-山羊の恋、新たな事件- part8
ハルサとメールアドレスを交換し、陽天楼で朝ごはん兼、昼ごはんを食べた翌々日。
時刻は午前十時、快晴で降水確率はゼロパーセント。スモッグ発生率もゼロ。外で食べるおにぎりが美味しい気候にも関わらず、鬱蒼として薄暗い下層部にある第四路地がしっかりと見える場所にカンダロ達は部屋をAGS名義で借りた。
オンボロアパートの家主は事件のせいで今までいた奴らもみんな出ていったと嘆いており「この辺りの評判を落とした犯人を捕まえるためなら」と気前よく一番広く、素敵な部屋を貸してくれたのだった。
人食い獣人が人や獣人を見境なく襲っていた犯行現場はこの第四路地の近くで、次回もここでやる可能性が高い。
「おい、水くれ」
壁にもたれかかりながらルフトジウムがカンダロにほれ、と左手を伸ばした。カンダロはビニール袋をゴソゴソと探り、中からペットボトルを取り出してルフトジウムに渡す。
「はい、これ。
で、あれからまたいろいろ調べてみたんですよ、ルフトジウムさん」
「へー、何を?」
薄明かりの中、ルフトジウムは水を飲みながらカンダロに話を続けるように促した。部屋の電気は点いておらず、外から差し込むぼんやりとした明かりとカンダロが輝度を最低まで落とした端末の液晶の明かりだけが部屋の中の光源だった。
「事件が起こっている条件です。
でもこれがさっぱりなんですよね。
一定の周期が存在しないんですよ」
「まーだよな。
俺もそれは調べてみたが一応見せてみろよ」
はじめの事件は三十五日前。次が二十二日前。その次が十三日前、そして五日前。目に見えるような規則性は無い。
「被害者も一応再確認しておくか?」
「ですね。
でもこっちも全く共通点はないですよね」
治安維持部隊が送りつけてきた資料を二人でじっくりと再度眺めてみたがやはりそこに共通点はなく被害者の年齢も性別も種族も全てバラバラだった。ルフトジウムは自分の耳についてるピアスを触りながらふう、と鼻から息を吐く。
「本当に手当り次第なんだろうな、犯人は。
誰でもいいんだよ」
異常者め、とルフトジウムはペットボトルの水を飲み干しながら心の中で呟くと空になったペットボトルを握り潰した。
「遺体は喰われてあちこちが欠損してますしね。
そもそも遺体を喰うってのがもう恐ろしすぎますよ。
殺したとして普通それを食べますかね?」
「アイツ……じゃないよな」
ルフトジウムの脳内にはあの列車で会った大鎌持ちの獣人がふと浮かぶ。軽く頭を振って今は目の前の事件に関係無いことを忘れようとする。手に握ったままのペットボトルを静かに床の上に置き、ルフトジウムは横に置いてあるデバウアーを無意識で握りしめていた。
「ルフトジウムさん?」
「なんだよ?」
「何やら辛そうだったんで……。
大丈夫ですか?」
「別に、何でもねぇよ。
なあ、カンダロ。
これよ、何かの行事と一致してたり……しねぇか?」
「やっぱりそう考えますか。
残念ながらしないですよ。
ぼくも一度そう思って調べてみたんですけど、まるで思いつきませんでした」
サイントが見張り窓からのそりと離れてビニール袋の中をガサゴソと漁る。ビニール袋の中から適当に自分が買った缶緑茶と野菜スティックを持って、ゴソゴソとまた元の配置に戻り窓から監視を続ける。ルフトジウムはルフトジウムでぼんやりと事件のあった日に何があったか思い出そうとおでこに手を当てた。しかし考えても考えても出てこない。
「ダメだ、なんも出てこねぇわ。
とりあえずだが十三日前、五日前の新聞記事を出してそれで比較してみんのはどうだ?」
「そうですね。
場所を抑えてから言うのもなんですけどもしこれで事件が起きなかったらただの経費の無駄遣いですもんね」
てっきりそういう所を考えて実行したのかと思って、行動が早くなったなーと勝手に思っていたルフトジウムとサイントだったのでその言葉に二匹は同時に驚いた。
「いや、考えとけよそこまで!」
「……無計画」
「だって!
