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-作られた命、自然の村- Part 15

  ※   ※   ※




「シナチク、私が送ったデータにはもう目を通してもらえたかしら?

 この信号なんだけどたまたま近くを通りかかった調査車が検知したの。

 これ、どう思う?」


「んー、そうですね」


シナチクと呼ばれた男は空中に浮いているパソコンの映像画面を触り、特徴的な波長の部分を拡大する。


「“鍵”の可能性が少しはある……といった所でしょうか。

 当然、本物である確証はありませんが」


腕を組んで悩む部下にアイリサは自分が思った意見を述べる。


「まぁそりゃそうよね。

 でも少し“鋼鉄の天使級”に似てるとも思わない?」


「うーん……。

 こればかりは分析してみないことには分からないですよ」


 アイリサはこの件で久しぶりに出社していた。自分の職場“大野田重工本社”の一角にある研究室で装甲遺跡調査車が検知した信号をを、自分の右腕と豪語する部下のシナチクと共に眺めている。

 大体遡ること約五日前の夜、ハルサ達がいるジオフロントの近くをたまたま通りかかった装甲遺跡調査車は今まで検知した事のない信号を地中から拾った。その信号は他の大企業が保有する兵器が発するものとはかけ離れており、どちらかといえば“鋼鉄の天使級”にも近いと信号を受け取った研究員は解釈したのだろう。こうして“鋼鉄の天使級”について詳しい部門主任であるアイリサの元にデータが届けられたのだった。


「難しい所よね。

 マキミは“鍵”が何かしら信号を発するものだなんて言ってはなかったわ。

 まああの人の事だから特定出来るような情報を私に言うとは思えないけど、ね」


 アイリサは湯呑の中に細々と浮かんでいるお茶の葉をぼんやりと眺めながら言葉を繋ぐ。シナチクは反応を返さずに拡大した信号を切り取ると、データベースとの照合を開始する。“大野田重工”の本社光重量子コンピューターが爆速で自社の何千もの自社兵器、何万もの敵兵器との信号の照合を開始する。完了まで残り五分、という表示を消しアイリサはふぅ、と小さくため息をついた。どうやら今日も定時では帰れそうにない。


「信号はかなり微弱な物でした。

 遺跡探査車でなければ感知できない程に、です。

 しかしながらこの信号は興味深い」


 シナチクは若いのにたっぷりと蓄えた口ひげを撫でつけ、口に咥えていたサイボーグ用の電子タバコを蒸かす。小さな部屋の中に電子タバコから発せられるフルーティな香りが広がり、アイリサは匂いが自分の所に来ないように手をパタパタ左右に振った。


「興味深い……そうね。

 それは間違いないわ。

 もしかしたら“鍵”の正体を探る手がかりになるかもしれないしね」


すっかり温くなっているお茶を机の上においてアイリサは今回の信号を電子バインダーに挟むとシナチクの持っている電子タバコを取り上げる。


「あの……お言葉ですが主任。

 一応確認なのですがマキミ博士は“鍵”を隠されたのではなかったですか?

 それを探すようなことは彼の意志に反するのでは?」


取り上げられた電子タバコを奪い返そうとしながらシナチクはそう言う彼のいう事は最もだ。その点はアイリサも日々考えており、シナチクの言葉はアイリサの胸の奥に棘として深く届いた。当然、彼女自身もマキミの意志を尊重するべきなのか考えていた。


「うん…そうなんだけどね。

 仕方ないのよ」


「仕方ない?」


予想外の返事にシナチクは思わず聞き返し、アイリサの顔を見る。電子タバコを奪い取りポケットへ入れながらシナチクが見た彼女の表情はいつものニコニコとした人当たりの良い女性からはかけ離れており、光の加減からかまるで妖艶な魔女のように見えた。


「そうよ、仕方ないの。

 だって“気になっちゃった”んですもの。

 そしたら突き止めるようとするのが研究者の性ってもんじゃないかしら?」


その表情に血の気が引いたシナチクは目を逸らし、諺を以てして彼女へ言い返す。


「主任、好奇心は猫をも殺す、と言いますよ?」


アイリサはそうね、と小さくぼやくと足を組み替える。言葉には少しだけ後ろ髪を引かれているような感じを含ませてはいたものの彼女は凛とすましており、迷いのかけらも見えはしなかった。


「けれど、けれどね。

 止められないし、止まらないのよ。

 好奇心が猫をも殺すというのなら、その猫が間抜けだっただけの話よ。

 それに悔しいじゃない?

