-踊り子と真実と猫と鈴- Part Final
「昨日はごめんなさいね、ラプト。
えっと、それで……?
結局何がわかったのかしら?」
「昨日の事は思い出したくないから何も言わないでにゃ……。
結果から言えば、なーんにも分かんなかったみたいにゃ」
「あらあら……」
ギャランティ支部での爆発事故があってから二日が経過した。ガスによる引火事故として処理され、公にはならなかった事件だがギャランティの上層部は重工にバレないかどうか相当肝を冷やしたらしい。ギャランティが本部の隠蔽工作班を派遣してくれたお蔭で、重工はギャランティの支部が本社都市にあることに未だに気がついていないようだった。
「ツカにゃんまだ本当は怒ってたりするんじゃないのかにゃ?」
「私?
怒ってないわよぉ~?」
爆発があった日の夜、ハルサはボロボロになって帰ってきた。頬や膝は擦り切れ、最悪骨にヒビが入っていてもおかしくない程の怪我はツカサの冷静さを失わせるのに十分だった。激昂するツカサを横目に本人はケロッとして「大丈夫っス!」とか言っていたが、なにか恐ろしいものを見たのは確かだ。あの場にアイリサ博士がいなかったらハルサを連れてきたラプトクィリにあの時ツカサは掴みかかってボコボコにしていたに違いない。
「本当かにゃあ……」
肝心の狼娘、ハルサは帰ってきてからというものの、禄にご飯も食べずにギャランティ支部の訓練用施設に入り浸っている。戦闘用獣人としてはかなりの腕前と強さを誇るハルサだが、それでもなお上を目指すその姿勢をツカサは嬉しく思うものの、何が起こったのか任務の守秘義務の為話せないラプトクィリを見る目は険しいものになっていた。
「ツカにゃん?」
「ん?」
「目が怖いのにゃ……」
中華料理店陽天楼。ギャランティの資金で運営されている美味しいと評判の中華料理店の椅子にラプトクィリは座り、氷がたっぷり入った烏龍茶を飲みながら胸元を大胆に開けたチャイナ服を着たツカサとお話していた。店はまだ客が少なく平和そのもので、キッチンからは世間話をする声が漏れている。
「あら、それどういう意味?」
ツカサは肘をついてじっとラプトクィリの瞳を見据える。
「……む、昔のツカにゃんみたいな……。
そのー、荒れ狂った表情ってことにゃ……」
「へぇ〜?
そんなこと言うのはどこの猫さんかしらね?」
ツカサはニコニコとした営業スマイルを崩さなかったが、明らかにその笑顔の裏には何か恐ろしいものが見えていた。ラプトクィリはやれやれとため息をついて
「自分の都合が悪いことが起こったらすぐこれにゃ……。
ハルにゃんにバレてないのが不思議なくらいにゃ」
ストローを口に咥えつつ目を逸らし、小さくぼやく。じっと見つめてくる視線をずっと無視することは出来ずラプトクィリは逸らしていた目を真正面にいるツカサに合わせ、ため息をつく。ツカサの吸い込まれるような紅色とも桜色とも取れるの瞳はラプトクィリな冷や汗をかかせるのに十分な深さを持っていた。
「私の妹はああ見えてとっても単純だから。
ねえ、ラプト。
先ほどの一言は私自身を隠すことはできてるっていう褒め言葉かしら?
そう受け取ってもいいのよね?」
「好きにしてくれにゃ。
で、でもボクはいい意味では言ってないのにゃ……」
怯えるラプトクィリの様子を、面白そうに眼を細めて見つめるツカサはすっかりいたずらっ子の表情になっていた。目の細め方や笑い方はハルサそっくりで否応が無しに二人が姉妹なのをラプトクィリに理解させる。
「なによ、そんな怖がらなくてもいいじゃないの。
私と貴女の仲じゃない?」
「殴りかかられて怯えない奴がどこにいるのにゃ……。
昔の殺気、衰えなさすぎなのにゃ」
釣れない態度のラプトクィリにツカサはポケットから何かを出して見せる。
「あーあ、むちゃーる、あるのにな」
赤色のパッケージには一匹の猫と魚がいくつかと、安全第一食産のマークが描かれていて、パッと見るにそれはペットの猫に与えるようなものだったのだがラプトクィリはそれに飛びついた。
「むちゃーる!?」
「そうよ。
しかも新発売」
「よこせにゃ!!」
取ろうとするラプトクィリの手を掴み、逃げれないようにしてからツカサはようやく本題を切り出した。
「わかってるわよ。
でも、ラプト約束して」
「何にゃ?」
ラプトクィリの手を握り、目をじっと見据えるツカサ。その目は真剣そのもので、ラプトクィリは思わずむちゃーるを掴んでいた力を緩めていた。
「ラプト。
私は……!
