-踊り子と真実と猫と鈴- Part9
『その角を右に曲がるのにゃ!』
「了解っス!」
『そしたら次は左!
ああ、そっちじゃないにゃ!
ハルにゃん!
ちゃんという事を聞いてにゃ!』
「ちゃんと聞いてるっスよ!」
『聞いてないにゃ!!』
小刀を太もものホルダーに戻し、左手にアメミットを持ったままハルサは狭い路地をラプトクィリの指示する通りに駆け巡る。あちこちでAGSのパトカーのサイレンが鳴り響き、赤い光がビルの壁に反射している。明確にハルサ達を探しているのが感覚的に伝わり、追いかけられ慣れていない焦燥感からネオンの光る寂びれた路地をハルサは全力で走って逃げていた。
『そこ右!!
右って言ってるにゃ!!』
「わ、分かってるっス!」
言われた通りに曲がったハルサは一瞬何かに躓きそうになって慌てて立て直す。先程よりも広い通路はアメミットを思いっきり振ったとしてもまだまだ余り余る広さだが咄嗟に身を隠す場所が少ない。嫌な予感がする通路だったが
『今の道路を抜けてもう一度左に曲がったらボクが車を止めて待ってるのにゃ!
ハルにゃんのスピードなら一分もかからないはずにゃ!
早く来るのにゃ!』
その先でどうやらラプトクィリが待っているらしい。
ハルサは咄嗟に頭の中で判断してこの道を突っ切ることに決めた。大通りから差し込んでくるネオン看板のカラフルな光と紫のかかった月光が汚い道を照らしている。沢山のネズミのような生き物がゴミ箱に群がり、新聞紙の上で眠るホームレスが寝息を立てていた。逃げるのに体力のほとんどを使い切ったハルサは少し立ち止まって荒れた息を整え、汗を拭って回復に勤めつつ、周囲を警戒しながら道をまた走り始めた。
「っ!?」
“それ”を避けることが出来たのは、生物的な本能がハルサを支配していたからだった。殺気を感じ、ふと上を見上げたハルサは反射的に足を止め後ろに思いっきり飛んでいた。そんなハルサの目の前に落ちてきたのは先ほどまでビルの壁で光っていた奴隷販売所の看板で、看板は地面のコンクリートを砕き、土煙と轟音を立てながら突き刺さった。
「何が……!?」
『何が起きたにゃハルにゃん!?』
「逃げれると思ってんのかてめぇ。
この俺様からよ」
砕けたコンクリートと土埃の奥から声が響き渡る。目を覚ましたホームレスが叫び声を上げながら逃げていく。ハルサの向かおうとしていた道の先、落ちてきた看板一枚の向こう側にルフトジウムが立っていた。
『“AGSの断頭台”!?
まだ追っかけてくるのかにゃ!?
ハルにゃん、作戦変更にゃボクが車をハルにゃんの後ろに……』
ラプトクィリの言葉に耳を傾けようとしたハルサだったがそんな隙は無かった。
看板を真ん中で叩き割り、ルフトジウムがハルサに向かって突っ込んでくる。ルフトジウムの縦から振り下ろす鋏の一撃をハルサはアメミットで何とか往なし、流れたルフトジウムの体に蹴りを叩き込んでやった。
「うっ!?」
吹き飛ぶルフトジウムの体目掛けてアメミットの対物ライフルを何発か叩き込むが、正確につけていない狙いはルフトジウムのわき腹を掠めて終ってしまった。お返しと言わんばかりにルフトジウムの持つ武器“デバウアー”からエネルギーアサルトライフルの弾がバラまかれる。
「そんなのもあるんスか!?」
慌ててコートで頭をエネルギー弾から守る。ハルサの着ているコートはある程度のエネルギー弾なら弾くことが出来る防弾コートで今回はそれが役に立った。
「いってえなぁ……」
そうボヤキながらルフトジウムは叩きつけられたビルの壁から身を起こす。多脚戦車の足を蹴り飛ばす程のハルサの蹴りを喰らっていながらもピンピンしているルフトジウムは肩を軽く回しながら首を抑える。
「おめえ、中々やるじゃねえかよ?」
「…………」
「だんまりか。
意地でも喋らせたくなるじゃねえか、えぇ!?
