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11:00~



[場所:〈市長〉邸宅――寝室]

[時間:午前11時00分]

[人:〈刑事〉]


「チッ……。肝心なときに限って出ねえ、あいつ」


 まさか〈肉殺〉に殺られたのか?と〈刑事〉は呟きながら、舌打ちをした。


 未だに〈市長〉邸宅では膠着状態が続いている。ギャングどもは〈交換〉の仇討ちだとかなんだとか言って襲ってきて、警官隊は足止めを食らっている。犯人捜しはまず現場から、とここまで来た〈刑事〉も、運悪くそれの巻き添えを食らっていた。


 ギャングの中に〈怪盗〉時代の顔見知りはほとんどいない。〈交換〉の方針だ。運営のキーになる人物は、そもそも組織の構成図の中に組み込まない。絶対に自分と一対一の関係で扱う。気さくなボスだからとか、自由に動かしたいからとか、そんな理由よりもきっと、妙な連帯が発生して自分の地位が脅かされるのを嫌ったのだろう、と〈刑事〉は思っている。


「こういうときは面倒くせえ……。どうしたもんかね」


 どうも殺したのは〈冒涜〉らしい、ということがわかってきた。


 目撃者がいたらしい。二メートル超えの大男。そいつが血まみれで少女を浚っていくのを見た、と。そこまで聞いてさっさとこの家を出るべきだった。向こうの手口が割り出せるかも、なんて現場をよく見たのが間違いだった。どうせ上手く情報を〈医者〉まで繋げられれば、兵隊を動かして自分は傷ひとつないまま事件を終わらせられる。運が悪いし、見通しも甘かった。


〈冒涜〉。国際指名手配の悪党。生死問わず。確か能力は『死体の記憶を読む能力』で、情報を売り捌くよりも自分で使って得するタイプ。このちんけな街には不似合いな科学者の〈市長〉を殺すのは妥当な選択だ、と〈刑事〉は思う。自分だって同じ能力でこの街の誰かひとりを殺すとなったら、絶対に〈市長〉を選ぶ。


 そして、問題がある。

〈市長〉の記憶を読んだ〈冒涜〉は、『神の血』のことを知っている。


「参るんだよな、そういうの……」


 煙草に火を点けた。昔、〈交換〉の下で働いているときに覚えた味。大して美味いとも思わないけれど、思考を落ち着かせるにはちょうどいい。


 幸い、まだ時間はある。ついさっき現場で聞いた、〈幕〉のテロ予告だ。あれが午後三時。そして突然やってきた〈冒涜〉はそれと無関係ということはないだろう。『街を破壊する能力者』がどいつだか知らないが、定刻まで少なくともそいつはこの街にいるし、そいつさえ捕まえれば糸口はある。〈冒涜〉を捕まえる余地はある。


『神の血』は渡さない。

 正義感からじゃなく、ごく個人的な都合で。


〈冒涜〉に直接行くにしても『街を破壊する能力者』のクッションを挟んでから行くにしても、まずはどちらかを見つけなければならないし、そのためには外に出なければ話にならない。が、自分は今ギャングに釘付けで身動きが取れない。


 外にいる駒を動かしたい。

〈医者〉、それから〈肉殺〉。このふたりは間違いなく利害関係の一致したふたりではあるが、今の時点で連絡を取りたくない。つまらないことでアシがつくと困る。『奪ったことに気付かれない能力』は万能の能力じゃない。自分が奪い取った相手たったひとりにしか効かない、その程度の能力だ。下手なことはできない。いたずらに証拠を残すようなことはしたくない。いちばん手軽なのは何も知らない〈探偵〉を手のひらで転がすことなのだけれど。


 ちらり、と窓から外の様子を窺う。

 発砲。窓の横の外壁に当たって、チュン、と甲高い音が鳴る。おおこわ、と〈刑事〉はもう一度死角に入り込んで、煙草の続きを一口。


「やー……。人生、思い通りにはいかないもんだな」


〈医者〉と〈肉殺〉に頑張ってもらうしかないか、と大きく彼は、煙を吐いた。







[場所:雑居ビル――屋上前踊り場]

[時間:午前11時00分]

[人:〈刃〉〈人形〉]


