第13章 その7 ダンシングミーティング 後篇
その7 ダンシングミーティング 後篇
「で、なんでキミが・・・っていうか、キミたち生徒がこんな所に来てるんだい?僕はこんな時間まで生徒を拘束するブラック教育機関に就職する特殊な趣味はなかったんだけど。」
わたしの右隣の席に座っていらっしゃる叔父様は不機嫌そうです。
ふんぞり返る、という姿勢です。
ですが・・・この場でそんな失礼な態度ができるのは、やはりさすが・・・と言っていいんでしょうか?
「フェルノウル教官。生徒はそれぞれ保護者の方が同伴していらっしゃいます。法的にも校則的にも問題はありませんよ。そもそも軍の管轄下にある本校にそういう制約はありませんけど。」
しれっと答えるのはセレーシェル学園です。
ここは学園の来賓用の応接室です。
学園にこんな豪華な内装のお部屋があったとは驚きです。
丸い黒檀のテーブルを囲む瀟洒な椅子。
きれいな絨毯がどんな一品なのかはわたしにはわかりねかすけど。
わたしの鑑定眼はだれかさんの影響で偏っていて、本当に使いどころが限られているのです。
「そもそも、なんでこんなことをしなくちゃいけなくなったか、あなたはわかっていないのですか!?」
「なんだい?まさか僕のせいだなんて言わないよね?」
「あなたのせいです!ゴラオン試作型が完成し、南方戦線で起動してから、もう一か月以上たつんですよ!その間ずっと消息不明のあげく巨人災禍でまた出動・・・王都での大活躍はそれはもう、各方面から注目されて・・・なのに、あなたはまたひきこもり!」
「しかたないだろう?僕だって心身ともに疲れてたし。」
叔父様はそう言って、白ワインを傾けます。
お酒には目がない人です。
酒品はいいんですけど。
わたしたちの眼の前にも置かれたワイン・・・とってもいい香りがするんです。
「ねえ、教官。ハロウィンってなぁに?」
「ぶ~っ。」
高そうなワインがもったいないってつい思ってしまう庶民のわたしです。
いえ、なによりも高価な絨毯が台無し・・・これ弁償なんて言われたら大変です・・・あ?
わたしは学園長の許可を得て、学生杖をとり出し、「水操り」と「風操り」で絨毯を洗い、乾燥させます。
その間、
「どうせ自分の失態が恥ずかしくて出てこれなかったんでしょう!」
とか
「そのくせクラリスさんのことになると慌てて飛び出して・・・過保護じゃないの!」
とか
「さっきだって、あなたがメンバーを見た瞬間テーブルをひっくりかえして・・・何ですか「必殺ちゃぶ台返し!」って・・・で、逃げ出して・・・それでも「大人」ですか?「教官」として恥ずかしくありませんか!?」
とか・・・学園長は戦場実習以来ず~っと叔父様を捕まえようとしていたようですが、捕まらず・・・まあ、まさか「変身」してたなんてわたしも言えませんでしたし・・・かなりのストレスに耐えていらしたのでしょう。
ここぞとばかり叔父様を絞めあげていきます。
さすがの叔父様も途中から反論もせず、大人しくしてます。
ワインを飲んでますけど。
学園長のお気持ちもわかるのですが、いつもの「落ち着いた大人の女性」というイメージからは随分と離れていきます。
同席しているエミルとシャルノ、3人で目を見合わせてしまうのです。
しかし、せっかく始まったはずの会議が、今度は学園長ご自身の暴走で早くも脱線気味。
議題がゴラオンに関わることだけはわかりましたけど・・・。
しかし叔父様、「必殺ちゃぶ台返し」?
