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-朱と交わろうが白であれ- Part 25

 頬に冷たく濡れたものがまだ全身に残っている熱を冷ましていく。屋根が丸ごと吹き飛んでしまった建物は、“上層部”から降り注ぐ黒い雨を防ぐ役目をもう果たすことは出来ない。息を吸う度に肋骨の奥に焼けるような痛みが走る。地面に倒れた体を起こそうと右腕に力を入れた瞬間、今度は刺すような鋭い痛みが指先から肘を伝い、脳内へと駆け巡った。


「っぐぅ――!」


ハルサはあまりの痛さにようやく吸い込んだ空気を吐き出してしまう。力が入らない。右腕は間違いなく折れている。まだ動く左腕で細く軽い体を起こし、ずっしりと重いアメミットを何とか持ち上げる。


『ハルにゃん!

 大丈夫かにゃ!?

 一体何が起こったのにゃ!?!?』


 途切れ途切れながらもプトクィリの心配の声が通信を通して届く。ハルサは後ろを振り返りルフトジウムの状態を確認する。柱の陰にいたおかげで、彼女の身体的損傷は比較的軽微で済んだようだ。力なく手を振るルフトジウムを見て、ハルサはほっと一息つく。油断は出来ない。眼前の敵から姿を隠し、ハルサはラプトクィリに返事する。


「はっ、はっ…!

 て、敵の砲撃っス。

 隠れていた場所全部ぶっ飛んだっスよ。

 何とか私もルフトジウムさんも無事っス」


『砲撃って――六脚歩行戦車の!?

 あんな対LA用の主砲の爆風喰らって大丈夫なのにゃ!?』


だらんとして動かせないばかりか継続的な強い痛みを発している右腕を眺め、ハルサは力なく笑う。


「まあ…とりあえずっスけど……。

 出来ればもう戦いたくないっス……。

 だけど――」


聞こえてくる敵の吐息や足音に耳を澄ませ、数を想像する。


「重傷を負ったルフトジウムさんと逃げるには少し敵を減らさないとダメっスねこれ。

 特に戦車はどうにかしないと…」


『六脚歩行戦車の装甲はアメミットが通るはずなのにゃ。

 まぁ、近づければ、にゃけど。

 ライフルは嫌がらせにしかならんと思うにゃ』


眼前の六脚歩行戦車は単体で行動している訳ではない。ハルサは落ちていたタオルを拾い、瓦礫の隙間に身をねじ込む。柱の破材を添え木にして、タオルの端を噛み締めながら右腕を縛る。


「ァッ!?」


変な方向に捩じってしまったからか鋭い痛みが走る。脂汗を流しながらハルサは噛み締めたタオルの隙間から荒い吐息とうめき声が漏れる。


『何なのにゃ今の悲鳴!? 

 やっぱりハルにゃん怪我して…』


「だ、大丈夫っス!

 大丈夫っスから!」


右腕を固定して一安心してタオルを口から離し、背中を瓦礫に預ける。壁の向こうでは地面を揺らす六脚歩行戦車が待ち構えている。このままでは逃げられない。背中を向けたところをハチの巣にされるだけだ。


「ダメ元で頼むんスけど…。

 ラプト、六脚歩行戦車の無効化って可能っスか?」


『……無理にゃ。

 戦闘状態にある戦車は基本オフライン。

 電脳に入ろうにもまず入口が無いのにゃ』


ハルサは深いため息をついた。


「そうっスか…。

 なら物理的にぶっ壊すしかないっスね」


自らの左手に視線を落とす。泥と煤、血で汚れ切った左手は静かに、だが確実に震えていた。怖いのだ。恐怖が喉を締め付ける。自らの死がすぐそこまで迫っているという事実がまだ幼いハルサの胸に重く圧し掛かる。ハルサは自分の中の恐怖を何とか抑え付け、悟られないようにラプトクィリに話しかける。


「ラプト…。

 私はこの選択を今でも間違いだとは思わないっス。

 だけど……へへへ、ちょっとだけ後悔してるっス」


ラプトクィリが息を飲む音が聞こえた。


『にゃ…。

 気が利いた事はボク、言えにゃいにゃ……。

 ハルにゃん、もしかして別れの挨拶してるのにゃ?』


ハルサは軽く笑い、目から零れようとする涙を拭う。


「――も、もし…。

 もし、私がここで死んだら…姉様をどうか…どうか頼むっス」


『…分かったのにゃ』


彼女の声からは確かな覚悟を感じる。その声は少しだけハルサを安心させた。


「ラプト…」


『にゃ?』


「い、今まで……ありがとうっスよ」


らしくない、とハルサは自分で思いつつ俯く。通信越しに聞こえてくるラプトクィリの声は、涙と悲しみを孕んだ悲壮そのものかと思いきや、違った。聞こえてくるのは純粋な怒りの声だった。


『あのさ、ハルにゃん。

 お前、ここで死ぬつもりなのかにゃ?』


はっとする。


「それは――」


『ハルにゃんにしては弱気すぎにゃいか?

