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-山羊の恋、新たな事件- part10

「おいカンダロ!

 街灯カメラからの映像は見てるか!?」


 無線でルフトジウムは慌てて確認を取る。己の目を疑わざるを得ないような現場はまさに地獄、の一言で表現するのが適当と言える状態だった。本来ならば犯人を狩る側だった人間と獣人だったものが壁に、床に散らばっていた。一歩踏み出すだけで血液と肉片が靴底にこびりつき、にちゃりと嫌な感触を残す。突き上げるような血肉の匂いにルフトジウムは思わずハンカチで鼻を覆っていた。


『見てます!

 こいつは一体!?』


カンダロの声はグロテスクな景色からか、それとも恐怖からかは不明だが震えていた。


「犯人なのは間違いない!

 それはわかるんだけど……ッ!

 映像を本部に送って至急応援を要請しろ!

 流石に俺でもキツイぞこれは!」


 遺体の腹部に齧り付き、「食事をしている」とほざいた獣人は雄の虎の獣人だった。指の爪は長く、がっちりと獲物の身体に食い込んでおり、その口元からは長く尖った肉を食うためだけに特化した牙が姿を見せている。髪の毛は長く長い前髪の隙間から覗くその瞳は黄色く補足鋭く、そこにいるルフトジウムのことを完全に無視しているようだ。


『分かりました!

 で、でもルフトジウムさんは!?』


ルフトジウムの長年の勘と、草食動物の本能はすぐに踵を返して逃げるべきだと告げていた。潜在的な恐怖とも言えるものが心の片隅から姿を現し、圧倒的に黒い重い雰囲気がこの空間を満たしていた。異様としか表せないこの重い空気が肺に入り、更にルフトジウムの力を削いでるようだ。


「俺は……!

 とにかく早くしろ!

 そしてお前とサイントは絶対にここに近づくな!

 俺が死んだとしてもだ!」


『分かってます!

 すぐに応援を要請しますから!

 だから死なないでくださいよ!』


ガブリ、とまた新しい死体にかぶりつきその人肉と獣血をうっとりとした顔でしゃぶり、飲み干す犯人の確保に全力を投入する。そう決めるとルフトジウムはデバウアーを両手に構えると警告で一発犯人の顔の横を通るようにエネルギー弾を撃った。視界外からの邪魔に流石に虎獣人は食べるのを一時中断する。


「これは警告だ!

 お前をここで拘束し、治安維持部隊に引き渡す!

 もし抵抗するようならここでその手足を切断するぞ!

 先に言っておくが俺はAGSの戦闘用獣人だ。

 もし逆らうようなら容赦はしないぞ!」


エネルギー弾が顔のすぐ横を通ったはずなのに虎獣人は表情を一つも変えず、口に咥えていた死体の腕を離すと血の滴る唇を動かし言葉を紡いだ。


「ああ……うるさい……。

 この食事の大切さを分からぬ下賤な生き物が……」


「これが食事だァ!?

 バカ言ってんじゃねぇ!」


 逃げるべきだ、という生き残るための本能を理性で抑え込みルフトジウムは鋏の角度を少し動かし、しっかりとデバウアーが作動していることを確認する。熱せられた刃から陽炎がゆらりと立ち昇り、空気がちりちりと焼ける。いたるところにある蛍光看板のカラフルな光りを反射してその刃が鈍く光る。


「まあ到底理解できまいよ、君には。

 他人の食事への興味など普通は持たないものだ。

 だが私には理解るよ。

 君は虚栄で辛うじてそこにいるのは分かっている。

 強がりは無意味だ。

 今そこに立っているのもやっとだろうに。

 当然だが逃げてもいいぞ。

 そしたら狩りが始まる」


 虎獣人がこちらを向き、ぐいと裾をめくるとそこには“大野田重工”のマークが入っていた。本人は見せびらかすつもりはなくただ単に暑いから、というのが理由だろうがそのマークを見た瞬間ルフトジウムの胸の中が騒いだ。よっぽど大野田重工の事が好きな奴かそれとも本物の大野田重工の関係者のどちらかだが、当然後者だとかなり面倒なことになる。


「お前、そのマーク……!」


「これか?

 これがあると割と何でも許されるんだよ。

 全く、大野田重工様様だよなぁ……?」


その一言はルフトジウムの琴線に激しく触れた。ルフトジウムの表情と態度がらりと変わり、目が獲物を狩る肉食動物に、虎やライオンと同じものに変わる。


「俺が一番嫌いなタイプだぜ、お前」


どすの効いたその声はルフトジウムが周りに立ち込める黒い雰囲気を完全に払いきった証拠だった。


「そりゃあ……どうも!」


 虎獣人のその言葉が切れるや否や、ルフトジウムに虎獣人が掴みかかってきた。


「っち!」


鋏を交差した状態に構え、虎獣人の攻撃をほとんど条件反射で防いだルフトジウムだったがデバウアーと虎獣人の攻撃が当たった時の音にぎょっとする。


「どういう……!?」


間違いなく虎獣人は武器の類を先ほどまで持ってなどいなかった。それなのに今戦場に響いた音は金属と金属がぶつかり合う特有のあの音だった。


「山羊。

 ただの戦闘用獣人の癖に中々やるな。

 見えてたのか?」


「お前、一体……!?」


 虎獣人の拳はいつの間にか鋼鉄の装甲のようなもので覆われていた。火花を散らしながら灼熱の刃に触れていながらもその拳は溶けることもない。鋏とぶつかっている虎獣人の拳は金属で、しかしそれは先ほどまで間違いなく存在していなかった。そしてその腕力は戦闘用獣人であるルフトジウムをも遥かに凌駕するものだった。押し切られる、と思った時にはルフトジウムの鋏は左右に推し開かれ、その体には虎獣人の鋭い戦車砲のような蹴りが突き刺さっていた。


