-山羊と兎、新たな事件- part2
「注文を確認する為に読み上げるっス~!
えっと……野菜炒め草食獣人用定食が二つ。
肉まん三つ、肉抜きが2つ、そのままが一つ。
通常炒飯が一つ。
烏龍茶が三つ……以上っスか?」
狼の小さな少女は手に持った電子手帳に並んだ文字を読み上げ、改めて三人の顔を見た。接客の態度はとても丁寧で、カンダロはこんなに小さいのにと思わず感心する。店の中はそれほど広くなく、最大でも二十人ぐらいしか入ることが出来ないだろう。狭い店内ながら店員は三人ほど居て、狼姉妹の他にあと一人人間が働いているようだった。ルフトジウムはそんな少女の挙動一つ一つを見てふぅ、と小さくため息をついてごそごそと財布をポケットを取り出す。
「合ってるよ。
ああ、そうだこれお小遣い。
小さいのに偉いね」
「ちょっ!?
ルフトジウムさん!?」
急に財布から新品の五百リル札を抜き取り、さっと渡したルフトウムにカンダロはびっくりする。リルは大野田重工以外でも使われている通貨の単位で世界共通だ。大体五十リルで板チョコ一枚買える金額なので、チップにしては少し高めである。
「へ!?
お客様からお小遣いを頂くわけにはいかないっスよ!」
少女は両手を振って拒否するが、ルフトジウムはニコニコしながらその手に無理やり五百リル札を握らせる。
「まあそう言わないでさ。
君みたいなかわいくて頑張ってる子の事、俺は大好きなんだよ。
ねえ、名前は?」
ルフトジウムの薄い翡翠色の瞳が狼少女を上から下までじっくりと観察する。ルフトジウムはどこか大胆不敵な笑みを浮かべ、肘をつきながらテーブルの上に自分の財布を置いた。ちりん、とルフトジウムの首輪についているベルが小さく鳴る。
「ハルサ……。
ハルサっていうっス……!
そ、その……」
手に持っている五百リル札を戻すわけにもいかず、少し困った顔をしながらもハルサ、と名乗った狼の少女はぺこりと頭を下げてぱたぱたとキッチンに戻っていく。少し離れた後お礼を言うのを忘れたことに気が付いたのかまたぺこりと頭を下げてキッチンの中に入って姿は見えなくなった。
「先輩何やってるんですか……。
あんなに小さい子困らせたらダメでしょ」
やれやれと呆れたようにサイントはジト目でルフトジウムを見てきた。当の本人はその視線を無視して、付けている手袋を外し、長い青いコートを脱いで背もたれにかける。そしてかなり豊満な胸をテーブルの上に乗せ、少し前のめりにテーブルの上の胡椒瓶を手に取り、へへっと小さく笑った。
「だってめちゃくちゃかわいかったんだもん。
俺ああいう子大好きなんだよ。
甘やかしたくなるんだよな。
だってどう見ても純粋で何も知らなそうだろ?」
「ルフトジウムさん……。
“AGS”のコート着てるんですから少しは……」
カンダロもサイントも完全に呆れ顔だったが、ルフトジウムはそんなこと知ったことかと言うようにまたハルサを探す。
「んだよカンダロ。
これぐらいがつがつ行った方が人生楽しいんだって!」
「お客様」
いつの間にか三人の席の隣にハルサの姉がやってきて深々と頭を下げていた。
「妹がお小遣いを頂いたそうで本当にありがとうございます。
何かおまけをさせて頂きたく思い、伺いました次第です。
何かご希望のものがありましたら……」
「ああ、大丈夫、大丈夫。
そういう気持ちがあったわけじゃなくて本当に俺達あの子の接客態度に感心しただけだからさ!」
「ありがとうございます。
貴方達は“AGS”の獣人さんですね?
いつも町の平和を守って頂きありがとうございます。
私達が平和に生きていれるのも貴方達のおかげですわね」
何も知らない無垢な雰囲気の妹と違い、姉はとても上品で少し触れ難い雰囲気を纏っていた。喋ったり、笑ったり何をするにも気品があり、今この店に来ている人間と獣人の何人かはおそらくこの子が目当てで来ているのだろう。何よりチャイナ服がよく似合っている。
「まあ平和は俺達が守るから安心しな。
あんたと妹とこの店しっかり守ってやるからよ」
「まあ、頼もしいですわね。
申し遅れました、私はツカサと言いますの。
もう少しでお客様の料理も出来上がりますからもう少しだけお待ちくださいね」
にこりと笑うツカサは美しく、とてもこんな所で働いているように見えないほど上品だった。妹とお揃いの泣き黒子が変に艶めかしさを出している。
「ありがとうよ。
ああ、そうだそうだ。
捜査の一環で少しだけ聞きたいんだけどよ。
人食い獣人の事、知らないか?」
「人食い獣人……ですか。
そうですわねぇ……。
うーん……。
ただその現場にいた人が体調不良になったって事しか……」
ツカサは人差し指を立てて自分の唇に当て、考えるそぶりをしたがそれ以上の情報は出てこなかった。
「体調不良、ね」
サイントがその言葉を静かに繰り返す。ということは体調不良になった人間、もしくは獣人に話を聞けば何か新しい事を知ることが出来るかもしれないという事だ。
「ごめんなさいね。
やっぱりこれ以上の事はやっぱり何も知らないわね。
ここからかなり近いっていうのは――」
「店員さーん!」
「はーい!
今行きますわ〜!
“AGS”の皆様、駆け足になってしまいましたが、どうかゆっくりしていってくださいね」
※ ※ ※
「めちゃくちゃ美味しかった……」
しっかりとデザートまで平らげた三人は大満足で店から出た。三人とも美味しすぎておかわりまで頼んでしまっていた。それなのに“AGS”に所属しているからという理由で割引までしてくれたし、次回御茶がタダになるクーポンまでくれたのだからその対応はまさに長蛇の列を作るにふさわしいものだと言えた。
「カンダロいいとこ見つけたな!
見直したぜ!
店員も可愛いしな!!」
「そればっかりですね、ルフトジウムさんは……」
「当たり前だろー?
なあ、二人とも俺決めたぜ。
明日もここにきて飯を食うことにする!
あの子と仲良くなって俺色に染めたいんだ」
「言ってることマジでやばいですよ、先輩」
しこたま食べたおかげで少し出ていたお腹をぽんぽんと叩きルフトジウムはカラカラと笑う。時刻はお昼の二時ぐらいになっていて、大体一時間ほど先ほどのレストランに居た計算になる。十五分程雑談をしながら歩いた後、カンダロは唐突に電話を取り出し画面を開くとそれを二人に見せつけた。
「さておふた方。
ご飯の後は仕事の話をします。
地図で確認していたと思うんですが、この近くが人食い獣人の犯行現場なんですよ。
犯人は近辺で三件、合計五人食ってます。
ちょっと見に行きましょうか?」
明らかに嫌な顔をしたルフトジウムとサイントだったが流石に仕事をしないわけにもいかないのを理解していた。まして昼ごはん代は全てカンダロの奢りだったのだから。
「っち……」
「舌打ちしないでくださいよ!」
-山羊の恋、新たな事件- part2 End