「あ、あの……。〈天使〉は、私をどうしたいんですか?」


 不安まみれの声で、〈人形〉は訊いた。


 思えば怒涛の一日だった、としか言いようがない。

 朝起きて、今日は久しぶりに家族で昼食に出かける日だったから、ずっとどの服を着ようか迷っていた。とりあえず、と用意した三着のうち一番いいのはどれかな、と実際に着て鏡の前に立って……というところで銃声が聞こえてきて、父が死んでいて、その横には血まみれの男がいて――。


 ついさっきまでは、この親切な透明の〈天使〉のおかげで助かった、と思っていたのだけれど。

 今は。


「――――わからない」


 家の様子を見にいってくれたときからずっとこうだ。これまで何も話さないなりに迷いない様子だったのが、今は違う。本当に何をしていいかわからない、と言いたげに姿を消したまま、自分のことを拘束するでもなく、ただこんな、誰もいない場所に連れこんでいる。


 ちょっとロマンチック、と思わなくもないけれど。

 助けて、って言ったら何も言わずに助けてくれる人なんて、この街ではきっと、奇跡レベルのいい人なんだと思うし。


「……あの、やるべきことを、整理してみるのはどうですか?」


 そう思っちゃうと、こっちだってその気になってきちゃうわけで。


「私を浚ったっていうことは、何か目的があったっていうことなんですよね。それを――」

「『神の血』」

「え?」

「『神の血』だ。――妹がいる。『悪夢病』の。俺は、『神の血』を手に入れなければならない。何を、犠牲にしても」


『神の血』。


 もちろん、その言葉は〈人形〉だって聞いたことがある。自身の父、〈市長〉が管理していると言われる万能の霊薬。この街の最上階級だけが、信じられないような額の金を積んでようやく使える、幻の秘薬。


「仕事をこなせば、伝手を辿って『神の血』を使えるはずだった。……その伝手が死んだ。お前を手放せば、もう『神の血』には届かない。けれど〈市長〉も死んだ」


 俺はどうすればいい?と〈天使〉は言った。


「〈人形〉。お前は――『神の血』の在処を知らないのか」


 ああそうか、と〈人形〉は思う。

 この人にとって今、自分は希望なんだ、と。


 少しだけ、〈人形〉の人生を振り返ってみる。父は〈市長〉。研究にしか興味のないマッド。母は〈医者〉。何に興味があるんだかわからないサイコ。間に挟まれて〈人形〉は、特にペットに関心のない家で飼われてるハムスターみたいな扱い。


 こんなに人から求められるのは初めてで。


 だから、手を差し伸べた。


「――さっき、あの大きな男の人、私を浚うとき『神の血』を手に入れたって、小さな声で言ってました」


 これって、ちょっと運命的だと思うから。

 心臓が、どきどきするのが一番大事なことだから。


「『神の血』っていうくらいだから、私の血がそうなのかも。

 ――た、確かめてみます?」


 噛んで、と指を一本、声のするところに近づけて。


 ああ。今きっと、恥ずかしいくらい顔が真っ赤。






[場所:野外――雑居ビル付近]

[時間:午前11時03分]

[人:〈医者〉]


 見つけた。






[場所:ラーメン屋肉肉――客席]

[時間:午前11時05分]

[人:〈爆弾〉〈船頭〉〈不良〉]


「なあ、俺どうすればいいかな……」

「自首すれば?」


 ラーメン屋のカウンターに座って人生相談。まるで俺たちくたびれたサラリーマン。落ち込んでるのは〈不良〉。思い出しちゃったらしいんだわ。自分のこれまでの所業のこと。仕方ねー。人間みんな罪背負っちゃってるんで。


「俺、あのクソどもと同レベになっちまった……」

「自首すれば?」


 ぶっ殺した店主のフリしてラーメン作るってバカミス(これってバカミステリのことなんだけどわかってもらえるかな? こなれた言い方するとなんか上手く通じなくてかえって微妙な印象与えちゃうことってあるよね)みたいなことをしてた〈不良〉。そのとき『赤い雪』とかいうラリラリドラッグ?混入させてラリラリラーメン作って客に食わせてた自分に気付いちゃったらしい。忘れんなよそんな大事なこと。んでそれが〈星空〉にドラッグ含ませて病気にしたのと重なっちゃんだと。