 生きるのを諦めるのにゃ?』


「…………」


『この短時間で何度ボクを怒らせるのにゃ!

 あのにゃ、ハルにゃん。

 ボクは全力を尽くしたつもりにゃ。

 出来ることがまだあるならいくらでもするのにゃ。

 お前は死ぬにはまだ早いのにゃ!

 せっかく産まれて来たのに味わったことがない果実があるのは勿体ない事にゃ!!

 というか、そもそも別れの挨拶とかアホっぽいのにゃ!!!

 まだ死ぬと決まっている訳じゃないからにゃ!!

 そんな事言うの、ハルにゃんらしくないのにゃ~!!

 カンダロが待っている脱出ポイントまであと少しなのにゃ!!

 だから今を、少しだけ頑張ってそこを切り抜けるのにゃ!!』


彼女の感情百パーセントでぶつかってくる言葉は、恐怖ですっかり縮み冷え切っていたハルサの闘志に火を点けた。


「そうっスよね…」


『そうにゃ!

 第一お前が死んだらルフトジウムも死ぬのにゃ!!

 今ハルにゃんが負った傷がどういうものかボクには分からないにゃ。

 だけど、ここは踏ん張れにゃ!!」』


「うん、うん、そうっスよね…!

 じゃあ、ちょちょいと戦車ぶっ壊してくるっスよ」


『ボクも出来る限り敵の情報網や通信網を破壊して連携を阻害するにゃ。

 分かる限り敵の位置も伝えるにゃ』


「ははっ……。

 頼りにしてるっスよ?」


『任せろにゃ』


「それにしても“重工”め、獣人相手に主砲使いやがって……。

 私がそんなに怖いっスかねぇ?」


 自分が置かれた状況と、敵の物量に対して嘲笑を込め、ハルサは大きく息を吸い、そして吐く。熱風と舞う粉塵の向こうで六脚歩行戦車の主砲が再装填の音を響かせる。第二射が放たれる前にこの場から離脱するべきだ、と判断した瞬間崩れた壁の影から複数の足音が聞こえる。対戦闘用獣人の部隊だ。


「ちょうどいい…。

 食べ足りないと思っていた所っスよ…」


 左手でアメミットをしっかりと握り、地面を蹴る。相手の出鼻を挫く為に動き出す。ハルサは出来るだけ足音を出さないように移動しつつ、壁を飛び越える。飛び出したハルサの目の前には四人の兵士が立っていた。最初の一人が引き金を引くよりも早く、彼女は低い姿勢で距離を詰め、大鎌を使って相手の銃を溶断する。そのまま体重とアメミットの重みを乗せた膝蹴りを相手の脇腹に叩き込み、肋骨を砕いた。


「うぐっ!?」


 呻き声と血を吐き出して崩れ落ちる兵士の襟を犬歯を立てて噛み、引きずる。他の兵士が放たれる銃弾の盾にしながら、もう一人の獲物へと接近。盾になっている兵士をもう一人へと投げつけて視界を奪い、その隙にアメミットの柄で足を掬う。


「頂きっスよ!」


 倒れた兵士はアサルトライフルを発砲するも、ハルサは脚で蹴飛って向きを変え、襲い掛かってくるもう一人の方へと向けた。味方の銃弾を五発喰らった兵士はその場で頭蓋骨の中身をぶちまけて動かなくなる。その惨状を見た残りの一人はナイフを取り出すとハルサを目掛けて襲い掛かってくる。


「もうナイフの相手はしないっスよ」


ハルサは折れた右腕を庇うように左手でアメミットを大きく振り、相手のナイフごと切り倒す。ハルサが喉元を膝で押さえている残り一人は何とか逃げ出そうともがいていたのだが、ハルサはその兵士の目を見て、速やかにアメミットの刃で首を焼き切った。

 

「ふうっ…。

 一丁上がりっスね」


 あっという間に四人を片付けたハルサは身を隠しつつその場を離れ、ルフトジウムへと目配せする。薄く目を開け、首を小さく振るルフトジウム。


「無茶するな」


そう伝えているのだろうが、ハルサはにやっと笑うだけだ。


「黙ってみていて欲しいっス。

 絶対、二人で生きて帰るっスから」




                -朱と交わろうが白であれ- Part 25 End

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