-朱と交わろうが白であれ- Part 21
「いや、別にそれ以外は何も無いけどよ!?
言葉ってもんがあるだろうがよ!?」
ハルサの突っ込んだ質問に対し、まだ初心な所があるルフトジウムは口を閉じ、一瞬目を泳がせる。まだ疑問点を解消しきってません、といった表情で見つめてくるハルサに対して顔を背け、山羊は強引に話を元の路線に戻す。
「とりあえず話はあらかたわーった。
この情報、カンダロに送付してもいいか?
もしかしたら後で何かの役に立つかも知れないし」
ルフトジウムは纏めた情報をカンダロに送る準備をしながらハルサに尋ねた。ハルサは唇を尖らせ、声を潜めながら懸念を口にする。
「いいっスケド…。
彼は次の私の標的っスから、余計な事はしないでくれっスよ?」
ハルサはそういって凄んで見せたが
「………」
ルフトジウムは何も言わないまま、穴の外の様子に耳を澄ませ、何事もなかったかのように話を切り替えた。
「……さて、と。
どうやってここを切り抜けるか、だよな」
「おい、話を逸らすなっス」
「だー、うるさい。
今はそんな事どうでもいいんだよ。
生き残ってから考えるんだよ。
それよりも…“サンレスキャット”!
そっちでなんかいい場所見つかりそうかよ!?」
『今、必死こいて戦術ネットワークにアップロードされたデータを読んでいるところにゃ~!
えーっと…そうだにゃ。
データによると…とりあえずその建物の北側はまだ手薄なのにゃ。!
北側までの道のりを端末に送ったから確認するのにゃ!』
ルフトジウムのポケットに入っている端末から、情報の受信を示す軽い電子音が鳴る。ルフトジウムは端末を開いてルートを確認すると、ハルサの手を再び取った。
「よし!
もう少し走るぜ!!」
「分かった、分かってるっスから!!
せめて少しでも私の歩幅に合わせてくれっス~!!」
『道中までの敵はボクが引き受けるのにゃ。
二匹の偽の居場所を送って増援が来ないようにしておくから遠慮なく走れにゃ!』
ラプトクィリの攪乱は功を奏し、二匹は全く敵に会うことなく建物の北側へと移動する。冷房の風が通り抜けている廊下を走る二匹のさっきまでのお喋りはどこかへと消え、粘度の高い重い空気が二匹の間を埋め尽くす。息がし辛く、いつもより深く空気を吸い込んでいるハルサは、体の奥底から襲い掛かる疲労感が徐々に強く迫ってきているのを感じ始めた。
「大丈夫か?」
ハルサは空元気で返事をする。
「大丈夫っス……」
「引っ張ってやるから、気張れよ」
ルフトジウムは強くハルサの手を握り、ハルサも大丈夫だというように強くその大きな手を握り返す。二匹はやがてラプトクィリの言っていた北側への出口に辿り着いた。自由への切符を約束しているかのような赤色の鋼鉄製の扉は大きく、元来ならば物資を運搬するトラックが頻繁に出入りするであろうこの場所は非常事態ということもあり静まり返っていた。鋼鉄の扉の向こうでは四脚歩行戦車が歩く地響きや空を搔き乱すようなヘリ、戦闘用アンドロイドの出す不協和音は一切聞こえない。
「おい、ここでいいんだよな?」
ルフトジウムは端末を握りしめ、場所をしっかりと把握しつつラプトクィリに話しかける。
『そうにゃ!
今ならまだ警備は薄いと思うにゃから、二匹の力なら突破できると思うのにゃ~!
端末にカンダロの用意した車の位置の座標も送っておくにゃ~。
二匹で確認しておくのにゃ!』
目の前の扉を出て真っすぐ走る。カンダロの車までは凡そ二キロ。かなりの距離ではあるが行けない距離ではない。
「結構遠いっスね」
ハルサは道をしっかりと頭の中に叩き込みつつ、二キロという距離を見て小さくため息をつく。
「この扉の向こうがどうなってるか次第だな」
「まあ、ラプ――“サンレスキャット”もこう言ってるっスから。
多分大丈夫だと思うっスよ」
「この扉が逆に俺達を守ってくれていたりしてな」
ルフトジウムは一本だけのデバウアーに弾薬が詰まっているかを確認しつつ、扉を手の甲で軽く叩いた。乾いた金属音はノックのように部屋の中に鳴り響き、思わずハルサは息を呑む。当の本人は涼しい顔で弾倉をデバウアーにセットし直し、セーフティを解除すると跳ねている前髪を手で撫でつけ、乾燥アスパラをポケットから一本取り出して齧り始めた。目を細めながらどう動くのか考え事をする彼女の長い白いまつ毛や、きめ細かい肌をハルサぼんやりと眺めていたがとある不安にふと駆られ思わず山羊に話しかけていた。
「あの、ルフトジウム…さん…」
「あ?
