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13:00~



[場所:野外――病院前]

[時間:午後13時00分]

[人:〈不良〉〈刃〉〈探偵〉]


 着いた、けど。


「なんかドンパチやってる音しねーっすか?」


 車から降りた瞬間にもう不穏。明らかに銃声が聞こえてきてるし、病院の入口からこっちに向かって逃げてきてるやつがチラホラいるし。やだなあ、と〈不良〉は思う。銃の相手はできるけれど、運動量が多くなるから疲れる。それに自分の身だけならともかく、今は守る相手もいるのだ。


「〈探偵〉って銃弾避けれる?」

「っ!!!」


 ブンブンブンブン、と眼鏡を吹っ飛ばす勢いで首を振られる。だよなあ、と〈不良〉は髪を掻く。かといってこれだけ荒れた場にこのいかにも運動神経の鈍そうなやつを置いていくのも気が引ける。帰ってきたときにはもう息を引き取ってるなんて可能性は十二分以上にありそうだし、そうなると〈船頭〉からのお願いを完全に無視してしまった形になる。


 それはちょっと怖いから。


「なあ、場所ってちゃんとわかったりしねえ? 病院の中のここ!とか」

「…………私の能力の数少ない弱点のひとつに、高低差がまったくわからないっていうのがあります。空から見たポイントだけはきっかりわかるんですけど……」

「今どのへん?」

「あのへん」


〈探偵〉が指をさす。その指がどんどん移動していく。


「なんですけど……」

「動いてんのね……ハイハイ」


 じっとしとけよ、と〈不良〉は思う。が、まあたぶん連れ去られてるんだから仕方ないだろうというのも同時に思う。


 どうすっかな、と考えていると、〈刃〉が動いた。


 入口に向かって歩いていく。〈不良〉はそれに少し目を開く。ラッキー。正直言って頭を使うのは苦手だから、ああいう人から率先して動いてくれるのはありがたい。


 ぺたり、と〈刃〉の手が病院の壁に触れた。

 そうしたら、パッ、と一瞬で病院全体の外壁が消えた。


「おぉ……」

「頭いい~」


 なるほど、と思う。〈不良〉も〈探偵〉も感心したように声を上げる。一気に透明にしてしまえばどこに誰がいるか、一発でわかるということだ。ついでに〈探偵〉が指さしてた場所のことも念頭に置けば、ごく僅かな時間でも目当ての人物を見つけるのは簡単なことで。


 全部で七階建て。その三階に、〈爆弾〉たちがいるのを見つけた。


「うし、んじゃパッと行って……」


〈不良〉が腕を捲るのを、しかし〈刃〉は待たない。ダッ、と走り出して、ひとりで何も言わずに行ってしまう。


 思わず、〈不良〉は〈探偵〉を見た。

〈探偵〉も、〈不良〉を見た。


「……帰ってご飯食べて寝ませんか?」

「……いや、そうしたいけどさ」






[場所:病院――2階廊下]

[時間:午後13時05分]

[人:〈船頭〉]


 信じられない、とまず思った。

 どこまで馬鹿なんだ、とも思った。


『透明化する能力』なんて、隠しておけば隠しておくだけ有利になる能力を、自分から見せびらかしたりして。


 もし仮に、向こうがその能力の存在を知っていて、かつ迷いがなかったとしたら――、


「そんなの――やることは決まってる」







[場所:病院――7階院長室]

[時間:午後13時05分]

[人:〈刑事〉〈医者〉]


「〈医者〉。もう動いてるとか関係なくていーや」

「え?」

「後輩が来たからさ。もういいよ」


 馬鹿だなあ、と〈刑事〉は頬杖を突いて、嘲笑って、


「皆殺し。全方向に弾撃ってりゃそのうち当たるだろ」






[場所:病院――3階廊下]

[時間:午後13時10分]

[人:〈爆弾〉〈人形〉〈冒涜〉]


「おっさんさあ、俺のロープ解いてみたりしない? いやさ、もう完全に無理になってるっしょあんた。だってほら、多勢に無勢ってやつ? その銃弾食らっても打撃受けたときみたいなリアクションしかしないタフネスには感心するけどさ、どう見たってそれ骨とか折れてるでしょ? 俺知ってるぜ、その防弾チョッキみたいなやつってさ、弾が貫通することはないけど結構ダメージ来るんでしょ? 見た見た、漫画で。もうジリ貧っしょ。だったら俺の拘束を解いて実は頼りになる相棒だった!!って可能性に賭けてみない? ほら、俺たち下僕仲間じゃん」

「黙っていろ〈爆弾〉!!」

「いや黙れっておっしゃいますけど俺だって喋る以外の選択肢があったらそりゃこんな喋りたおしませんけどでもでもだってこうやってロープにぐるぐる巻きにされて床に寝かされるほかないって言うんだったら文句の一つや二つくらいは言いたくなりかつこのようにして現状を打破するための提案だってしちゃうような名参謀にならざるを得ないわけなんですよね」


