-朱と交わろうが白であれ- Part 24
装備を纏った筋肉質を模した鋼鉄製の胴体と、頭部パーツに搭載されていた脳ごとアメミットに両断され絶命した同僚を見ても、残った一人は動揺せずに落ち着いてナイフを取り出し、ハルサの方へ向ける。ナイフの先には小さな穴がいくつも開いており、刺さった瞬間その穴から高圧空気が噴き出し、内部を破壊する仕掛けが施されているようだ。ハルサは向けられた切っ先から目を逸らさずに体を向け、一人と一匹は一定の距離を保ったままじりじりと円を描いて移動し続ける。やがて相手は一歩を踏み出し、体の勢いをそのまま腕に乗せ、目にもとまらぬ速さで切りかかってきた。
「ナイフの相手なんて久しぶりっスからちゃんと相手してあげられるか不安っスよ」
ハルサは太もものベルトから短刀を抜き出すと右手に構え、敵の放ってくる攻撃に合わせるようにして短刀の側面を当て、攻撃を受け流すと同時に隙を伺う。二度、三度と暗闇に刃同士が触れたときの火花が暗闇に小さな閃光を咲かせる。今回の切り合いは体格差で狙いが定まりにくい分、直ぐにハルサに優位に立った。相手の見せるかすかな隙を突くようにしてハルサの短刀は、敵の腕や脚の表面を切り裂き出血させていく。すぐに不利を悟ってか、敵は一歩引いてナイフを手に持ったまま一歩ずつ後ろに下がる。
「どこへ逃げるつもりっス?
大の大人が情けないっスね?」
挑発して追いかけようとするハルサと敵の間に、一発の手榴弾がどこからか転がってきた。
「チッ――!」
全身の毛穴が開くような感覚が体を襲い、ハルサはその小さな身体を棚の陰にねじ込んだ。
爆発した手榴弾は棚を破壊し、積まれていた様々な物資を吐き出させる。爆発音がした後すぐにハルサは棚から出て相手の後を追おうとする。しかしそこにはもう三人の別の兵士が立っており、ハルサへ向かって銃弾を放っていた。
「クソっ…!」
今までの敵とはまるで違うその動きに翻弄されたハルサは銃弾が腕や足を掠めるのを感じつつ、出来るだけ身を低くしながら一気に三人へ近づいた。アメミットで銃弾を弾きつつ、相手の胴体を目掛けて横にアメミットを振り切る。ハルサのスピードについてこれなかった一人がアメミットによってその命を散らす中、残りの二人はハルサ目掛けてショットガンを構えていた。慌てたハルサは今命を奪った一人の胴体を掴み、散弾からの盾にする。散弾の嵐を浴びた肉体が砕け、血が飛び散り、ハルサの体に付着する。
『ハルにゃん!
最適なルートが見つかったのにゃ!
そこから動けるのにゃ!?』
「ルート送っておいてくれっス!」
盾にした敵の胴体を二人へと投げつけ、ハルサは壊れた棚を散弾からの盾にしながらアメミットの対物ライフルを残り二人へ向かってぶっ放す。轟音と共に放たれた徹甲弾は一人の腕を貫き、もう一人の胴体を消し飛ばす。腕を負傷した兵士はショットガンを手放し、再び手榴弾を投げようとしたが、それよりも早くハルサの投げた短刀が相手の頭蓋骨を粉砕していた。ゴム人形のように崩れた兵士の体を横目に
「はぁっ、はぁっ…!
どんなもんっスか…!」
大きく呼吸を乱しながらもハルサは棚の陰から顔を出して周囲の脅威を推し量る。今までとは違う敵のレベルの高さを垣間見て何とか四人でも排除できた喜びを噛み締めている暇はない。ハルサは死んだ兵士の頭蓋骨に刺さった短刀を抜き、残り一人を血眼で探す。傷を負っている彼はまだ近くに居ると読んだハルサは三人の亡骸を超え、奥へと歩みを進めようとするが、死んだ兵士の胸に付いている通信機から流れる声はそんな彼女の行動を抑制する。
『繰り返す。
全員すぐにその場から退却しろ。
聞こえているな?
