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-初めての友達- part final

「バスだぁ!?

 走ってるわけ無いだろうが!

 お前これ見て走ってると思うのかよ!」


「そうっスか……」


「話せても頭は悪いままなのかよ、獣人ってのは。

 全く……少し考えたらわかるだろう!」


 バス停でバスを待っていたハルサは、中々バスが来ない事に痺れを切らし、背中に荷物をたくさんもった男にバスのことについて聞いたのだった。男は明らかに苛立ち、ハルサに暴言を投げつける。それを頭から浴びつつハルサは小さく謝った。物事を全く知らないのはまぎれもなく事実だった。


「すいませんっス……」


「おいあんた言い過ぎだぞ!

 かわいそうだろうが!」


「あんだぁ!?」


別の人間の男がハルサを守るために立ち塞がる。


「けっ、下らねえ!」


「大丈夫だったかい?」


「あ、ありがとうっス……」


 ハルサを見てにこっとした男から逃げるようにハルサは歩みを速めた。今すぐにでも持っている銃で暴言を言ってきた男の頭をぶち抜きたい衝動に駆られたが、それを我慢してハルサは一歩を踏み出す。タダノリの家のあった地区までバスだとすぐだったのにいざ歩くとかなりの距離があることにうんざりしながらもハルサは歩く。一時間ほど歩き詰め、やっとタダノリの地区にたどり着く。たどり着いたハルサはあまりの様子の変化に思わず口を手で抑えていた。


「三日ぐらいでこんなにもなるもんなんスか……

 酷いっス……」


街のあちこちには先日まで戦闘があった痕跡がしっかりと残っていた。美しく、綺麗に揃っていた赤と白色の町並みは消え、砲撃によって瓦礫の山になってしまっていた。タダノリと行った数多くの場所の前を通るハルサだったが、そのほとんどが汚れ、壊れてしまっていた。傍らには道に座り込んで放心状態の人や、泣きじゃくりながら瓦礫を退かそうともがいている人が常にいた。


「タダノリ……!」


ハルサの足はいつの間にか早歩きになっていた。頭に包帯を巻いたまま治療を受ける人、瓦礫の隙間から伸びている手や、片足がなくなった人を見るたびにハルサの胸の中の不安はどんどん大きなものになっていた。


「タダノリ!」




     ※  ※  ※




『今日も“カテドラルレールウェイ”をご利用頂きありがとうございます。

 この列車はオオノダ重工本社都市行きの急行列車です。

 あと二分程で発車致しますのでもう少々お待ちください。

 この列車は全席禁煙です。

 第一、第八、第十四、第十九装甲車両は大変危険ですので“AGS”の社員以外は立ち入らないようにしてください。

 改めてご利用いただけたことに感謝を示します。

 快適な旅と風景を心行くまでお楽しみください』


「そっか、会えなかったのね」


「そうっス……。

 でも生死もわかんなかったっス……」


 二等客室の完全個室で二人は対面で座り、ハルサはぼんやりと窓にから見える景色を眺めていた。さっきまで住んでいた穴の開いたマンションがはるか遠くに見え、その奥にあるタダノリ達の地区は見えすらしなかったがハルサは逆に安心していた。迎撃用に出てきていた砲塔もいくつか損傷して今なお燃え黒煙を吐きだしている。この都市はもうしばらくしたら“A to Z”の手に落ちてしまうかもしれない。そうなったらことさらタダノリと会うことは出来なくなるがハルサはもう心残りはなかった。


「家に帰ったら何食べたい?」


「そうっスねぇ……。

 三色団子また食べたいっス。

 この街のはまるでなってなかったっスから」


ハルサは懐から思い出したように銃を出してこっそりツカサに渡す。ツカサはそれを黙って受け取り鞄の中に安全装置をかけてしまった。


「また来た時と同じぐらい時間かかるんスよね。

 うへーうんざりっス」


「寝てれば着くわよ。

 だからゆっくり休みなさいな」


ハルサは窓を少しだけ開き、外の空気を吸い込む。はるか彼方に動く山のように巨大な兵器がちらりと見え、ふとハルサは昨日のことを思い出していた。




   ※  ※  ※




 目の前の街角を曲がるとそこはタダノリの家があった場所。ハルサは街角を勢いよく曲がり、タダノリの家があった場所に焦点を合わせた。


「………そんな」


『汚染重大。立ち入り禁止』


 薄い鉄が入った黄色い下地に黒い文字でホログラムが表示されており、タダノリの家へと通じる道路は丸ごと封鎖されてしまっていた。非難した住民が再び戻ってこないように雇われの銃を持った警備員と放水銃が付いた装甲車が道に並んでいた。ここが一番戦闘が酷かった場所なのだろう。タダノリの家があった場所は地面ごと大きく消滅しており、“A to Z”の超巨大兵器の砲弾が着弾したことを示していた。何らかの兵器による汚染は深刻で、キラキラと空気中に反射している水色にも似た何かは人間が吸い込んだり、触ったりすると急激な中毒になり、死にいたる恐ろしい物質だ。直接触らなければ害はないものの、危険なことに変わりはない。ハルサはテープの下を潜ろうかと考えたが下手に騒ぎを起こしてもまずいと考えなおす。


