-踊り子と真実と猫と鈴- Part3
「あの……」
「なにかにゃ?」
ハルサは震える手でラプトクィリに手に持っている服を投げつけた。
「ちゃんとボクがサポートするにゃ♪……って言ったっスよね!?
なんで私がこんなことしなきゃいけないんスか!
ねぇ!?」
ラプトクィリのオンボロクラシックカーの中で思わず大声を出すハルサ。ラプトクィリはにやにやと笑って投げつけられる服を運転しながら片手で受け止める。ギャランティからハルサ、ラプトクィリコンビが初めて受けた依頼……それはある男の確保だった。
「オヌイ・ミヨツク、それが今回のターゲットにゃ。
詳細はこのタブレットをよく見るといいにゃ」
ラプトクィリはそういいながらハルサにタブレットを渡してきた。ハルサはタブレットの画面のスイッチをオンにして画面の文字を読む。標的のプロフィールがそこには載っていた。
オヌイ・ミヨツク。年齢四一歳。配偶者と子供は無し。身長凡そ一八〇センチ、体重九八キロの巨漢だ。元大野田重工治安維持第四警護部隊部隊長を務めていたエリート中のエリートは、つい三ヶ月ほど前に大野田重工から払われる大量の退職金と共に仕事を辞め行方を眩ませていた。ギャランティはその彼の足取りをとある理由から追いかけていた。その理由は服を投げつけ終わり、高速で流れていく窓の外の景色を眺めながら拗ねているハルサが思わず耳と尻尾を動かすレベルのものだった。
「ハルにゃんとマキミ博士が分かれたあの日の夜、マキミ邸の警備担当だったのがこいつにゃ」
目の前の信号が黄色から赤になり、ラプトクィリはゆっくりと車を止める。思わず動きそうになる尻尾を気合で押さえつけ、ハルサは改めてミヨツクの写真を見直した。髪の毛は短く黒色で、太い眉毛を持っている。エラが少し出ており筋肉が首にまでしっかりとついていて何とも強靭な肉体を持っていることは簡単に分かる。
「こいつがしっかりしていたらご主人は死なずに済んだんスよね?」
大きなトラックが機動装甲車の乗った貨物を引っ張りながら目の前の道路を走り抜けていく。騒がしく、漢方薬を宣伝する広告の付いた宣伝飛行船が車の上を通り過ぎ、ラプトクィリは少しだけ開けていた窓を閉めた。大昔の車とは思えない程の静粛性で車内の騒音が一気に消える。
「それはボクからはなんとも言えんにゃ。
ただ、こいつがその日の夜警備の責任者だったことは確かにゃ。
あの日の夜のことはボクはよく知らんにゃ。
でもハルにゃんなら分かるにゃ?」
「……こいつを捕まえて話を聞き出せばマキミ博士を殺した犯人に一歩近づくかもしれない?」
「その通り、ご名答にゃ♪」
ラプトクィリは青信号になるとアクセルをゆっくりと踏み込んで車を走らせた。超高層ビルの隙間から差し込む夕方の太陽の光がラプトクィリ側の窓から差し込み、社内を少しオレンジ色に変えていく。
「世間一般ではマキミ博士が死んだのは火災による事故ということになってるにゃ。
でも絶対そんなわけないのにゃ。
それはハルにゃんが一番よく知ってると思うのにゃ」
ハルサは黙って頷いた。
「一体誰が?
どうして?
マキミ博士は不特定多数の恨みを買うような人間じゃなかったのにゃ。
あの人はボクにも良くしてくれたし、恵まれない子に寄付もする聖人だったのにゃ。
これはギャランティからしてもとても気になることなのにゃ。
……ギャランティというか、ギャランティのトップが、にゃ」
あの日の夜の事をツカサもハルサも忘れるわけがなかった。当時マキミ博士は狼姉妹二匹の飼い主であり、ツカサもハルサもマキミ博士の事が大好きだった。捨てられた二匹を拾ってくれたマキミ博士はとても暖かい寝床とご飯、そして清潔な服と仕事をくれた大恩人なのだ。
そんなマキミ博士が死んだのがあの日の夜。今からおよそ三ヶ月程前の出来事だ。マキミ博士は大野田重工に勤める会社員だった。“遺跡”と呼ばれる過去の建造物から引っ張り出した兵器や設備を分析し、解析し、それを現代に蘇らせる部門を取り仕切るとても偉い人だった。大野田重工も彼を評価していたし、マキミ博士も大野田重工に忠誠を誓っていた。しかしあの日の夜、博士は死んだ。真っ赤に燃える博士の家から命からがら逃げることに成功したのはツカサとハルサの二匹だけだ。
「やっと原因が分かるって事っスよね」
「あくまでもかもしれない、ということにゃ。
仮定の話にゃ」
車は主要道路から外れて右に曲がり路地の奥へと進む。広大な空を狭く見せる程の超高層ビルが所せましと見えていた美しい上層部の景色はすぐに無くなり、代わりに薄汚い夜の街の風貌が姿を現し始めた。ビルに遮られて太陽の光はもう全く入ってこないその通りはすでにだいぶ真っ暗で、ちらほらと仕事が終わった社会人の姿が現れ始めていた。ハルサは産まれて初めて目にする酒と金と女の世界で、興味ありげに見ていたがすぐにラプトクィリに見るなと言われて目を逸らした。車はしばらくピンクや紫の看板だらけの通りを走っていたがやがて大きなストリップバーの隣にある立体駐車場に入るとラプトクィリはそこに車を止めた。
「付いたんスか?」
「ここで二時間ほど待機するにゃ。
今は午後六時……作戦開始は午後八時からにゃ」
「あの……?