「どうしよう、あのクソ客が『悪夢病』に罹っちまってたら……」

「うーん。確かにケースとしてはさっきのに似てるんだけど、こっちは俺、あんまりつらくないわ。なんでだろう。流れがギャグっぽいからかな? なんか真剣に真面目に誠実に生きてる人の人生が救いようのないアホみたいなやつの手で勝手に壊されるのが苦手なだけなのかも。アホみたいな流れでアホみたいに何もかもダメになるのは全然大丈夫なのかもしんない。いやでもそのトイレに入ってる人も真面目に生きてきたかもしんないじゃんね、謝れよ!! よく考えたら俺って結構ドラッグものの映画とかゲラゲラ笑いながら見られるしさ。なんなんだろうね。ホラー映画は好きだけど家の中に血まみれのオッサンがいたら嫌みたいな感覚に近いのかな? でも家の中に血まみれのオッサンがいたらそれはそれで面白そうだよな? 毎日血まみれのオッサンをサーフボードにしてさ、海まで繰り出しちゃうぜ」

「お前狂ってんのか?」


 失礼しちゃう。ぷんすかぷーん。


 んな話してたらガチャってトイレの扉が開いて〈船頭〉のオネーサンが出てきた。ハンカチで手を拭きながら。


「ね、姐さんっ! あの、中にいたやつは、」

「無事でしたよ。眠ってはいましたけど、命に別状はなさそうです」

「よかった……」


 はーっ、と溜息を吐く〈不良〉。俺は君がそこまでの倫理観を持ちながら趣味が強盗で店主を殺害してなおまるで気にする素振りを見せやしないことが不思議でならないよ。どうなってんだ精神状態。


「『赤い雪』はかなり薄めて使ってたんでしょうね。それに〈不良〉が料理下手で、ラーメン以外には使えなかったっていうのもよかったです」

「へえ、じゃあチャーハンに何かけて出してたの?」

「塩だけ」

「おにぎりかよ」

「いくらか『赤い雪』のジャンキーは見てきましたけど、あの子はそこまで深刻じゃありません。食べ過ぎで上から下からげーげー出してたみたいだから排出も早いでしょうし、私が胃洗浄までしておきましたから。後遺症も中毒症状も出ないで終わるでしょうね」

「よしっ!!」


〈不良〉がよっぽど嬉しかったのか「イヤッホォオオオオオ!!!」って叫んで飛び上がった。そんなん釣られて「SayHooooooo!!!!」って俺も飛び上がっちゃうよ。サッカーのあの、ゴール決めた後にさ、胸と胸をぶつけあうやつあるじゃん。あれやった。俺らふたり気が合うのかもしんねえ。〈船頭〉のオネーサンがそれを見てにこっと笑ったあと「でも」って指を立てたから秒で大人しくなって座った。俺らふたりこのまま殺されるのかもしんねえ。


「〈不良〉は反省すること。ちょっとした過ちが大惨事になることもあるんですからね。何かをする前には、想像力を働かせて、それがどういう結果をもたらすのかよーく考えること。いいですね?」

「はいっ! 肝に銘じます!」


 あれここ道徳の教室? なんかさっきチンピラに拷問してた最低二人は殺してるオネーサンが、趣味強盗で最低一人は殺してるオニーチャンに説教してるんだけど。あれここ狂った道徳の教室? よろしい、とオネーサンは頷いたよ。頷いちゃったからこの話はここで終わり。もう触れんな!


「じゃあちょっと、あの女の子こっちに運んできちゃうから手伝ってくれます?」

「おすっ!」


 言って、オネーサンと〈不良〉がトイレの中に入って行く。んで、出てくる。なんか結構洗われた感じの濡れ眼鏡ちゃんが出てくる。かわいいそーに。こんな理不尽な奴らに巻き込まれちゃってさ。椅子に置きます?それとも床?とかこの段階で迷われてるし。肩と足持たれて。あ、でもこういう感じの酔っぱらいって結構見たことあるわ。でっけえ大学があるあたりの駅の終電間際とかこんなんばっか。何考えてみんな生きてんの?


 もう机でいっか、ってふたりはせーので持ち上げたよ。んで、ちょいっと置かれた。なんかそういう料理みたいだな人肉料理店。ってなことを思っていたらオネーサンも〈不良〉も同じことを思ったみたいで、


「人肉料理店……」

「あっ! そうだ人肉といえばなんすけど!!」


 人肉といえばってなんだよ、言わないよ。んなことを考えてると〈不良〉が厨房に行って、人の切断された足を持って戻ってきた。やべーよこの世界。俺ほんとにこれからここで生きてくの?


