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-月日が傷を癒すはず- Part 2

 カンダロとルフトジウムが二十分ほどかけて本部に辿り着くと、最近添え付けたばかりの受付の美人アンドロイドが“局長”から呼び出しがかかっていると告げる。ルフトジウムはメッセージを聞いた瞬間に顔をしかめその場から離れようとする。


「三ヶ月で“局長”に昇りつめたしごでき男からの呼び出しだぁ?

 悪ぃけど俺はパス」


「いや、パスとか無いですから…。

 局長命令ですよ」


「やだよ、あいつだろ~。

 お前も知ってるだろ?

 あいつ、俺に会うたびに消臭スプレーかけてくるんだぜ。

 獣人だから何してもいいって思ってんのかね?

 俺が人間だったら訴えたら勝てるだろ」


「あー…そうですね。

 あれは…はい。

 僕もどうかとは思います。

 普通に酷いですもんね。

 一応会う前にお風呂入っていても、お構いなしですもん」


「もしかしてと思って香水付けてもダメだったんだぜ。

 死ねばいいんだよああいう奴は」


 一人と一匹は散々文句を垂れながらF部隊の待機場を横切る。待機場にはバチカチームの一人と二匹、ダイズコンビの一人と一匹がいて、各々が持ち寄った雑誌と酒、そして菓子を貪っている最中だった。そこに居る全員から酒の匂いが漂っている。どうやら酔っぱらっているらしい。部屋の中に山羊が入ると、楽しそうに咲いていた話の花が瞬間的に枯れた。


「…………」


「よぉ、ルフトジウム。

 任務お疲れさん」


 ルフトジウムは机の上に広げてある菓子を一つ摘み、口に含む。餡子の周りをこれまた甘じょっぱい餅が包んでいる変わった菓子だ。ルフトジウムは黙って咀嚼しながらそこに居る全員の顔を一瞥する。


「んだよ、てめぇら全員で押し黙りやがって。

 そんなに俺に聞かれたくねぇ話でもしてたのかよ?」


「そういうわけじゃねぇよ。

 お前に聞かれて困る話なんて別にねぇし」


「そうかい」


「ルフトジウムさん!

 早く“局長”の部屋に行くために着替えて下さい!

 緊急で呼ばれているんですから!」


「チッ……」


「すいません、すいません…。

 え、舌打ち怖い…。

 着替えを出来るだけ早く、お願いします…。

 シャワーも浴びて貰っていいので…」


ルフトジウムは菓子を包んでいた包装紙をカンダロに投げつけ、ロッカールームへと向かって歩みを進める。そんな彼女の背中に同僚の声が突き刺さる。


「お前最近マジでおかしいぜ。

 どうしちまったんだよ、一体…」


ルフトジウムは振り返らずに手を振りながら、歩き出す。


「うるせぇ、くたばれギャンブルジャンキー機械オタク」


「おお、怖ぇえ、怖ぇえ…。

 “断頭台”さんは今日もご機嫌斜めみてぇだぜ」


「だからやめとけって言ったんだよ」


ルフトジウムはさっさと雌獣人用のロッカールームへ入る。血だらけの服を脱ぎ、全自動洗濯機に放り込む。ふと横を見ると右隣のロッカーには“サイント”の名前がまだ消されずに残っていた。


「サイント…。

 俺は、そんなに信じるに値しない存在なのかな」


彼女は虚像に小さく呟き、タオルを一枚握りしめるとシャワールームへ歩いていく。

 個室になっているシャワールームの扉を閉めると外の音はブチリと途切れた。天井のノズルから落ちてくるマイクロバブルの含まれた熱い湯が、白い鍛え抜かれたスタイルのいい体を打つ。


「はぁ……」


ルフトジウムは鏡に映る自分の体に刻まれた弾痕の跡をまた撫でていた。熱い水に晒されるたび、肺の奥が微かに痛む。目を閉じ長く息を吐いた。三ヶ月。確かに時間は流れているが、自分の中では何かが取り残されたような、釈然としない時間。


「モヤモヤするぜ…」


 お湯を止め、簡単に体を拭く。髪から滴る水が出なくなるまでタオルで頭を擦る。彼女はいつも誇らしげに着ていた青色の服をいつの間にか着なくなっていた。代わりにまるで喪服のような黒と白のスーツに身を包む。ドライヤーで髪を完全に乾かしつつ、櫛で髪の毛を整えていく。鏡に映る自分の姿は何も変わらない。表情も、姿勢も。変わったものがあるとするならば、何かに対する固執の感情が産まれたという事ぐらいだろう。

 しっかりと時間をかけてルフトジウムが身支度を終え、廊下に出ると、既にこちらもシャワーを浴びたカンダロが端末でインターネットサーフィンをしながら待っていた。


「じゃあ、そろそろ行きましょうか」


「あー……野暮用を思い出したぜ」


「え、その子供みたいな言い訳は――痛い!

