-灰狼と白山羊の平和道- Part Final
「ほら、沢山食べろ。
食べないと体も成長しないぜ〜?」
「も、もうお腹いっぱいっス……」
ハルサはお腹を抑えて呻く。目の前には二つほど空いた皿が机の上においてあり、両方とも野菜だけは残っていた。ルフトジウムはその更にフォークを突き刺しハルサの口の前に持っていく。
「全然食べてねーじゃねぇか!
野菜も併せて食え!
というか遠慮とかしなくていいからもっと食え!
見てみろお前のその細い腕!
ハルサ!
ご飯をしっかり食べてないからだぞ!」
「嫌っス!
遠慮じゃなくて本当に無理っス!
細いのはわざとじゃないんスよ~!
お腹いっぱいでこれ以上食べたら吐くっス!」
「ほら、口を開けろ!
はい、あーん!」
「嫌っス!!
野菜なんて食べたくないっス!」
展望台での出来事の後、二匹は都市の中央区地下街にあるおしゃれなレストランに来ていた。地下といっても“下層部”程地下ではない為に治安は比較的に良く沢山獣人が暮らしている獣人街に通じる道にあるこのレストランはルフトジウムのお気に入りの一つで、たまにサイントやグリズリー姉妹とも仕事終わりに食べに来るのだ。人間用のメニューも当然置いてはいるが、それを注文する人間が来ているのをルフトジウムは未だかつて見たことが無い。また一応人間に配慮してか、人間には人間用に獣人とは別のところに席があり、獣人の使うスペースとは壁で仕切られていた。
「おー!
ルフトジウムじゃあねーか!」
調理場から中年のおじさんが出てきてルフトジウムに手を振る。ルフトジウムも軽く会釈を返し、メニューを片手に持って話しかけた。
「おじさん!
久しぶり!
山羊向けの鮭の甘酢添えとか前あったよな!?」
「ああ、今もあるよ。
メニューの右下見てみな」
「おー!あるじゃねえか!
じゃあこれも頼む!」
「任せておけ。
というかお前、角はどうしたんだ?」
ハルサが一瞬固まってルフトジウムの角を見上げたが、幸運にもルフトジウムもおじさんもそれには全く気がついてはいない。
「うるせー!
上司の命と引き換えに失ったんだよ!
そんなことより塩焼きも!
あとは生野菜のサラダをもう一皿と……」
続いて四つ程料理をルフトジウムは追加で頼み、机の上に山積みになっていた皿を重ねて右へと押しやる。既にその皿の高さはハルサの目線程になっており、ハルサは自分の目の前に野菜だけ残っている皿と見比べる。
「めっちゃ食べるじゃないっスか……!」
「お腹空いてるからな。
あんだけ動いてたらな」
注文した料理が次々届くとルフトジウムは更に追加で四皿ほど注文し、それを全てぺろりと平らげて追加でデザートまで注文する。約二十分後ルフトジウムはパンパンに膨らんだ自分のお腹をさすりながらほっとしたように天井を見上げていた。
「お腹いっぱいになったっス……」
「俺はまだ食べれるけどな。
九割ぐらいと言ったところか。
でもいい店だろ?
しかも安いんだぜ、ここ」
「姉様と来てみたいっス!」
「“ダンガンセントラル”の中央線に乗れば来れるからな。
お前の働いてる陽天楼からだったら大体十五分くらいじゃねえかな」
「意外とお手軽な距離……!
絶対に姉様連れてきてドヤ顔するっス!」
夜にも関わらず大繁盛している店を二匹して出る頃には既に時刻は二十時に迫るほどになっていた。どっぷりと日が暮れており、店を出たタイミングでハルサは一度ツカサに連絡して『今から帰る』ということを伝える。
「さ、帰るぜ。
車に乗りな」
「美味しかったっス!
ごちそうさまっス〜!」
「はいよ〜」
二匹は車に乗り込み、目的地を陽天楼に設定する。自動運転の車はスルリと走り出し、渋滞が緩和され始めた高速道路に合流する。
「今日はとっても楽しかったっス!
本当に色々ありがとうっスー!」
「俺から誘ったわけだしな。
これくらいはするぜ?
楽しかったならよかったぜ」
「お土産話が沢山できたっス!
姉様に話すのが楽しみっス〜!
……ポップコーンは残念だったっスけど」
「ん……。
ああ、そうだな。
でもまた連れて行ってやるからよ。
そんなに落ち込むな。
な?」
「落ち込んではないっスよ!
改めて思い出したら腹が立ってきただけっス!」
「けれどもお前の対応は大人だったぞ。
よく我慢したな」
「えへんっス!