「うぐっ……!」


 虎獣人の蹴りで文字通り吹き飛んだルフトジウムは薄いコンクリートの壁に強く体を打ち付けられていた。通常の人間、獣人ならこの一撃で即死するほどの衝撃だったが戦闘用に作られたルフトジウムの体と防弾コート、装甲版のコンビネーションは容易に薄いコンクリートの壁を砕き、第四路地商店街の建物の中へその体が転がり込んでも何とか骨が軋む程度で済んだ。


「流石は戦闘用獣人、この程度だと死なないか。

 お前達の頑丈さは戦場で沢山学んだよ。

 無駄に固い、そして無駄に強い。

 お前は普通の戦闘用獣人よりも随分と用心深いようだな」


「う………!」


 店内のいくつもの棚を押し倒し、瓦礫が衝撃を和らげてくれたのも幸運だった。遅れてきた腹部の痛みにも怯まずに武器の鋏を手放さなかったのは戦闘用獣人のプライドだ。しかし体が吹き飛ぶ程の衝撃を与えられた腹部はいくら装甲版で守られていたとはいえズキッと強い痛みを訴え、立ち上がろうとしたルフトジウムを阻害する。息が詰まり、胃の中の食べ物を戻しそうになる。


「んだこいつ……!」


『逃げて!

 ルフトジウムさん!』


「逃げれねぇ……よ……!

 いってぇ……くそ……!」


「なら次はもう少し本気でぶん殴ってみるか」


 腹部を抑えながら鋏を杖にして立ち上がるルフトジウムだったが、目の前に立っている虎獣人を見て絶句した。先ほどまでとはまるで違う虎獣人の姿がそこにあった。

その広い背中からは翼のようなものが小さく生えており、小さく開いた翼の穴からは水色の粒子が零れている。あれが飛行ユニットなのは疑いようもない。そしてその両腕はデバウアーの熱に耐える程の金属で覆われていて、その装甲は相手の足にもついていた。頭の上にも薄っすらとだが水色の粒子が浮かんでおり、重工の支配権に住んでいる子供が見るアクションアニメに出てくるような劇的な変化に流石のルフトジウムも驚きを隠しきれない。


「おいおい……。

 頼むか……ら勘弁してくれ……。

 な……んなんだよ、お前ぇ……!」


絞りだすようにぼやいたルフトジウムだったが虎獣人は丁寧にそれに答えるつもりはないらしい。ようやく収まり始めた痛みと、荒れていた息を整えたルフトジウムは杖にしていた鋏を地面から抜き取る。


「なぁ……カンダロ、後は頼むぞ」


『本部に無線が繋がりました!

 もう応援も要請済みです!

 だから諦めないでくださいよ!!』


「はっ、うるせぇよ……」


 無線機を耳から少しだけ離し、デバウアーをもう一度構えなおすルフトジウムは腹部の痛みを無視して、強い眼差しで敵を睨み付けた。勝てなくともデバウアーに血を吸わせて、切り取った敵の体組織からの遺伝子検査で犯人を改めて特定できる、と考えたからだ。一太刀でも与え、傷をつけることが出来れば、命を落としても必ず犯人を捕まえることが出来る。


「AGSの一番槍と呼ばれた俺の力、見せてやるよ。

 来いよ、偏食家!」


「貴女のお腹はとても柔らかそうだ。

 山羊の肉は食べたことがなかったからな」


『ルフトジウムさん!

 上空から何か別のものが!』


「うるせぇ!

 なんだよ今か……ら……?」


 キラキラとした水色の粒子が雪のように降って来る。それは虎獣人の物とは比べ物にもならないぐらいの量で続いて看板の光りを遥かに凌駕する、月のように明るい強い光が空から降り注ぎ、虎獣人もルフトジウムも目を細めた。


「次から次と……!

 なんなんだよ今日は……!」


「っち……。

 これからいい所だったというのにもう迎えが来てしまったか」


虎獣人はそういいながら空を見上げる。そして背中の小さな翼を開こうとした瞬間、雷鳴にも似た何かの音が鳴り響いた。そして突如として地面から立ち上った青白い閃光が虎獣人を包み込んでいた。


「な、なんで俺が――!!!

 ふざけんな!!

 じゅうよ……!!」


余りの光の強さにルフトジウムは目を閉じてしまっていた。瞼を貫通して突き刺してくる閃光はすぐに消え、うっすらと目を開けてようやく先ほどまで虎獣人がいた場所を認識する。虎獣人の立っていた地面は深く抉れており、溶けた地面の基盤が赤く下の階へと流れ落ちていた。そして虎獣人の体は翼の一部分だけを残し完全に消滅してしまっていた。


「何が起こってんだよ……」


困惑し、目の前の光景を処理できないルフトジウムは歳ほどの虎獣人のように空を見上げる。その姿や形は他に例えようのないものだった。


「天使……?」




          -山羊の恋、新たな事件- part10

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