 ねー?と〈人形〉に同意を求めたけれど、まあどう考えても聞いてないですよね、こんな銃弾飛び交う戦場でさ。なんかもう……すごいよ。全方向からさ、あれ死体でしょ? バンバカ撃ってくるの。ゾンビ映画でゾンビ側が銃使うのって見たことある? あんな感じよ、いま俺ら。


 自動販売機のための窪みみたいなスペースあるでしょ? 階段の脇とかにさ。あそこに追いやられてさ、籠城作戦。さすがにこのおっさんも打つ手がないと見えたね。ちょくちょく顔を出しては戦ってるみたいだけどさ、最初に正面から食らったのがだいぶ効いてるんでしょ。もう脂汗だらだらだもん。今なら身動き取れない俺でも勝てそーっていうのは冗談として、まあ時間の問題だろーなって感じがしてるよ。


「クソッ! 『神の血』さえあれば――!!」

「ほーらね? こうやって実際にはないものを口にして『それさえあれば』って言い出しちゃったらおしまいよ。だってつまり、『それがなかったらダメ』って心の底で認めちゃってるってことでしょ? そういう心の弱いやつって何をやってもダメになっちゃうんだよね」

「わ、私たち……死んじゃうんですか?」

「うーん。残念ながらその可能性が高いと言わざるを得ないね」


 あと、ふっと思ったのはこういうこと。

 この子、たぶん本当に『神の血』とは関係のない子なんだろうなあ、って。


 こんな無差別攻撃モードみたいなのさ、攻撃範囲に重要なものがあったら使わないでしょ。つまりこの子はいつ殺してもいい相手ってわけ。つまり俺たちって今、世界の誰からも助けてもらえない存在ってわけ。あらまあどうしましょー。


 あ、おっさん死んだ。


「ひぃッ……!!」


〈人形〉が叫び声を上げるのも無理のないことっすよね。だって、今おっさんが顔出したところにビームみたいなのが横切ってジュッて音していきなりバタリだもん。わー。もう熱線食らったところがこんがり焼けてステーキみたいになってる。血もほとんど出てないってどーゆーこと? そのくせ身体の筋肉がまだ死んでないから捌いてすぐのイカに醤油かけたみたいにびくんびくん動いてるし。こわ~。人の死にこんなグロテスクな形ってあるんだ。


 ところで、動ける人がもういなくなっちゃったから俺たち死を待つだけだね。まあ人生っていつもそんな感じなのかもしれないけどさ。


「〈人形〉。暇だししりとりでもしよっか。りんご」

「ご、ご、……ごめんなさい」

「なんて悲しいボキャブラリーなんだ……」


 せっかくパニックになった頭に新たな負荷を与えることでショックを軽減してあげようと思ったのにそんなに悲しい地雷埋まってます? ラッパのパから始めてあげればよかった。パンツかパリピしか出てこないからどっちにしろ楽しい気分になっただろうに。


「イスタンブール!」

「る、る……、る…………。お、思い、つかない……」


 あーあ。泣きだしちゃった。こんなに可哀想なことあります? まあこの街ならこのくらい可哀想なことたくさんあるんだろうけど……。


「んじゃ『思いつかない』の『い』からだね。イカ!」

「か、貝……」

「イルカ!」

「軽い……」

「い……インド象!」

「う……うどん像……」


 香川県とかにありそうだね。アッハッハ。


 この体勢何が嫌って、一思いに銃殺してくれればいいのに、場所取りが上手くいっちゃったのか銃声が響いて来るばかりでなかなか銃弾までは飛んでこないんだよね。俺たちまな板の上の金魚たちはひたすら耳元で包丁を研ぐ音を聴かされてるってわけ。うーん。Autonomous Sensory Meridian Response、略してASMR。あとはホラーゲームよろしく、俺たちが隠れてる場所にゾンビがニョキって顔を出してくるのを待つだけの時間です。


「来世何したい?」

「ら……」

「いやこれはマジで冗談とかじゃなくてさ。マジであるんだよ、来世って。俺が実際そうだし。これね、俺の来世なの。なんでこんな目に遭ってんだろーねハハ。悪いことでもしたかなってまあしたか。じゃあしゃーねーか。ワハハ。君ってあんまり悪いことしてなさそうだからいいところ行けそうだよね。よかったじゃん。肩の力抜いてさ、楽しかった思い出を数えてごらん?」

「な、ない……! そんなの……!」

「えー、なくはないって」

「思い出せないんだもん!! 昔のこと、何も!!」


「お客さん?」


 なーんて話をしていたら救いの手。現れたのは〈船頭〉のオネーサン。著しく血まみれで髪の毛まで固まってたから一瞬びっくりしちゃった。戦いの女神かなんかかと思ってね。


 ひょいっ、と何でもないようにオネーサンは俺たちのいるスペースに入ってきた。ここまで銃撃とか大変じゃありませんでした? もしかしてこの世界って銃撃はムービー中じゃないと当たらない雑魚専用の武器なのかな? ちなみにその後ろに連れてるものすごい血のスライムみたいなのはなんですか? 〈幕〉にとっての俺みたいなポジションのやつ?