私はもう二度と戦えないの。
だからお願い、ハルサを守って。
本当なら私が守ってあげたいんだけど……。
もうだめなのよ、体が言う事聞かなくてね……」
「そんなこと分かってるのにゃ、ツカにゃん!
任せとくのにゃ!」
ツカサ……ハルサの姉。彼女はハルサを育てるためにその身を犠牲にした存在だ。無垢で、幼く、何も知らない彼女が酷い目にあいながらもハルサを育ててきたのは簡単に想像がつく。ましてや獣人の彼女に人権は無く、人間の所有物としてしか生きるしかないこの世界で。
「分かってるのにゃ。
ボクが必ず守るのにゃ」
「うん……。
ありがとうね……」
ラプトクィリが力強くツカサの手を握り返すと、ツカサはやっと安心したのかラプトクィリの手を離した。先ほどまでの険しい顔は消え、ニコニコした花のように美しいツカサの姿がもうそこにあった。
カランカラン、とお客様が入店したベルの音が鳴り響く。ツカサは立ち上がり
「あら、いらっしゃいませ。
今日は何を食べるのかしら?」
ラプトクィリにウインクすると客対応のためにその場を離れていった。
「ボクが……。
ツカにゃんの分も守るのにゃ」
ラプトクィリは目を閉じ今から八年前の、ツカサが自分の相棒だった時のことを思い出す。自分の脳の一部を機械に置き換えているラプトクィリのストレージにはあの時のツカサの姿がばっちりと映し出されていた。
「今考えたら本当にそっくりなのにゃ。
ツカにゃん♪」
※ ※ ※
『こんにちは、アイリサ博士。
辛うじて残ったコードMIの遺体の件について報告したいのですが』
「ん?
あ、ああ。
もうそんな時間なの。
少し待って頂戴ね。
回線を秘匿に切り替えるわ」
椅子の上でうとうとと眠っていたアイリサは体を起こす。すでに冷たくなったコーヒーを手に取り一気に飲み干すと、腰の下に入れていたクッションを取り出して床に放り投げた。
「いいわよ。
待たせてごめんなさいね。
報告を続けなさい」
ぼさぼさの赤髪をヘアゴムで無造作に括り、アイリサはパソコンの画面に映し出された画面をぼやっと眺める。そこにはミヨツクの遺体がモザイク無しで映し出されており、かなりグロテスクだったがアイリサはまるでそんなこと気にしていないようだった。
『爆発したミヨツクについてですが、遺体の解析がかなり進みまして』
「遺体はバラバラになっていたわよね?
あの規模の爆発でも解析できるなんてギャランティは流石ね」
『これも博士の技術があってこそです。
ですがお世辞でも嬉しいですねありがとうございます。
本題に戻りますが、ミヨツクの電子頭脳が残っていました』
「電子頭脳が?」
アイリサは思わず前のめりになって話を聞いていた。
『ああ、電子頭脳とは言っても海馬の一部と大脳皮質の一部だけですけどね。
チタン製の頭蓋骨のおかげでだいぶ爆発の威力が削がれたようで』
「流石は元軍隊用の義体って所かしらね?
それで何か分かったの?」
『はい。
ミヨツクと事故直前に接触していた人の顔情報をサルベージすることに成功しました。
残念ながら音声のサルベージは出来ませんでしたから何を言っているのかはわかりませんでしたが……。
今映像の口の動きから何を言っているのか解析中です。
とりあえず顔写真だけでも今から送ります』
送られてきた写真を見てアイリサは眠そうだった目を大きく開き、口に手を当てる。
「こいつ……!」
『お知り合いですか?』
「ええ。
間違いないこの太々しい顔!
マキミ博士とも親しくて、ハルサに戦闘技術を叩き込んだ人!
そして、私達の親友だったアサガワ……!
アサガワ・カズタカよ!」
-踊り子と真実と猫と鈴- End
ありがとうございます~~!!
読んでいただき感謝です~!!