子どもですか、35にもなって。
つい横目でジトッっと見てしまうのです。
「セレーシェルくん、あまり追い詰めないことです。その辺で矛を収めないと、フェルノウル教官がまた逃げ出してしまいますよ?幸い彼も、今はお嬢さんのおかげで殊勝にしているようですし、まずはデュッセル産の白ワインを飲んで落ち着いてください。みなさんもどうぞ。このさわやかな風味と奥深い熟成の二律背反を一口で味わえるのは至高の瞬間ですよ。デュッセル一帯の農地は全て我が領地にあるのですが、良いワインをつくる気候にとても適しているのです。しかも土壌を改良して・・・」
お話になっているのは、テラシルシーフェレッソ伯爵様・・・つまりシャルノのお父上・・・なのですが、お若いです。
ぱっと見20代半ば位にしか見えませんが、実は40代とか。
しかもシャルノに似て長身で、金髪の美形・・・見ていると心が洗われます。
でも・・・ここでワインを勧めるのはやはりちょっと変かなって思っちゃいます。
いえ、ここでワインの作り方について講釈が始めるなんて、かなり変わってらっしゃいます。
「・・・こほん。お父様、会議がおありなのでは?」
伯爵様の声は、隣に座るシャルノの遠慮がちな静止で、ようやく止まりました。
ですが、いつも明敏なシャルノにしては判断が遅いと思いますけど?
「わかったよ、シャルノ・・・では、アンティノウスくん。わたしはイェルドマドレイデ・デ・テラシルシーフェレッソ伯爵です。お初にお目にかかります。わたしのワインを楽しんでくれているようで何よりです。」
ようやく挨拶がはじまったのでしょうか?
親子共に名前が長いんですね。
シャルノも本名はシャゼリエルノスってとても長いし・・・一族の特徴でしょうか?
なんて考えてると
「は~く~しゃ~くぅ~!?直接会うのは初めてだから教えておくが、僕は名前で呼ばれるのが嫌いなんだ。ついでに「伯爵」って人を呼ぶのも嫌いだ。」
再び子どもじみたお答えです。
それは「指輪のお姫様」の仇敵が「伯爵」だったからですか?
いくらなんでも子どもっぽ過ぎです。
真名を呼ばれるのがお嫌いなのは・・・まあ、許します。
叔父様を真名でお呼びできるのはわたしだけなのですから・・・えへ。
「フェルノウル教官、伯爵様に失礼ですよ。」
はっ!
そうでした。
学園長がおっしゃる通り、ここは叔父様の無礼をたしなめなければ・・・と思ったのもつかの間、そこに割って入るどら声・・・いえいえ、個性的な男性の声がします。
「かまへんわなぁ。伯爵様。今日は無礼講やさかいに。おお、このワインほんまにうまいわぁ・・・学園長はん、今日もおきれいでんなぁ。ばってん細かいこと言うと始まらんで。またさっきの二の舞や・・・のぉ?教官はん、もうかりまっか?」
「父ちゃん、その言い方ヤメテよ。恥ずかしいよぉ。」
エミルが父ちゃんと呼ぶ、恰幅のいい五十がらみの男性はもちろん王都屈指の大商会のオッティヤン会長さん。
額がそれはもうツヤツヤと輝いて・・・でも実はまだ30代とか。
エミルってお母さん似ですね、間違いなく。
あのお嬢様然とした外見と、それに見合わない妙なテンションの高さの理由がわかった気がします。
「ボチボチでんなぁ、おっちゃん。」
ここは昔馴染みのようです。
叔父様も珍しくまともにあいさつを・・・意味不明の言葉でしたけど・・・お返しになりました。
そう言えば、叔父様が軍にいた時につくった薬を、アドテクノ商会に提供していたのでしたね。
「いやぁ~あんさんがよくもまぁ教官なんて人がましい商売になれたもんや。」
そこは思わず同意してしまいます。
そんな、うなずくわたしをみて会長さん、
「しかもこないにかわいらしいお嬢はんがいらはるとは・・・」
って。
すかさず叔父様が
「クラリスは僕の姪だ。おっちゃんにはやらないぞ。」
ですって。
わたしは、「かわいらしい」か、「お嬢はん」のどちらに反応するべきか迷ったスキに、叔父様に「姪」と断定され、更に「やらない」ってどういう・・・いろいろと後手に回ってます。
ついていけない二人の会話のスピードです。
「クラリス、気を付けるんだ。おっちゃんはこんなおっさん顔してるが、奥さん以外に何人も・・・」
「ええ!?父ちゃん、また浮気してたんか!」
また?
浮気?
