-大陸間弾丸鉄道- Part 8
ブレーキの音を立て、スピードを落とし始めた敵装甲列車の側面をアメミットで穿ち、開いた穴からハルサはラプトクィリ達が待つ列車へジャンプして戻った。敵装甲列車は操る存在であった運転士が死んだことでコントロールを無くし、どんどん落ちていくスピードは明らかにハルサ達の作戦の成功を物語っている。
「あとは敵のボスの首を跳ねるだけっスね?」
屋根のでっぱりを掴んで体制を整えつつ、灰色の狼は自分の相棒に向かって次するべき事の確認をする。
『そういうことにゃ!
ここまでくればもうあとは安心なのにゃ~!』
作戦が一段落したことで安心したのか、声のトーンが少し落ちているラプトクィリからの通信と共にジャーグがまだ戦っているであろう場所へとハルサは移動を開始した。
「今回私移動してばっかりっスよ~。
もう脚痛いっス……」
『そんな歳でもないにゃろお前!
いいからさっさと行けにゃ!』
「鬼じゃないっスか~……」
列車と列車の継ぎ目を飛び、天井に穏やかに着地しアメミットを落とさないようにしっかりと握りしめたハルサは愚痴りつつも足元の銃撃の音に耳をピクリと動かして状況を探る。乗客達が雄たけびをあげ、続いて野太い男の悲鳴が前方車両から流れ出してくる。数で勝る乗客が理不尽な状況に耐えきれず反乱を起こしたのだ。
『戦況は数で有利な乗客が圧倒的有利なのにゃ。
敵装甲列車が消えるだけでここまでみんなのやる気が出るとは予想外だったのにゃ。
ジャーグ、出来るやつなのにゃ』
「本当にそこまで考えてるんスかねあいつ……。
多分何も考えてないのが正解な気もするっスけど……」
『ハルにゃんって普通に酷いこと言うのにゃ……』
ぼそりと呟きつつ丁度ハルサが飛び移った車両は長い砲身を持った列車砲で、その口径等は兵器に全くもって詳しくないハルサからすれば計測することすら出来ない――が、各企業の超巨大兵器“LA”の持つ装甲すらぶち抜けそうな風貌をしているのは確かだった。
「なんスかこのでっかい邪魔な車両……」
そんな威圧的なものすらハルサからしたら通り道を遮る邪魔なものになる。
『“列車砲”にゃ!
そんなもんどうでもいいから急ぐのにゃハルにゃん!
乗客達はともかく、ジャーグの旗色はかなり悪いのにゃ!』
「……。
この列車砲、何かに使えないっスかね?」
『どうでもいいのにゃ!
さっさと先に進むのにゃ~!!
ジャーグがやばいって言ってるのにゃこのおバカ!」
「うるさいっスね!
今向かって……きゃん!」
列車砲を乗り越え、先に進んだハルサの目の前で小規模の爆発が起こり爆風でハルサの小さな体が吹き飛ぶ。仰向けになって倒れこむハルサの左手からアメミットがこぼれ落ちそうになる。
「やべっス!」
しっかりとアメミットを握り直し、お腹を晒している無防備な状態から脱却するために体を捩じって起き上がろうとしたハルサの目の前にゴトン、と金属の塊のようなものが細かい木片に混ざって一つ、それとネジやナットのようなものが複数落ちて金属の軽い音を立てる。
『なんにゃ!?
一体何が起こったのにゃ!?』
「それを解析しろっス!
このおバカ猫!」
『にゃにをー!?』
爆発に晒されたアメミットの状態を確かめ、ハルサは自分のモノクルをトントンと叩く。状況を分析するためのインジゲーターがハルサの視界に映り、地面に転がっているネジやナットがクローズアップされる。ネジやナットには青色のペンキのようなものがべっとりとついており、一瞬それが何か理解できずに目を細めたハルサだったが次の瞬間に全てを理解した。
「冗談じゃないっスよ…」
地面に転がる金属の塊は人の腕一つ分ぐらいの大きさだったが、自分の嫌な予感が当たることを恐れた彼女はその正体を確かめようともせず、またラプトクィリの分析を待たずして爆発が起こった車両に一気に距離を詰めた。嫌な予感は的中した。爆風で捩じ切れるように開いた車両の穴から中を覗き込むまでもなく、ハルサの目にはとんでもない状況が映った。
「ああくそ!
ジャーグ!
