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-Unhappy Commute- Part3

「うおぉぉぉぁああ!?」


 当然、シベトリの体も慣性の法則により椅子から放り出されそうになるが彼は義体の握力で握り棒に捕まっていたお陰で、何とか姿勢を維持していた。立っていた獣人達がほとんど皆床にすっ転びシベトリの左に立っていた雄の犬の獣人は椅子の角に頭をぶつけて泡を吹いて気絶する。

 慌てて椅子の上で起き上がったシベトリの目の前でさっきの姉妹が列車の窓ガラスを割って脱出としているのが見える。その動きは訓練されている兵士そのものだった。


「何だあの二匹!?

 企業特注のニンジャか!?」


 思わず叫んだシベトリだったが、続いて金属と金属がぶつかりあう何かが擦れる音とともに起こった現象でまた叫ぶ羽目になった。客室の天井を巨大な三本の爪のようなものが突き破る。ワビサビを感じさせていた厳かな伝統工芸灯篭照明が割れ、ガラス片が室内に撒き散らされると鋼鉄の列車の天井がスポンジのように軽くまくり上げられていく。


「“重工”の戦車がなぜこんなとこに!?」


床に吹き飛ばされていたシベトリとは別のサラリーマンの男が叫ぶ。その男が指差した先にある爪ユニットに刻まれている所属のマークを見てシベトリは驚愕した。四本の足に、二本の腕がついた昆虫のようにも見えるその戦車には青々とした“大野田重工”の識別マークがついていた。

 そのマークを付けることができるのは大企業直属の戦闘部隊のみ……いわゆるエリートだけだ。全長凡そ十五メートル、全高十メートル、総重量一六〇トンにもなるその戦車には背中に一五〇ミリ多段式レールキャノンが一門と、重機関砲が二門、あとは対人榴弾や垂直小型ミサルランチャーといった装備が詰め込まれている。

 四本の足はその巨体を動かし、重厚な見た目に反して戦車は機敏に動く。支配地域を他企業から守る、もしくは敵部隊を蹂躙する為の兵器であり、当然ながら市街地に存在していいものではないし、ましてやただの通勤列車に攻撃してきていいものでもない。世界を支配する大企業の一つがなぜ自分の工業都市の列車に対して、武力を使って襲撃する必要があるんだ、とシベトリは思考し、会議資料の入った鞄を床に落とした。


「ひっ!ふ、ふざけんなよ!どけ!!俺は逃げるぞ!!」


「何なのよ!?

 血が!血が出たじゃないのよ!」


「このあと会議なんだぞ!

 厳重に抗議してやる!!!

 絶対切腹させてやるぞ!!」


 周りの人間は四足歩行戦車に対して文句を垂れ、獣人は状況を理解できずにその場に座り込んでいる。肝心の戦車は鈍い鳴き声のようなサイレンを鳴らすと、シベトリにセンサーの先を向ける。が、すぐに無害だと判断すると周りの詮索を開始し、まだ手に持っていた列車の天井を高架線より下へ落とした。高架線の下に立ち並ぶ獣人の家がいくつも潰れる音と悲鳴が下から上がる。視覚センサーの詰まった頭のような部分が戦車の下方より伸び、周囲のスキャンを開始する。


「何かを探しているのか……?」


 自分でそう口に出し、黒い酸性雨に打たれながらシベトリはすぐに気が付いた。自分の目の前に座っていた特注の姉妹以外ありえない。普通なら宝箱に入れて大事にしまっておくような存在が公共の列車に乗っていたのだ。視覚センサーを引っ込め、四足歩行戦車の前足が別の車両の天井を突き破って内部にまで突っ込んできた。気絶して動けない獣人がその下敷きになり、一瞬にして爆ぜた肉体から溢れた血の池が脚と床の間に出来上がる。


「わぁぁぁあ!!!」


「どけ!!どいてくれ!!!」


「死ぬのは嫌だ!!助けてくれ!!」


 その惨劇を見てやっと列車に残った人間と獣人が我先にと別の車両へと逃げはじめた。その一人一人を戦車は歩き、時折獣人を、人間を踏みつぶしながらスキャンしていく。当然シベトリも周りに続いて逃げようとしたが、ブレーキの衝撃で壊れたのか握り棒から義手が離れない。慌てて引っ張るが、鋼鉄の腕は頑として動かない。そんなシベトリに一瞥もくれる事なく、戦車の脚がシベトリの頭上目掛けて降ってくる。


「うわぁああああああ!!!!」


 走馬灯が走り、降ってくる戦車の脚の裏を見たシベトリは堪らず失禁した。自分の関節ごとサイバネを引き千切ろうとした。しかし、間に合うわけもない。その一瞬だけはシベトリにとって長い時間に感じ、そのおかげで先程の獣人の妹が真横から弾丸のように戦車の脚に取り付くのが見えた。


「なん……!?」


 次の瞬間には赤色の閃光のような物が戦車の脚を真横に切り裂いていた。戦車の内部を流れる青い血液が装甲の傷口より流れ出し、続いて本体から切り離された脚が完全に地面に落ちるきる――その前に、獣人の子がその細い右足で切り落とした戦車の脚を蹴り飛ばしていた。何トンもある鉄の塊が戦車本体に轟音とともに激突する。

 一瞬にして前足の一本をもぎ取られただけでなく、自分の脚が激突した四足歩行戦車は堪らずにバランスを崩して前に倒れ込んだ。一瞬の出来事と、自分の目を信じれずにシベトリは何度も瞬きを繰り返した。


「っち、洗濯したばかりなのに戦車の血がついたじゃないっスかー最悪っス。

 あ、人間さん?

 あなた大丈夫っスか?」






                    -Unhappy Commute- Part3 End

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