・・・エミルの苦労がしのばれます。
わたしは叔父様が女性嫌いでよかったって本当に思うんです。
「アホ!ええか?浮気ができるんわ、親父がもてるいうこっちゃ。誰にも相手されん甲斐性なしより千倍もマシやで・・・それにしても伯爵様のお嬢様といい、王女様と言い、今日は眼福やなぁ!」
「父ちゃんのスケベ!浮気者!・・・うちらの財産、親父の女好きでつぶす気かいな!」
会長さんは、女性がお好きなようで。
男性たるもの、叔父様のような例外を除けば女性が好きなのは当たり前なのでしょうけど・・・かなり度が過ぎているようです。
この会議・・・やはり大変。
これでは学園長がわたしたちに懇願するわけです。
この時はまだ分かりませんでしたが、参加者みんな自由過ぎて、学園長は、この謎の保護者会議を終わらせたいという一心で、わたしたち被保護者を参加させ、ブレーキ代わりにつかうという非常手段に打って出たのです。
果たしてその効果は・・・さきほど発言した叔父様ですが、あれでもわたしたちを気遣った内容でしたし、その後も、時折はわたしの様子をうかがっているようです。
同席するわたしの立場や体調を案じてくださっている?
だったら少なくても叔父様相手には効果大。
学園長も満足そうにわたしを見つめ微笑むのです。
よほどさっきまでおいつめられていたのでしょう・・・なんだかお気の毒。
「そろそろ会議とやらを始めたまえ。」
おもむろに発言なさったのは、この場にいる4人目の男性です。
「吾輩の言う通りになれば、すぐ帰らせてもらう。後はみなでゆっくり会議するといい。」
レリューシア王女殿下のお隣に座っている、水色の髪に青い瞳、伯爵様に負けず劣らずの美形。
「申し遅れた。吾輩はサーガノス大公レドガウルス。国王の弟である。」
その声も、表情も決して高圧的ではありません。
身なりに至っては、伯爵様よりも地味なくらいです。
それでも思わず頭が下がります。
本当は平伏したいくらいです・・・伯爵様を含め、この場の全員が頭を下げます。
叔父様ですら少し下げました。
その前にふとわたしを見たのですから、わたしがいなければ下げなかったのかも?
なんだか申し訳ない気がします。
わたしは叔父様に、その意図しないことをさせているのかもしれません。
「ああ、今日は無礼講とやらなのだろう。堅苦しいのはそれくらいにして、すぐに本題に入ってもらおう・・・学園長。」
「はい。」
さっきまで叔父様を責めていた口調からは一転して、いつもの落ち着いたご様子に戻られたセレーシェル学園長です。
「これよりエスターセル女子魔法学園の第一運営部会を始めます。」
一応の流れで、まずは参加者とその被保護者の自己紹介を議長である学園長が行います。
エミル、シャルノ、わたし、それにレリューシア王女殿下は特に緊張気味です。
「最初の議題はフェルノウル教官が開発した戦闘用有人式ゴーレム、通称ゴラオンについてです。」
ですが、議題の説明になった途端、我慢できない叔父様が
「学園長。その件を話し合うのに学生の同席はやはり不適当だ。ここで帰すべきべきだ。」
それは・・・確かにその通りです。
叔父様が良識的なことをおっしゃるなんて!
しかしこれは、言った本人が日ごろから一番信用されておらず、あっさり却下。
とにかくわたしたち、特にわたしを同席させないと何が始まるかわからないという意見が優勢でした。
わたしたちは簡易とは言え、学園長に秘密保持の「誓約」をしてからここにいるのです。
問題なし、となりました。
これで叔父様はご機嫌を損ね、ふくれっ面です。
「子どもたちを、兵器にするとかしないとかに関わらせたくないんだけどな・・・。」
ボソッとつぶやいた小さな声は、わたしにしか聞こえなかったでしょう。
「ゴラオンというのかい?あれ。軍でも興味を示しているが、その前に吾輩が預かることにする・・・キミがあれを開発したなんて信じられないけどね、アント。」
一転して軽い口調になった大公殿下から出たその名前!?
