-見慣れぬ景色、いつもの仕事- Part 13
「あいつ、やりやがった。
ミサイルを橋にしやがったぜ。
めちゃくちゃな奴だよ全く。
なあ、見てたかサイント?」
「……見てましたよ、先輩。
当然じゃないですか。
彼、または彼女はどれくらいの速度で脳内で計算していたんでしょうか。
ミサイルが打たれた順番はともかく物理法則まで考えてなんてとてもじゃないですけど普通の演算能力とは思えません。
あの仮面の下に秘密があるんでしょうか」
サイントは車の窓から上半身を出し、早口で自分の見解を述べていく。
「あの動きができるということはかなり頭がいいのでしょうか?
物理学を嗜んでいる?
大学の教授が親族にいる可能性は?」
こうなったらサイントは止まらないのだが、とにかく今は時間がない。途中からルフトジウムはサイントの仮説を聞くのをやめ、逆に話を遮る。
「今回得ることができた情報は全部記録しておけよ。
外見はホログラムで変えることができるから全く参考にならないしな。
けれど戦い方や内面はどう頑張っても変わらないからそこからあいつの正体を絞っていくぞ。
……どっちにしろとりあえず脅威は去ったな。
あとはあいつらがどう出るかだが……。
任せていいんだろ、カンダロ!」
ルフトジウムは開いているサンルーフから車の中にするりと戻るとカンダロの耳元でがなりたてる。
「そうですね。
罪人相手に情けは無用だとは思ってはいるんですが今回は彼女達のお陰で助かりました。
あの大鎌の大砲がこっちを向く可能性を考えるとカマをかけた方がよいかと。
我々はすでに持ってる弾薬のほとんどすべてを使い切っていますから。
それはあちらも同じだとは思いますが……」
落ちていくビークルは車と並行して移動しながら高度を落とす。丁度いい高さになると大鎌の獣人はビークルの上から飛び降り、綺麗に黒い車の上に着地した。車の天井が大鎌の重さと衝撃に耐えきれず少し凹む。
「そうだな……。
あいつは全弾使い切ったって言ってたが車の中に予備がある可能性もあるしな。
俺も弾は全部撃ち切ったし……。
サイントは?」
「サイントもです。
後は追跡用の発信機弾頭が一発ぐらいしか…」
二機のビークルはほとんど同じタイミングで地面に墜落して、弾薬に引火して爆発する。爆発の範囲外へと二台の車は走り抜ける。“エクステンド”が道を封鎖しているため周りに一般車両の姿はすでに一台も無く、急に黒い車が高速道路の途中にある路側帯に停止してもカンダロは安全にブレーキを踏み、後ろについていく事が出来た。止まった黒い車の運転席から朱色の髪の毛をしたケモミミが降りてくると静かにカンダロ達へと近づいてくる。ルフトジウムとサイントは車から降りると朱髪の猫の獣人に銃口を向けた。弾は残っていなくとも脅しにはなる。
「契約は果たした。
次はお前たちが約束を守る番だ」
合計三つの銃口を向けられているにも関わらず猫の獣人は恐れずに口を開く。大鎌の獣人と同じく電子音声で完全にコーティングされたその声の音色はルフトジウムにとって背筋がぞわぞわとする程気持ちの悪いものだった。
「約束はすでに果たしていますよ?
我々は貴方達のとりあえずの身の回りの安全を保証しました。
貴方達を狙うミサイルを落としたんですから」
「だが我々はあの戦闘マシンを叩き落とした。
そうだろう?」
猫の獣人の口調が明らかに不機嫌な物に代わる。
「そうですよ。
ですから新たにここは交渉の場として話すべきだと私は考えます」
ルフトジウムはカンダロの話の持って行き方に少し関心する。彼も中々にやり手になったものだ。何度か敵対組織や犯人との交渉の機会をわざとルフトジウムが設けてはいたのだが、その特訓の訓練は存分に表れたようだ。弱いはずの立場だったカンダロ達がその一言で相手と同等にまで成りあがったのだから。ゴミを運搬していた列車の中で情けなくて泣いていたあの頼りがいのない男は数々の現場と経験を携え一皮剥けたようだ。
「交渉の場…?