今すぐにその場から離れるんだ』
ハルサはふと気が付く。先ほどまで部屋中に展開していた敵部隊の気配が消えている事に。彼らの早すぎる撤退はハルサを恐れての撤退なのかそれとも…。少し考えようとしたハルサだったが、すぐにそんなことはどうでもいいとの結論に至る。
「ルフトジウムさん!」
ハルサはラプトクィリが送ってきた退路を辿るべく、すぐにルフトジウムの所に戻る。“AGSの断頭台”はいつの間にか上体を起こし、背中を柱に預けながらデバウアーの銃口を周囲に向けて警戒し続けていた。そして無事にハルサがこの場に戻ってきたのを見て頬を緩め、青白い顔で親指を立てる。彼女も何とか無事らしい。
「お~…生きてた…か…。
はは……悪運の強い奴だ……」
「お互い様っスよ。
体調はどうっスか?
あ、無理に喋らなくていいっスからね?」
「ただただ……いてぇ……。
死ぬほど……」
「そりゃそうっスよ。
肺を抜かれてるんスから。
なんとか退路が見つかりそうっス。
敵も退いたっスから、少しは時間が稼げたんじゃないかと」
ハルサはルフトジウムがまだ生きている事に少し安堵し、彼女の端末を拾い上げてラプトクィリが送ってきた退路に目を通す。現在地から少し離れた所に下水へと繋がるマンホールがあるようだ。そのマンホールを辿り、カンダロの待つ地点まで辿り着くのがラプトクィリなりに考え付いた退路らしい。
「さ、行くっスよ。
立てたりはしないっスよね?」
ハルサはそう言ってルフトジウムに手を差し伸べる。ルフトジウムはハルサを軽く睨みつけ、その手を叩いた。
「俺が…今…た、立てる訳…ねえだろ……!」
「冗談っスよ~。
そんなに睨まなくてもいいじゃないっスかぁ。
今肩を貸すっスから――」
二匹の鼓膜をラプトクィリの悲鳴が揺らした。
『にゃ!?
いつの間にかもうこんな所まで!!
まずいのにゃ!
二匹ともそこからすぐに離れるのにゃ!!!』
彼女の悲鳴と同時に建物全体を揺らすような不協和音が響き渡った。その音はまるで汽笛のようでもあり、何か生き物の鳴き声のようで二匹は嫌でも鳥肌が立つのを感じる。
「何なんスか…?」
唾を飲み込んだハルサは、まるでこの部屋の温度が十度くらい下がってしまったかのように寒さを感じ、そっと肩を抱く。音は二匹の動物的な部分に強く語りかけて来て、まるで今から“危険”な事が起こると告げているかのようだ。ルフトジウムが息を殺し、ハルサの腕を掴む。
『二匹とも逃げ――!!』
白光が視界を切り裂き、爆音が時間を殺し、空気が灼ける。ハルサの意識よりも先に感覚だけが宙へと投げ出された。視界が回転している。二匹を包み込み、外敵から守ってくれていた壁が、扉が砕け、鉄骨がへし折れる。何が起こったのかハルサは全く理解できなかった。吹き飛ばされたのだと頭が理解するよりも先に何かが強く背中にぶつかり、骨が悲鳴を上げ、肺の中の空気が全部押し出された。体の感覚が一瞬途切れる。炎と、炎を吸って膨らんだ熱風が皮膚を焦がし、頬を切り裂いた。視界が赤い。息ができない。どちらが上で下なのか、それが分かった時にはハルサは既に地面に倒れていた。
「ルフトジウム…さ…!」
掠れた声で彼女の名前を呼ぶ。
まだ色が戻ってこない視界の奥、開いた壁の穴からは大野田重工の誇る全長四十メートルを超える六脚歩行戦車が熱を帯びた砲身から煙を噴き出して鎮座していた。
-朱と交わろうが白であれ- Part 24 End