「……ああ、ラーメン屋肉肉ってそういう……」

「いやいや待ってよオネーサン。絶対そういう話じゃないぜ」

「人身売買でもやってたんでしょうか」

「いや、純粋にチャーシューとかに使ってただけじゃないすか?」


 いやチャーシューには使わねえだろ。そういう常識的な判断が俺にはあるよ。だってさっきラーメン食ってたときにわかったもん。あれ普通に豚肉だよ。いや、人と豚がまったく同じ味するってんだったらわかんないけどね。てかここ、ただのラーメン屋なのに出てくる証拠品が多すぎない? ジェイムズ・モリアーティの家かよ。なんかもっと調べたらもっとヤバイもの出てくる気がした。


 そんな風にビビってたらずるっと机の上の眼鏡ちゃんのポケットから携帯が落ちた。ぱかっと開けてみる。お、不在着信入ってる。かけ直してみよ。ぷるるるる。


「おい何やってんだお前!?」


〈不良〉が叫ぶ。それがわかってたらもっとまともな人生になってるよ。


『もしもし?』

「どもっす」

『……あ? 誰お前』

「自分、ラーメン屋っす。ラーメン肉肉。出前一丁!! 人肉料理のお待たせっす!!」

『……おい、どこまで知ってる』

「俺っち、全知全能! 真っ赤な飲み物ごくごく飲んだら元気いっぱい!! この女は預かった! 返してほしけりゃ一千万持ってここまで来るんだな!!」

『おまえ――』


 がちゃ、ツーツーツー。俺から切っちゃいました。へへっ。電話って苦手だぜ!


「……何やってんだお前!?」


 いや殺人犯に言われたくないよ。


「何って……。知らない人の電話使って身代金を要求しただけだが?」

「頭どうかしてんのか?」

「明晰すぎるって意味だよな?」


 いやでもいいじゃんね。こうしたらこの電話の人も必死になってこの眼鏡ちゃん迎えに来るだろうし。そんで一千万に対して言ってやるわけよ。そいつは取っておきな。その熱意が見たかっただけなんだ、って……。


 オネーサンまで俺をすごい目で見てる。悲しいよ、俺。


「……あの、お客さん。そういえば名前、訊いてなかったんですけど。教えてもらってもいいですか?」


 いいのかな? だって、あんまりにもそのままな名前じゃない? 俺のこと(ほら、テロのやつだよ覚えてる? 俺はもう俺以外は誰も覚えてないのかもって思い始めちゃってる)見つけようとしてるやつがもし仮に万が一いたとしたら名前バレしちゃう気がするし。あとこれって自首するってルール的にアリなのかな。いきなりサディスト一号がやってきて「罰ゲーーーーーーム!!」とか大はしゃぎし始めたら超イヤなんだけど。でも訊かれて名乗らぬは武士の恥みたいなところあるしとりあえず答えとくか。


「〈爆弾〉っす」

「あ~……」「あーね。なるほど……」


 すげえ納得されてる。

 破壊しちゃおっかな、この街。


 




[場所:雑居ビル――屋上]

[時間:午前11時05分]

[人:〈刃〉〈人形〉]


「何が起きている――?」

「ママ! それにあっちは――」


〈刃〉と〈人形〉のふたりは、屋上からドンパチを眺めている。雑居ビルの前。ギャングの本拠地の目の前で抗争を始めたのは、どういうわけかギャングとはまるで関係のないふたりだった。


 ひとりは、〈人形〉が言うからわかった。〈市長〉の配偶者。〈医者〉。もう片方はもっと簡単にわかる。名前こそ知らないが、〈人形〉を浚っていた大男。どういうわけか、そのふたりが今、眼下で激突していた。


 チャンスだ、と〈刃〉は思った。どちらも、『神の血』の使い方を知っている可能性が高い。ろくな知識のない自分が〈人形〉を調べるよりも、直接訊いた方がよっぽど上手くいくのはわかりきっている。


 幸い、自分たちの存在は割れていない。これが『透明化する能力』の強み。自分の好きなタイミングで状況に介入できる。


「……お前、自分の母親の能力は知っているか?」

「し、知りません……」


 だろうな、と思う。〈刃〉自身、裏社会に染まりながらも〈医者〉の能力を目にするのは初めてだった。巨大な肉塊。人の手と、足がいくらか突き出した、球状の。


「『死体を操る能力』か――?」


 呟いたとき、その肉塊の上部、肌の肉がぱっくり割れて、ふたりを見た。


「ひッ――」

「ちッ!」


 退避して。

 信じられないレーザービーム。






[場所:屋外――雑居ビル前]

