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-初めての友達- part 7

「あらあら凄い黒煙に凄いサイレンの音……。

 ここ最近平和で完全に忘れてたけどそういえばこの都市は“A to Z”との最前線だったわねぇ」


 呑気に構えているツカサとは対照的にハルサは背筋がじっとりと汗で湿るのを感じた。黒煙が立ち上っている地区は間違いなくタダノリが住んでいる地区の方面だ。居てもたってもいられず、ハルサは行動を起こしていた。


「姉様!

 ちょっと出かけるっス!」


「え!?

 ちょっと!

 ハルサ、あなたどこへ行くの!?」


 ハルサは部屋の中に駆け戻ると壁にかけてある大鎌、アメミットを手に取り、カバーを外した。弾倉に入っている対物弾頭の弾数を確認し、せっかく着た可愛い服を脱いでいつもの服に防弾仕様のコートを羽織る。準備を行いつつ、ハルサは頭の中でどう戦うか考えを巡らせていた。


「敵は“A to Z”で間違いないっスよね……。

 となると“大野田重工”の多脚戦車も出てくるに違いないっス。

 二つの勢力がやり合っているうちに合間を縫って近づけるかどうか……」


 淡々と目の前の準備を進めていくハルサ。アイリサ博士からできるだけ目立つことはするなと言われているがこの時は完全に頭からその言葉は抜けていた。つむじ風が通り抜けるように迅速に準備を終わらせ、部屋から出ようとしたハルサだったが


「ハルサ!」


そこでツカサに腕を掴まれ、ハルサははっと我に返った。


「どこへ行くつもりなの!?」


ツカサは心配そうな目をして、出撃準備を完了したハルサをただただ見ていた。同じ濃い桜色の瞳の色をした姉はすぐに理由を察すると首を二、三回横に振った。


「姉様……」


懇願する声はツカサの凛とした雰囲気を纏った声に否定された。


「ダメ。

 ダメよハルサ。

 目立った動きをしたら私達の存在が重工にマークされるわ。

 管理されていない戦闘用獣人がいるとなると絶対に狙われるわよ。 

 それに、アイリサ博士に目立つことをするなと言われているはずよ」


ツカサの目は真剣で、妹の事を心から案じていた。しかしハルサは食い下がる。


「そんなこと分かってるっス!

 姉様、お願いっスよ!

 初めて出来た人間の友達なんス!」


 震えているが、しっかりとした声でハルサはツカサに掴まれている手を引っ張った。しかしツカサの手はピクリともしなかった。無理もない。ツカサは元来ハルサ以上に戦闘に特化して作り出された個体なのだ。ツカサもハルサを抑え込むために必死だった。


「ハルサ!」


そういいながらツカサは更に一歩踏み出し、ハルサの肩を掴む。


「ダメなものはダメ!

 しっかりしなさい、貴女はマキミ博士の番犬でしょう!?」


「助けられるなら助けないとダメっス!

 マキミ博士だって常に人を助けろって言ってたっス!」


必死になって抵抗するハルサ。


「もう失うのは嫌なんス姉様!

 あの時みたいに何もできないのはごめんなんスよ!!

 番犬なのに何もできなかったんスから!!

 でも今なら――!」


パシンと乾いた音が響いた。ハルサは自分の頬が熱くなってジンジンと次第に痛みに代わっていくのを感じる。怒った顔をしたツカサが咄嗟にハルサの右頬を打ったのだった。


「分かってるわよ。

 私だって何度も後悔したわ。

 でもこれとそれは別。

 何をしようとしているのか分かっているの?」


 ハルサはそっと俯く。もしハルサがここで目立つ行動をすればせっかくここに隠れている意味もなくなる。重工から隠れるためにこの街にいるのに、ここにいることがばれたら芋づる式にアイリサ博士の事、ギャランティの事まで判明してしまう危険が高い。そうなるとたかが獣人二人はあっという間に捕まって、マキミ博士の事まで掘り起こされてしまうに決まっている。