 なんで蹴るんですか!?」




      ※   ※   ※




 引きずられるように辿り着いた局長室は広く、無駄に整っていた。壁に埋め込まれた水槽にはまるで精神薬のような模様を付けた遺伝子組み換えの魚が優雅に泳いでいる。床はふかふかの絨毯が引いてあり、そのうえには炬燵が設置されていた。彼が座る席は珍しいピカピカの天然の木材で出来ており、彼の背後にある大きな窓からは、“本社都市”の壮観な景色が見えていた。遠くの都市中央部には“大野田重工”の巨大な城郭を備えた地上二百五十階建ての本社ビルが聳えている。宣伝用のドローンと電波塔、電光掲示板が眩しい。

 そんな都市を背後に“局長”の椅子に座る男、カナシタは以前よりも良く仕立てられたスーツを着てそこにいた。机の上には黒いタブレットが一枚だけ置いてあり、ゴチャゴチャするような余計な資料は無い。


「ご苦労でしたね、カンダロ君」


一人と一匹が机の前に立つやいなや話が始まった。


「いえ。

 これぐらいの任務ならば僕が手を下さずともこちらのルフトジウムが一匹で片付けてくれますから。

 楽なものでしたよ」


労いの言葉は形式的な物だった。ルフトジウムはカナシタの方を見ずにただダルそうな雰囲気を出しながらぼんやりと夜景を眺める。


「いや、君達のコンビは大したものです。

 今夜倒してくれた標的は過去に何度も私達の処刑を逃れていましたから。

 全員を無事に処理出来たのは流石というべきでしょう」


「…………」


「え、あ、はい。

 ありがとうございます」


「……そちらの獣人はこんな話はどうでもいいと、言った感じでしょうかね?

 まあいいでしょう。

 次の任務の話をします。

 傾注してくださいね」


 カナシタは間を置かずにタブレットを操作する。壁面にホログラムが投影され、とある映像が流れ出した。その場所を見るだけで、ルフトジウムははっと息を飲んむ。そこは休日のたびに足を運んでいた思い出の場所に違いなかったからだ。見覚えのある焼け落ちた街並みや、歪んだ光、そして追い求めていた影がそこには映し出されている。


「ここに映っている“テロリスト”の捜索命令が本日“重工”から直々に下されました。

 当然、誰か分かりますよね?

 これは貴方達が追いかけていた犯罪者ですよ」


ルフトジウムの指先が僅かに強張る。胸の奥が痛む。カナシタはルフトジウムの反応を楽しんでいるのか、ジロジロと目線を向けている。


「局長、これは“大鎌の獣人”…ですよね?

 どうして彼、または彼女が爆発を起こしたテロリストだと断定できるんです?」


カナシタは映像を止め、タブレットを何度か触る。不鮮明な映像からハルサの顔のわずかな輪郭や体格が導き出され、それらがサイントの作製した“大鎌の獣人”のデータと重ねられる。


「こういう訳です。

 この度、解析班備品が残してくれたデータをたまたま見つけましてね」


こんなもの、嘘に決まっている。カナシタはもう全てを知っている。しかし、あえて情報の出所を伏せているのだ。情報の出所を探られると痛む腹があるのかもしれない。ルフトジウムは手のひらに強く自分の爪が突き刺さるのを感じながらも、カナシタの表情の変化を逃さない。


「値段のわりに、いい仕事をしていたんですねあの子は。

 さて、短いですが私からの話は以上です。

 正式な指示書を発行します。

 貴方達の席に届けさせますから、必ず目を通しておくように。

 残念ながら人員の補充はありません。

 でも貴方達一人と一匹で十分でしょう?

 特にそっちの獣人は“お熱”のようですし」


夜の街の空をサイレンが回った“AGS”の飛行ドローンが飛んでいく。カンダロはルフトジウムの方を一瞬だけ見ると、頭を下げる。


「承知しました。

 では、失礼します」


「はい。

 励んでくださいね」


ルフトジウムもカンダロの真似をしてだるそうに頭を下げて部屋から出る。扉が閉まった瞬間、ルフトジウムは壁を強く殴りつけていた。


「あいつ……。

 全部知ってやがる。

 この三か月間、俺は……」


ようやく時間が、痛みと共に動き始める。


「ルフトジウムさん、ちょっとここで話すのはやめましょう。

 周りに人が多すぎます。

 一回部屋に戻りますよ」




                -月日が傷を癒すはず- Part 2 End

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