「ああ、死んだんですね。誘拐犯が」


 なんて物分かりがいいんだ。そしてオネーサンは俺と〈人形〉をぐるぐる巻きにしていたロープをシュパッとウォーターカッターみたいなので切ってくれた。なかなかスリリングな体験だったよ。それにしても助かったのでもう額を頭にこすりつけて感謝するしかねえ。違った。額を地面に擦りつけて。


「このご恩は決して忘れません。鶴なので……」

「いいですよ。巻きこんだのは私ですし」


 うーん、本当にそうかな? なんか結局あのおっさんとか〈幕〉の関係者だし、俺ってなんかイヤーな予定調和に導かれてこの場にいる気がするんだけど。


「付き添ってあげたいんですけど、用事があって……。歩けます?」

「任せてください。歩くのは得意中の得意っす」

「頼もしいですね~。人類って感じで。2階は全部掃除したので、そっちに逃げておいてください。たぶん待っていたら〈不良〉が助けに来てくれると思うので」


 ありがとうございます、と心から頭を下げたね。ごめんなさい。サディスト二号なんて心の中で思ったりして。ぺこぺこ頭を下げた後、適当におっさんの服から装備をパチッて俺は〈人形〉と一緒に下の階に下りました。


 するとそこは、一面の死体日和でした。


「ぅゎ……全員死んでる……」


 しかも完膚なきまでに。

 たぶんあのオネーサンが殺したんだろうなあと思いました。サディスト二号とかじゃなくて、純粋に強大な暴力を選択肢に入れているだけの人らしいね。国家に似てるよ。


「とりあえず、どっか部屋入ろーよ。廊下にいるとなんかスカスカで怖いし」

「…………はい」


 言って、がらりととりあえず病室のひとつへ。

 案の定患者も全員死んでた。地獄の街だここは。






[場所:病院――5階病室]

[時間:午後13時10分]

[人:〈刃〉]


 妹が蜂の巣になって死んでいる。






[場所:病院――1階ロビー]

[時間:午後13時15分]

[人:〈不良〉〈探偵〉〈医者〉]


「イェイイェイゴーゴーレッツゴー〈不良〉!!」

「なあ、喋ってないで手伝ってくれてもいいんだぜ?」


 一階の方は結構楽なもんだ、と〈不良〉は思う。何せ来院してきたやつらの中にもまだ血の気の多い奴らが混ざってるし、盾には事欠かない。おかげさまで〈探偵〉を守りながらでも結構戦えてるし――


「ん?」


 足元コロコロ。

 手榴弾。


「ぬぉおおッ!!」


 身体が反応して、無茶苦茶な動作でそいつを死体の群れの中に蹴り込んだ。そしてそれだけじゃどうも上手くいかないだろうなってことも身体が感知してくれて、咄嗟に〈探偵〉を抱えて建物からダッシュで飛び出す。


 ばごん。


 ガラスが全部割れた。


「……お前、眼鏡外しといてよかったな」

「帰っていいですか? 私……」


 ちょっと威力は抑えめだな、と〈不良〉は思う。〈市長〉の家をぶっ壊したレベルのやばい武器なんだと思ったけれど、そこまででもない。まあ、ロビーに再入場したときにはほとんど生き残りはいなかったんだけど。その生き残りも、とりあえず死体っぽいのは全部〈不良〉が頭を潰して回ったから、ゼロになった。


「まあ綺麗になったし……結果オーライで」

「じゃあ帰りましょうか」

「いや、あいつら三階だろ……」

「でも二階と三階も今みたいな感じなんじゃないですか?」

「確かに」

「行きたくないですよね?」

「うーん……確かに!」


 でもまあ、と〈不良〉は言う。


「知らない仲でもねえしな……。行くっきゃねえだろ」


 それじゃあ、と〈探偵〉は言う。


「私、ここに残っててもいいですか?」

「あん? 危ねーだろ」

「いま全部死んだんだからかえってここが一番安全じゃないですか」

「……確かに。お前、賢い」


 でしょー?と〈探偵〉が胸を張る。じゃあ行ってくるわ、と〈不良〉が階段を上っていく。


 かろうじて形を残している椅子に腰かけて、〈探偵〉は足をぱたぱたと振る。宙を見つめながら、帰ったら何して遊ぼうかな、と考えている。


 そのとき、ぽぉん、と音が鳴った。


 背後。荷物搬出用のエレベーター。

 ちら、と〈探偵〉は振り返る。へえ、まだエレベーターが動いてたんだ。こんなにボロボロなのに。


 扉が開く。

 銃口がこっちに向けられている。


「あ――」


 バン。






[場所:病院――7階院長室]