「アント?」
それは叔父様が軍にいた時代の呼び名・・・一種のあだ名です。
しかも「アリンコ」っていう悪い意味の。
もっともわたしやレンがそう呼んだときは、あの「アント」は嫌がってませんでしたが。
でもわたしたち以外の人が、そんな名で叔父様を呼んでほしくはないんです。
ですからわたしは、そんな無礼なことを言った相手を、大公殿下をついにらみつけてしまうのです。
その時・・・ポン。
頭の上の置かれた手は、昔からちっとも変わらない、そんな重さと暖かさを感じさせます。
「クラリス。」
わたしを見つめる、夜の色の瞳。
耳の奥をくすぐる優しい声の響き。
「・・・はい。」
これでは逆です。
わたしが叔父様に気遣われてばかり。
でも、この時だけでしたけどね。
ふと気づけば
「あんさん何言うてんのや!いくら大公はんでも、ただで譲れっちゅうことがあるんかい!」
「ああ、父ちゃん。落ち着いてえな、も~。」
とか
「今までのいきさつも何も知らず聞かずのまま、譲れとは。わがテラシルシーフェレッソ伯爵家も随分と軽く見られたものです。ですが、そう簡単に了承できるモノではありません。」
「お父様、相手は大公殿下なのですよ!」
とか
「父上は相変わらずものの道理がおわかりでない。」
「レリシア、子どものお前にはわからないのだよ。」
とか・・・議長である学園長を無視してみんな好き勝手な発言です。
もう、とても落ち着いた会議とは言えません。
あちこちで喧々諤々・・・そんな感じ。
学園長のお顔の色がよろしくないのです。
「叔父様。あの大公殿下って、お知り合いなんですか?なんだか・・・」
「クラリス、いろいろ言いたいこともあるだろうけど、キミは黙っていたまえ。」
「ですが大公殿下が常識のないことおっしゃるから、会議なんかまとまりません!」
ってわたしが口を滑らせると、
「クラリスさん、あなたまで・・・」
学園長が、何かに裏切られたような目でわたしを見ます。
まるですがったワラが実は地獄から伸びて来たロープのように思えたのでしょう。
そこに叔父様が追い打ちをかけます。
「学園長、だからこんな連中となんか話しできるわけないって言ったじゃないか。僕の良識ある見解を無視するからこうなるんだ。」
良識?
どの口が言いますか?
しかし、学園長はもうそのままズルズル引きずられどん底まで落ちてしまいそう。
「だいたい大公になっても、こいつの性格と口の悪さは変わらない。一番イヤなのは庶民派を気取ってるくせに身分で人を見下すところだけど。市民の生活に親しむふりをしながら、上から目線でニヤニヤ見てるっていう姿勢は反吐がでる。」
あ、いけません!
わたしはあわてて叔父様に向き合います。
「なにが吾輩だ、なにがサーガノス大公だ。軍じゃろくに活躍できなくて早々に退役させられたくせに・・・」
ようやくそのお口を手でふさぎます。
うう~って何か唸ってるみたいですが、強引に振りほどこうとはしない叔父様です。
ですが、わたしたちの様子を見て笑う声。
「ハハハ。相変わらず無礼しか取り柄がないんだな、キミは。レリシアからその名を聞いた時は驚いたものだが・・・この20年、キミも性格は変わってないな。身長だけは成長したようで何よりだが中身が伴わないんじゃ残念だね。」
この軽い口調が本来の大公殿下のようです。
そしてそれを聞いた叔父様は、ここでわたしの手を振り払います。
「お前にだけは言われたくない、レドガー。」
大公殿下を実名で呼び捨て!?
お二人はどんな仲なんでしょう?
ですが、どんな仲でも身分差が大きく、これは不敬罪になりそう・・・。
もうこの人は人前に出ちゃいけないんです。
せっかく出て来たばかりですが、一生ひきこもっていた方が安全かも。
「キミが人の名前を憶えていたとは驚きだ。」
大公殿下は、伯爵様に負けず劣らずの美形ですが、その中身は叔父様と負けず劣らずの残念ぶりのようです。
「そりゃ嫌なヤツは忘れないさ。いつかちゃんと清算してやろうと思っていたからな。」
またまた脱線・・・これでは話が進みません。
わたしはつい学園長を見て・・・ため息をつくのです。
もう泣きそうな学園長のお顔・・・。
これではわたし以外の被保護者も同伴させたがるわけです。
叔父様もそうですが、多かれ少なかれ参加者のみなさん、社会的立場に反してなかなかの非常識ぶりです。
レリューシア王女殿下は口をへの字にしてムスって。
そのお気持ちがわかってしまうと言えば不敬でしょうか?
