第13章 その6 ダンシングミーティング 前篇
その6 ダンシングミーティング 前篇
「診断・・・病気、薬物、呪術・・・いずれも反応なし。ステータスに異常はないようね?でもしばらく休んでいきなさい。」
滑らかに医療用術式と唱えたスフロユル教官です。
きれいなソプラノでの詠唱はそれだけで癒し効果がありそうなんです。
結局、午前中は救護室で休ませていただきました。
その間
「本当にフェルノウル教官があなたの叔父さんなのね。それにすごい仲よし。」
わたしたちの仲については、教官方の間にもいろいろ憶測があるのは知っています。
ですが、こうもストレートに言われるのは・・・学園長以来。
同じ女性の方が聞きやすいのでしょうか?
お二人ともまだお若いし。
しかも、ここ救護室はわたしたち年頃の女学生が、年長者の女性にいろいろと相談できるほぼ唯一の場所。
スフロユル教官殿は多くの相談を受けながら、わたしたちの心身の変化を注意深く見守ってくださる方です。
ちょっと詮索好きという気もしますけど・・・。
「ねえ・・・ただの叔父さんと姪っ子じゃないってホント?」
ホラ、来ました。
「トレデリューナ臨時法があります。法律的には問題ありません。」
・・・叔父様的には法律以前にありえないでしょうけど。
いいえ、少しでも「既成事実」化するには、照れたりしていられません。
まあ、未だわたしの一方的な・・・
でも叔父様だってきっと本当は・・・!
「でもさっきのフェルノウル教官の態度だと、かわいい姪っ子のままって感じね。」
グッサシ、です。
確かにさっきも子ども扱いされてる感じでした。
「それに教官と学生ですよ。フェルノウル教官殿もお立場がありますし、もっと考えないとね。」
グサグサ!
わたしは覚悟していたつもりでしたが、こうやってにこやかにたしなめられると、地味に効きます・・・手ごわいです。
「だけどねぇ・・・あんなにまともなフェルノウル教官殿も珍しいわ。あなたの前じゃ、普通の人なのね。」
はぁ?です。
あの方のどこが「まとも」なんでしょう?
「・・・いろいろ難しいけど、でも、あの方がまだ「あれ」で済んでるのは、あなたのおかげかもね。」
・・・なんだかおもしろくないのです。
エクサスの近所のおばさんたちみたいなお節介ぶりですけど、叔父様のことを嫌っていないご様子ですし、わたしの気持ちを少なくとも否定していない。
ですが、わたしのわからない、叔父様の何かを知っているような、そんな様子が。
そんな時・・・ぐううって。
わたしのお腹の音。
もう!
「フフフフ。若いっていいわぁ。体も心も正直で。体調不良の原因は不明だけど、まずはもういいでしょう。でも無理は厳禁。下校時間は守りなさい。あなたに何かあったらフェルノウル教官殿に申し訳がないわ。そう言えば、彼の復帰を学園長に報告しなくては。どうせご自分じゃお話にならないでしょうしね。」
スフロユル教官のお許しが出るや、わたしは即座にベッドから抜け出し、お礼を言って救護室を飛び出すのです。
合流すると、みんなはわたしの回復を知って気遣ってくれました。
今はもう昼食の時間です。
ですが昼食は、予想通り、スープパスタだけという。
とてもおいしいんですけど、少し物足りなさを感じてしまいます。
しかし例によってプリンが・・・
「なんだか最近品数が少ない日はプリンでごまかされていませんか?」
シャルノが言うことには前例があるので、実はわたしも同意なんです。
ですが・・・
「いや、プリンがあればめっちゃうれしいから許すわ。」
甘いモノがついていればいい、というエミル。
お金持ちなのに意外に素朴です。
家でもそんなに贅沢していないみたいです。
「量的に充分。」
「はい。わたしもこんなもので。」
「・・・クラリスが食いしん坊なの。」
リト、デニー、レンの小食三人衆がこのコメント。
レンに至っては自分の小食を事欠いてわたしが「食いしん坊」という疑惑にすり替えています!
