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-月日が傷を癒すはず- Part 1

『こんにちは。

 貴方の精神から“企業”に対する反抗心を検知しました。

 直ちに近くの診療所に通い、精神分析、浄化を行ってください』


「………」


『こんにちは。

 貴方の精神から“企業”に対する反抗心を検知しました。

 直ちに近くの診療所に通い、精神分析、浄化を行ってください』


「……クソ喰らえ」


『こんにちは。

 貴方の精神から“企業”に対する反抗心を検知しました。

 直ちに近くの診療所に通い、精神分析、浄化を行ってください。

 この指示に従わない場合、強制執行による治療を――』


「あーもー、うるせぇなァ……。

 “AGS特例権限第五条”を指定。

 メモリーを削除してさっさとどこか行きやがれ」


『承知しました。

 大変失礼いたしました“AGS”所属社員様』


「このアホポンコツが」


 ルフトジウムは多数の落書きがされた市民監視用ドローンを足で軽く蹴る。そして近くのベンチに腰を落ち着けると、懐から乾燥したアスパラを齧り薄い紫色の月を見上げた。公園のスピーカーから大きな音声が流れ出し、びりびりと空気が張りつめる。


『こちらは、“大野田重工精神安定事業部”です。

 市民の皆様は直ちにこの区域から避難してください。

 強盗事件の簡易裁判により“死刑”が執行されています。

 また、現場を見ると精神に多大な影響を及ぼす恐れが――』


 サイレンと赤色のパトカーの光が夜の公園全体を染め上げている。遠くに居る怖いもの見たさの野次馬が興味ありげにルフトジウムを見物するが、全身返り血でべったりの彼女の姿が眼に入るとほぼ全員が慌てて目を逸らしていく。周囲にブルーシートを展開している“AGS”の後処理部隊と、共同で“死刑執行”に当たったF部隊の数人で強盗団の血があちこちに飛び散る公園に消毒液を撒いていた。大破したトラックが一台と乗用車が三台。死体が八つも転がっている異常な光景だが、ルフトジウムからすればこんなものただの日常に過ぎない。


「はぁ~…」


 山羊は腕時計に刻まれた時間を見る。もう間もなく午前一時になるかという時間なのに、金曜日が起こす熱狂で、街は鎮まる気配を見せない。街案内板鳥居や、屋上五重塔、行燈ドローンには様々な色の電光掲示板が浮き上がって表示されている。バイオ桜の花びらが今日も雪の様に舞い散り、街の溝はピンクの花びらでいっぱいになっていた。


「今日も荒れてるね、ルフトジウム」


「俺が?

 はっ、そう見えるかよ?」


 血まみれのルフトジウムの横に、これまた血まみれのグリズリー姉妹の一員、ベアトリスが座る。身長二メートル近い、全身が義体の女性の重みは公園に設置されたベンチを軋ませるのに十分だった。


「ああ、見えるさね。

 あんた、本当にどうしちまったんだい?

 ここ三ヶ月ずっと、そんな調子じゃないか」


「…………」


ルフトジウムはベアトリスをチラリとだけ見ると直ぐに眼を伏せて、デバウアーをぐっと握る。冷たい金属の感触にべたりとした血の粘りが混ざる。


「別に、何でもねぇよ」


ベアトリスは息を小さく吐き、ルフトジウムの背中をポンと叩く。


「そうかい。

 ま、あたしゃ、別に無理に事情を聞こうとは思わないけどね。

 でもね、あんた大怪我をした三ヶ月前から益々無鉄砲になったよ」


「……そうかい」


「別に死にたいっていうなら止めはしないけどね。

 今日の強盗の殲滅だって、何かどこか――まるで“八つ当たり”しているみたいだったよ」


「わざわざ忠告、ありがとさん」


ルフトジウムは息を吐く。白い蒸気が口から流れ出し、夜空へと溶けていく。ベアトリスは立ち上がると振り向きもしないで歩き出し、消毒作業をしているグリズリー姉妹の片割れの元へと歩いていく。


「ああそれと、あんたの飼い主がさっさと指揮車で血糊を落として服を着替えろって。

 あたしゃ、それを伝えに来ただけさ」


「ちっ……わーったわーった。

 あと少しここでゆっくりしたら戻るぜ」


「あいよ」


「はぁー……」


 ルフトジウムは自分の鎖骨の下辺りに手を当ててため息をついた。肺を撃ち抜いた弾丸の痕跡は今はもう跡となって残るのみだ。


……あれからもう三ヶ月もの月日が経過していた。


 暦の上では季節が一つ移ろっただけの時間。しかし、ルフトジウムにとって“何も起こらなかった期間”などではなく、起こってほしい事が一度も起こらなかった苛立ちの時間だった。彼女が病院のベッドで目を覚ました時、カンダロ以外もう誰も横には居なかった。