どうしたよ?」
今は二匹とも辛うじて協力体制にあるものの、ここから抜け出すことが出来たらまた敵同士になるのではないか。再び出会う時、またルフトジウム――いや、“AGSの断頭台”と一戦交えることになるのではないか。
「その~…」
「?
もじもじしてどうしたよ。
なんか言い辛い事あんのか?
もしかしてトイレか?」
「ちげえっス!」
『マキミの復讐』という目的を果たす為ならば、邪魔になる全ての障害を排除する覚悟は出来ていたはずだった。一度裏切られたものの、いつの間にかルフトジウムとの付き合いは
長いものとなり、気が付けば彼女はハルサの中でかなり大きな存在になっていた。裏切りに関してはお互い様な所もあるわけで…。しかし、彼女は危険を犯してまで助けに来てくれた。
“敵”としてのルフトジウムも、“味方”としてのルフトジウムも知っているハルサは次に会う時も“敵”としてではなく、“味方”として会いたかった。だから次に会う約束を今ここで結び、安心したかった。
「あのー、こんなに戦ったしお腹減ってないっスか?」
「はぁ…?
あいにくだけど今手持ちに飯は無いぞ。
アスパラぐらいだ」
「それはいらねえっス。
そういう意味じゃないっスよ!
普通に減ってないかっていう…」
「んー…まあ、減ってないって言えば嘘になるけどよ…。
急にどうしたよ」
「美味しい中華を食べたくないっスか?
特に姉様が作った奴が」
ルフトジウムは直ぐに頷いた。
「おお、食いたい…。
よっしゃ、ここから出たら食べようぜ!!
今日はもう開いてないから…後日になるだろうけどな!」
彼女は思った通りの反応をしてくれた。ハルサはほっと一息つきつつ、生意気な一言をねじ込む。
「奢ってくれるんスよね?」
「あー?
自分の分は自分で出せ。
というか、お前の家だからそこは無料になるだろうが!?」
「ちぇー」
二匹の間に流れていた重い空気がようやっと少しだけ軽くなる。ルフトジウムは生意気な表情を浮かべているハルサをじっと見つめ、頬を掻きながら口を開いた。
「あのよ。
次、会う時なんだけどよ」
「っス?
何食べるか今話すんスか?」
「ちげぇよ。
まあ、次というかこれから…か。
俺達、今までと同じように変わらず会わないか?
あ、当然お前が“大鎌の獣人”として仕事してるときは別だけどよ。
それ以外の時は出来れば今までのように会えたらな~って思ってよ」
「ぇ……?」
小さい声を出すぐらいで固まってしまったからか、ルフトジウムは慌てて言い訳のように顔を少しだけ赤くして、そして耳を垂らしながら喋り続ける。
「あ、いや、もちろん、無理なのは分かってる。
俺達の未来は基本的に所属する企業に左右されるからな。
…けどよ。
なあ、ハルサ。
俺はお前のことを愛してしまってる。
お前はまた俺と戦いたいか?」
「それは――」
『にゃー、二匹とも、自分達の状況分かってるのかにゃ?
いつまでそんな事話してるのにゃ??
いいから!
さっさと!!
先に!!!
安全を確保してから!!!!
続きをやれにゃ!!!!!』
「わーってるよ!
ハルサ、返事、後で聞くからな。
足並み合わせろよ」
ルフトジウムは鉄の扉に手をかけ、指で三秒数える。そしてカウントがゼロになった瞬間、二匹は思いっきり扉を押し開けた。
「いくぜ!」
「さっさと飯食いに行くっスよ~!」
――甲高い銃声。
そして一本の閃光。
「へ?」
ハルサが一歩を踏み出したその瞬間、山羊は後ろから何かに蹴飛ばされたように前に倒れ始めていた。
-朱と交わろうが白であれ- Part 21
明けましておめでとうございます。
どうか今年もこの何とも救いようのないお話をよろしくお願いします!