「ダメダメ。みんな、そんなんじゃ大きくなれないよ!」
そういうリルはクラスでも下から数える低身長・・・どこが大きく・・・ええ、ええ、そうですよ。
あなたの栄養はちゃんといく所がありますからね!
もう、あの胸は反則なんです。
そんなこんなで午後の授業も終わり、放課後です。
特に体調を崩すこともなく、わたしは応接室で代表者会議に出席することになりました。
ただ予想外なことに・・・
「どうぞ、皆さま。お茶をお淹れしたのです。」
ワゴンを押しながら、かわいらしいメイド姿で入ってきたのは
「・・・メル。なぜあなたがここに?」
犬耳、犬尻尾を得意そうにピョコピョコ震わせる叔父様の使い魔メイド。
メルは優雅な仕草で、ティーセットをテーブルに置いていきます。
「・・・クラリス様。お察しください。」
そうにこやかに、まるでわたしを子どものようにたしなめるメル。
三つも年下のくせに!
「過保護なんです。」
叔父様は!
わたしが心配で、見張りをつけたのですね。
表向きは学園の教官助手であり、会議を陰ながら見守るという建前で・・・しかもご自分はいらっしゃらないという・・・いかにもなんです。
「あなたは、先日の・・・」
水色の制服をまとったレリューシア王女殿下も、メルにお気づきになられてお声を掛けます。
例のアントが解決した「秘密裁判ごっこ」の一件でお知り合いです。
あまりまともな知り合い方ではありませんでしたけど。
「あの時の少年はどうしています?」
・・・・・・・・・・・・思わずメルとわたしは目を見合わせます。
「どうかしたのですか?彼にはもう一度会ってみたかったのですが?ちゃんとお礼も申しておりませんでしたし・・・。」
どうしましょう?
そんな困っているわたしたちを救ったのは、超意外な人物。
緑色の制服姿。
「皆さま、お久しゅう。」
わたしがジェフィに会えてよかったなんて思うのは、こんな時くらいですけど。
おかげで王女殿下の追及がやんだのでよかったんです。
「あら、クラリスはんもお元気そうで。」
品よく微笑みながら、あの細い目がわたしの様子をうかがっています。
にこやかに見つめ返すわたしです。表向きだけは。
「ええ。あなたも。」
バチバチ。
見えない戦いはもう始まっています。
この陰険腹黒謀略女には、あらゆる意味で王女殿下以上に気を許せないのです。
会議の冒頭、レリューシア王女殿下からみんなにお話がありました。
先日の「巨人災禍」の件です。
ちなみにエリザさんとオルガさんは、今日は別室で控えています。
「突然の邪巨人の来襲にも関わらず、ガクエンサイの参加者を守り、更には市街地の住民を無事に避難させ、中小の邪巨人を多数葬った諸君らには、王家を代表して感謝の言葉を伝えたい・・・本当にありがとう。また明後日のガクエンサイ当日には、正式に父、サーガノス大公から感謝をさせていただくことになろう。」
いろいろ驚きです。
王女殿下に感謝されるなんてことがわたしの人生にあろうとは、想像すらしていませんでした。
そもそもこんな近くでお目にかかれることが奇跡ですのに。
しか明後日は王弟であられる大公殿下みずから・・・。付け加えれば先日の一件で「いろいろ」な面を見てしまったレリューシア王女殿下ですが、こうしてみると落ち着いて、気品があって本当に王女様なんです。
あるいは・・・「いろいろ」あったおかげで落ち着いたのでしょうか?