[時間:午後13時20分]

[人:〈刑事〉〈刃〉]


「……お前、もしかしてエレベーターで行くの?」

『そうだけど?』

「途中で止まるかもとか、考えないわけ?」

『…………』


 不安になんなあ、と〈刑事〉は呟いた。それから監視カメラの映像を基に、〈医者〉に指示を飛ばす。


「地形は大体覚えてんだろ? 受付に向かって右側のブロックの、右から三番目に座ってるから。気持ち左の方に撃て。右側に死体があるから、咄嗟に動くのは左向きのはずだ」

『動かなかったら?』

「ちょっと右に向けてもう一発撃つんだよ」


 了解、と言って〈医者〉は通話を切った。

 切られた画面をじっと眺めながら、本当に大丈夫なのか?と〈刑事〉は思っている。


 まあでも仕方ない。自分が行きたかったところではあるけれど、自分には『死体を操る能力』なんてものはないし、何より〈医者〉がここにいたらきっと普通に殺されて終わっていた。


 だってほら、現に今、殺し屋がやってきているのだし。


 バン、と扉が蹴破られる。もちろん対策済み。胸の高さくらいの物置台を扉の前に設置しているから、扉は完全には倒れ切らない。机の後ろに屈めばもう向こうからの射線は通らない。爆弾を投げ込もうとして止める。思ったより時間をかけた。もう透明な〈刃〉は倒れかけた扉を足場に駆け上がっているはず。ワイヤートラップ。それも上手く潜り抜けられて、


「なるほどな――――予想通り」


〈刑事〉の場所を確かめるために、〈刃〉は机を透明にした。

 だから、机の中で光を放つフラッシュライトを直視する羽目になった。


「な――っ」

「はいおしまい」


 銃声。


 倒れ込んだのは〈刃〉。痛みによって能力が解除された姿に、さらに〈刑事〉は弾を打ち込む。四肢の関節部分に向けて一二三四。腹を蹴っても〈刃〉の手足に上手く力が入らなくなっているのを見て、ようやくこう呟いた。


「……だよな。そりゃ、机を透かすときは中にトラップが入ってないかついでに見たくなるよな」


 はあぁああああ、と大きく溜息を吐いて、


「だーっ。心臓に悪いぜ。直接対決する羽目になるかと思った」

「うぅ……ぐ……」

「結構頑張って襲撃ルートの制限をしたのだって綺麗に引っかかってくれるか微妙だったしさ。助かったよ」


 お前がバカで、と。

〈刑事〉は胸のポケットから煙草を取り出して、口に咥えた。火を点けないままで、話を続ける。


「〈刃〉だっけ。俺お前になんかした?」

「いも、うと、を……」

「妹ォ? 俺、お前の妹が誰とか知らねーけどな……。名前は?」

「〈星空〉……」


 ますます知らねえ、と〈刑事〉が溢せば、もう〈刃〉は訊かれてもいないのにうわごとのようにぶつぶつと言葉を口から洩れさせる。


「『神の血』が要るんだ……。あいつの、ために……」

「……なーるほど」


 に、と〈刑事〉は笑う。煙草に火を点ける。肺一杯に吸い込んで、運が良すぎて堪らない、という顔をする。


「欲しいんなら、やろうか」






[場所:病院――2階病室]

[時間:午後13時30分]

[人:〈爆弾〉〈人形〉〈不良〉〈医者〉]


「お、」

「あ、」


 未だかつてない安心感。

 がらりっ、と扉を開けて、〈不良〉が現れた。


「んだよ、三階にいるのかと思ってそっち探しちまったぜ。帰んぞ」


 と、何でもないように〈不良〉は言う。俺、惚れちゃってもいいすか? 完全に少女漫画のヒロインみたいなメンタルになっちゃってんだけど、今。


 よっこいしょ、と立ち上がるのに合わせて、横にいる本当の少女漫画のヒロインみたいな子にも声をかけて、


「行こっか」

「…………はい」


 いやあここで待っていた時間のあまりにも長いことと言ったら。何せ全然話が弾まないんだもんね。何を俺が言っても「ああ」とか「うん」とかしか言わないんだもん。いやーまいったね。ジェネレーションギャップがあって全然話が噛み合ってないのに必死で話し続けるおじさんの気持ちを味わっちゃったよ。


「〈不良〉。マジで助かったよ」

「おう。マジで助けた。つっても、もうこの階から下に誰もいないから、お前ひとりでも帰れたけどな」

「へー。皆殺し?」

「ああ。二階は姐さんが、一階は爆弾で。つか、三階もそうだったけど」

「ド派手だなあ。アクションRPGの雑魚狩りじゃないんだからさ」

「あー。あれよく考えるとちょっと変だよな。ボスまで一直線に行けばいいのによ。よっぽど恨みがあんのかね。モンスターに」


 がらり、と〈不良〉が扉を開けた。


 ゾンビがいた。


 閉めた。


 俺たちは、しばらく無言だった。


「無限湧きだなあ。アクションRPGの雑魚狩りじゃないんだからさ」

「おい、マジか。マジでそういうシステムか」


 だりー、と〈不良〉は言った。今の光景見てだりーで済むんだからこいつ相当強いんでしょうね。さすがなんかクスリの売人やって人肉を冷凍庫に入れてるいかにもな巨漢をさらっと殺せるだけあるよ。