 あいつだけ知ってて私だけ知らないなんて我慢できないの」


「貴方達は本当になんというか……」


呆れたようにシナチクは言葉を切って肩を落とす。アイリサはそんな部下の座る椅子に片手を置いて話しかける。


「……ねぇ、シナチク。

 今気が付いたんだけどこれ別の信号も含まれていない?

 分析出来るかしら?」


 シナチクが切り取った所よりも少し離れた箇所に小さくだが信号の乱れのようなものがある事に彼女は気が付いた。アイリサはその部分をつんつんと爪で軽く叩き拡大する。シナチクはその部分を直ぐに切り取ると分析にかけた。“大野田重工”の光重量子コンピューターが先ほどの照合と並行して直ぐにデーターベースとの照合を開始する。


「今、分析しています。

 でもこの信号、見覚えが……」


 その言葉とほぼ同時に照合完了の文字が画面に表示された。信号の正体は“大野田重工”と敵対している大企業、“A to Z”の遺跡探査車両だ。敵もあの辺りに目を付けていたという事だ。記録されていないほどの大昔に大都市があったあの場所は曰く付きではあったが豊富な過去資源があると資源課からは算段されていた。


「大体の距離出せる?」


「少しお待ちを……。

 出ました。

 凡そ五十キロって所ですね」


“大野田重工”の装甲遺跡探査車からハルサ達のいるジオフロントを挟んで真反対側という事だ。そこに同じタイミングで敵大企業の探査車両があった。つまるところ間違いなく敵探査車両もこの微細な信号をキャッチしているという事だ。


「つまりこの信号を見つけたのは私達だけじゃないってことね。

 この状況、かなりまずいわね……」


嫌な予感がアイリサの脳内を駆け巡る。彼女の脳内でハルサとラプトクィリ、二匹の姿がよぎる。直ちにあの子たちにこのことを伝えなければならないだろう。あわよくばハルサとラプトクィリだけでも助けなければならない。“ギャランティ”に連絡を取り、救援のために向かってもらうか?それとも適当に理由をぶちまけて“大野田重工”の戦闘部隊を派遣するか?


「“A to Z”に“鍵”を取られる可能性は?」


「当然ゼロではないわね。

 しかし敵がこの信号に価値を見出しているのかしら。

 もし価値を見出しているとしたら……かなり厄介なことになるわよ」


「弊社は“鋼鉄の天使級”のデータがあるからこの信号を価値あるものと判断できました。

 実際問題、“A to Z”が価値あるものだと判断する基準は不明瞭ですね。

 しかしながら一応対策はしておいてもいいかもしれません」


「そうね」


 アイリサは楽しそうに休日を過ごしているであろうハルサとラプトクィリに胸の中で小さく謝る。だが、あの二匹を守るためには仕方がない事だ。捨てられていた獣人達の楽園に“大野田重工”の八脚歩行要塞が侵入し、楽園を滅茶苦茶にしたとしても。マキミの残した“鍵”の秘密と、マキミの家族だったハルサを守るためには仕方がないのだ。


「ねえ、シナチク。

 ここ、少し頼めるかしら?」


アイリサは立ち上がるとどこかへ向かって電話を始める。シナチクはハルサやラプトクィリの事をうっすらとではあるが知る数少ないアイリサの信頼している部下だ。いつも彼女がいない穴は彼が埋めている。


「ええ、わかりました。

 お帰りをお待ちしていますよ、主任」




                -作られた命、自然の村- Part 15 End

いつもありがとうございます~~!!!

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