こう考えるのは不敬かもしれませんけど。
もちろん私も含めて、この場にいた全員、王女殿下のお言葉に感動したのです。
そして、この後、緊張気味のヒルデアから今日の議題の説明がありました。
本題とは、先日の「巨人災禍」で中止になった市内4校の対抗魔術戦の協議です。
試合形式や規則、時間などを変更なしで実施するという確認でおわるはずだったのです。
あと、午前中に突如決定したエキシビションマッチ・・・優勝校と名門エスターセル魔法学院の試合についての説明と了承を得ること。
しかし、これが、ジェフィに口実を与えてしまいました。
彼女はあの市街戦の最中、既にエス女魔の戦力に危惧を抱いていたのです。
結果、このエス魔院の参戦の事後承諾と、各校の戦力均衡のためという建前で、レンの「精神結合」を禁止されてしまったのです。
「もともとは中級術式やし、なんで使えるのかは知りまへん。知ろうともしまへん。そやけんどなぁ、そんなことせんでもエス女魔は十分にお強いと思います。」
レンの秘密を追及されたくないわたしは、この圧力で黙るしかなくなり、
「そうそう。先日お邪魔した際は、あまり見ることもできませんでしたけんど、なかなかガクエンサイは賑やかなお祭りやさかい、今度はうちらも屋台やらなにやら、ぎょうさん遊ばせてもらいます。よろしゅうお願いします。」
パン女魔の学生たちが「お客」としても参加する、と聞いた性悪商人ことエミルは、その売上見込みを計算してあっさりと篭絡され、
「これでほんに正々堂々、対等な戦いになりますなぁ。」
と正面から挑まれたシャルノは、快くその挑戦を受けるのです。
悪知恵参謀ことデニーも、周りがつぎつぎと攻略され、なす術なくもう机に突っ伏しウンウン唸ってます。
ヒルデアは深い事情を知らないのか、あくまで表面を取り繕うためか、普通に
「これで話がまとまったね。ボクは一安心だよ」などと言ってましたが。
これで事前会議は
「うむ。ではみんな。明後日再びまみえ、勝負を決しましょう。」
というレリューシア王女殿下のお言葉にて閉会したのです。
敗北です。
残念です。
悔しいのです。
相手がジェフィでなければ、ここまで悔しがらないとは自分でも思いますが、ジェフィでなければここまで会議を左右できなかったでしょう。
こういう戦いでは、ジェフィと戦える人材は我がエス女魔にはいないのでしょう・・・ファラファラでも連れてくればよかったのでしょうか?
「メル?あなたは会議中ずっと手元ばかり見ていて。本当に何しに来たのやら。」
会議を主導された悔しさもあって、つい当たってしまいます。
「クラリス様?いえ、お互いの会議の様子を・・・うふ♡」
ファラファラじゃああるまいし、無意味に♡ちっくな話し方をするメルではありません。
では!?
メルの手元をよく見ると、右の人差し指にはめた指輪から白く光る軌跡が浮かびだして・・・あれは魔法文字?
「あなた、さては叔父様と「マジックメール」をしていたんですね!」
「よくお気づきになりました。さすがはクラリス様です。メルとご主人様は、互いに離れていてもこうして愛を育んでいる間柄なのです。」
・・・・・・・・・・・・その文面、どう見ても普通に「連絡」なんですが。
この妄想犬娘メイドにとってはちがうのでしょう。
「11より12 会議?ヤメヤメ。もう打ち切り!」
なんですか、この大人げの欠片も感じさせない文面は。
文字そのものが芸術的なまでなのに、全然釣り合っていないところがいかにも叔父様です。
「ではメルは早速ご主人様のもとへ向かうのです。」
それまでの様子を一変、耳をピンピン、尻尾をパタパタさせ、いそいそと退室するメルです。
なんだか面白くありません。
しかし・・・
「教官方の会議なんてありましたか?それに中止なんて・・・。」
一瞬メルの耳がピクン、尻尾がピタ。
が、そのまま行ってしまいました。
・・・甘いですね、メル。
半獣人でも年頃な彼女は、隠し事を表情には出さないのです。
が、ほんの一瞬、耳や尻尾に動揺が出てしまうのです。
さすがに付き合いも長いわたしでも注意していないとわからないくらいなのです。
しかし、メルは部屋から出るや、全速力で走り出したのか、もう姿がありません。
