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-Unhappy Commute- Part1

『第四都市は嫌な天気。午前中から黒い酸性雨が降るらしくて今から仕事が憂鬱だ。

 さっさと企業退職金もらってリタイアしたい…』


 早朝から、コンクリートと鋼鉄で出来た薄汚れた都市を覆っていた水銀の霧がようやく晴れ、パリッと糊の効いた着物スーツを身に纏った男は駅のホームでまだ火のついた合成タバコを床に捨てた。久しぶりに美しい朝日と灰色の混じった青い空、街のあちこちに建ち並ぶ真っ赤な鳥居とあちこちに建ち並ぶ脱税目的で作られた寺の厳かな鐘の音と、季節関係なく咲き誇るバイオ桜のきついピンクの花のミヤビな風景をようやく拝めると思っていたのに……とさえないサラリーマンの男はため息をつく。

 炭のように真っ黒な雲が浮かぶ空を見て、フーガク商店営業課長のシベトリマサヒコは日記代わりに使っているSNSに立て続けに文句を書き込んだ。


「会社が変わってからいいことが何もねえ。

 本当に嫌な世の中だ。

 生きるだけで世知辛いよ」


 片手に大きめの通勤カバンを持ち、少し腹の出たシベトリは、各々が所属する会社の服を着た沢山の薄汚れた獣人と共に美しいミヤビな模様を付けた“ダンガンセントラル鉄道”の列車に乗り込んだ。この通勤時間がシベトリからしたら一番憂鬱な時間だ。彼はその都市の物流を仕切る“満員御礼トランスポート株式会社”の天下り先に勤めている、初老に片足を突っ込んだしがない部長クラスのサラリーマンだ。


「そこの獣人、あなたが今座っている椅子を開けなさい。

 私は部長であなたの上司です」


「部長でしたか!どうも、すいませんでした。

 今どきますので少しお待ち下さい」


 シベトリは電車の椅子に座る自社マークの獣人を一人退かして自分が座ると、生体外デバイスをポケットにしまい込みプラント移植した鼓膜から音を、網膜に投影される映像で今朝のニュースをネットワークを通じて眺め始めた。


「今日のニュースです。

 昨日の未明第五工業都市のプラント設備にて小規模の爆発が発生しました。

 治安維持部隊の調査によると機械の故障による、自己破損防止プログラムの欠落からなる――」


「続きまして幸せなニュースを報告致します。

 我ら“大野田重工”の第四部隊は敵性企業“A to Zオートメーション”の第八H部隊と思われる精鋭海軍に遭遇しましたが、これを撃退、殲滅することに成功したと発表しました。

 部隊を取り仕切る戦闘専務役員の言葉によると――」


 ニュースを見始めて暫くすると、真っ黒な酸性雨が雷鳴を纏って都市全体に降り注ぎ始めた。せっかく外に見えていた広告塔大鳥居も、都市のクズが集まる地の底まで続く大きなゴミ穴も、列車の窓も黒く汚れていく。


「次のニュースです。

 獣人に人権を与えるべきだと唱え続けたテロリスト、ヤメモタソウイチロウが死亡して三年が経過しました。

 彼らの自分勝手な爆発テロによって尊い命が複数奪われ、残された遺族達の今を追いました。

 ヤメモタ氏は獣人に人権を与え、兵器としてではなく――」


 絶えず流れ続けるニュースを止め、シベトリは金属製の自分の右手をちょっと眺めて過去の記憶を掘り起こした。忘れもしない。彼がこんな体になったのも前回勤務してた“満員御礼サービス株式会社”の本社ビルで起きた爆発テロのせいなのだから。

 その日運悪く、部下が取引先で起こしてしまった不祥事を片付けるために会社にいたシベトリはヤメモタソウイチ率いる人権団体の爆弾により右腕、右脚、更に顎や、腎臓、消化器官の半分を失った。そのまま殺してくれればよかったのに、会社はこの悲劇を利用して世間の同情を買おうとしたのだろう。

 会社が払ったお金で、シベトリは足りない所を“義肢メトリクス産業”の作った義体に置き換えることが出来た。はじめは同情されテレビの取材に応じ、企業の広告塔として使われた。しかし、すぐに忘れられた存在となったシベトリはもはや会社にとって無駄な経費を払うだけの必要ない存在になっていた。


『次は投棄施設玄関前、投棄施設玄関前です。

 お降り口は左側です。

 今日も“ダンガンセントラル外周線”をご利用いただき誠にありがとうございました』


ドアが開き何人もの薄汚れた獣人が降りていく。そこに混じる初老の汚い男を見てシベトリはああはなりたくないものだと心のうちに願う。自分が置かれている環境も似たり寄ったりだというのに。天下り先を手配する代わりに自主退社を促され、拳を握りしめながらもシベトリは黙ってそれに従った。 

 値段の割に“A to Zオートメーション”の作る義体に劣る性能と、雨が降ると痛む接合部が何年経ってもこの哀れなサラリーマンを不幸な事件の被害者から縛り付けて離さない。


「ふぁー……」


 あくびを一つして、過去の記憶を振り払って目を開けるとシベトリの周りに座る獣人が目に入った。彼を含め四、五人の人間以外に列車に乗っているのは“獣人”と呼ばれる人工生命体だ。こいつらは犬や猫、ウサギや熊、果にはゴリラといった哺乳類動物の特徴を持っており、人間からの命令には従うように出来ている。   

 もちろん種族の差はあるが。子宮を模した機械から生産される人権の無い奴隷は、毎年何十、何百万匹と大企業に使い潰されている。人間よりも遥かに安く、人権のない獣人はもはやこの社会から切っても切り離せない存在だ。


『ご乗車ありがとうございます。

 間もなく放射性遺物投下三番ターミナル前、放射性遺物投下三番ターミナル前です。

 お降り口は左側です』


 空にモウモウと煙を上げ、昼夜問わずに稼働している工場の屋根の下では毎日何人もの獣人が命を落としている。その命を燃やして重工の一部として稼働する第五工業都市は今日も鼓動を続けているのだ。






                    -Unhappy Commute- part1 End

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