-朱と交わろうが白であれ- Part 26
瓦礫の影から影へ、伝うようにしてハルサは戦車へと接近していく。先程倒した四人以外にも随伴歩兵の気配はあるものの、ハルサとルフトジウムを探して散開したのか、戦車の周囲には、銃を持ってぼんやり立つ兵士が一人残されているだけだった。
左手に握るアメミットの刃が粉塵の中で鈍く光る。大崩壊よりも更に昔――前時代の遺物を搭載したオーパーツはこの時も「大丈夫だ」と語りかけてくるようだった。鼓動のように強弱を繰り返す桜色の放熱光が妙な安心感をハルサに与えてくれる。
金属、油、硝煙といったありとあらゆるものが焼けて入り交じった戦場の匂いが鼻腔を刺激し、大質量を支える戦車の脚がコンクリートを踏み砕く重低音が響く。ハルサは瓦礫の影から割れたガラスの片をそっとのぞ変え、反射させて相手の様子を伺う。一番厄介な主砲はこちらを向いておらず、側面の対人機銃も今は沈黙している。対巨大兵器用の大口径砲の直撃を受けて生きているはずがない、と敵が慢心しているのが見て取れる。
『ハルにゃん、聞こえてるかにゃ?
とりあえず敵通信網は今も混乱状態なのにゃ。
おそらくにゃけど、これで敵増援はある程度なら防げると思うのにゃ。
現に四人死んだことにも気が付いていないのにゃ』
ラプトクィリのおかげで状況は幾分やりやすい。
「ありがたいっス。
じゃあ、目の前のあいつを倒すだけっスね」
最悪の局面ながら、ようやく一筋希望が見えたような気がした。
『そういうことにゃ。
あんなデカ物、敵にならんのにゃ。
“大鎌の獣人”、さっさと食い散らかしちゃえにゃ』
敵に見つからないよう猫のように体を低くして滑るように移動する。右腕の激痛が何度も強い波となってハルサを襲うが、アメミットを握る手も脚も緩まない。先程まで押し寄せていた強い死への恐怖はルフトジウムと共に生きて帰るという希望が、全部吞み込んでくれたようだった。
「パパっと捥ぎ取ってやるっスよ!」
『ぶちかませにゃ!』
溶け崩れている瓦礫から身を乗り出し、見張りとして残されていた兵士の頭脳目掛けて、ハルサは対物ライフルの引き金を引いた。これが事実上、六脚歩行戦車との開戦を告げる狼煙となる。
アメミットから放たれた対物ライフルの弾丸は、兵士が被っている防弾ヘルメットと頭蓋骨をまるで紙細工を破るようにいとも簡単に貫いて見せた。衝撃波は肉や骨を砕き、形すらも残さない。頭部を丸ごと失い、血を噴き出して倒れた兵士に六脚歩行戦車の戦車長と補助人工知能は俊敏に反応する。義体化された人間程度の代物なら側面の機銃が、瞬時に蜂の巣にしていたはずだ。しかし、運の悪いことに今回の相手は“戦闘用獣人として最高傑作”のハルサである。機銃が応戦の火線を吐き出す頃には、ハルサは既にがら空きになっていた脚の下へと飛び込んでいた。
「おりゃああ!!」
辛うじてほかの脚よりも細い前足の関節部を狙って、ハルサは体を捻り体重を乗せてアメミットを振るう。全周八メートル以上ある関節部分の比較的補足弱い部分を十万度にも達するアメミットの刃が襲った。白銀に光る刃は、豆腐に包丁を突き立てるように抵抗無く、六脚歩行戦車の脚部を覆う厚さ五十センチにもなる特殊装甲をプラズマ化させる。
「まず一本目っス!」
アメミットの刃は装甲を引き裂き、内部にたっぷりと隙間なく詰まった人工筋肉や、太い配線を遠慮なくぶった切った。
「このウスノロめ!
さっきはよくもやってくれたっスね!?」
溶解した金属の雨と、人工筋肉から零れ落ちるブルーブラッドの滝を避けつつ、ハルサは冷静に次の脚を狙う。ハルサによって関節部分から引きちぎられた二十トンを超える質量の脚が地面に沈み込み、六脚歩行戦車は生物のように軋んだ金属音で悲鳴を上げた。
関節をぶった切った勢いのまま、ハルサは戦車の反対側へと抜ける。行動を予想していた戦車の脚がハルサを踏みつぶそうと襲い掛かるが、脚を躱したハルサは瓦礫の壁を足場のように蹴って脚の上に乗る。
「ちょっとは大人しくしやがれっス!」
乗った脚の上でアメミットを突き刺し、装甲やセンサー、対人地雷発射装置をズタズタに切り裂きながら戦車の主砲へと目掛けて彼女はただ走る。脚部を切り裂く度に開いた装甲と人工筋肉の隙間からブルーブラッドが飛び散る。血液の喪失と共に戦車の動きが少しぎこちなくなり、質量の負荷が増したその他の脚が強く軋む。それでも損傷としては軽微で済んでおり、依然として戦闘能力は高い。戦闘能力を全く喪失していない砲塔は回り、機関銃の嵐が彼女を仕留めようと追いかける。鋭い金属の視線に晒されながらもハルサは脚の根本まで辿り着き、二本目を根本から切り離してやった。
「二本目っス!」
『いいペースにゃ!