 怪我は一か月程で綺麗に治り、怪我が治って復職してから彼女は規定時刻よりも早く出社するようになっていた。万年遅刻女の名前が覆る程に。規定時刻よりも早く出社した彼女はまるで新入社員の様に装備の点検と、訓練、現場での調査、死刑執行、そして帰社してからも再訓練を行い、以前よりも高い練度と成績を叩き出すようになる。“AGSの断頭台”の刃は以前よりも鋭く研ぎ澄まされていた。明らかに彼女は変わった。だからこそ、誰も何も言わないし、何も聞こうとしなかった。


「………なんなんだよ」


 ルフトジウムは歩けるようになってからほぼ毎日、情報の収集を行っていた。休みの日は欠かさず既に放棄された汚染だらけの“爆心地”の街に赴き、監視カメラの四角や記録が消されている跡地を眼で見て確かめる。もう何も残っていない、情報としての価値もない場所ではあるが、「彼女がそこに居た」という事実と僅かに残った痕跡が自然と彼女にそうさせていた。

 任務中も、任務が終わってからもずっとルフトジウムはハルサの事だけを考えていた。大鎌を担いだ獣人…歪な鋼鉄の翼…そして“第一四八工業都市”を引き裂き消滅させた青白い光。僅かにだが、瞼の裏に残った映像は月日が経っても色褪せずに彼女の脳裏を走り抜けていた。


「あ、こんなところに居た。

 何してるんですか、ルフトジウムさん。

 早く戻って着替えてくださいよ。

 市民が怖がります」


「………チッ」


「えっ、怖い!

 な、なんで舌打ちするんですか!?

 なんかずっと僕に対しての風当たり強くないですか!?」


「今行くって言ってんだろ。

 先に指揮車に戻ってやがれ」


「言ってない…」


「うるせぇよ」


“第一四八工業都市”が無くなったことに対するネットワーク上の記事は全て読み漁った。それでも足りず、危ない真似をして“AGS”の調査報告書にも眼を通した。しかし、そこに記載されているのは検閲済みという文字だけで何一つ大事なことは書かれていなかった。あの時ハルサがそこに居たという記録はどこにも無い。


「ほら、さっさと立って下さい。

 行きますよ」


「わかったから引っ張んな」


 “サンレスキャット”に連絡を取ろうとしたこともある。しかしどれだけ金を払おうが、時間を費やそうが彼女に通ずる情報は出てこなかった。ハルサの姉、ツカサに会おうと試みたこともある。ツカサとハルサが働いてた“陽天楼”という中華のお店は消えていなかったが、店内に姉妹の姿はもう無かった。店長に聞いた所、姉妹そろってどうやら大金持ちに買われていったとのことだった。確実に嘘だと分かったがそれ以上ルフトジウムは問い詰める気にはならなかった。


「全く、僕の身にもなってくださいよ!

 市民からのクレームはその獣人の―――」 


 そして、カンダロは何も言わなかった。それが一番ルフトジウムからしたら堪えた。彼は絶対に知っている。少なくとも何かを隠しているのは明らかだ。だが、問い詰める事は出来ない。ルフトジウムは命令する立場ではない事を直感で理解していたし、ましてルフトジウムが欲している情報は隠匿する方が正しい。情報は知っているものが多いほど漏れやすくなる。何より彼には恩がある。今、ルフトジウムがこうして“AGS”で再び働けているのはカバーストーリーを作り上げ、守ってくれた彼のおかげなのだから。


「ほら、早く乗ってください。

 このまま一度本部に戻りますよ」


「ああ。

 安全運転で頼むぜ」


「……また、ハルサさんの事を考えているんですか?」


「…ああ」


窓の外、流れていく景色をぼんやりと眺めながらルフトジウムは抜けた返事をする。ハルサは何も語らず、その姿を消した。


「約束、いつ果たしに来るんだろうな」


「約束?」


「いい店も見つけてあるんだけどな…」


ルフトジウムは街を歩く灰色の髪をした子を見つけるとハルサかと思ってつい目で追いかけてしまう。しかし、それがハルサだったことは一度も無かった。




                -月日が傷を癒すはず- Part 1 End

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