「ていうかさ、これが湧いてきたってことは能力者が近くにいるってことじゃないの」

「あん? なんで」

「いやだって、普通こういう能力って近くにいないと使えないだろ……。どっからでも使えたら無敵じゃん」

「無敵の能力かもしんねーじゃん」

「いや無敵の能力だったらここで座って死ぬだけだけどさ、無敵の能力じゃなかったとしたら勝てるかもしれないんだから無敵の能力じゃないって仮定した方がいいじゃん」

「何言ってるかわかんね」

「そうか。ごめん!!」


 で、と気を取り直して、


「どうすんの。俺、正直言って歩くので結構精一杯なんだけど」

「ざっこ」

「今に見てろよ」

「まあ強行突破するか……」

「あの、」


 口を挟んだのは〈人形〉。さっきまであんなに黙りこくってたのに。もしかして俺って嫌われてる? まあ好かれる要素もないか。


「窓から逃げればいいんじゃ……」

「おいおいおい」


 ハッハッハ、と〈不良〉が笑う。


「どー考えても無理だろ。ここ二階だぜ?」

「二階なら確かに飛び降りても着地できそうじゃね?」

「おいガキ天才か?」

「俺は感動してるよ。お前の自分自身の知能の低さについては一切考えず、素直に他人を褒める真っすぐさに……」


 というわけで、窓枠まで近寄ってみた。三人でひょっこり下を覗きこむ。


「コンクリじゃんね」

「コンクリってどんぐらい痛えの? 〈爆弾〉、お前飛び降りてみろよ」

「おいおい。お前歩くのが精一杯って言ってるやつがコンクリ目掛けて二階から飛び降りるとどうなるのか知らないのか?」

「どうなんだよ」

「死ぬ」

「じゃあ無理じゃねえか」


 やれやれ、知らないのか。これだから漫画やドラマを真剣に見てないやつはダメなんだ。


「そこのカーテンがあるだろ。それでロープを作って下まで降りていけばいいんだ」

「へー」


〈不良〉がカーテンを掴んで引っ張った瞬間、絹を裂くような悲鳴を上げてカーテンが裂けた。銃痕が大量についてチーズみたいになってたからそりゃそうだとしか言いようがない。


「……三階に、俺らが縛られてたロープがあるヨ」

「あの、あれは助けてくれたお姉さんに千切られて……」

「ヨシ! 行くんだ〈不良〉!! すべてのゾンビを薙ぎ倒して英雄になれ!!」

「いやまあいいけどよ……。なんだったんだ今の時間……」


 がらり、と。

 開けたらゾンビパニック。


 とりあえず俺は〈人形〉と一緒にベッドの下に隠れてみた。果たしてこうすることでどのくらい銃弾が防げるのかはよく知らないけれど、やらないよりはマシだと思って。そんでそこから〈不良〉が戦うのを見てたんだけど、いやあもう強い強い。銃を持ってるやつに近付いてはその手首をあらぬ方向に曲げまくって無力化して、届かないような距離にいるやつにも近くにいるやつを盾にして近付いていくし。それどころか普通に銃まで使い始めた。百発百中。たぶんあいつ命の危機になるとめちゃくちゃ戦闘力が上がるみたいな能力があるんだと思う。人間竜巻みたいな感じで周りをボッコボコのボコにしていく。いやあお強い。時代劇だったらあと五分で終わる。


 と思ったら横スクロールアクションみたいな感じで中ボスが出てきた。どうしてそうわかるかっていうと、なんか形がヤバいから。今までのはゾンビだったけど、今度のはちょっと違う。こう、手足のパーツが余ったので作りましたみたいな。生物としての体裁が整ってない。天ぷらで言ったらかき揚げみたいなやつ。


「だーっ! めんどくせえ! こいつ!!」


 そりゃそうだろ、って感じ。だって手が何十本もついててそれが同時に発砲してくるんだもん。いくら強くてもカウンター打つタイミングもないし防戦一方になるよね。よし、お兄さんが一肌脱いじゃおっかな。


「〈不良〉! がんばれ!! 俺が援護するぞ!!」

「マジかよ助かる!!」

「方法は追って考えさせてもらう!!」

「死ね!!」


 いやー、ちょっとね。俺の今の持ち札って『街を破壊する能力』の一枚しかないし。なんかポケットに入ってる? いやよく考えたらさっきおっさんから色々くすねてきたやないかーい。よかった、死体を見たら装備を漁る習性が染みついてて……。