[時間:午前11時05分]

[人:〈医者〉〈冒涜〉]


「ああ、そう。あなた、もう持ってないんだ。『神の血』は。持ってるのはそのガラクタだけ?」


 つまんないのね、と〈医者〉は髪先をくるくると指に巻き付け、一方で〈冒涜〉は冷や汗を流している。


 この状況は、マズイ。

 この手の大規模能力者がいるとは、思っていなかった。


 最強の能力は何か、ということを〈冒涜〉はときに考える。そしていつもこの答えに至る。そんなものはない。


 どんな能力でもそんなものは使い方次第だ。〈冒涜〉自身、十五年前までは死者の言葉を伝えるごく平和的な葬儀業者だった。それが今のように各地で略奪を繰り返す男になったのは、その使い方を学んだから。どんな能力でも使い方次第だし、どんな相手も敗北、あるいは勝利しうる。


 しかし、それぞれのパラメータを比較したとき、そこには個々の能力ごとに明確な壁がある。


 制圧力。

 その点で、〈冒涜〉は〈医者〉に全く敵わない。


「あなたの使ってるそれ、あの人の『No.9』でしょ……?」


 そのとおり。〈市長〉殺しの際に、彼の記憶を読み取って入手した、この街最強の武器。『必要な部品を作成する能力』を使って生み出された、現時点でこの地上で最も取り回しのいい弾数無限の拳銃。それが『No.9』。


 それを、目の前の女は、


「でもそれ、弱っちいわよね」

「――ぐッ!!」


 飛んできたビームを避けられたのは、『No.1』――高速移動用のメカニカルブーツを履いていたから。


 目の前には、巨大な肉塊。人を含む動物の肉体を継いで剥いで最も嫌らしい形にまとめたような、死体人形。それがいま体内から弾きだしてきた光の暴力は、もちろん〈冒涜〉の記憶の中にも存在している。


『No.3』。

 戦車搭載用の、大型光学兵器。それを〈医者〉は自らの手駒から平気で、息するように放ってくる。


 馬鹿な、と〈冒涜〉は思っている。


「〈市長〉は貴様にそれを渡していない――!」

「あなた結婚したことないの? 結婚相手のものは簡単に手に入るものだし――」


 次は死角から『No.9』による攻撃。『No.4』――防弾ジャケットがなければ間違いなく死んでいるだろう攻撃を食らいながら〈冒涜〉は振り向いて、『No.9』を乱射する。銃手が倒れる。が、それだけ。


「――それに、夫婦なんて秘密が作るような関係でしょう?」

「『死体を操る能力』か――!」


 キリがない。

 初撃。〈医者〉の『No.3』によるレーザー攻撃でビル前にたむろしていたギャングどもが死んだ。そしてそいつらは今、身体の体積を二十パーセント以上喪失した状態でなお歩き、〈医者〉のために銃を撃つ。


 制圧。

 それは、手数がどのくらい多いか、ということ。


〈冒涜〉は自覚している。自分の能力は直接戦闘において無類の強さを誇るようなものではない。むしろ、戦闘外においてその真価を発揮するものであり、力そのものではなく力を補うためのものである。


〈幕〉のテロに乗じる方法は何度か使った。〈幕〉自身、盤面をかき回すプレイヤーの増加には悪い顔はしない。それを使って力を蓄えてきたつもりだったし、半年近くこの街で潜伏調査した結果として選んだ〈市長〉殺しも、間違いなく自分の戦闘力の上昇に寄与している。


 が、これは、


「――あ、そこね」


 パッ、とビームが。

 肉塊から、ビルの屋上に向けて飛んだ。


 じっと、〈医者〉はその方向を見つめながら、


「……外しちゃった? まあいいか。私、あんまり戦うの得意じゃないのよね」


 ねえあなた、と。


「浚ったでしょう。『神の血』。いま、どこにいるかわかる?」

「……ギャングの殺し屋に奪われた。〈刃〉。『透明化する能力者』だ」

「ご親切にどうも。じゃあやっぱり、さっき見てたのがそうなのね……。ふうん」


 答えないという選択肢は、なかった。〈交換〉を相手にしたのとはわけが違う。一対一、それも不意すら突かずに勝てる相手ではなかった。


「そういえばあなた、生きていたい?」

「……そうだな。死ぬ方がマシな目に遭わない限りは」

「そ。じゃあまあ、あなたもいいかな。『神の血』も持ってないわけだし。私、こういうとき殺した方がいいのか生かした方がいいのか、よくわかんないのよね。チェスとかすごく苦手。そのうち〈副知事〉あたりが指揮してあなたを捕まえに来ると思うけど、まあがんばって」