なんでギャランティがごしゅじ……マキミ博士の事が気になるんス?
絶対関係ないんじゃ……」
ラプトクィリは椅子のリクライニングを倒すと頭に乗せていたシルクハットを取って髪の毛を整える。シルクハットで隠れた部分には機械で出来た猫の耳があった。ハルサは少し驚いたが、あえて何も触れずに話を続けようとラプトクィリの目を見て話す。
「知らんにゃ。
興味もないにゃ。
さっきも言った通り、ギャランティじゃなくてギャランティのトップだけが気になっているのにゃ。
元々親友だったとか聞いたことはあるけど本当に知らんのにゃ。
ボク達は上から言われた仕事をただこなせばいいんだにゃ、ハルにゃん」
ラプトクィリはダッシュボードを開けるとふかふかの枕を二つ取り出して、一つをハルサに投げた。
「なんスかその呼び方……」
「ボク達はもうパートナーにゃ。
あだ名の一つや二つぐらいあってもいいにゃ。
ボクの事はラプトなりクィリなり好きに呼べばいいにゃ」
「じゃあラプト……?
うーんクィリ……?
ラプトのほうが呼びやすくていいっス……ね」
無理に気にしないでいようと思ってもやはりハルサはラプトクィリの片耳が気になってしまいそちらに視線が動いた。ラプトクィリはその視線を感じ、あえて隠すようなことはせず少しだけ笑って手袋を付けた左手で機械の耳を触った。
「これかにゃ?
へへ、ずっと昔に仕事でへまをしたときにちょっとにゃ……。
トゥモローテクニカブル製の優れモノにゃ。
ボクの本物の耳よりよーく聞こえるにゃ」
車のエンジンを切り鍵を抜き取ってラプトクィリはもう一度背もたれに寄りかかると、リクライニングを限界まで倒した。椅子はほぼ水平になり後部座席とくっついてベットのようになる。ハルサはその様子を見ながらもう一度自分が任務中に着ることになる服を見て同じ質問をラプトクィリにぶつけた。
「任務のことは分かったっス。
わかったっスけど……。
なんでこんな服を着なきゃいけないんスか!?」
「だって、しょうがないにゃ。
任務は任務にゃ、ハルにゃん♪」
クラシックカーのキーをくるくる人差し指で回しながらラプトクィリはケラケラ笑い、投げつけられた服を畳んでハルサに返す。
「しょうがなくないっスー!
こんなん恥ずかしすぎるっスー!」
それもそうだ。ハルサが今回の任務に使うから身に纏えと言われた服は安心第一食産の支配する地域から出てきた地方の踊り子が纏う衣服だった。胸と股間の恥部を隠す以外のところは大きく開き、ジャラジャラと金を模した合成金属とガラスで出来た宝石の飾りがついた華美なアクセサリーを手首や足首、二の腕に纏う。紫色の透けた布を顔と股間の所に垂らすのも忘れない。
「ラプトクィリがやってくれっス!
私みたいに見るとこもないような体の獣人がやっても意味ないっスよ!」
「駄目にゃ♪」
「なんでっス!?」
恥ずかしさで顔を真っ赤にして噛みつく勢いで反論してくるハルサをラプトクィリは落ち着け落ち着けと、手を上下に動かして宥める。ハルサがふーふー言いながら落ち着いた頃合いでラプトクィリは右人差し指を立てて
「ターゲットは真正の小児性愛者にゃ」
そう言い放った。
「しょ……へ?」
「んー、まぁ要するにハルサのような小さい子しか愛せない人ってことにゃ!
だからこの任務はハルサにしか出来ないにゃ!」
-踊り子と真実と猫と鈴- Part3 End
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