-朱と交わろうが白であれ- Part 22
「――!?」
何が起こったのかを経験値から一瞬で理解したハルサは体を低くしつつ、前に倒れようとするルフトジウムの体をぐいっと引っ張って扉の中へと戻ろうとする。ハルサの筋肉は自重の二倍程度の重さで悲鳴を上げる程柔に出来ていなかったが、コンクリートで固められていた地面は地下水で濡れており、足を滑らせた彼女は戦闘用獣人の強烈な力を発揮できずに転倒しそうになる。
「チッ――!」
ハルサは舌打ちして、崩れ行く体勢を整える為に前アメミットを地面に刺す。体勢を崩した二匹の動きは鈍く、彼女達を纏めて狙ったであろう銃口は再び火と共に銃弾を吐き出した。闇夜を飛翔する弾丸が二匹を一直線に捉える。
「あっぶねえよ…!」
ルフトジウムは傷ついた体に鞭を打ち、流れ出す血の勢いが増すことを承知でハルサを守るためにデバウアーを振るう。デバウアーの刃は飛翔してきていた弾丸をその身で見事に防ぎ、二匹は何とかまだ安全な扉の中へ再び戻ることが出来た。慌てて扉の隙間を閉じたハルサは、その場で力なく倒れ込んだルフトジウムが負った傷を診る為に駆け寄った。
「ルフトジウムさん!
大丈夫っスか!?」
「ははっ…くそっ、ドジっちまったよ……。
あぁ、痛ってぇ~…!」
力なく笑ったルフトジウムの顔から見る見る血の気が失われ、彼女の口から血の塊が零れだす。
「今は喋るなっス!」
ハルサは大きく息を吸って「冷静になれ」と自分自身に言い聞かせ、ルフトジウムの現在の状態を確かめる。彼女の左胸からは血がコポコポと流れ出し、赤い大きなシミが鼓動の度にジワジワと広がっていた。弾丸が体から抜けているのかどうか、医学に精通していないハルサは分からなかったが、兎にも角にもまず止血しなければならない事だけは姉からの教養により知っていた。
「何か使えるもの、何か――」
アメミットを置き、周囲の棚を見渡したハルサは、幸運にもこの施設の人間が使うであろう備品一式が入った箱を見つけた。すぐにその中に入っていたタオルを取り出し、自身の体重をかけて銃創に当てる。湧き出す血を吸い込んだタオルはすぐに赤く重く、ハルサの手の甲にまで滲み出した血は鉄の匂いを撒き散らしていた。
「お願いだから……お願いだから止まってくれっス…!」
「っぐ……!」
強く痛むのか、山羊の額からは汗が垂れ、綺麗な顔が苦痛に歪む。
「痛いっスよね、ごめんなさいっス…!
でも我慢してくれっスよ!
止血してるっスから…!」
戦闘用獣人の血は人間よりも固まりやすいよう血小板が多めに含まれている。ルフトジウムの体内から滲みだした血は、すでに固まり始めているもののそれでも傷口を防ぐにはまだまだ足りていない。粘度を増した血を感じながらハルサは傷口をタオルで押さえ続ける。
「ごほっ、ごほっ…うっ…」
咳と共に血を吐き出したルフトジウムから通信機が落ち、そこからラプトクィリの声が聞こえる。ハルサは片手で傷口を押さえつつ、通信機を取り泣き言を垂れ込んだ。
「ラプト~!
ルフトジウムさんが、ルフトジウムさんが~!!」
『にゃにゃ!?
一体何がどうなったのにゃ!?
どうして二匹してまた扉の中に逆戻りなのにゃ!?
早くそこから移動しないとだめだってあれほど言っているにゃに――!』
ハルサは頬と肩で通信機のマイクと指向性スピーカーを抑えつつ、再び両手でルフトジウムの傷口を強く抑える。目を閉じ、ぐったりとしたルフトジウムの顔を見つめ、ハルサは泣きそうになるのをぐっと堪えながら状況を伝える。
「ルフトジウムさんが撃たれたんスよ~!
敵の位置は不明っス~!!
弾着後に音が聞こえたっスから敵は遠距離からの狙撃っスよ~!!