でも、なんか同じ境遇のような気になり、なんだか今までになく親近感を覚えてしまいました。
「あの!」
わたしは、つい大声を出してしまいます。
突き刺さる・・・というより面白がる視線に、学園長のすがるような視線、そして驚く叔父様・・・。
「せっかくお集まりなのに、これでは会議になりません!ですから、これよりみなさんの発言を禁止します!」
今度は間違いなく全員の視線がわたしに突き刺さるのです。
もう、視線が「れいざあびいむ」のように痛いのです。
「ヒソヒソ」
会長さんがエミルの耳元でつぶやき、エミルはその都度うなずきます。
その後、彼女は少し考え、そしてみんなに話し始めるのです。
「ええっと、あたいの父ちゃんはゴラオンのこと、うまく商品化して、兵器にしないで、労働力として売るんならいいんじゃないか、って言ってるよ。兵器にするなんて言うと教官殿がすんごく嫌がるし、だって。」
もともとの会議の議題は、叔父様が「南方戦線」「巨人災禍」で搭乗した戦闘用有人式ゴーレム「ゴラオン」の報告と今後の展望についてです。
以前から開発に協力していたアドテクノ商会とテラシルシーフェレッソ伯爵家が、その協力の代価を求めているそうです。
しかしその試作「零式」の改修には学園の教官方のご協力もあり、学園が仲介する形で会議になったとか。
それにしても参加者の発言を禁じて、やっと始まる会議ってなんなんでしょうか?
こんな方法を提案したわたしが驚きです。
そう。
直接の発言は禁止。
ただし、その内容をそれぞれの被保護者にのみ話すことができる。
そして、被保護者達は・・・わたしもなんですけどね・・・保護者の発言内容を「正確」かつ「編集」して、全体に伝えます。
だって、そのまま話しちゃうと、あの人たちの言葉ですから・・・ねえ?
なので、そこらへんがわたしたちの出番なわけです。
そこで、それぞれ保護者と被保護者が一組ずつになり、来賓室の円卓に一見仲良く座ってるわけです。
で、保護者が被保護者の耳元で、こそこそ、ヒソヒソ、もにょもにょ・・・とっても怪しい光景っていう自覚はあります。
こんなに事態が複雑になったのは、今回、ゴラオンの存在を聞きつけた「王家」が参加したからなんです。
だって、ホラ。
「こそこそ」
「父上はこう申しております・・・実は、自分は兄である国王陛下より仰せつかったのだ。あのような戦闘力をへいみ・・・民間人に保有させるわけにはいかない。故に王家に献上するべきである、です。ですが・・・」
そう言いかけたレリューシア王女殿下は大公殿下ににらまれ、しばしにらみ合っていましたが不満そうに口を閉ざします。あちらの親子関係はかなり難しいようです。
「ほら見ろ。言葉を飾っても要は「徴発」だよ。ただでよこせってさ。しかも平民って・・・」
わたしは叔父様の左手をぎゅう、と握ります。
それでわたしを見た叔父様が、口をとがらせながらも黙ってくれるのです。
ふう、です。
わたしと叔父様の距離は、他の三組の方々より少し近いのですが、それはこうして叔父様の手をずっと握っているからです。
で、都合の悪い発言などを言い出したら、こうして口止め。
もう、子どもの時からの「作戦」です。
エミルには「躾の悪い犬を鎖でつないでるみたい」なんて言われましたけど。
今度は伯爵様。
シャルノに相手につぶやきながらも、ワイングラスは手放しません。
「もにょもにょ」
「父であるテラシルシーフェレッソ伯爵に代わって申し上げます。民間人だけでなく、開発に我が伯爵家も関わっており、充分に王家に代わってゴラオンを「管轄」しうると存じます。故に大公殿下には、ぜひとも現状維持の形でご承認をお願いしたいのです。」
娘であるシャルノが語る様子を、ワインを飲みながら上機嫌で眺める伯爵様・・・飲んでれば上機嫌なだけ、ではないと思います。
多分。
そんな感じで、まだ意見を交わしている段階ではありますが、先ほどまでとは格段に「会議」として成立しています。
司会をなさっている学園長が、もう笑顔で次々に発言を許可していきます。
そして一通りみんなが発言して、まだ公式に発言していないわたしたちを学園長が指名するのです。
「ではフェルノウル教官、どうぞ」って。
ですが、それに答えるのは
「ふん。」って、もう・・・子どもじゃないんですから。
「・・・叔父様。何かおっしゃってください。小さな声ですよ。」
そうです。
直接発言するのは禁止。
そして、それぞれの発言は、被保護者であるわたしたちを通して全体に流れます。
ですが・・・
「だれが、王家なんかにやるか。しかもあんな根性悪な人でなしに・・・」
もう丸聞こえ・・・思いっきり手を握ると叔父様の悲鳴があがります。
わたしはすまなそうにみなさんに向かい、正式な「続き」を話すのです。
「あのぅ・・・叔父様がおっしゃるには、誠意のない相手に、兵器にもなるゴラオンを渡すわけにはいかないとのことです。」
発言内容を大幅に「編集」するのはわたしたちの役割ですけど、それにしたって、ちゃんとした大人っていないんですか!?