「――分かってるっス。

 わかってるっスけど……」


そんなのって残酷っス……、といった最後の一言は言えず、自分の胸の中に閉じ込める。どんどん声のトーンが小さくなっていくハルサの手をツカサはもう掴んでいなかった。ハルサの尻尾はしんなりと力を失い、獣の耳もしょんぼりと左右に垂れてしまった。目を逸らし、ハルサはその表情をぐっと引き締めていた。


「私を恨んでもいいわよ、ハルサ。

 でも、今回は……諦めなさい。

 襲撃が終わった後に様子を見に行くことぐらいは出来るでしょうから。

 とにかく今は我慢する時よ」


「姉様を恨むなんてこと絶対にしないっス……。

 しないっスけど……この悔しさは絶対に忘れないっス……」


 ハルサは手にアメミットを持ったままトボトボと家の中に戻る。ツカサは血の繋がった妹の打ちひしがれる顔を見て心が痛んでいたがこれでいい、と自分自身に言い聞かせるように何度も心の中で囁き、確認した。ドアを閉めようとした矢先、また大きな音で都市中に聞こえるようにサイレンとアナウンスが流れる。


『敵迎撃のため、装甲砲塔を起動します。

 対象地区の方は直ちに備え付けの手すりに摑まり、体を固定してください。

 対象地区は第四地区、第五地区、第八地区です』


 攻撃による衝撃で自動的に敵の位置、規模、大きさを判断した都市の人工知能防衛機構が働き、対象地区の地盤を構成していた幾層もの装甲ごとその上に立っていたマンションや家丸ごと持ち上がりその隙間から巨大な砲身と、いくつもの砲塔が現れて都市の姿がどんどん要塞へと変わっていく。


「醜い都市ですわね」


外の爆炎と黒煙は更に酷くなっていく一方だった。ツカサはその様子を流し目で眺め、ハルサに続いて家の中に戻るとしっかりと鍵をかけたのだった。




     ※ ※ ※




 その日も、その次の日もハルサ達は外に出ることが出来なかった。住んでいる家の周りで戦闘が起きたわけではないが、それでも三日目にしてやっと砲撃音や銃声が鳴り止み、攻撃で破れた障壁が修復され、重工が撃退に成功したという放送を流しはじめ、まるで戦闘があったことが嘘みたいに普通の平和が返ってきた。


『今回の防衛戦による敵軍の死者は千人を超え、これは“A to Z”の人口の――。

 また戦闘では“鋼鉄の天使級”が使用され、都市内部での環境汚染が心配されますが――』


テレビとインターネットから今回の戦闘による情報が溢れだしている。朗読ロボットが淡々と感情のこもっていない機械音声で重工の勝利を称えている。


『この戦闘の勝利により、“大野田重工”の株価はさらに上昇しており、さらなる飛躍も近いとされています。

 また敗北した敵対企業は……』


「姉様、どうっスかね?」


テレビのスイッチを切り、ハルサはゆっくりとツカサの方を振り返った。ツカサは悩んだように一瞬だけ目を逸らしたがすぐに小さく頷き了承の意を示した。


「多分大丈夫だと思うわよ。

 分かってると思うけど目立たないように、ね。

 それとハルサ忘れないようにね。

 私達は明日ここを出発するわよ」


「分かったっス!

 姉様行ってくるっス!」


居ても立っても居られないのだろう。一刻も出発したがるハルサにツカサは鞄の中から銀色の拳銃を取り出し渡した。拳銃には本来所属する企業のマークを入れる決まりがあるのだがこの拳銃には付いていなかった。密造された一品だ。出発する前、ギャランティの人からこっそりと渡されたものだった。


「一応……これ。

 忘れないように持っていきなさい。

 何かあった時に、守れるように」


「了解っス……」


 家から飛び出したハルサは急いでバスに乗ろうと大きな通りまで出てきた。いつも人っ子一人いないような静かな道には、今日は沢山の人が座り込んでいた。人間も獣人も関係なく助け合ってお互いを守りあっているようだった。中にはひどい出血の人も沢山おり、その中を逆にきれいな服で歩くハルサを怪訝な目で見る輩もいた。




               -初めての友達- part 7 End

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