-Unhappy Commute- Part4
舌打しながら“ハルサ”と姉から呼ばれていた獣人の子が、シベトリの前に立った。青色の戦車の血が付着した手をぶんぶん振って血を吹き飛ばし、それでも残った分は列車のカーテンで丁寧に拭き取っている。
「君は……?」
「名前は言えないっスけど、人間様が目の前で死ぬのを見捨てるのは嫌だって姉様が言ったんで。
動けそうっスか?」
シベトリの顔を見ようともせずにその子はそう聞いてきた。朱と黄色の目が細くなり戦車の様子を確認している。戦車の機関音が一度止まり、また唸り始めた。驚いたことにこの獣人の子が蹴り飛ばした脚の塊の衝撃は一時的に四足歩行戦車の機関を一時的に止める程の損傷を与えていたらしい。
「腕さえ外せればなんとか……いや、そんなことよりなんだその武器といい君といい……」
獣人の少女――ハルサは、左手に自身の身長よりも巨大な特徴的な大鎌を持っていた。先程四足歩行戦車の分厚い装甲を一瞬で断ち切った武器だ。その刃は高熱を持っている為か、戦車の青い血液を纏いながらもゆらりと陽炎を生み出して空気を激しく歪ませ、蒸気のようなものを大鎌の刃ほぼ全体より立ち昇らせている。
黒い酸性雨がその刃に当たりジュッと音を立て蒸発する。大鎌の柄の部分の先にはニュースでしか見たことないような対物ライフルが取り付けられていて、主力戦車の装甲すら貫通出来そうだ。特徴的すぎるその武器の重量は軽く持ち主の体重すら超えてそうだが、ハルサは片手でそれを扱っていた。
「全くもってこれは驚いた……。
君は戦闘用獣人の遺伝子すらその体に含んでいるのか」
「やっぱ私達のことジロジロ見てたんスね。
まぁ、関しても私は何とも言えないんスよ。
それに私達も戦車がまた動き出す前に早く逃げたいんで。
ちょっと失礼するっスよ」
ハルサは左の太腿のベルトについたいくつもの小刀のうちの一本を空いている左手に持つと、シベトリの義手の隙間に差し込んだ。
「確かこの辺だったような……」
バチッと火花が散るとシベトリの視界に義手がオフラインになったことを知らせるメッセージが流れ込んだ。電源が落ちた義手は驚くほど簡単に握り棒を手放した。
「すまない、助かったよ」
シベトリは義手を擦りながら礼を言うが、ハルサは相変わらず目すら合わせようとしない。
「いいっスよ、別に。
邪魔になるんでさっさとここから逃げてくださいっス。
それとこの事は誰にも言わないでくださいっス。
誰にも言わないって約束してくれないと、私はあなたを殺さないといけなくなるっスから」
「あ、ああ。
もちろんだとも!
分かったよ!」
立ち上がって逃げようとするシベトリだったが、先ほどのダメージから立ち直った四足歩行戦車の前足が再び動き出していた。その巨体をむくりと引き起こし鈍いうなり声をあげる。
「げ、もう動くんスか」
目のようにも見える水色のステータスランプが戦闘状態を示す赤色になり、戦闘モードに入ったことを教えてくる。金属同士が擦れあうギシギシとした音と、コンクリートでできた高架線が衝撃で揺れ、空気がビリビリと強く張り詰める。
「おいおいまだまだ元気に動くじゃないか!」
仕事の鞄を抱えてシベトリがへたり込む。
「あーもー、邪魔っスよ、おっさん!
どっか端っこに行ってて下さいッス!」
鎌の柄を両手に持ち、また目を細めたハルサは、起き上がって今まさに重機関砲の砲門を向けた戦車のセンサー部分を見ていた。腹の奥底に響く甲高いチャージ音と共に青色のエネルギー弾が二門の重機関砲よりハルサ目掛けて放たれる。それを横への跳躍で避け、壁をさらに蹴って空中で一回転しながらハルサは鎌の先をセンサー各部へと向け引き金を引いた。
オレンジの閃光と共に吐き出された対物ライフルの銃弾がカメラやサーマルセンサーと言った戦車の装甲の比較的薄い箇所を的確に射抜いていく。金属の軋む音を出して背中のランチャーからたまらずに対人榴弾を撒き散らした四足歩行戦車だったが、その対人榴弾が弾けて中身を地面にまき散らすよりも前にハルサは地面を蹴って大きくジャンプし、鎌の背の部分で弾頭を空高くへと打ち上げた。
「おっさん、まだいたんスか!?
