-見慣れぬ景色、いつもの仕事- Part 9
「見つけたぜ大鎌野郎!!
援護しろサイント!
ここで仕留める!」
全身の血が騒ぎ、ルフトジウムは居てもたってもいれずデバウアーを抱えて車の後ろで待機しているサイントに叫ぶように命令し、ブロック塀を乗り越える。
「了解」
「あっ!
ルフトジウムさん!」
「うるせぇ!
後にしろ!!」
大鎌の獣人はルフトジウムの登場に一瞬驚いたように身を強張らせたが、横に倒れて苦しんでいる見知らぬ兵士の首に大鎌の刃をぐりっと押し付けてとどめを刺すと体勢を整え、ゆらりとこちらを向いた。いつも付けている仮面のホログラムはデザインががらりと変わっており、鬼のような角と犬科の動物を簡略化したような顔がついている。ブカブカの大野田重工幹部の防弾コートは変わっておらず、相も変わらずその不気味な姿はルフトジウムがずっと追いかけ、捕まえようとしていた大鎌の獣人で間違いない。
「おいてめぇ!
その装甲車の中のおっさんは俺達の護衛対象だ。
てめぇに渡すわけにはいかないぜ。
それにてめぇには聞きたいことが山ほどあるんだ。
連行されてもらうぜ!」
「またお前か……」
ホログラムの仮面の奥にあるであろう獣人の表情はきっと呆れ顔だろう。もうお前にはうんざりだ、という感情が含まれた言葉がボイスチェンジャーを通して変更された機械音声からでも嫌という程伝わってくる。仮面とそんな立ち振る舞いに既に苛立ちを覚えたルフトジウムはデバウアーを左右に切り離し、刃の温度がしっかりと上がっているのをチラリと確認する突然全速力で走りだした。
「覚悟しやがれ!!
ここで俺とお前の因縁にも決着をつけてやるよ!!」
「因縁って言ってるのはそっちの都合で……」
「しゃらくせぇーー!!」
相手の武器が大鎌である以上、間合いに入ったら動きやすいのは短いデバウアーを持つこちら側だ。両手に刃を持っている戦闘スタイルのルフトジウムの方が攻撃のタイミングを自発的に決めることが出来る。前回戦った時ギリギリまで大鎌の獣人を追い詰めたという自信もある。ルフトジウムは今回こそ自分の勝利を確信し、一気に間合いを詰めたのだ。敵はそのスピードに対応するために大鎌を振りかぶり、距離を詰めて来るルフトジウムに対して距離を取ろうと右に飛ぶ。しかしその動きをサイントが許すはずもない。
「っち!」
大鎌の獣人は舌打ちすると少しだけ体を捻って着地位置をずらす。右足近辺にマグナムの銃弾が着弾してコンクリートの破片を散らしたからだ。迂闊に読めるような動きをしようものならその細い脚をサイントのマグナム弾が穿つだろう。
「よくやったサイント!」
そして大鎌の獣人の動きが鈍った隙にルフトジウムは体の勢いと体重と回転を乗せてデバウアーを右から左へと振り切ったのだった。しかし肉や骨が熱で切れるようなすんなりとした感覚ではなく、ガチンとした鈍い鉄の感覚がデバウアーから伝わる。
「しくじった…!?
この俺が!?」
あいつの持つ大鎌の感触でもない。大鎌の獣人はいつの間にか太もものベルトから小刀を抜き、その小刀でルフトジウムの攻撃を受け止めたのだ。この小刀も大鎌やルフトジウムが持っているデバウアーと同じで熱を帯びているようで、デバウアーの熱を以てしても切断出来ていない。しかしながら小刀は所詮小刀。当然ながら全ての力を相殺した訳ではなく、またその体重の軽さもあいまって大鎌の獣人は後ろに下がったがそれは奴の思う壺だった。
「まずい!
サイント!!」
一撃で敵を仕留め損なっただけでなく、ルフトジウムは大きなミスをしていた。自分が犯したミスを自覚したのは大鎌の獣人がわざとルフトジウムに吹き飛ばしてもらった、ということを悟ってからだ。
「え?
