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-作られた命、自然の村- Part 3

 何かしっとりとした温かいものが額に乗せられる。ざっくりとした肌触りはきっとお湯をしみ込ませたタオルで、タオルはハルサの顔を拭き取り、そのまま体の方まで行くと胸や脇の下なども丁寧に拭き取っていく。温かく、丁寧な手つきからは慈しみを感じ、それはまるで野生の動物の母親が産まれたばかりの子供を舐めているようなそんな感覚だった。


「う……ツカサ……姉……?」


普通は母親の名を呼ぶような場面だが、ハルサには母親はいない。代わりに出てきたのは自分を育ててくれた偉大な姉の名前だった。金属の重りがが乗っているのではないかと思うほどに重い瞼をゆっくりと開くと、ぼんやりとした光にチラチラと照らされたコンクリートの部屋の天井が見える。


「あ、起きた……です……」


初めて聞く声の方にハルサは顔を向けた。まるで風鈴のように透き通ってはいるものの何かの拍子に消えてしまいそうな切なくたどたどしい声は、横に座って温かいタオルを持っている少女から発せられているようだった。


「…………?」


「あ、動かない……ほうがいい……です。

 傷……まだ治らない……です…」


 横に座っている少女はそういうとハルサに布団を被せてくれる。そこでようやくハルサは自分の身に付けていた下着まで含んだ装備全てが外されていることに気が付いた。その代わりに腹部にはぐるぐると包帯のようなものが巻いてある。


「あなた……は……?」


ハルサはうっすらとぼやけた視界ながらも自分のことを介抱してくれている少女をまじまじと見つめた。

 “純白”と“紅”という二色がこの世の中に生を受けて産まれてきたらこういう娘になるのだろう。それがハルサの第一の感想だった。頭からは六本のキラキラとした美しい朱色の角が生えている。まるでキラキラとした宝石のようにも見えるその角は作り物などではなく間違いなくその子の頭部から生えているようだった。真っ白な、本当に真っ白な新雪のような髪の毛は肩ほどまで伸びておりくるくると丸く癖がついている。特徴的なのはその瞳で右目が青くサファイアのようで、左目が赤くルビーのようだった。その瞳に差し込む光は瞳の中で色が変わるのか右目は赤く、左目は青い反射光となって万華鏡のようにキラキラとしている。瞳孔はすっと縦に細長く、爬虫類のような雰囲気を彷彿とさせるが、まつげまで真っ白な彼女の雰囲気を更に際立たせていた。幼さが残る整った顔立ちにハの字の困った眉毛がよく似合っている。細い首や手首には切れた鎖がぶら下がっており、真っ白なワンピースと真っ白な肌の上にかなり目立つ。


「エクロレキュール……。

 みんなからはそう呼ばれている……です……」


「エクロレキュール……?」


「そう……です。

 あ、まだ……寝てて……です。

 お仲間……呼んでくる……ですから……」


エクロレキュール。そう自分で名乗った少女は立ち上がるとなんともせわしなくパタパタと部屋から出ていった。ハルサは自分に被せられた布団を少し持ち上げぐるぐる巻きになっている腹部をサラリと撫でる。起き上がろうとした鉛のように重い体がそれを拒絶した。そしてルフトジウムとの戦いに自分は負けたのだという敗北感が今になって悔しさと無気力と変化して襲ってくるのだった。


「くそっ……」


壁に立てかけてあるアメミットには機能に問題はないものの、ルフトジウムの鋏で挟まれたときの傷がしっかりと残っており、その横に置いてある小刀にはハルサのものであろう血が柄の布に浸み込んでどす黒く色が変わっていた。


「ハルにゃーん!!!!!!」


「ぐえっ。

 ら、ラプト……?」


ドアが勢いよく開き、ハルサは朱色の猫に抱きつかれる。ラプトクィリはいつもの恰好ではなく簡素な布で出来た白い服を着ていた。頭にのせているシルクハットだけは変わっていなかった。


「死んだのかと思ったのにゃ~!!

 無事に目を覚ましてくれて本当によかったのにゃ!

 丸々二日寝てたのにゃ!!

 怪我はないのかにゃ!?