そっちで何とか探せないっスか!?」
流石のラプトクィリもルフトジウムの負傷に驚いたらしい。指向性マイクを無視するほどの大声を出してしまう。
『えっ!?
あいつ怪我するのかにゃ!?
戦闘バカなのにかにゃ!?』
「おい…。
……聞こえて……バカ猫……!」
ルフトジウムは続けて何か言おうとするがハルサは再び黙らせる。
「もう喋るなっス!
本当に!!
私一体どうすればいいっス~!?」
『いいか、落ち着くのにゃ!
そして良く聞くのにゃ。
敵の部隊が北口――要するにハルにゃん達の方を目掛けて移動を開始したのにゃ。
今回、北口だけが開いていたのはおそらく罠だったのにゃ。
もう後五分もしないうちに敵の部隊がそこを閉鎖するのにゃ』
ハルサはラプトクィリの言葉を聞いて必死に脳内の地図に情報を書き込みつつ、細い息を続けるルフトジウムの手を握り声をかけ続ける。
「ルフトジウムさん、しっかりするっスよ!
絶対に助けるっスから!」
「……………」
黙ったままルフトジウムはとても負傷しているとは思えない程強くハルサの手首を握り、何度か頷く。
「ラプト~!!
止血方法で何かいいのはないんスか~!?」
ハルサは山羊に目配せしながら何かしらいい手は無いものかとずっと探っていたのだが、そんな彼女に対してラプトクィリが告げた一言は何とも寂しい物だった。
『―ハルにゃん。
申し訳ないにゃけど、そいつはここに置いていくのがいいのにゃ。
ここはハルにゃんだけでも脱出した方がいいのにゃ』
「ラプト……?」
ルフトジウムに聞かれてやしないかと、慌ててハルサは指向性スピーカーを覆う。しかしルフトジウムは目を閉じ、細く息をしたままだ。
『よく考えるのにゃ。
ここで二匹とも捕まってしまうよりはハルにゃんだけでも逃げた方がいいのにゃ。
ルフトジウムは“AGS”所属にゃから悪いようにはならないはずにゃ。
でもハルにゃんは違う。
ハルにゃんはきっと捕まって、拷問されて、殺されるに決まっているのにゃ』
「………………」
ハルサは黙ってルフトジウムの顔を見る。
「ど……うした…ん…だよ?」
薄っすら目を開けた彼女はハルサに怪訝な目を向ける。ハルサは慌てて目元を拭い、笑って見せる。少しでも彼女を安心させないと。
「何でもないっス。
なんでもないっスから…」
「ごほっごほっ!」
血反吐を吐き、ルフトジウムはまた目を閉じる。血の勢いは徐々に弱まってきているものの峠はまだこれからといった様相を呈していた。
『ハルにゃん、もう今ここで決断するのにゃ!!
そいつを捨てて、一匹で逃げるのにゃ!
誰もその判断を責めはしないのにゃ!
ボクはハルにゃんだけでも助かってほしいのにゃ!!』
ハルサは血まみれのタオルを握りしめ、唇を噛む。ハルサは同時にとても今聞きたくない音を聞いてしまった。それは大野田重工の“六脚歩行戦車”が周囲の建物をなぎ倒しながらハルサ達のいる場所へと順調に近づいてきている音だ。“六脚歩行戦車”が来るならば付き添いの部隊も同行しているに決まっている。
『今しかもうないのにゃ!!』
ラプトクィリの声はもはや悲痛なものと変わり、ハルサにそうしてくれと懇願していた。今ならハルサの身軽さを生かし、狙撃を警戒しつつ、カンダロの車へ辿り着くことが出来るだろう。
「…………。
ラプト、私は…」
ふと、ハルサの脳裏にマキミを見捨てて逃げた時の記憶が蘇る。自分の愛する主人を助けられなかった臆病で凍り付いた過去の時間。目の前でもう一度、大切な人を失いたくない。
「私は一匹だけで逃げたりなんてしたくないっス。
ルフトジウムさんと一緒にここから出てご飯食べるんスから。
最適な逃走経路を再び出してくれっス」
-朱と交わろうが白であれ- Part 22 End




