅子に浅く腰かけたクロウは視線を注ぐ。
ここは龍の領域の奥にある都市部。端的に龍の故郷、龍の街、龍の郷など、通称で呼ばれることが多い。山岳の一部を崩し、盆地状に広大な敷地をこしらえた場所で、龍と、龍との縁を持つものだけが住む秘された街である。街の規模としては、それこそ小国の王都程度にしか見えないが、時間も空間も見た目通りでないようだとクロウは察する。
「素の姿では、集まって暮らすには難儀しまして、今はこのような人族に倣った姿をする方が長いくらいです」
「そうか」
随分と年老いて見えるヴリドラに対し、クロウは静かに茶を啜った。
龍として生まれ付いたものは、龍として徐々に階位が上がっていく。
生まれて、飛び方を覚えるまでが幼龍。
飛行し、龍の吐息を吐けるようになって成龍。
身体変化、大気操作まで使えて真龍(他種族から変ずるものの角龍あたる)。
神性を有す頃になって応龍、または神龍と呼ばれる。
ヴリドラは神性を備えて生まれついていたので、生まれ出でて数年で応龍と呼ばれるほどになった。あの頃、世界はもっと混沌としていて、そこらの空から神が生まれるような時代であったのだから。
元々神か、神に至ったか、というような些細な話は、すでに多くが失われた物語であるようだが。
「それで、トーレ、いや失礼、今はクロウ殿か。クロウ殿は、なにゆえここに?」
「あー、面倒な話で悪いのだが」
そこで彼はここまでの経緯を離した。といっても、目覚めた理由と、これからについての話なので、さほどの時間はかからなかった。
「嫁、ですか」
「あぁ。それでまぁ、あー、眠らなかった鋼の種族について、龍族で話が残っていないかとか、そういったものを含めて聞いておきたくてな」
「いえいえ、そのくらいであれば」
そして、彼は龍族の知る限りの情報、同じ血族達のその後を知った。
ある者は東の果てに辿り着き、その地に居た巨人族や龍種と夫婦となりその生涯を終えた。
ある者は北の地で同じ巨人種と戦い、その果てに破れ、命を亡くしたと。
ある者は他の巨人達の後を追い、他の世界に移ったと。
ある者は神に至り、神界へ旅立ったと。
そういった経緯を経て、今もなお、この地に残る同族はいなくなったと。
いずれもが、命運尽きて戦いの中で散ったか、その神性を失い、緩やかな時の中で己の一族に看取られ、長き寿命を全うしていったか。
長い長い時は、そうやって多くのものを運んでは流れ去っていったのだと。
「そう、か」
「はい、龍の多くと似たように、鋼の種族も、また」
それらは解っていたことではある。
他の二人も、察していながら、口には出さなかったが。
原初、または神代の頃は終わり、神ですら討たれ、龍ですら滅び、巨人ですらいなくなった。
残ったものの多くも今でいう神界や、異界で暮らすこととし、世界は神話の頃を終えたと。
そして英雄の時代が到来し、神話は英雄譚へ姿を変え、時代は人の歴史へと移り変わる。
ヴリドラより後の世代が数え始めた段階からでも1万と3000年。
それより古い世代が暮らしていたのは、時流の流れさえ定まっていなかった昔々の頃なのだ。
少なくともそれだけの時間が過ぎている。
ならば、自分もまた、身の振り方を考えねばなるまい。
「それで、クロウ殿、このあとはどうされるつもりで?」
「あー、特に、これといって何も考えていない」
「ならば、さきほども遊んでもらった、若い者達に、稽古をつけてもらえませんか?」
その言葉にクロウは眉根を寄せる。
「あの、ひよわなのをか?」
今の時代、龍の群れを前にしてそのような物言いができるのはこの世界でどれだけいるものかと、ヴリドラは懐かしい気持ちと共に笑みを浮かべた。
そう、彼等の生きた時代とは、巨大な岩盤、大地そのものの重さを持つ大剣で巨人が殴りつけようものなら、相手の龍は雲を消し飛ばす勢いでブレスを吐きかけてなお戦い続けるくらいのことが日常茶飯事であった頃なのだから。