 じゃあね、と〈医者〉は手を振る。罠ではないのか、一瞬疑った〈冒涜〉が、しかし次の瞬間、〈医者〉が無造作に携帯の着信を取ったのを契機に脱出する。


「あら、寂しくなったの?」


 と最後に声が聞こえた。






[場所:〈市長〉邸宅――トイレ]

[時間:午前11時06分]

[人:〈刑事〉]


「『肉殺』がやられた。娘はいい。そっちを先に抑えてくれ。……ああ、うん。俺もすぐ行く。とにかく秘密の保持が最優先だ。……いや〈冒涜〉はそれでいい。優先順位は変更した。そいつが暴れて騒ぎになってくれた方がありがたい」


 ピ、と〈刑事〉は通話を切る。そしていくらかそれを操作し終えると、それと同時、警官が扉を開けて入ってきた。


「あれ、こんなとこにいたんですか」

「探してるのはこれだろ?」


 ほれ、と〈刑事〉は携帯をその男に投げる。わ、わ、と慌てながら男はそれを受け取って、


「うわ、先輩が持ってたんですかこれ。どこにありました?」

「ハンカチ出すときに一緒に落としたんじゃねえの」


 そこ、と〈刑事〉は床を指す。うへえ、と警官が嫌そうな顔をするのに笑って、洗っといたよ、と〈刑事〉は肩を叩き、


「……ん? おまえ、携帯はともかく銃しか提げてないのか?」

「え、いやスタグレ――あれぇ!?」


 ハーッ、と〈刑事〉は呆れたように溜息を吐いて、


「お前次交代?」

「いや……あれェ!? 絶対落とさないと思うんですけど……」

「んじゃ付け忘れ?」

「いや、付けた記憶はあります。点検して……」


 〈刑事〉が警官の横に屈みこむ。じっくりと、本来スタングレネードが装着されているはずの場所を注視して、


「レバーの不良かもな。たまにあんだわ、そういうの」


 ほれ、と懐から物を取り出して、差し込んだ。


「装備紛失はめんどくせえだろ。俺の持ってけ。確かに装着自体はしたんだな?」

「し、しました! 間違いないです!」

「んじゃ屋敷のどこかに落ちてるな。探しとくからお前は交代行ってこい。遅れっと後でボコボコにされんぞ」


〈刑事〉が立ち上がる。とん、と背中を叩く。ありがとうございます!と頭を下げる警官に、手を振って答える。


 五分後、味方ごと吹き飛ぶような大爆発がある。


『No.5』。

 携行型広域爆弾。





[場所:野外――雑居ビル付近]

[時間:午前11時07分]

[人:〈刃〉〈人形〉]


「さっき、ママ、私に向かって、攻撃を――」

「黙れ。考えるな。――考えなくて、いい」






[場所:野外――ラーメン屋肉肉付近]

[時間:午前11時15分]

[人:〈爆弾〉〈不良〉]


「どこで飯食う?」

「いやー、どこでもいいかな。なんかおすすめないの?」

「んー……。ラーメン屋は結構知ってんだけど、さっきの見るとどうもなあ……」


 十分くらい待ってたんだけど誰も来ねーねということでとりあえず飯食いに行くことにした。頭おかしいんか?と思うかもしれないが実際に頭がおかしいので安心してほしい。俺たちは、頭がおかしいんだ。殺人現場に戻ってくる殺人鬼っていうのはよく聞くけど、殺人現場に居座り続ける殺人鬼っていうのはまずいない。そういうやつはテロリストとか戦士とか侵略者とか呼ばれるようになるから。でも、〈不良〉はあのクスリを捌いてる店からあんまり離れるつもりはないらしかった。だってこのままこの眼鏡の子ひとりにしてたらやべーだろ、ということらしい。女の子ひとり寝かせておくとやべーことになっちまう国。俺はそんな世の中を変えたいよ。