どういうことですか先輩?」
吹き飛んだ大鎌の獣人はその勢いを借りて体の向きを変え、ルフトジウムの攻撃をいなすと共に大鎌の向きを変更し、対物ライフルの銃口をサイントに向けることに成功したのだった。
「まず一匹…っス…!」
そして躊躇いなく引き金を引いた。
「くっ――!」
内臓を揺るがすような発射音と共に硝煙を引きながら薬莢が大鎌の排出口から吐き出される。約百八十ミリの貫通力を持ったその弾丸はサイントの隠れている車を易々と貫通するとサイントの体の右三センチの所を通り過ぎて行った。
「サイント!!」
大鎌の獣人の反撃を残ったデバウアーで受け止めつつ、サイントの無事を確認するためルフトジウムが大声を出す。
「……無事です。
流石ですね、先輩」
「ギリギリでしたねほんと……」
カンダロはへなへなとその場にへタレこみそうになりながらも、サイントの無事を確認する。
「しくじった――?」
直ぐに襲い掛かってきた大鎌の刃を受け止めながらルフトジウムはニヤリと笑って見せた。
「よぉ、お前の思うとおりには絶対ならねえからな。
覚悟しやがれ狂犬め」
お互いの息遣いが聞こえる程の至近距離でルフトジウムはじろっとホログラムの向こうにあるであろう大鎌の獣人の瞳を見据えた。“AGSの断頭台”という異名を与えられるほど戦闘経験が豊富なルフトジウムは大鎌の獣人が、その大鎌の先を車の方へと向けようとした時咄嗟に片方のデバウアーを手放して腕を伸ばし、大鎌の獣人のコートの先を少しだけ引っ張ることに成功したのだ。
「クソ…!」
「へへへ、今度こそ俺達と一緒に来てもらうぜぇ!?」
地面に落ちているデバウアーを拾い、ルフトジウムはその切っ先を大鎌の獣人へと向けた。大鎌の獣人の弱点は兎にも角にも体の小ささ故にスタミナが無いことだ。ルフトジウムはその一点をしっかりと覚えていた。じりじりと睨みあうことで息を整える暇を作ろうとしている大鎌の獣人だったが、サイントがそうはさせない。
「おらァ!」
「――!」
ルフトジウムはまた一気に距離を積めるとハサミ形態にしたデバウアーで相手体を丸ごと挟み込もうとする。しかしその攻撃は大鎌の獣人の髪の毛を少しだけ切った程度で躱されてしまうが狙いはそこには無い。
マグナムの銃声が響くと銃弾が大鎌の獣人目掛けて飛ぶ。常に動き続けることをルフトジウム達は強いることが出来るのだ。大鎌の獣人は銃弾に気を散らされ、次第にルフトジウムのデバウアーの攻撃への対応が疎かになりはじめた。開けた道路で戦っている事が今回は間違いなく悪いように大鎌の獣人に働いている。
「はぁ……はぁ……!」
近くで刃と刃を交わすと伝わってくるのは敵の呼吸音と心臓音。明らかに呼吸も心臓の鼓動も早くなっている。もうそろそろスタミナも限界だろう。ルフトジウムとたたかう前に兵士達とたたかっていたのが仇となっているのだ。デバウアーの連撃に次第に大鎌の振りが追いつかず、攻撃を何とか躱すために使用される割合は小刀の方が多くなってきた。こうなると明らかに重そうなあの大鎌はただただスタミナを消費するだけの重荷へと変わっていく。
「あっ…!」
「貰ったぞ!」
マグナムの銃弾を躱すために柱の後ろに逃げようとした大鎌の獣人だったが脚がもつれ、地面に倒れこむ。デバウアーを上下反対に持ち替え、峰打ちにして脚に振り下ろし骨を砕くつもりのルフトジウムは倒れた大鎌の獣人に近づいた。
「先輩!」
「っ!?」
しかし、倒れこんだ大鎌の獣人がコートを捲るとその下には二つの大野田重工製の閃光手榴弾があり既にそのピンは抜かれてしまっていた。次の瞬間ルフトジウムの視界は真っ白に、耳は轟音で埋め尽くされた。
-見慣れぬ景色、いつもの仕事- Part 9 End
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