「〈不良〉!」

「死ね!!」

「爆弾投げるぞ!!」

「おおっ!? おうっお!!」


 ピン抜いてぽーい。なんか〈不良〉のやつヤバい声出してやんの。ウケるー。んでその爆弾普通に高速で中ボスの口に突っ込んでやんの。こえー。


 バァン! ベチャベチャ。ベチャベチャっていうのは肉片が吹っ飛んで俺たちの目の前に飛んできたときの音です。


「おい」


 すべてを終えた〈不良〉が、ベッドの前に立っている。しょうがないから俺はぬるーっとそこから出て、〈不良〉の目の前にきっぱり立って右手を差し出してやる。


「ナイスコンビネーション」

「……そんないいもんだったか?」


 なんだかんだ言いつつ〈不良〉は手を握り返してきた。うーん。俺はコンビネーションっていうか爆弾魔と爆弾処理班だと思う。中ボスは作戦行動中のやむを得ない犠牲者。


〈人形〉もベッドの下から這い出してきた。んで、ととと、って走って俺たちの後ろにぴったりくっつく。うーん。なかなか俺たちも頼れる大人になってきましたか?


「んじゃ帰ろっか」

「おう」

「…………はい」


 今度こそ。

 病室から出て、お、何もいない。んじゃこのまま階段で降りようか、って三人ぞろぞろ歩いて行ったんだけど、どうして? まだ終わらないらしくって、三階に上っていく女の人を見つけちゃいました。


 一瞬、俺と〈不良〉は顔を見合わせた。


 知り合い? いいや。

 やっとく? いいんじゃねえ?

 バレてないよな? 今のところ。

 んじゃ知らんぷりしていくか? よっしゃ。


 話はまとまって。


「――ママ?」


 問題児発生。


 俺は思わずぎょっとしちゃったけど、流石〈不良〉は手が早い。〈人形〉ママがこっちを向いた瞬間にはもう拳を握って飛び掛かってる。状況的にこいつがゾンビの主だろうなっていう予想がついてるから。


 で、その瞬間に〈人形〉ママの懐から飛び出してきた死体の手首がそれを防いだ。


 じっ、と彼女は〈不良〉を見つめている。

 んで、〈不良〉も手を出しかねてる。なんとなくなんだけど、こいつの能力ってカウンター系なんじゃねえかな。さっきまでの動きと今の動きでなんか全然違ったし。相手に防戦されると弱い、みたいな。


「…………やめない?」


〈人形〉ママが、そう言った。


「私、あんまり戦うの得意じゃないの」


〈不良〉があからさまに「お前なんとかしろよそういう役だろ」って視線を向けてきたから、代わりに俺が喋ることになる。やれやれ、口から生まれてきたやつは期待されちゃってつらいね。


「やめたら見逃してくれます?」

「当たり前でしょう」

「よし、〈不良〉。交渉成立だ」

「おい、ほんとか?」


 これは往々にしてよくあることなんだけど、知能が高い人間同士の会話ってこういう風にものすごく短く終わっちゃうんだよね。ほら、お互いが前提条件を完全に把握してて、人間の取りうる選択肢が無限じゃないこと、この場で取れる最適解っていうのが数少ないいくつかしかないっていうことがよくわかってるから。ごめん嘘かも。ソクラテスとかすんげー話長そうだもんな。


「もちろん条件があるけど。〈人形〉ママはここにいてよ」


 こてん、と〈人形〉ママは首を傾げて、


「どうして?」

「いや、上に今俺たちの姉御がいるから。挟み撃ちになったら嫌じゃん。要らんお世話かもしんないけど」

「それそれ! 俺はそれが言いたかった!」


 便乗してくる〈不良〉。ぜってー嘘。こいつに挟み撃ちの概念ないと思う。


 うーん、と悩んだあと、〈人形〉ママは、


「まあ、いいわよ。どうせ断ったらここで死んじゃうんでしょうし」

「そうそう。そんで断られるとこっちも三人のうち一人は死ぬだろうし。主に俺」

「ううん、一人だけ死ぬとしたら、その子よ」


 ぴっ、と〈人形〉ママは〈人形〉を指差した。えぇー。この人独特な会話のテンポしてますね。平和条約結んで二秒で宣戦布告? なんて思っているとさらっとこんな爆弾発言。


「――だってその子、私が能力で作った子だし」






[場所:病院――7階廊下]

[時間:午後13時45分]

[人:〈刑事〉〈刃〉〈船頭〉]


 負けたな、と〈刑事〉は気付いてしまった。

 階段を上ってくる、血液混じりの球体を見て。流体使いの業は監視カメラでいくらか見た。全く隙がない。明らかにプロの水準の遥か上にある。〈刃〉から聞いた今の名前の〈船頭〉は全く知らないが、〈水龍〉なら聞いたことがある。〈交換〉が次の稼ぎ頭としてのスカウト候補に入れていた腕利きのアマチュアのひとりだ。達人と言ってもよくて、だから殺すなら不意打ちしかない。