 いや、あるに決まってるのにゃ!

 ボクはどうツカにゃんに言えばいいのかわかんなかったのにゃ~!!」


「お、落ち着いてくれっス、ラプト……」


ハルサは強く抱きしめてくるラプトの肩を弱弱しくつかみ軽くぽんぽんと叩いて落ち着くように促す。


「ご、ごめんにゃ……」


ようやくハルサは布団の中で落ち着いて横たわることが出来た。


「ここはどこっス?

 それにいったい何があったんスか?」


「どこまで覚えてるのにゃ?」


「ルフトジウムが私のお腹にナイフを刺した所までっス……」


一番思い出したくない瞬間をハルサは少し嫌な表情をしながらラプトクィリに伝える。


「わかったのにゃ。

 とりあえずここは……」


ラプトクィリはそういって端末を取り出すと地図をハルサに見せた。


「ここがボク達が乗っていた列車の線路にゃ。

 そしてこの川がボク達が列車から落ちた崖にゃ」


 今ハルサ達がいるのは崖から凡そ三キロ程離れた場所だ。この場所にまで通じる通路はかなり線路の近くを通っており、時折かすかに感じる振動は“カテドラルレールウェイ”の装甲列車が通った時の物だろう。場所的には“大野田重工”の支配圏内ではなく、また“A to Z”の支配圏内でもない。


「かなり安全そうな場所っスね。

 ここならAGSも来ないっスかね?」


「多分にゃ~。

 何もない偏狭な地にゃけど、そんな場所にゃからこそ大企業が見つけることも困難なはずなのにゃ」


 大企業ですら不必要な地域と見限り、切り捨てた正に無政府、無支配者状態の土地だ。支配地域から離れていようが当然大企業の工業都市が排出する環境汚染物質等は降り注ぐため植物などは生えておらず、動物すらいない岩だけの不毛の地帯だ。


「ハルにゃん、ここはかなり面白い場所なのにゃ。

 何を隠そう、ここは地下三百メートルにある巨大な空間――ジオフロントなのにゃ!」


嬉しそうにそう語るラプトクィリだったが、ハルサは馴染みのない言葉に首を傾げる。


「なんスかそれ」


「知らないのかにゃ!?

 ジオフロントっていうのはにゃ……」


ジオフロントは地下に作られた都市、または都市計画の事を指す。かつて大企業が引き起こした“大崩壊”時に大気を埋め尽くした環境汚染物質を遮断するためのフィールドが無かった時代に作られでもしたのだろう。約二百五十年もの長い年月の間に存在自体が忘れられたに違いない。幸運な事にハルサ達はそこに運び込まれたのだった。


「はえ、そんな場所があるんスね。

 それで……?」


「なんと!

 更に驚くべきことにこの都市には人間がいないのにゃ!」


 ラプトクィリは更に嬉しそうにそう言う。人間がいない、獣人だけが形成している社会ということだ。搾取する層がいない街。まさに理想郷とも言える街にラプトクィリが興奮しない訳無かった。そしてラプトクィリが冗談を言っているように聞こえたハルサは思わず聞き返してしまっていた。


「え……そうなんスか?

 人間がいない……?」


「そうにゃ!

 ここは獣人が好きに生き、そして好きに死ぬことが出来るらしいのにゃ!

 最高の場所にゃ!!」


「そんな場所が――」


とても信じられないというようにハルサは咄嗟に起き上がろうとする。


「うっ、いたたた……」


「ああ、興奮させてごめんにゃ。

 ハルにゃん、あと三日は寝てないとダメなのにゃ。

 戦闘用獣人にゃから傷口は直ぐに塞がるからそれまでの辛抱なのにゃ。

 ああ、それとエクにゃんにはちゃんとお礼をいうにゃよ?」


「エクにゃんって……」


ドアの影から顔を半分だけ出して様子を窺ってくるエクロレキュール。ラプトクィリは真っ白な少女を指さして「あの子にゃ」とだけ言うと尻尾と手を振りながら部屋から出ていった。


「介護……。

 続きをする……です……」






                -作られた命、自然の村- Part 3 End

ありがとうございます~~!!

またお願い致します!

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