もう「編集」ですまないレベル。
これでは「翻訳」です。
「なにやら、もっと下品な声が聞こえた気がするが・・・・」
「父上。」
「ああ、わかったよ、レリシア・・・では・・・」
「え?ですが父上!?・・・はい・・・。」
あの大公殿下とレリューシア王女殿下のやり取り・・・「イヤナヨカン」しかしない、という気分です。
「父上が申すには・・・「ゴラオン」を「献上」せよ。全ては国王のご意志であり、その代弁者たる大公の願いである。そしてそれこそが、王国の臣下であり民である諸君らの責務である・・・以上です」
レリューシア王女殿下は、表情を動かさず、淡々と告げていきます。
おそらく王女ご本人は王家の要求に異論がおありなのでしょう。
しかしそのお声を聴く一同は、いっそう険悪な表情を浮かべるのです。
しかしその申し出が不当なモノであろうと、「国王陛下のご意志」・・・それを断ることは、この王国に住む者にとって不可能なことなんです。
ですが・・・いけません。
わたしの隣には危険な人がいるんです。
叔父様が何かしでかしたら・・・いいえ、何よりその身をお守りしなくては!
わたしはあらん限りの力でその手を握りしめるのです。
叔父様は前を向いたまま、しかし、いつしかわたしの手を握り返して・・・。
「ほなら信書をお見せくださいまし。」
ざわっ。
その声は音もなく開け放たれたドアの側に立った人物から放たれたのです。
「伯爵様のお許しがあったとお聞きして、ご案内したのです。」
メルが礼儀正しくお辞儀をします。
そしてその隣にいた薄い緑色の制服姿は!
「おばんでございます、みなさま。うちはジェルリフィ・デ・デクスフォールン言います。お初にお目にかかります方もいらしはりますなぁ。これでも次期男爵家当主になります。よろしゅうお願いします。」
瞳の色がわからないくらい細い目に、腰まで伸ばした濃い緑色の髪。
足首まで届くほど長いスカートは・・・間違いなくジェフィ。
何か企んでるとは思っていましたが、どう立ち回ったのやら、この会議に参加するとは・・・。
「大公殿下。殿下はそもそも国王陛下に信託された代理人という証拠をお示しになっておりまへん。ですから、信書またはそれに代わるも公式文書もありまへんのに、その申し出を受けてしまえば、それこそ陛下の意志を妄信する不忠に当たってしまいますんや。」
「ジェリルフィ・・・」
王女殿下とシャルノが、同時にその名をつぶやきます。
それを聞いた伯爵様と会長さんは学園長を静かに目で問い詰めるのです。
「あ・・・いいえ。わたしも、大公殿下のご参加にあたって、何も確認しておりません・・・」
消え入りそうなお声。
それとは反対に、勢いづく大人げない大人たちです。
「確かにジェリルフィ嬢の言う通りでした。正式な書簡なしに国王の意志を知ることはできません。突然の会議への参加であれば、それこそ最初に王の手からなる文書を公示していただくべきでした。」
「ホンマや。商談に乗っかろう言うて後から入って来るんやろ?ならせめてそれが本気かどうか見してもらわんと納得いかんわ。途中でなんか事情が変わった言われてもあかんしなぁ。」
ここぞとばかり、伯爵様と会長がもう自由な発言を始めます。
ですが、これはジェフィの発言を支持しているのです。
「そう言えば昔聞いたなぁ・・・実は、あのレドガー、兄貴と不仲なんだ。いくら弟でも無能な上に信用もできない男を大事な一件の使いにしないよなぁ。」
それはあんまりな非礼ぶり!