「なんなのですか、まったく・・・。」
「クラリス、メルッちどうしたのよ?急にパタパタ。すごいうれしそうにいなくなって。」
「エミル。メルは叔父様がお呼びということです・・・会議が打ち切りになったとか。教官方の会議なんてありましたっけ?」
「会議?今日ですか?そんな予定はありませんけど?」
事情通のデニーが不審そうです。
その一方・・・気が付けば、あいさつもなしにいなくなった人物が一人。
「あら、ジェフィ?珍しいですわね。こういう時には不必要なくらい丁寧な彼女が・・・」
首をかしげるシャルノです。
なにやら陰謀の臭いがします。
・・・30分後。
「やっと全員捕まえたわ・・・まったくメル助手に「メール」したのに、あの子全然見てくれなくて・・・」
「メルはきっと叔父様からのメールとか、叔父様に関わるメール以外は読まないか、読んでも気にしないか、どちらかだと思います。」
午前中の主任からのメールは叔父様と同時にあてたメールなので、素直に叔父様に伝言したのでしょうけど・・・。
あくまであの子の基準は叔父様なのですから。
さすがのセレーシェル学園長も「ここまで」とは思わなかったのでしょう。
さっき、叔父様が打ち切られたという「会議」と、ジェフィが関わっていそうな「陰謀」。
気になっていたわたしのもとに、応接室で別れたエミルがやってきました。
急遽わたしたちを学園長がお呼びとか。
そしてやってきた学園長室にはシャルノにレリューシア王女殿下と側近のエリザさんとオルガさんまで。
「王女殿下までおいでいただき、申し訳ないのですが・・・あなたたちの保護者の件でお願いがあるのです。」
はい?
わたしたちの保護者ですか?
・・・改めて見ると・・・そうそうたる顔ぶれ。
王女殿下の御父君は王弟であられるサーガノス大公様ですし、シャルノの御父君はテラシルシーフェレッソ伯爵様、エミルだってお父さんはアドテクノ商会の会長さん。
わたしの父なんてエクサスの製本屋ですから、ここにいるのがとっても場違いです。
もう、帰りたくなります。
「実は、今日、保護者の方々が皆さんのお集まりになって、臨時の会議が行われたんですけど・・・」
全員はてな、です。
一人そんな話は聞いていないのです。
午前中叔父様と会ったわたしですら聞いていない・・・。
「学園長?すみませんが、その会議とは・・・」
その時、学園長がついわたしに送ってしまった、一瞬の視線・・・あ、あれです。
それでわたしはピンときてしまいました。
叔父様に迷惑をかけられた人が、ついわたしに送ってしまうSOS。
物心ついて以来、何十回となくこの視線にさらされたことか・・・。
そこで、もうわたし、わかってしまいました。
叔父様がひきこもりから出てきたことを知った学園長が、急いで叔父様の出席が必要な会議を招集、しかし叔父様が例によって奇行を働き会議がオジャンになったという・・・そんなあらすじ。
見てもいないのにそんな光景が目に浮かぶのは、それこそ長年の残念な経験と言うしかありません。
わたしは同情と申し訳なさが入り混じった視線を学園長に返してしまうのです。
そういう気持ちで見直すと、いつもおきれいなセレーシェル学園長の赤い髪も多少乱れて、魅力的なお声にも疲れの色が感じられてしまうのです。
そして・・・とても残念なことに、このことに関するわたしの勘はまず外れたためしがない、その実例を増やしてしまうわけなのです。
「みなさんにお願いがあります。これから学園の、いえ、王国の命運を左右する重要な会議が行われます。そして、みなさんに、その会議に出席してほしいのです・・・保護者の方々とともに。」
これがエスターセル女子魔法学園の秘事、OYG会(ただし被保護者同伴)の始まりでした。
ただし二回目の。
だって一回目は、なんでも出席者を見た瞬間、一介の下っ端教官が怒って逃げちゃったおかげで、中止とか。
メンバーを考えると恐ろしいほどの非礼ぶりは、さすが、と言っていいんでしょうか?
ですが、懲りずにただちに二回目の会議を断行する学園長・・・よほど追い詰められていらっしゃるようです。
どんな会議なんでしょうか?