そんな煩わしいことをするつもりはない。
我々の条件はただ一つ。
この場でお前達は追いかけてくるのを諦めろ」
猫の獣人の尻尾がイライラしたように左右に揺れ動く。一刻も早くこの場を離れたいに違いない。ルフトジウムはデバウアーを構えたまま車の中にいる大鎌の獣人とカズタカを見る。カズタカは気絶しているのか薬を打たれているのか目を瞑ってぐったりとしていてピクリとも動かない。大鎌の獣人は車の中で大人しくしていたがじっとこちらの様子を伺っている。
「追いかけてくるのを諦める、ですか。
我々としても貴方達と争いたくは無いのですが……。
我々の出す条件はこうです。
あと二十分もしないうちに“エクステンド”の援軍が到着します。
この二十分を十分間、貴方方の為に引き延ばして三十分にします」
カンダロはこの状況下にありながらも冷静に、しかし強い瞳の光を以てして対応する。
「それで?」
「その時間内なら我々はいかなることでも目を瞑ります。
どうでしょう?
しかし時間が過ぎたらカズタカは我々に返してください。
それとどこに行っても大丈夫なように発信機だけは付けさせて頂きます。
貴方達にとっても悪い話じゃないと思いますが?」
猫の獣人はイライラと尻尾を振りながらも二十秒ほど黙り込む。カンダロの提案が今一番利があることを頭の中では理解しているのだろうがそれに伴うデメリットがまるで見えない為か不安も残っているようだ。
「考える時間が長ければ長いほど自由に使える時間は減りますからね。
そこは一応言っておきます。
それと発信機を取り外した場合、契約は無効になります。
我々の持つ全力を以てして貴方達を追い詰めます。
“大企業”を敵に回す恐ろしさは分かっていますよね?」
カンダロは強く自分の主張を猫の獣人に押し込んでいく。時間がないと急かして正常な判断を鈍らせつつ、自らの欲求を押し込んでいくその手法は間違いなくAGSの社員としてカンダロが芽生えつつある証拠でもあった。
「分かっている……。
よし、その案を飲む。
発信機はカズタカに付けておけ」
「サイントさん、お願いします」
「了解」
サイントが黒い車の中のカズタカに近づきその服に発信機を付ける。カンダロはルフトジウムとサイントに戻って車に乗るように言いつけると自分は車の外に出て小銃のマガジンに弾を込め始めた。窓に分厚いカーテンが付けられている黒い車の中では何が行われているのか様子を伺うことはまるでできない。
「なあ、カンダロ。
あいつら何をしてると思う?」
ルフトジウムは窓から顔を出さない様にしてカンダロに話しかける。
「さあ。
恐らくですが情報を抜き取っているんだと思います」
「その心は?」
にやにやとしながら山羊は尋ねてみる。カンダロは鼻から息を吐くと手に持っていた小銃の安全装置を確認してホルスターに収めた。
「殺すのが目的なら攫う意味は無いからです。
家を爆撃してきた奴らは殺すのが目的だった。
でもあいつらは違うみたいです。
だからこそ今回の交渉が出来ました」
「中々いい答えをするようになったじゃねぇか。
急にたくましくなったような気がするぜお前。
生意気だな」
ルフトジウムはカンダロの頭を掴んでワシワシと撫でてやる。ようやくルフトジウムから認められ始めたカンダロは少しだけ嬉しそうにほほ笑むが、直ぐにまた引き締まった顔をして黒い車の方を注視する。
「ルフトジウムさんのお陰ですよ」
「褒めても何も出ねえぞ。
それはさておき、お前の考えは多分当たってる。
まあそうなるよな。
問題は“その情報がなんの情報なのか”って所だ。
トリプルSクラスのクラッカーでもない限り脳内の情報を痕跡一つ残さずにサルベージするなんて不可能だ。
俺達はカズタカが帰ってきてから思う存分あいつの脳内を調べればいい。
そういう事だろ?」
「はい。
敵にトリプルS級のクラッカーがいるとは思えません。
もしいるとしたら今回情報を抜き出すのにどこかから回線を繋ぐ必要性が出るはずです。
その痕跡を検知するシステムは“エクステンド”に連絡して稼働させています。
ですから、何をどうあがいても今回は私達の勝ちですよルフトジウムさん。
カズタカも守れたし、敵の情報も得ることが出来るんですから」
-見慣れぬ景色、いつもの仕事- Part 13 End
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