 十分待っても誰もあの眼鏡ちゃんの迎えには現れなかった。あんだけ脅し付けてやったのに薄情なやつだぜ。もしかして一千万の工面に走り回ってるんかな? だとしたら気の毒なことをした。そのときはその苦労に免じてきっちり一千万を受け取ってやろうかなと思ってる。で、あんまりにも来ないから三人でしりとりしてるのもなんだろうってことで飯食いに行くことにした。〈船頭〉のオネーサンは留守番。もうちょっと調べ物でもしようかなって言ってた。


〈不良〉とふたり。俺、案外こういう時間が一番落ち着くかもしんない。つまり、帰りにどっか寄ってかねー?みたいなしょうもない時間。こういうののために人生やってんのかもしんねえってしょぼすぎかよ俺の人生。


「てか、このへん飯屋ってどんくらいあんの?」

「やー。正直あんま……。駅近とか行った方が栄えてんな」

「じゃあとりあえず駅行く?」

「いや、あんま肉肉から離れんのは……。姐さんになんかあったときアレだしよ」

「あの人になんかあるって、それ人ぶっ殺しちゃった☆みたいな事態を想定してる?」

「いや、ポリ全滅させちった、みたいな……」


 強キャラすぎない? 俺、あのゴンドラ乗るとき適当に一番優しそうなオネーサンを選んだつもりだったんだけどとんだことになってるよ。ガチャ引いてすり抜けウルトラレア、みたいな。嬉しいといえば嬉しいんだけど、本当に今そういう嬉しさ必要だったかな?


「んじゃ具体的に何があんの?」

「牛丼、ハンバーガー、うどん……」

「うわー、すげえ高校近くにありそうなラインナップ」

「あとちょっと高くつくけど回転寿司があるな」

「え、こっちって一皿百円じゃないの?」

「いや、そうだけど。食ったら結構三千くらい飛ばねえ?」

「いやそれ食いすぎなだけっしょ。もしかして牛丼屋で並とライス特盛並べてるタイプ?」

「お。お前も?」

「実は……俺も」


 あとはちょっと遠いけど川渡ればファミレスあるぜ、と〈不良〉は言う。うーん。とりあえずファミレス行ってそこでまたメニュー見て悩むって選択肢は捨てがたいけど、川を渡るっていうのはなあ。吸血鬼だったら絶対できないレベルのハードルの高い行動だし。


「んじゃハンバーガーにせん? そんならオネーサンにもテイクアウト買ってけるっしょ」

「かしこ、お前」

「気付いちゃったねえ。真実に」


 んじゃハンバーガー屋へれっつらゴー、というところで〈不良〉が言った。


「あ、俺金持ってねえわ」

「ちょいちょいちょーい」

「いや、そもそも金持ってないから肉肉に入ったんだって。忘れてた。ちょっと待っててくれ」


 おけおけ、と言って〈不良〉がコンビニに向かうのを見届けようとした俺。このとき本当に見届けてしまえばよかったのに……。気付いちまったから、口に出したくなっちゃった。


「もしかして:ATMじゃない?」

「あ?」

「強盗?」

「そうだけど」


 ほらね。絶対そうだと思った。強盗趣味だって言ってたもんこいつ。俺、この世界に適応し始めちゃってるわ。オープンワールドの治安最悪ゲームみたいなもんだこれは。父さん母さんお元気ですか? 俺、異世界で元気にやってます。まだ来てから三時間くらいしか経ってないけど。


「そうだけど、じゃないんだよね」

「おいおい、マジメか?」

「マジ? マジメってレベル? 倫理観が雑すぎるだろ」

「大丈夫だって。コンビニとかほら、どうせバイトだから。命までは懸けねーって」

「あのねえ、」


 そこで俺は説教してやったね。確かにバイトだよ。でもバイトがそういう場面で立ち向かってきゃーきゃー言われる動画とかよくネットに上がってるだろ? ああいうののせいで強盗に遭ったら一泡吹かせてやろうってやつらが大量に出てきちゃうんだよね。カッコイイって真似したくなるだろ? でもそれって思うツボ。本当はそういうので得してるのって店主だから。警備員雇わなくてもバイトくんが強盗倒してくれるしいっか、みたいな。んなわけないだろバイトの機能はバイトだけなんだよ。そういうのを期待するならちゃんと危険手当払えよって。でもコンビニの店長ですらフランチャイズ契約結んでるだけで個人事業主なわけ。本当に得してるのは誰なのかな? 君はこの世界の本当の構造について考えたことはある?