もう解決するかなって思ったんですもん!!」
「……まぁいいや、俺怒られないし。
とにかく何か情報が欲しいよな。
快楽殺人だとしたら手のつけようがないぜ、俺達じゃ」
「あ、新聞は一応端末にありますよ。
比較してみますか?」
「そうだなぁ。
あ、サイント。
見てる範囲内じゃないにしろ何か変な動きがあったらすぐ教えてくれよな」
「……了解、先輩」
ルフトジウムもカンダロの横で電子新聞を開いて端末を二つ並べ、同じような情報がないか探す。この事件が発生する直前にあった大きなニュースは一つだけだ。
AtoZの治める都市に遊びに来ていた世界で唯一残った国、リンカーネル共和国の大使が大野田重工の放った攻撃で全滅した、というニュースだ。リンカーネル共和国の船は不用意に重工の治める海域に接近。自動迎撃装置の放つ砲撃で撃沈される。しかしながら重工は正式に謝罪し、賠償金も大量に払っている。そしてその事件をきっかけに重工もAtoZもお互いに攻撃に慎重になっている節はあった。
無言で一時間ほど新聞記事とにらめっこし続けたルフトジウムとカンダロだったが先に違和感に気がついたのはカンダロだった。
「あの。
もしかしてなんですけど戦況報告欄のコレ違いますかね?」
「あ?」
AtoZとの戦況を微力に発信する新聞記事の真ん中らへんに毎日ある小さなコーナー。このコーナーは毎日戦死者と戦況を報告していて、人間が死んだ場合にはそこに名前が出るようになっている。そこにカンダロは注目した。
「ほら、この日……。
それにこの日も」
「どれどれ」
事件が起きている日はどの日も『戦闘が行われていない』日だった。ルフトジウムはうむむ、と唸る。小さな山羊の尻尾が左右に揺れる。
「……ということはなんだ。
要するに戦闘が行われていない日に限ってこの事件が起きてる……って事か?
この日以外の他の日にも戦闘が行われていない日はあるんじゃないのかよ?」
「そう思って過去四十五日分を今調べてみたんですけど……。
どうやら事件が起きた日だけなんですよ」
カンダロは端末に指を這わせて記事を次から次へと捲っていく。そしてルフトジウムとこっちを興味ありげに見てくるサイントにその日付を叩きつけた。
「待て、待て。
つまり何かしら戦争と関係があるって事か?
じゃあなんだ、もし今日戦闘が無かったら今日現れるってことになるのか犯人が?
流石に馬鹿げてるだろそれは。
なんでそんな遠い前線の戦いが本社都市で起こってる変な事件に繋がるんだよ。
馬鹿も休み休み言え、カンダロ」
怒りよりも先に乾いた笑いが出たルフトジウムは、ケラケラと嘲る。しかしカンダロの目は真剣だった。サイントが齧る野菜スティックの軽やかな音だけが部屋に響く程のゆったりとした沈黙の後カンダロはまた口を開く。
「今大野田重工戦闘部署へのアクセス許可が出たんですけど……。
戦闘がない日はまさに今日なんですよルフトジウムさん。
丁度いいじゃないですか、確かめてみましょうよ。
来なかったら来なかったでまた張り込み続ければいいじゃないですか。
お願いします、協力してください。
僕実は心当たりが一件だけあるんです」
その口調は今までの頼りのないカンダロではなく、己の説を正しいと信じて止まないAGSの一人の立派な社員だった。ルフトジウムは無意識にその姿に自分の過去の最高の相棒だった男を重ね、頬を緩ませていた。彼は死んだ。誰のせいでもない、ただの不注意だ。
「……F部隊の奴はみんなこうなるのかよ全く」
「なんか言いましたか?」
「いや、なんでもねえ。
まあお前がそこまで言うなら……。
いいぜ、信じてやるよ。
別に出てこなくてものんびりここで待ってたらそのうち出てくるだろうしな」
-山羊の恋、新たな事件- part8
ありがとうございます~!!
いつも読んでいただき感謝の極み・・・!