しっかりしろっス!」
「…………」
義体と義体の戦いで滅茶滅茶になった車両内部に立っているのは敵のボスが一人だけだった。敵の機械の体には多数の損傷が見られたが、依然としてピンピンとしている。そしてその左手には頭を掴まれ、だらりと体を弛緩させたジャーグがぶら下がっていた。
「ジャーグ!
ぐったりしてる場合っスか!」
ハルサの胴体程もあった太い彼自慢の右手は肘の部分から引きちぎられ、人工血液がボトボトとこぼれ落ちてる。その足元に敷かれている高級絨毯が人工血液を吸収しきれずに血だまりとなっていた。ぐったりとしたジャーグに話しかけたハルサをじろりと敵は見据え、ドスの聞いた声が電車の音に負けずにハルサにまで届く。
「お前か、俺の装甲列車に忍び込んでたのは!
よくもやってくれたなァ!!
てめえ、生きて帰れると思うなよ!!」
ボスがそう吠え、手に持ったジャーグをハルサへと投げつけてくる。飛んできたジャーグの体を避けようと考えたハルサだったが、避けたらジャーグが列車から落ちるという事を唐突に思い出し慌てて手を伸ばしてその巨体の足を掴む。
「っぐ……!」
人間よりも丈夫かつ、力持ちの体をしている戦闘用獣人と言えど軽く百キロを超えるほとんどが合金で出来上がっている体を引き留めるためハルサの全身の骨と筋肉が軋み、大質量で持っていかれそうになる体を小刀を屋根に突き刺して何とか踏みとどまる。
「ジャーグ、しっかりしろっス!」
ジャーグの体を屋根の上に降ろし、耳を澄まして生存確認をする。肺の役割をするポンプの動作音と人工心臓の鼓動がかすかに聞こえ、まだ生きていることを確証し人心地ついたハルサだったが
「よそ見してる場合か?
獣人ごときが人間様相手に!」
「ッ……!?」
敵がそれを許すはずもない。一瞬にして車両の中から外に出てきた敵はハルサとの距離を詰めて来ると機械の体から繰り出される強烈な突きを叩きこんできた。
「あ、わ、落ち着けっス!」
なんとも情けない声を出しながらハルサは戦闘の被害がジャーグに及ばないように真反対方向へと少しずつ場所をずらしていく。
「よくも我らが本拠地に乗り込んでくれたなァ!?
そんな風に避けてばっかりじゃあァ、いずれ追いつくぜェ!!
ちっちゃい獣人さんよぉ~!!」
「うぜぇっス……!」
ある程度倒れているジャーグから距離が開いたことを確認したハルサは、変わらず攻撃を加えてくる敵の攻撃にようやく反撃することにした。機械の力を借りて車すらぶっ飛ばす威力を持ったパンチに対して反射でその小さな体を地面に低く伏せ、攻撃を躱すと腕に握っていた小刀を敵の腕に思いっきり突き刺した。
「貴様――!!」
予想外の反撃を受けた敵は腕を引っ込め、自分の腕に突き刺さっている小刀を思いっきり引き抜いてハルサの方を信じれないという表情で見る。ハルサは落ちた小刀を拾うと刃についている人工血液を払うため二、三度小刀を振る。
「ジャーグが戦いたいっていうから譲ってたっスけど……。
まあ相性的に私が相手した方がいいって思ってたんスよね」
ぴぴっ、と青い血液が頬に飛びそれをぐいっと拭うとハルサは目を細めて敵を睨みつける。
「お前一体……!?
戦闘用獣人がこの俺に一撃加えてくるだと――!?
普通の戦闘用獣人にそんなことが出来るわけ……!」
アメミットを構え、ハルサは閉じていた自分のコートの前を開ける。しなやかながらしっかりと筋肉のついた細い太ももが露になり、その脚にぐっと力が入る。
「私は狼っスから。
そりゃ“嘘”を付くことだってあるっスよ」
「このガキ……!」
アメミット刃の熱がゆらりと大気に蜃気楼として滲んでいく。月の上に同じ形をした大鎌が被り、きらりとその刃が月光を反射して煌めく。
「そういえば貴方の部下は神を信じているんスかね?
神の加護がどうとか言ってたっスけど……。
そうっスね。
貴方も祈ればいいっスよ。
祈れば貴方の神が救ってくれるんスよね?
人間は祈ることが出来るんスから祈ればいいっスよ。
この状況を覆すことが出来るように」
-大陸間弾丸鉄道- Part 8 End