「すげえ早口で何言ってるかわかんねえ」

「た~~~~し~~~~か~~~~~に~~~~~~~」

「ゆっくり言われてもわかんねえわ。俺、バカだもん」

「わはは、バカだなあ」

「んだとコラ」

「うわあ! 自分がナメられたということにだけ感度がやたら高い!! ヤンキーだからか!!」


 うぐぅ~と首を絞められながらそれでも俺は言うね。偉いから。


「さっきオネーサンも言ってただろ! 想像力を働かせろって!」

「おう。ソーゾーリョクってどんな象さんだコラ?」

「マジ? その程度の知能?」

「なわきゃねえだろぶっ殺すぞ!!」

「ひぇ~~~~ッ。一瞬でもこいつと友達になれたと思った俺がバカだった~~~~ん!」


 悲しくなって顔死ぬほどべしょべしょにして泣いたら〈不良〉が甘引きして首を絞める手が緩んだ。大チャンス!


「つまりさ、コンビニのバイトくんだっていきなり強盗に襲われたら困るだろ?」

「そりゃそうだけど、誰だって困り合わせて生きてるもんだろ」

「急にバカなりに世界の真実を突くなよ」

「わり」

「つまりさ、程度問題ってわけ。安全ピンで背中ぶっ刺すとしてさ、まあ人間だったらヤバいし蟻だったら死ぬけど、象とかだったらセーフっぽい空気あるだろ? アニマルライツの化身であるアニマルライツロボがいきなり俺たちをビームで焼却してこない限りはさ」

「まあ……一理あるな」

「これがほんとのソーゾーリョクってわけ。だからつまり、弱いものイジメはやめようってこと。バイトくんがいきなり失職していきなり死んだりしたらお前だって後味悪いだろ?」

「んじゃどうすんだよ」

「そりゃ銀行強盗よ」


 うへえ、という顔を〈不良〉はした。


「だりー」

「お前だって毎回毎回そんなちまちました盗みをしてるからよくないんだよ。だから店長殺すし客に一服盛ったりする羽目になるわけ。そこをほら、銀行強盗だったら一発でカタがつくじゃん、ふたりで山分けなら大体十億くらい盗めばそれで一生何もしなくていいわけだしさ。もっと先のこと考えて、計画的に生きてこーぜ? 俺たちに足りないのはそれだよ」

「でも俺あったらあっただけ使っちゃうもん」

「いやそれは使うようなとこ行っちゃうからだよ。心を改めてコンビニ以外の場所に行かないようにしてみ? 一日三回コンビニ行ったとしても絶対五億使い切んないから」

「それ生きてて何が楽しいんだ?」

「そういうこと言うなよ……」


 こういうマウントが一番キッツイんだよ。あんたもそうじゃない? 生きてても何も楽しくないよな? 好きなこととか人よりだいぶ少ないし、それやってるときもこういう言葉が思い浮かぶだろ? 延命治療。あれ知ってるか? 幸福になれる人間っていうのは遺伝子でもう決まってて、脳内の幸福物質?の分泌に個人差があるみたいな話。もしそれ知ってたらさ、あんたこれがただのSFの設定なのかそれともマジの話なのかまで知ってる? 俺この話見かけるたびに飛びのいて逃げ出しちゃうから結局知らないんだよね。検索ボックスに『幸せ なり方』とか入れといてさ、この手の話が出てくるとすぐブラウザバック略してブラバしちゃうわけ。だって怖いだろ? マジで本当にそういうのが生まれつき決まってたらどうする? だってじゃあ俺の人生一体何なんだよ。将来的には薬とか飲んで治すタイプの病気扱いされちゃうんですか人格ごと? 生きてて楽しい方が病気だろ。現実を見ろ。


「まあでも、弱いものイジメがカッコ悪いってのは同意だな。危うくカッコわりいやつになるとこだったぜ。あんがとな」

「だろ? んじゃ銀行強盗どころじゃなくもーっとパーッといくか!」

「パーッと?」

「この街で一番偉いやつ、誰?」

「そりゃ、」


〈市長〉じゃね、と〈不良〉が言う。ふーんへーえほーう。


「んじゃそいつの家から金持って来ようぜ!!」



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