秘蔵のエピソードですわ④
「なら、せめて足場の良い所まで運ばせてくれ。俺を馬だと思ってくれて構わん」
「ふふっ、ずいぶん逞しいお馬さんですわね」
でも、ツェルドさんは背も高いですから。目線が高くなって少し楽しいですわ。
足場の良い場所がどこなのかわかりませんけど……ツェルドさんはわたくしを抱えたまま、スタスタと真っ直ぐ進んでいく。その足取りに、わたくしは聞いた。
「ずいぶんと慣れていらっしゃいますのね? よく浜辺で走ったりしてますの?」
「合宿の時は朝晩走っているのもあるが……故郷でも海は近かったからな。小さい頃は、海で泳ぐのはもちろん、カニを探したりもしてたな」
「楽しそうですわね。憧れますわ」
「……うちの国では女性もよく遊び、よく働くのが一般的だが……この国では違うのだな」
あら、気を遣わせてしまったかしら?
わたくしはにっこりと微笑む。
「ひとによると思いますわ。わたくしはこれでも、王太子妃になることを求められてきた立場ゆえ。他の方よりも上品かもしれませんわね?」
「良く言うよ。毎日制服が破けるのも厭わず剣をぶんぶん振っている子が」
あら、さすがザフィルド殿下。きっちりツェルドさんの歩幅に付いてきますのね。
そんなわたくしたちのやり取りに苦笑したツェルドさんが、顎で先方を指す。
「あの岩場が見えるか? あの先に小さな三日月状の浜辺があるんだが、どうやら『恋人たちの浜辺』と呼ばれているらしい」
「まぁ、ロマンチックですわね。由来とかもあるんですの?」
「俺もクラスの令嬢から聞きかじった程度だが……千年以上昔に、ある恋人たちが身投げしたらしくてな。身分違いだった結果、二人は引き離されそうになり、駆け落ちしたという」
「悲恋ですのね……」
「いや、話はこれで終わらない。だけど身投げした二人は、奇跡的に隣の国に流れ着いて助かったというんだ。波に呑み込まれた際、二人は見たという――長い白髪の美しい青年が、手を差し出している光景を」
……なんでしょう。思わず脳裏に神様のお姿が浮かびますわ。なんかこう……『自分イイコトした☆』とホクホクしているお節介さんのお顔が。
勿論、『あの神様ならやりそうですわね』なんて相槌は打てませんので。わたくしは大人しく、ツェルドさんのお話の終わりを待つことにする。
「それから、その二人は隣国で仲睦まじく、死が二人を分かつ時まで暮らしたそうだ。そんな伝承から、今向かっている砂浜は『恋人たちの浜辺』として、どんな叶わぬ恋も叶えてくれると言い伝えられているらしい」
つまりこれは、あれね。そういうことね。
ツェルドさん的には、チラチラと見ているザフィルド殿下が邪魔なのかもしれないけど。まぁ、そういうことですわね。
そんな熱烈なお誘いに対して……さすがに、ここらが線の引き時ね。
わたくしはいつもの調子で、悪戯に口角を上げる。
「その令嬢は、ツェルド様と一緒に、その秘密の浜辺に行きたかったんじゃありませんの?」
当然、それがどこのどなたか存じ上げませんが。
女が男にそういった話をするということは、お誘いを待っているということですから。この数時間の様子だけでも、男らしい方というのが伝わってきます。きっと学校でもおモテになっていることでしょう。……ザフィルド殿下とは違った、もっとひたむきな方々に。
恋愛に疎いわたくしとて、伊達に社交界を生き抜いていませんから。そういった駆け引きはわかりますわ。それを軽口混じりで申せば、ようやくツェルドさんはわたくしを見下ろしてきた。
「俺は、自分が共にしたいと思った相手しか誘うつもりはない。……たとえ、それが叶わぬ相手だとしても」
「……まあ」
……参りましたわ。その瞳があまりに真摯すぎて、すぐ言葉が出てこない。
そんな時、「ルルーシェ様っ!」とわたくしを呼ぶ声が聞こえた。
それは少し、遠くから。「レミーエさん?」
わたくしがツェルドさんにしがみつくようにして振り返れば、少し離れた場所で、レミーエ嬢が野蛮な風貌の男たちに囲まれている。……海賊崩れといったところですか。
「失敬」
わたくしは慌てて、ツェルドさんの腕から飛び降りた。当然、本気を出せば砂浜をヒールで走ることだって容易いわ。こんなの令嬢の嗜みですもの。
引き止めようとするザフィルド殿下の横も通り過ぎ、わたくしはあっという間にレミーエ嬢らの輪の中に入る。無論「なんだ?」と凄まれますが、この程度で口角は下げなくてよ。
「わたくしの大好きなお友達に、何か御用かしら?」
ピタッと腕にしがみついてくるレミーエ嬢は可愛らしいけれど。当然、あなたにだって言うことはありましてよ。
「あなたも、この程度の足場くらい難なく歩きなさい。明日からウォーキングの訓練、増やしますからね」
「えぇ~~っ⁉ ルルーシェ様だってさっき転びそうに――」
「あんなの、わざとに決まっているでしょう」
まぁ、そんな指導は置いておいて。
わたくしは卑しい顔をした殿方たちに、にっこり微笑む。
「申し訳ありませんが、この子は忙しいんですの。遊ぶなら他の相手を探してくださいましね」
「ほぉ、じゃあお嬢様が代わりに相手してくれるっていうのかい?」
「はっ、まさか――わたくしの相手など、神様くらいしか務まらなくってよ」
だって、どうせあと十七日で死ぬ運命ですし。
未来を生きるひとらにとって、わたくしと関わる時間など、無益に等しいでしょう?
だけど、そんなわたくしの事情など、彼らは知る由もない。
彼らは六人。皆、腰に武器を差しているわね。『ナンパ』とかいう若い男女の戯れかと思ったけど、誘拐の目的もあったのかしら? わたくしも反省しなくっちゃ。護衛でもあった殿下方の視線を集めすぎてしまったみたい。
ついでに、彼らの機嫌も損ないすぎたみたい。
「この高飛車がっ!」
先頭に立っていた一人が、剣を抜く。そして躊躇わずそれを振り下ろしてきて――。
「ルルーシェさまぁっ‼」
レミーエ嬢の叫び声が響く中、わたくしは不敵に笑みを浮かべながら、一歩も動かなかった。だって――その剣先は案の定、わたくしの鼻先で止まるんですもの。
「当たるかどうかくらい見定められますわ。だてに毎日訓練付けてもらってないですから――ねぇ、師匠?」
「まったく、こっちは心臓が止まるかと思ったけどね!」
わたくしの左右から出てくるのは、ザフィルド殿下とツェルドさん。相手が剣を抜いているからだろう。お二人もこれ見よがしに剣を鞘から引き抜いていて。
その凛々しい二つの背中に、わたくしも歓喜の声をあげる。
「わたくしも馬車から自分の剣を持ってきますので、少々お待ちくださいまし。実戦ですわっ!」
「ばっか‼」
ザフィルド殿下から愚弄が飛んてきますが、それどころではありませんわ。貴重な実践の機会ですもの! しかも今度は正当防衛。合法ですわ!
ルンルンと馬車に戻ろうとするわたくしの背後から、殿方らの声が聞こえる。
「ルルーシェが戻ってくるまでに片を付けたい」
「容易いな」
そして、小剣を抱えたわたくしが足取り軽く戻った時には――海賊上がりの皆様は、全員のされてしまっておりました。一人も残さず。
ほんとーっに、本当に無念で仕方ありませんでしたわっ‼
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