姉様にまで危害が行く可能性があったってことを考えたら冷静になれたっス」
「そうか。
お前には家族がいたもんな。
偉い偉い」
ルフトジウムは運転中にも関わらず左手でハルサの頭を撫でてやる。ハルサの耳がたらんと下を向きニコニコしたその顔がミラー越しにルフトジウムの目に入る。
「へへへっス!」
車は沢山の電光看板や、ホログラム、ネオン鳥居の光の嵐の中を抜けていく。ビルとビルの隙間から都市防衛用のサーチライトが空へと続々光の柱を伸ばしているのが観え、様々な色の光が看板から溢れだしている本社都市の中を二匹を乗せた車は走り抜けて無事に陽天楼の前に辿り着いた。
「今日は本当にありがとうっス!
とっても楽しかったっス!」
「俺も楽しかったよ。
ありがとうな」
「とんでもないっス!
沢山奢ってもらって……あ、姉様!」
車が店前に到着いた音を聞きつけてまだ客の残る店の中から赤色のチャイナドレス姿のツカサが手に紙袋を持って出てきた。帰ってきたハルサの頭を二、三回撫でて、その後車の中にいるルフトジウムに頭を下げて近付いてくる。ルフトジウムも車から出て頭を軽く下げ、車に注意しながら姉妹の方へと近付いていく。
「うちの妹がお世話になりまして……。
ありがとうね、ルフトジウムさん。
これ、お礼と言ってはなんなんだけれど……。
よかったらAGSの皆さんで召し上がってくださいね」
ツカサは陽天楼のロゴが入った紙袋をルフトジウムに渡した。ずっしりとした重さと共に中から少しにんにくの効いた匂いが流れ出し、お腹がいっぱいのルフトジウムの食欲を刺激する。中身は陽天楼名物の肉まんや小籠包の詰め合わせだろう。ルフトジウムもサイントもカンダロも大好きで必ず注文する定番メニューの一つだ。
「これはわざわざ……!
ありがとうございます」
丁寧に頭を下げたルフトジウムにツカサも頭を下げて応えた。その横でハルサがツカサの袖を引っ張って話しかける。
「姉様、姉様!
聞いてっス!
今日沢山あちこち遊びに行ったっス!
映画館で映画見て……それから……」
「はいはい、後で聞くから。
ハルサ先にお店に入ってなさい。
私はルフトジウムさんと少しだけお話することがあるから」
ハルサの背中を手で押してツカサはハルサを店側へと追いやる。ハルサはその空気を察して唇を尖らせながらも指示に従った。
「はーいっス……。
またっス!」
「おう、またな」
不満げな顔をしていたハルサが店の中に入って声が完全に遮断されたことを確認すると、ツカサがルフトジウムに更に近づいてきた。
「ごめんなさいね。
ハルサ、今日転んだりしましたか?
服が汚れているように見えて……。
まさか喧嘩でもした……?」
「えっ、ああ、それは」
口を開こうとしたルフトジウムの言葉を遮ってツカサが立て続けに話す。
「あ、勘違いしないでね!
あの子友達っていう友達が今までできたことが一回しか無くて……。
てっきりルフトジウムさんと何かあったのかなって……。
着せた時汚すだろうとは思ってたんだけど予想以上の汚れ方だったから。
でも、何もなかったのならいいの、あの子とてもがさつだし服すぐに汚したりしちゃうから」
「あれは……。
少し色々ありましてね」
ルフトジウムはツカサを落ち着かせると丁寧に展望台であった出来事を話す。ツカサは初めはしっかりと頷いて聞いていたが途中からかなりの怒りを覚えたらしく、耳と尻尾の毛が坂だっていた。
「許せないわね……」
「しかし、妹さんの態度は立派なものでした。
もし手を出していたら貴女も処罰の対象になっていたかもしれませんからね」
「そう……そうね」
怒りを押さえつけながら両手を目の前で組み、自らの口に当てながらツカサは何事もなくてよかった、というようにため息をついた。逆立っていた髪の毛や尻尾の毛が元に戻りツカサはルフトジウムにもう一度お礼を込めて「ありがとう」と言った。
「おーい、ツカサ!
店クローズの準備するから手伝ってくれ!」
店の中から別の店員がツカサへと話しかける。時刻は既に二〇時半を過ぎていた。
「はーい!
ごめんなさいね。
私仕事がまだあるからこれで……!」
「ああ、いえ!
俺ももう帰るんで!
お気になさらず!」
ツカサはくるりと踵を返し、店に向かって歩き始めたが途中でまたこっちを向き
「次いらした時には何か一皿サービスしますから!
またぜひいらしてくださいね!」
そう言って店内に消えた。ルフトジウムは振っていた手を降ろし車へと戻る。
「サイントには何かお礼をしねーとなぁ。
お蔭でこんなに平和な日々を過ごせたわけだし……。
こんな休日も悪くはねえな。
まあでも……」
キーを回し、エンジンをかける。ルフトジウムはポケットから端末を取り出し、今日使ったお金の量を眺める。合計約六千リル。
「しばらく節約しねえとな……」
山羊は苦笑いして陽天楼をちらりと見るとアクセルを踏む。車はゆっくりとAGSへと向かって走り出した。
-灰狼と白山羊の平和道- End