「お嬢ちゃん、どうしたんだい?」


どうしたもんかと困っていたら男の背の高い熊の獣人がハルサに話しかけてきた。清掃の作業用獣人か何かだろう。ハルサは何か喋ろうとしたが、言葉が出てこずただ俯く。


「なんでもないっス……。

 ただ何があるのかなって……」


「はは、好奇心か。

 狼の子かな?

 通すわけにはいかないぞ。

 ここは特に汚染がひどい。

 何やら秘密の兵器が働いたって噂だが……よくわからん。

 とにかく下がって、これ以上近づくと戦闘用、清掃用じゃない限り危険だよ。

 ご主人様の所に戻りなさい、いいね」


「分かったっス……」


 引き返したハルサはふとタダノリとの約束を思い出す。図書館で待っていると彼は言った。ハルサは近くにいる人間におずおずと話しかけ図書館の場所を聞くとその場所へと向かう。唐突に思い出して行動に移したおかげでハルサは地面に転がっていたタダノリの部屋にあった星系の模型が焼け残っていたのに気が付かなかった。

 図書館は奇跡的に攻撃を受けていなかったため、比較的綺麗な形を保っていた。美しいステンドグラスは綺麗に残っており、タダノリがハルサに見せたいと言っていた意味が少しわかった気がした。


「タダノリ……。

 さすがにこれないっスよね……」


 ハルサはそうぼやきつつも胸の中にひそかに希望を抱いていた。図書館に用事がある人の邪魔をしないように階段の隅に座り、膝を抱える。時刻は午前十時。図書館前の広場には沢山の人間と獣人がそれぞれの人生を歩んでいた。

 ぼんやりとタダノリが来ないか座って待っていたハルサだったがポッ、と街灯が灯ったことで夜が近づいている事に気が付いた。時刻は午後七時を指していた。空腹と喉の渇きが突如訪れてハルサは立ち上がり尻に着いたゴミを払う。


「さよならっスね……」


図書館をもう一度だけ眺め、ハルサはまた歩き出したのだった。




  ※  ※  ※




 出発の汽笛が甲高く鳴り響き、“カテドラルレールウェイ”の誇る九千馬力もの蒸気タービン機関車がその唸り声を大きくする。ブレーキが解除される音と共に機関車は動き出し、景色は流れ始めた。ハルサはふう、と窓に息を吹きかけ白く濁ったところに指で星マークを描いてみる。星マークの奥に広がる都市はまた一日を何事もなく始めるのだろう。


「姉様」


「どうしたの?」


ハルサは都市の工場から吐き出される白い蒸気と都市のカラフルなネオン街を見比べ、そこで働く人間と獣人の事を思い浮かべる。


「この都市だと人間も獣人も一緒だったっス。

 本社都市だと外歩いただけで差別されてたのにここだとその差別もいくらかマシだったっス」


「ふぅん……」


ツカサは本を取り出して相槌を打つ。その目は細くなり、ハルサをじっと見つめてきていた。少し開いていた窓を閉めハルサは少し嬉しそうにツカサに話しかける。ツカサはハルサの頭をナデナデしながら話を引き続き聞いてあげる。


「なんでなのかわかんないスけど……。

 私はこの都市の方が好きかもしれないっス!」


「本社都市より団子はまずいけど?」


「そうっスけど!

 でもこういう雰囲気の方が私は好きっス!

 それにここならまた人間の友達を作れる気がするっスから!」


「そうね……。

 そういうのもありかもしれないわね……」


ツカサは静かに、しかしどこか寂しそうに妹に微笑んで本に目を落とした。ナデナデされて満足したハルサは自分の席に戻ると窓に張り付く。そしてタダノリと過ごした記憶を忘れないように遠ざかっていく都市の姿を目に焼き付けていた。やがて都市は巻き起こる砂嵐に隠れ見えなくなってしまった。






                         -初めての友達- End

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