-山羊の恋、新たな事件- part9
土砂降りの黒い雨が小汚い地方都市の夕暮れに降り始める。環境汚染物質がしこたま詰まった雨が降る音に混ざった乾いたまた別の軽い音。エネルギー弾の発射音だ。男の真っ白なシャツに穴がポツンと空き、小さな穴からじわりと滲み出した大量の血が赤く花のように開いていく。
「ル、ルフト……ジ……大丈夫か……?」
血液がどくどくと鼓動のたびに流れ出て、掌についさっきまで感じていた相棒の、心を許した人間の体温があっという間に抜けていく。エネルギー弾を放った連中は直ぐにその場から離れたがルフトジウムは追うことをしなかった。
「おい!
死ぬな!!
あんた言っただろうが!
俺達パートナーだろうがよ!!
なぁ!」
新人でまだまだ何も知らなかったルフトジウムは急に一人になったからこそどうすることも出来なかった。本来なら相棒の人間をルフトジウムが守るべきだった。盾となりF部隊の副隊長を凶弾から救うべきだった。獣人の代わりなど何処にでもいて、しかもまた買えるのだから。しかし彼は真面目で、しっかりもので、そして割り切れない男だった。
「生きろ……生きて幸せ……に……」
「起きろ!
……なぁ!
起きろよ!!」
「……………あば……よ」
「置いて行かないで……」
※ ※ ※
「ん……い。
先輩。
先輩、起きてください」
ユサユサと体が揺さぶられる。急激に浮上した意識で今、自分が置かれている環境を理解したルフトジウムは左手をデコの上に乗せて端末で時間を見た。
「……ん。
あ、あぁ……。
サンキュー、サイント」
薄っすらとまだまだ眠い眼を開けると、サイントの瞳がルフトジウムの顔を覗き込んでいた。金髪に褐色肌の可愛らしい見た目をしたサイントの頭の上で、ウサギの耳がゆらゆらと揺れている。周囲に異常がないのか確認しているのだろう。
「ルフトジウムさん、おはようございます。
まあ、真夜中ですけどね」
先に起きていたカンダロがガハハと笑いながら手に握るハンドガンのスライドを引っ張り、エネルギーパックを装填する。
「何も面白い反応は出来ねえぞ」
ルフトジウムは眠い目を擦りつつ自分が買ってきたにぎり飯と缶緑茶を渡すようにカンダロに言った。
「ほい。
投げますから」
「ん」
ビニール袋ごとカンダロが投げ、ルフトジウムがそれを片手で受け取る。
「そうか、交代の時間だな」
もぐもぐおにぎりを齧ってお茶を啜り、ルフトジウムはカンダロとサイントが三時間見ていたであろう第四路地が見える窓に居座った。
「はい、先輩。
どうかよろしくお願いします。
三時間したらまた交代しましょう、おやすみなさい」
「おう。
なんかあったらすぐに起こすからあんまり深く眠るなよ」
「努力はします」
サイントが寝袋に潜り込むとすぐにスースーと静かな寝息が聞こえ始めた。彼女も相当疲れていたのだろう。まあ無理もない。彼女は目だけでなく耳もいい。周囲の環境を監視するのにも必死だったのだろうから。
「深く眠るなって言ってんのに全く……」
「獣人ですもんね〜。
仕方ないと思いますよ。
……よし、整備終わり。
僕も少し寝ますね」
カンダロもいそいそともう一つの寝袋に潜り込むと目を閉じる。
「定刻通り十五分で起こしてやるよ」
「はは、お願いします」
ルフトジウムは窓を軽く開けて部屋の中の空気を入れ替える。ひんやりと冷たい夜の風が吹く時刻は午前三時。草木も眠る丑三つ時に関わらずここから見る下層部はかなり明るい。あちらこちらで居酒屋と獣人風俗のカラフルな看板で彩られた街が第四路地から離れたところで強烈な光を光を放っている。深夜だというのにそこに獣人の雌を買いに来たり、合成酒を飲みに来たりする上層部から流れてきた人間が歩き回っていた。
「どれどれ……」
窓枠に設置された双眼鏡を押しのけ、肉眼で現場を確認する。第四路地にはポツポツとだが人と獣人が歩いているがこれらは全てAGSが雇ったプロの囮捜査官だ。当然ながら一般人を犠牲にするわけにもいかないので第四路地に通ずる道は全て封鎖している。大野田重工の許可もすぐに降り、一日でこれだけの耐性を整えたカンダロをルフトジウムは少しだけ見直していた。道の封鎖も隊長を通して上層部に手配してもらったもので、万が一の事も考えていくつかの制圧チームがこの現場の近くに配置されていた。迎え撃つ準備は万全だった。
「ん?」
ルフトジウムが監視を始めて十分程した時、看板の明かりの一部に紛れて一筋の彗星のような光が第四路地へと降りていくのが見えた。その彗星は青白い光を放っていて、遠目にはまるで蛍のようにも見える。
『こちら第四班!
空から……“天使”が……!』
『獣人……?
いやあれは……おい!
逃げろ!
あれは……!!』
現地にいる囮役の捜査員の無線が一気に激しさを増した。何か異変があったに違いない。ルフトジウムは慌てて二人を起こすために叫ぶ。
「カンダロ!
サイント!
起きろ!!」
「ん……?」
「え、もう三時間……?」
「多分犯人だ!
制圧班をお前が仕切れ、カンダロ!
私は現場に行く!
サイントはカンダロの補佐をしろ!
いいな!」
ルフトジウムは自分の鋏を掴むと窓枠を蹴り飛ばした。
「ルフトジウムさん!?」
「階段なんて使ってられるか!
屋根伝いで行く!」
「指揮を取ります!
援護が欲しかったらすぐに無線で教えてください!」
ルフトジウムは軽く手を上げてカンダロに了解の合図を送るとそのまま割れたガラスの隙間を潜り抜け、走り出した勢いを借りて二十八階のベランダからジャンプした。別の建物の屋根が迫ってくるがルフトジウムは特に焦ることもなくずんと、屋上に着地して走りジャンプで建物から建物へとただひたすらに現場に急いだ。
※ ※ ※
「お前……何なんだ?」
「おや……新しい獲物がまた一人?」
指揮室から飛び出してたった三分程しか経っていないというのに現場は悲惨なものだった。道路上には制圧チームのばらばらになった遺体が転がっており、カンダロの指揮もむなしく全滅したのが簡単に見て取れた。そんな血の海の真ん中には一匹の雄の獣人が立っていた。
「まあお前が犯人、だよな?」
鋏を構え、ルフトジウムは目の前に立つ獣人を威嚇する。
「まあ待て。
今は食事の時なんだ……。
話は後で聞いてあげるからさ」
そういうと雄の獣人はまだ新鮮な遺体の一つのはらわたに思いっきり噛みついたのだった。
-山羊の恋、新たな事件- part9 END
ありがとうございます~!!
お絵描きとかもツイッターでやってたりするのでよろしかったらツイッターの方もよろしくお願いします~!