 作戦はこうだった。〈刃〉を買収して自分ごと透明にしてもらう。七階の死角で待って、通りがかりに殺す。それだけの、シンプルな作戦。こんなに便利な能力があるんだったら使わない手はないし、凝ったこともする必要はない、と思ったのだけれど。


 こりゃ無理だ、とわかる。油断がない。試しにスタンガンでも投げてみようか、という気がないでもないが、あの血殻の奥に空気が入っていたら全くそんな攻撃は届かない。こいつがそんな初歩的なミスを犯しているとは考えがたい。水分を使うとわかったときから怪しいな、とは思っていたが、案の定。頭のいいやつがとうとう来てしまった。


 だいたい、二階から六階をことごとく殲滅してきたやつなのだ。この程度の攻撃じゃどう考えても話にならない。となると息を潜めてこいつが過ぎ去ってくれるのを待つしかないのだけれど、その僅かな望みさえ一発で絶たれる。


 後ろについてきていた、人間より遥かにでかい血液の塊が、ぶわっと広がった。サイズは〈船頭〉を中心に教室大。つまり、廊下なら横幅を塞げるくらい。


 そのまま、こっちに近寄ってくる。


〈刃〉を相手にするときに〈刑事〉だって考えた。物量で面圧殺すれば勝てる、と。今回はそれができるだけの環境が整わなかったから〈刃〉の動きを制限する方に出たけれど、能力戦闘の幅においては完全に向こうが上。やりたかったことを、ごく普通にやられてしまった。


 ゆっくりと、近付いてくる。

 なるほどな、と〈刑事〉は思う。とんでもねえサディストだ。


 制御のブレなさを見れば、廊下の端から端まであの状態で走るくらいはワケないだろうということは見て取れる。じゃあどうしてゆっくり歩いているのかと言えば、こちらに恐怖を与えたいから。


 走り出したりすれば、水鉄砲を食らうだろう。

 たぶん、拳銃なんか可愛いもんに思えるくらいの大口径の、圧縮発射を。


 ここまで来たっていうことはもう、〈医者〉の作った『No.3』入りの大型死体も倒してきたってことだろうし。


 完全にお手上げ。


「おーい。ギブアップって効くか?」


 一応訊いてはみたけれど、答えは返ってこない。歩みのペースも変わらない。ゆっくりゆっくり殺される。そんなに恨まれることしたかな、と〈刑事〉はちょっとだけ思った。


 まあ、したか。


 胸ポケットを探る。煙草。一本も入ってない。

 でも、煙草なしで過ごすには長すぎる時間が、これから待っている。


 あとポケットに入っているのは、携帯くらい。





[場所:病院――2階病室]

[時間:午後13時45分]

[人:〈爆弾〉〈人形〉〈不良〉〈医者〉]


「はい俺の勝ちー。〈医者〉弱すぎでしょ。もしかして結構不幸タイプ?」

「うーん……。おかしいわね……」


 病室で。

 銃痕だらけ。窓だって蛍光灯だって割れて、カーテンだって千切れた、死体まみれの病室で。


 青い空を見ながら、俺たち四人はトランプで遊んでいた。


 ひょっとするとさ。あんたらの中にはこういう光景っておかしいとか、狂ってるとか、そういう風に思う人もいるかもしれないけど、でも、俺にとってはちょっと違う。なんか、懐かしいっていうか、人生そのものって感じが、すごくする。


 トランプで負けたやつが、質問に答えるってゲームをしてた。修学旅行でやったやつなんかもいるんじゃない? 好きな子を答えるとかさ、そういうの。


 たぶん普通のトランプゲームをやったら〈不良〉が勝てないだろうな、と思ったから、純粋な運勝負。よくシャッフルした山札の上からそれぞれ一枚取って、一番数字の小さいやつが負け。そんな遊びの何が楽しいの?って思うかもしれないけど、楽しいよ。少なくとも普通に生きてるのと同じくらいには。だって、ほとんどゲーム性一緒だし。よくシャッフルされてるって部分で、普通に生きるのよりバランス取れてるし。それに、ババ抜きみたいなのはちょっと難しい。だってこれ、そこの床に散らばってたやつだから、五十三枚なんてとても揃ってないんだ。


 このゲーム、〈医者〉が弱い弱い。もう随分、色んなことを喋ってくれた。

 たとえば、〈人形〉のこととか。


「本当は私と〈市長〉の間にちゃんと娘はいたのよ? でもその子『神の血』っていう薬を作るために〈市長〉が作った……あの、ホムンクルスっていうの? そういう子だったの。でもちょっと個人的に『神の血』が欲しくなったから殺しちゃって……。で、代わりが必要でしょう? だから、余所の子どもたちを殺して、似たパーツを加工したりくっつけたりして作ったの。〈市長〉にバレないように。それが〈人形〉。……結構力作なのよ? 自立型ってすごく時間がかかるし。特に受け答えなんて、本当に心があるみたいじゃない」