敵の機動はこれで大分落ちるはずにゃ!!
相手の主砲とセンサー類を潰せば追いかけることも出来なくなるはずにゃ!』
「次は主砲っス!」
千切れた二本目が本体から離れる前にハルサは本体へと飛び移り、戦車の右側面に付いている主砲――八〇センチ多薬室火薬滑腔砲に狙いを定めてアメミットを引きずる。火花がハルサの後を追うように輝き、傷ついた装甲表面から塗装が剥がれ落ちる。そんな彼女を邪魔するために戦車の側面ハッチが開き、内部から対人ミサイル発射装置と機関銃座が迫り出した。ほぼ二つの兵装はハルサを直ぐにとらえ、対人ミサイルと銃弾を立て続けに打ち出してくる。タンブラー程の小さなミサイルはハルサの吐く二酸化炭素と熱を察知して、束になってハルサを追いかける。
「面倒ッ…!」
高い追跡能力を持つ対人ミサイルは近接反応信管を持っており、掠めただけでもその場で爆発して破片をまき散らす。対処するには撃ち落とす、若しくは瓦礫の影や建物の中でやり過ごすしかないのだが、今のハルサには前者しか選択肢がない。
銃弾を躱す為に走りつつ急制動で宙返りして進行方向を曲げ、対人ミサイル相手に対物ライフルの弾丸を放つ。一発が命中。爆風に巻き込み、二本を処理することが出来たが、搭載されたAIによる事故回避能力を駆使した対人ミサイルはまだ三本程残っている。
「チッ…!」
ハルサは戦車の排気口の影へ身を滑り込ませる。バクバクと鳴り響く心臓と右腕の痛みは彼女の逸る気持ちを堪える。まだいける、と自分に言い聞かせる。十分に時間はあると自分自身に言い聞かせた瞬間ラプトクィリから緊急の通信が入り、ハルサの心は乱れた。
『ハルにゃん、まずいことになったにゃ。
異変を察知した残り二台の六脚歩行戦車がそちらに向かい始めたのにゃ。
到着まで凡そ二分、時間がないのにゃ!
歩兵部隊も随伴してるのにゃ!』
ますますチャンスは今しか無かったという事だ。
「ああ、クソッ!!」
思い通りに行かない。唇を噛み、恨めしそうに三本残った対人ミサイルを睨みつける。やはり一匹だけでデカブツを無効化しようってのが無茶だったのだ。手も足も出せない彼女を馬鹿にするかのように対人ミサイルは縦横無尽に飛び回っていたが、突然残っていた三本の対人ミサイルが爆発する。
「!?」
銃声がした方をとっさに見たハルサの視線の先ではルフトジウムが重いデバウアーを構えて、親指を立てていた。厄介な相手は今、消えた。
「感謝っスよ!」
絶好のチャンスだ。ハルサは排気口から飛び出すと脚を滑らせながらも機敏に向きを変える。銃座の機関銃が彼女を捉えるよりも早く敵主砲に辿り着くと、その長い砲身をまず二つに切り裂いてやった。続いて砲身の根元までアメミットの刃を引きずると、これまた分厚い装甲など関係なく、いくつもの層になった薬室まで切り裂いた。
「っりゃああっス!!!」
そのままの勢いで彼女は主砲と戦車本体を接続しているジョイントにも刃を立てる。そしてアメミットの刃は本体と主砲を切り離すときにもその威力を存分に発揮した。
「ミッションコンプリートって奴っス!」
主砲を無力化した六脚歩行戦車にとどめを刺すため、コックピット部分へと向かうハルサ。そんな絶好調とも言える彼女の脳内に、甲高い銃声が響き渡る。その銃声に彼女は聞き覚えがあった。ルフトジウムの肺をぶち抜いたスナイパーライフルの音だ。
「あ、ちょっ!?」
視界が一気に崩れ落ちる。右足が、何かに躓いたかのようにもつれる。次の瞬間、ハルサはその場で姿勢を崩し顔から倒れてしまった。
-朱と交わろうが白であれ- Part 26 End