その仮面引っぺがして顔を見てやるから覚悟しろ!!」
その言葉を待たずしてハルサは地面を蹴ってルフトジウムの懐に飛び込み、加速用の弾丸を使用したアメミットのフルスイングを身を捻って叩き込んでやる。両腕で振るったそのフルスイングを今回は無理して片手で受け止めたルフトジウムはメキメキと悲鳴を上げる骨を無視して開いたもう片方の手でハルサの胸倉を掴み、スイングして看板に叩きつけた。
「………!」
ハルサの体を受け止めた看板の細い鉄がいくつもへし折れ、それがクッションになってくれたとはいえハルサは痛みで一瞬意識が飛びかけた。小さく軽い頑丈な戦闘用獣人の体は骨が折れる訳でもないが、それでも痛みは常人と同じだ。
「おい、生きてるか?
ああ、生きてるな?
俺とお前はどうにも戦闘力に差がありすぎるんだよな。
けれど、いい筋はしてるぜ。
おかげさまで久しぶりに楽しいんだよな。
なあ、もっと立ち上がって俺と戦えよお前。
もっと楽しませろ、狼。
山羊がそう乞うてるんだ。
狼は答えなきゃだろう?」
「ば……かな事……」
近付いてくるルフトジウムに懐に入られないよう一歩引いて、ハルサはアメミットを体の後ろに構える。しかしハルサの息はもう上がっており、体力がほとんど残っていないことを暗にルフトジウムに教えてしまっていた。巨大な鋏の刃を両手剣のように持ち、ルフトジウムはハルサに襲い掛かる。ハルサはアメミットを体のバネを利用して下から上に持ち上げるように振り回したのだが、刃をルフトジウムのハサミで挟まれてしまった。刃と刃の超振動から起きる火花が二人の間で花開き、オレンジ色の光がルフトジウムの顔を不気味に浮かび上がらせる。ハルサは歯を食いしばって体が持っていかれないよう踏ん張る。
「その大鎌、完璧にオーパーツだな。
俺の持つデバウアーよりも出力が高ぇ。
その刃の持つ温度、十万度にも近い超高熱だな。
俺のはせいぜい三万度、それでも十分すぎるんだけどな。
お前何者だ?
大野田重工の超絶エリート獣人様ぐらいじゃねえと持てない代物だぜそれ」
「…………」
「まぁ何でもいいし、誰でもいいか。
そろそろその手足をへし折らせてもらうぜ。
んで、連れて帰ってやるから覚悟しろ」
ルフトジウムの目がすっと細くなり、何とか堪えていたハルサのアメミットをルフトジウムがデバウアーの刃を使って外向きへと弾いた。がら空きになったハルサの体にルフトジウムの鋭い蹴りが襲い掛かる。殺される、と覚悟を決めたハルサだったがけたたましいタイヤのスキール音と、地面に突き刺さっている看板に何かがぶち当たる音がその場を搔き乱した。
「なんだぁ?」
呆れかえった表情のルフトジウムだったが、その意識は間違いなくハルサから外れていた。その一瞬生じた隙にハルサはルフトジウムから距離を取って態勢を整えることが出来た。
「まあいい。
邪魔が――ぐえっ!?」
ドン、と鈍い音が鳴る。
「どけにゃ、山羊!!」
「な、なんスか!?」
まだ戦おうとしていたルフトジウムが吹き飛ばされてハルサの目の前から消える。忌々しい悪魔の山羊の代わりにヘッドライトを消したラプトクィリの古いクラシックカーがその場にあった。看板を吹き飛ばしていたというのにそのフロントには少しの傷しか入っていない。どうやらだいぶこの猫はこの車を弄っていたようだ。そのスーパーカーの開いた窓からラプトクィリがハルサに向かって叫んでいた。
「さっさと乗れにゃ!
ここからずらかるにゃ!」
-踊り子と真実と猫と鈴- Part9 End