 たとえば、『神の血』をどうして必要としたのか、とか。


「私、付き合ってる人がいるんだけど、その人が欲しいって言ってね……。え、その理由まで言うの? ちょっと、ゲームが簡単な割に罰ゲームの重くないかしら」


 じゃあその付き合ってる人は、どうして『神の血』を必要としたの、とか。


「うーん。まあ、お金よねえ。ちょっとの量でもみんなものすごくお金を出してくれるし。あの薬、何でも治せるし、使おうと思えばいくらでも使えるでしょう。できないことって死人を蘇らせることくらいだし……。それにほら、色々治す以外にも使い方はあるしね」


 そういえば『赤い雪』ってあんたらが作ったの、とか。


「え、気付いてなかったの? 『赤い雪』って『神の血』のことよ。『神の血』をすごく薄めるとああいう快楽剤になるの。中毒症状付きで。重たすぎると昏睡しちゃうけど。ほら『悪夢病』って呼ばれてる……。え? ああ。『神の血』が原因で出た症状だから、『神の血』があっても治らないわよ。毒と薬が同じ種類じゃどうやっても治らないでしょう。でも、医薬品ってそういうの多いじゃない。そんなものだと思うけどなあ……」


『神の血』の治す以外の使い道って、その『赤い雪』みたいなことを言ってるの、とか。


「あとね、水に混ぜてたわ。公共水道。『神の血』って水に溶かすと透明になるし、無味無臭だからバレないのよ。それであの薬って、常飲すると依存性があるから『赤い雪』に手を出したくなるのはもちろん、認知能力とか計算機能が低下するのよね。平たく言うとバカになるってこと。あの人、全員バカになっちゃえば自分の敵はいないと思ってたみたいね。それにほら、『奪ったことに気付かれない能力』があるから、人から判断能力を奪っても、誰からも気付かれないし。……ちょっとダイナミックよね。私もこれを聞いたとき、すごいことを考える人だなあって思ったわ」


 なんかその人邪悪すぎるけど、どこを好きになったの、とか。


「うーん……。私ね、すごく少女漫画とかが好きな子どもだったの。でもちょっと現実世界に対する感度は鈍くて……。だから、素敵な主人公の物真似をしながら生きてたのよね。誤魔化し誤魔化し……。でもね、四十歳を超える女の人が出てくるお話って、全然ないのよ。探すのが難しいのか、純粋に数が少なかったのかわからないけど……。大体はね、母親になる話と、仕事で成功する話。それから、恋する話のどれかなの。……なんとなく、わかってくれる? だから今、こうしてるってこと」


 結構、盛り上がったりはした。

 だってこれ、答え合わせだと思ったから。


〈人形〉はこう言った。


「ああ、だから私、昔の記憶がないんだ……。なんとなく、納得したかも」


〈不良〉はこう言った。


「道理で俺は頭悪くて、姐さんは頭いいわけだ。あの人、自分で水綺麗にしてから飲む癖あるし……、って。元々の差かもしれないけど」


 そんで俺は、こう言った。


「そんなもんだよね、人生」


〈人形〉はよく笑った。ママと遊ぶことって、ほとんどなかったらしいから。

〈不良〉はよく笑った。トランプで勝てることって、ほとんどなかったらしいから。

〈医者〉はよく笑った。どういうつもりだったか知らないけど。


 俺も、よく笑った。

 なんでなの?って訊かれたら泣いちゃいそうだから、何も訊かないでほしいんだけど。


 最後の勝負も、俺が勝って、〈医者〉が負けた。〈医者〉がクラブの3。俺がハートの6。あんまりにも低レベルな争いだったから、全員で笑った。


 そのとき、携帯が鳴った。


「どうぞ」


 ちら、と〈医者〉がこっちを見たから、俺が勝者の特権で通話を許可した。ぴ、って長い指で〈医者〉がその電話を取る。


「もしもし?」


 思ったより、ずっと優しい声で。


「……そう。負けちゃったの。仕方ないんじゃない? だって、いきなりこんなことになるなんて思わなかったんだし。すごいじゃない。ここまで来れただけで。……うん。ごめんね、役に立たなくて。…………どうしたの、急に。死ぬ前に寂しくなったの? なんだ、それならもっと前に……」

「あのさ、」


 たぶん、ここだと思ったから。

 勝者から敗者にする質問を、ひとつだけ。


「〈医者〉って、本当はその人のことどう思ってんの?」


〈医者〉は、ごく普通の。

 年下にからかわれた大人みたいな顔ではにかんで。


 こう言った。



「――――好きだったわ。あなたが思うより、ちょっとだけ」



 五分後。

 血まみれの〈船頭〉が降りてきて、〈医者〉を殺した。


 そうして、この街はちょっとだけ平和になった。




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