邪魔だって言ってるじゃないっスか!」
エネルギー弾を右に避けて交わし、壊れた椅子をエネルギー弾除けに使いながらハルサがシベトリにそう話しかける。慌ててシベトリもハルサの真似をして壁の向こうへと逃げ込んだ。
「仕方ないだろう!?
どうやってこの状況で動けっていうんだよ!
逃げようにも逃げたら絶対撃たれるだろこんなの!!」
シベトリはさっきまで自分がいたところに何度も着弾するエネルギー弾の弾痕を忌々しそうに眺めてハルサに言い返す。
「知らんっス!」
銃弾の雨が止んだ一瞬で障害物から飛び出したハルサはシベトリに意地悪そうにそう言って、四足歩行戦車の腹下へと潜り込むと鎌の灼熱した刃を後部の脚に引っ掛け思いっきり体を捻った。
「これで動けなくなるっスよね!?」
鉄をも簡単に一瞬で溶かし、蒸発させる程の超高熱と高周波振動によりケーキのように簡単にその装甲と駆動機器は根本より両断された。青い血が噴き出し、四足歩行戦車が悲鳴を上げる。これがハルサの持つ大鎌“アメミット”の威力だ。再びバランスを崩した戦車が地響きを立てて列車を押し潰しながら倒れ込む。巻き込まれないように、と戦車から離れたハルサは酸性雨で濡れた顔を拭った。
「なあ、君!」
「もー!
なんスか!
今あなたに構ってる暇なんてないんスけど!」
「この後のことなんだが――」
「デートっスか?
お断りっス!」
まだ生きている戦車の装甲版が開き、中から現れたランチャーから対人ミサイルが続々とハルサ目掛けて撃ち出されてくる。三十センチほどの対人ミサイルはハルサとシベトリに照準を合わせ、標的目掛けて突っ込んでくる。
「しつこいっスよ!」
迫りくるミサイルめがけてハルサはその鎌の銃口を向け引き金を何度も引く。焼けた薬莢が吐きだされ、銃弾が正確に敵ミサイルの弾頭をぶち抜き爆発させていく。その爆発に紛れ込み、ハルサは戦車に近づいていく。それに気が付き、重機関砲を放とうとしてくる戦車の上にハルサは飛び乗ると刃の先端を上部装甲に突き刺した。じゅっという音とともに赤く溶けていく装甲に穴が開いていく。分厚い装甲の下には戦車を動かすための動力を生み出す心臓ユニットがあった。
「これで、終わりっス!」
ハルサはそこに銃口を当てると動脈と静脈の根本をしっかり狙って二回引き金を引いた。兵器の弱点をしっかりと把握した適切な攻撃に耐えきれず、四足歩行戦車の鼓動音は弱くなり完全に機能を停止した。
「マジかよ……倒しちまうのかよ…生身で……?」
シベトリは信じられないという面持ちでハルサをぽかんと眺めた。少し息の上がったハルサはシベトリを戦車の上から見下す。どこか遠くからサイレンの音が聞こえ、ゆっくりとこちらに近付いてくる。住民か目撃者が銃声や爆発音を聞いて通報してくれたらしい。
「はー……疲れたっス。
絶対に誰にも私のことは言わないでくださいっスよ。
じゃあそういう事で、人間さん」
ハルサはシベトリに会釈と挨拶をすると、ジャンプして戦車の向こう側へと消えた。
「……信じられないものを見た。
あんなこと可能なのかよ……。
何だったんだあれは……」
あと五分もしないうちに都市警察がここに来るだろう。そして根掘り葉掘り何があったのか聞かれるだろう。機関部から炎が出始め黒煙を吐きだし始めた戦車を尻目にシベトリは黒い空を見上げてゆっくりと息を吐いた。
「案外こういう一日も悪くはないな……。
SNSには書けないけど……」
まだ平和で何もないうちにシベトリは上司の連絡先を開くと遅れる旨を記載したメールを記入し始めた。
-Unhappy Commute- Part4 End