バラン、前日
その昔、男と女は一つの村に住んでいた。互いに求め合い、慈しみ、愛し、助け合い、やがて子を成す。
そんな当たり前のこと。
しかし、それこそが絵物語だと信じて疑わない一族がいた。
男と女は一緒に住むべきでないと言う考え方をする特殊な一族。
男はゴーザという村に住み、女はリリーという村に別れ住むのが古くからの慣習。
何故そんなことをするのか?
それは村の歴史に深く関係している、女は男を惑わせ、不幸を招く。それを体現するような悲劇が過去に起こったのだという。
以来、二つの村は分断され、各々生活圏を築いていった。
が、本来、男女は求め合うもの。
ゴーザとリリーの重役同士である取り決めがなされた。
新月から満月、満月から新月に満ち欠けを繰り返す1ヶ月、1月から12月の間の偶数月にバラン(逢瀬)を行うという取り決めである。
「ねぇ、ユリア!明日からまたバランでしょう?髪を結ってあげるわ」
ユリアと呼ばれて振り返った少女は頷き、軟なブラシを持った彼女の前にある椅子に座り、両膝の上に両手を添えるように置く。
「バランが始まるとしばらく男の人がこの村に出入りするようになるからね、あんたももう年ごろなんだからどんな人が目の前に現れるかわからないでしょ?」
「ガーネット姉さんはおおおげさだなぁ」
ユリアは髪にくしを通してくれている彼女に見えないが笑って見せた。
「確かに特別な日だけどさ、今回もいつも仲良くしてる女の子と一緒にいるだけだと思うよ?」
「何言ってんの、私だってあんたくらいの時はそうだったわよ?でもね、ある日突然!全て許せる人が出来るのよ」
繊細で細い髪をとかされながら興味がないので適当に流し、そのまま沈黙を保って終わるのを待つ。
いつものことだ。
「ユリア!!あっ、ネェさん…」
いきなり木製のドアをきしませる勢いで開けて入ってきたのは幼馴染のノーラだ。毛量の多い髪を三つ編みにしたブロンド。私と違って自分で編んでいるという器用な女の子でとても物静かで柔らかい。しかし、たまにタガが外れたように大胆になるときがある。それが今だ。
ノーラは顔を真っ赤にさせながら俯いて両指を交差させてお腹の前で固定させた。
「ご、こめんなさい、いるとは思わなくて…私またやっちゃった…」
「気にしないで、急いでたんだろう?」
「そうよ、ノーラどうしたの?」
「あっ、考えたら今じゃなくても良かったんだけど…バランのその、男の人の事なんだけど…」
ノーラの言いたい事に何となく察しがついた2人は顔を見合わせてニヤニヤと口角をあげる。
「なーにぃ?ノーラ、好きな人が出来たの~?」
「ち、違っ!そんなんじゃないのぉ~!」
ガーネットが即からかい、ノーラは更に紅くさせてしゃがみ込んでしまった。
「もう…だからネェさんにバレたくなかったのにぃ…」
「この私に隠し事なんてしようとするからよ~?因果応報、この世は必要な事だけで出来てるのよ~」
「ガーネット姉さん、ゴシップに縁があるよね…そうだ、ノーラむしろ丁度いいじゃない。男の人なら私よりガーネット姉さんの方が兄弟もいるし、彼氏も既にいるんだから相談役に適任よ?」
「うー、ネェさんのやり方は私に出来る事じゃないと思うの…」
「何をいうか」
ガーネット姉さんは私達より5つ年上で面倒見も良い。その上キリッとした顔立ちで女の子でも視線を集める器量を持った女性で皆の目標だ。だから、彼女をお手本にすればよいと考えたのだが…
「うーん、でも確かに、ノーラは控えめで、男の人の前だと余計にそうなるみたいだから…そもそも男の人の何を相談しようとしたの?」
ユリアが思い出したようにノーラに質問するとノーラも同じように勢いよく立ち上がる。
「そ、そう!それよ、さっきそこであの意地悪なシニアンが男の子の話をしていたの…!」
「ふんふん、それで?」
「そ、そこまではいいんだけど、あの子ったら…!またいつもみたいに私を見つけたと思ったらすぐに嫌味を言ってきたの…!」
シニアンがノーラをからかうのは悲しい事に今に始まった事ではないため、誰も彼女を叱るなどという無駄な事はしない。咎めると余計に面倒くさくなるのが目に見えているし、結果的にまたノーラが標的にされるのが分かっているからである。
ノーラの話を聞いてあげるのが1番出来ることなのである。
「なんて言ったの?」
「えっ、と、一緒にいる子達にバランで仲が良くなった男の子がいるからって自慢してたの、その男の子は彼女に頭が良くてハキハキしてわかり易い、いい性格してるねって褒められたらしくて…そしたら急にこっちを見て『誰かさんとは大違いでしょ?』ですって…!」
「なんだ、それだけ?」
結構な重さを持った一言を言われたと思ったが、ガーネットにとってはそうでもないらしい。
「もう、ネェさんったらちっともわかってくれないんだから…!」
「違う、違う、ノーラそうじゃない、シニアンは良い事に捉えてるみたいだけど、実際はわかんないよ、そんな事」
「え?どういう事…?」
ユリアも首を傾げる。頭が良くていい性格、なんて実際、頭の良さは的確に褒めて貰って分からないなんて。
「私も最初は全ての言葉に一喜一憂した時があったけど、異性と過ごして分かることもある訳、彼らは私らとは考え方が全く違う生き物なのよ」
「それが今の話とどう関係するの?」
ガーネットは少し考えて、私達に優しく話し出す。
「男はプライドの生き物なのよ…そして、基本女には癒されたいけど、負けたくない。NO.1が好きで喧嘩もしょっちゅう…頭の良さも競い合ってるみたいでね、そんな中、賢い女の子はプライドをへし折ってしまう強敵になりうる存在よ。ライバルや友人として見るならまだしも、良い意味で言ったとは限らないわね」
「で、でもでも!」
「じゃあ、逆に考えてみな、シニアンの男バージョンでさ」
シニアンは流行に敏感でいつも誰かと一緒に行動し、和の中心にいつの間にか立っている。
男の人に例えると、オシャレでいつも一緒に男3人で行動するソリストみたいな奴の事かな。
「うーん、いけてないかも…」
「でしょう?」
「それじゃぁ、シニアンは騙されているって事!?」
ノーラは両手を頬に充てて顔を真っ青にさせながらこうしちゃ居られないと来た道を戻って行こうとする。
「え?ちょっと!どこ行くの、ノーラ!」
「シニアンに本当の事を伝えにー!」
「シニアンはそんな事望まないーって行っちゃった…」
「騒がしい子だね、全く…」
その後、シニアンに余計なお世話だと罵倒されているノーラの姿を目撃されたのは言うまでもない。