しかも、あの、それ、部屋中に聞こえてるんですけど!?
一瞬、場がザワつきます。
特に大公殿下はもう、腰を浮かせて。
さすがに不敬罪確定では?
だけど叔父様はニヤニヤ笑いながら、大公殿下を見ています。
それと目が合った大公殿下・・・あら?
急にそわそわして。
「これだから下賤な者といるのは不愉快なんだ・・・帰る。」
大公殿下はドアを閉め、出ていかれました。
置いて行かれたレリューシア王女殿下は、もう力尽きてぐったり。
エミルやシャルノなんか、椅子からヘナヘナと崩れ落ちて。
あれ?
あの、真っ白なのが学園長なんですか?
日頃の颯爽とした様が台無しに・・・そこで情け容赦のない一声。
「学園長、困るなぁ。あんなヤツを信じて文書も何もなしにここに参加させるなんて。」
その死者に鞭打つ発言は、女性に気遣いのある日ごろの叔父様からは少し逸脱しているんです。
正直違和感があります。
「・・・フェルノウル教官。あなたみたいな非常識な人でもない限り、誰だって王弟様が言ったら信用します!」
それでも、その声がきっかけで、色を取り戻し、かえってお元気になられたようです。
「危うく「王家」への信用を悪用されるとこやった・・・学園長はんのこつ責められへんわ。」
「確かに・・・ジェリルフィ嬢。よくぞ気づいてくれました。さすが、その歳で、しかも六女の身で男爵家を継ぐだけのことはあります。」
伯爵様も会長さんも、ジェフィにお礼を言ってほめたたええるのです・・・なんだかとっても面白くないのです。
さっきの会議ではいい様にやられ、今の会議も途中から入ったのに一瞬で形成を逆転して・・・しかも大人相手に。
格の違いを見せつけられた感じです。
だからわたしたちを・・・わたしと叔父様・・・を見つめるその視線から顔をそらしてしまうんです。
「クラリス、お友達かい?」
そんな能天気な声も今は碌に耳に入りません。
「レリューシア王女殿下、あなたには申し訳ありませんが、サーガノス大公が国王の使者という証拠がない以上、彼の要求を受け容れるわけにはいかないのです。」
伯爵様がこの場を代表して、去られた大公殿下の代理になった形の王女殿下に会議の決定を正式にお伝えしています。
「・・・ってか、娘を置いて帰るか、レドガーのヤツ!」
この失礼な発言も、今は咎める気がしません。
わたしだって同感です。
叔父様ならわたしや学生を置いて自分だけ逃げたりはしないのです。
なんでも叔父様は徴兵されていた時期に、大公殿下と同じ旅団に配属され、部隊が潰走する中そのお命を救ったこともある間柄とか。
でも仲は悪かったようです。
「あんなヤツ、学園には出禁にしよう。学園祭?論外だね。」
こんなふうに、心からお嫌いの様です。
それでも
「それでも王女殿下、あなたにとっては大切な父上でした。あしざまにいって不愉快な思いをさせたことは謝ります。」
ですって。
本当に女性嫌いなくせに、一応の気づかいは見せるのです。
まったく、そんな気遣いを一番に向けるべき相手を忘れてませんか?
「いいえ。こちらこそ、父をお許しください・・・あなたがフェルノウル師なのですね。お噂にたがわない、風変わりで豪胆なお方ですね。」
それでも一人残されて心細げだった王女殿下が微笑まれたのですから、いいことにします。
褒め過ぎですってことも黙ってます。
「で、ようやく本題やな」
ええ?
まだやるんですか、この困った大人の会議!?
「ええ。ここからですね。幸運なことに、せっかく本人たちもいますし。」
本人たち?
それを聞いたエミルとシャルノが顔をこわばらせ、ジェフィが微笑むのです。
ギクッ!
まさか・・・そして、そのタイミングをはかったようにジェフィが叔父様の右側・・・叔父様を挟んでわたしの反対側・・・の席に着きます。
「アンティノウス・フェルノウル様。うちはジェルリフィ・デ・デクスフォールン言います。お初にお目にかかります。あらためてよろしゅうお願いします。」
そして、その細い目が一瞬だけ見開かれ、きれいな深緑色の瞳を見せるのです。




