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-Unhappy Commute- Part2

『ご乗車ありがとうございました。

 あと十分ほどで中央事務所オフィスビル、中央事務所オフィスビルです。

 お降り口は右側です。まもなく終点の――』


 機械の無機質な声が、シベトリの眠気に支配された脳内に蛇のように滑り込んできた。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。彼は人間だった時の癖でつけている腕時計をちらりと見て、額に浮かんだ汗を拭った。


「うっ……」

 

 変な姿勢で眠ったせいで痛む首筋を抑え、シベトリは呻く。最近徹夜続きで禄に眠れていなかった。もし睡眠不足が原因で会社を休めば最後、ただでさえ外れた出世街道には二度と戻れず、部長クラスの安い給料でこき使われ、退職金も払われない負け組人生を歩む羽目になる。

 その一方でこのまま出社を続ければ必ず出世街道に戻してやると上司に言われていた。自主退社を促されておいて従ったとはいえ、希望までも捨てたわけではない。だからこそシベトリは朝一から終電まで仕事をしていたが、今日で二十四連勤目であり、機械ではない所に疲労の溜まった体は限界に近づいていた。座り過ぎで痛む腰を撚るとバキバキと関節から音が鳴った。


「んー!駅で買ったオーガニック三色団子中々悪くないっスよ、姉様!」


「あら、もう開けたの。

 全く堪え性がない……。

 いくら何でも早いわよ」


「だってお腹すいたんスもん」


「全く……。

 ちゃんとお姉ちゃんの分一本だけ残しておいてよ?」


「分かってるっスよ〜……多分っスけど」


「残しなさい、分かったわね?」


「わ、分かってるっスよ……。

 そんな怖い顔しなくてもいいじゃないっスか……」


 眠っている間に目の前に座ったのであろう獣人姉妹が、有機三色団子の入った安っぽい容器の蓋を開けていた。かなり珍しい、とシベトリは心の中で独り言ちる。到着までの残り十分間、再び眠ろうと腕を汲んだシベトリだったが、タバコ休憩の際、上司にする話の種にするため目の前の姉妹を観察することにした。


「えーこれもう一個買えばよかったっスねー……。

 惜しいことをしたっス」


「あら、本当に美味しいわね」


「そうっスよね!

 ご主人からもらったやつには劣るっスけど……それでもおいしいっスよ!」


「三食団子はあなたの大好物だもんね。

 また見かけたら買いましょうか」


 まず獣人の姉妹が共に行動できている事、そして相互にまともなコミュニケーションが取れている事がそもそも稀な存在なのだ。遺伝子的に繋がっている姉妹であることははっきりと見て取れる。二人はとても似ていて、右目の下の泣き黒子の位置まで同じ、更には顔立ちも似ていた。

 二人してハキハキと共通語を喋っている所を見ると、獣人の中でも最上位モデルつまり人間と同じレベルの思考ルーチンが許可されているタイプだ。着ているものは特段珍しいものではなく、重工の支配する地域に住む人間は基本的に着物を着ているが、姉は上品な紫色の下地をした着物に桜の模様が、妹は鈴蘭色の短い着物に金木犀の花柄が付いていて、裾の短いスカート状のような和服を身に着けている。

 姉も妹も宝石ように深くて濃い赤色の瞳をしていたが、妹は左右の目の色が違っており、左目は薄い山吹色で片眼鏡のようなものをつけていた。角度によって両者とも瞳の中に青い円が見える。姉の方は青い蝶が黄色い花に停まっているような髪飾りを、妹は桜に白いリボンの髪飾りを二人して前髪に付けていた。

 二人して綺麗なロングヘアーだが、姉の方が妹よりも色素が薄く設定されているのか髪の毛の色が妹よりも薄い。薄い灰色に薄めのワインレッドだ。その一方で妹は紫の少し入った濃いめの灰色に、ワインレッドの三編みを左のもみあげから垂らしていた。

 二人して尻尾は三本あり、オーダーメイド品であることが強調されている。なにはともあれ、一体当たりおよそ二億リルは軽く超える値段になる。戦車が獣人一体が二台程買える計算だ。ここまで来るとペットや慰み者ではなく、家族として大事に扱われるレベルだろう。“重工”の執行役員のペット、もしくは金持ちが酔狂で金をかけまくったとしか思えないその姉妹は、二人とも布で包んだ大きな棒状の物を列車の壁に立て掛けながら話していた。

 話しながらも姉は優しい表情を崩さず、妹は少し生意気そうな顔をしながらも団子を食べてニコニコと笑っている。都市の上層部に住むお偉いさんに言われてお使いでも頼まれたのだろうと、シベトリは一人で納得すると、姉妹から目を離して手に持った電話で今日の会議の資料を開いた。こういう輩は見ているだけで十分だ。自分で所有しようとは思わない。


「それにしても雨止まないっスねー……。

 雨は好きっスから、ずっと止まないで欲しいっスけどこの黒い雨は早く止んでほしいっス」


「雨は必ず止むものなのよハルサ。

 じゃないと虹も、太陽も見れないでしょう?

 お屋敷にあった花達も枯れちゃうわよ」


「それはそうなんスけど黒い雨なんて珍しいじゃないっスか。

 第一こんな汚い雨、本社都市の郊外周りには絶対になかった現象っスよ?

 変わってるじゃないっス……むぐ」


「しーっ、あまり大きな声で言わないの。

 本社とかそういう言葉に人間は慎重になるらしいから」  


本社、という単語にシベトリの手が止まる。まさか重工の本社都市から来たというのか。シベトリは興味がないそぶりをしながらも自然と会話に耳を傾けてしまっていた。


「姉様がそういうなら気を付けるっスけど……。

 別にいいじゃないっスか今はもうそんな事。

 あ、そう言えば、次は何処まで行くんスか?」


「次は……そうね。

 “博士”の友人の所へ行ってみようかと思ってるわ。

 このまま中央駅で乗り換えて……“カテドラルレールウェイ”に乗り換えかしらね」


「私はその友人に会ったことないっスけど大丈夫っスかね?」


「恐らく……。

 要件さえしっかり伝えれば大丈夫だと思うわ」


「それならいいっスけど……。

 とにかく慎重に行動しないとっスね。

 ご主人言葉の通りなら色々面倒っスから」


「そうね……。

 どうしたもんかと私も悩んでるのよ?」


「私はあんまり考えるの好きじゃないっスから……。

 そういうのは姉様が一番っス」


「それになんと言っても時期が――ハルサ!!」


「へ!?

 な、なん――!?」


 ハルサと呼ばれた妹の声はけたたましく鳴り響いた列車の警笛と、空気を劈いたブレーキ音によってかき消された。慌てて会議の資料から目を離したシベトリだったが、その時にはもう遅かった。手からデバイスが滑り落ち、ガクンとした強い衝撃が電車に走り一気にスピードが落ちると、慣性の法則で獣人達が車両前方へ向かって一斉に倒れ込んだ。







                    -Unhappy Commute- part2 End

ありがとうございます~!

のんびり書いていくのでどうかよろしくお願いします~!

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