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第13章 その5 二人の教官

その5 二人の教官


「・・・で、お前の言い分は?」


「だって・・・」


「答え方がなっとらん、十回追加!」


「はいっ教官殿!」


 もう主任の問いにお答えしながら、30回はブッシュアップ(腕立て伏せ)をやってるわたしです。


 腕はガクガク、腹筋もひきつってます。

 

 先ほど、わたしたちがエスターセル魔法学院のおバカで恥知らずな男子生徒相手に宣戦布告をした直後、わざわざ見計らったとしか思えないタイミングで引率のイスオルン主任教授が登場したのです。

 

 もうその時にはわたしたちの周りには結構多くの人だかりができていて、実は大騒ぎになっていました。


 もっとも頭に血が上っていたわたしたちは気づかず、相手の男子たちは未だ茫然としたままで、そんな時


「この阿呆ども!ここに何しに来たと思ってる!そのまま城門まで走っていけ!」


 そう鬼教官に叫ばれると、わたしたちはいましがたの意気込みをかなぐり捨てて、条件反射的に


「「はい!教官殿!!」」


 って、もう一目散です。


 で、城門までダッシュして、今は悠然とやってきたイスオルン主任に叱責を受けているところです。


 で、みんなは「きをつけ(アテンション)」の姿勢のまま微動だに許されず、わたしは「戦隊長」自ら軽挙に走ったと言う訳で、罰を受けているところです。


 ま、みんなが受けないのが不幸中の幸いです。


 レンなんか倒れちゃいますし。

 

 それで、ようやく腕立て伏せを済ませ、教官への返答も終えました。


「ふん、要は向こうが先に誹謗中傷してきた、と言いたいのか。」


「はい、教官殿!」


 と答えながら、わたしは確信を深めていきます。


 間違いなくこの方はあの場の様子をご存じだった、と。


 その人の悪いニヤニヤ笑いが証拠なのです。


 悪辣さを倍増させるその丸眼鏡も!


「ま、事情はわかった。では最終処分を下す。」


「「はい!」」


 もう条件反射って怖いです。


 いろいろ言い足りない言葉も割り切れない思いもあるんですけど、主任に号令をかけられると、それで体が反応しちゃいます。


 さすがは軍学校です。


「明後日のガクエンサイの対抗魔術戦に、エスターセル魔法学院を招待しておいた。優勝チームとのエキシビションマッチだがな。」


「教官殿!それって!!」


「ああ。優勝して、おまけに口先だけの馬鹿どもに思い知らせることができるかは、お前ら次第だ・・・負けたらどうなるか・・・わかってるな!?」


 その邪悪な笑い方!


 まったく、本当に人が悪いのです。


 ですが、この「処分」はまさにわたしたちが望んでいたものに限りなく近いのです。


 そう、まさに望むところ。あの思いあがったおバカな男子たちに、思い知らせてやるんです!


 だから、わたしたちの返事はまったく同時。


「「はいっ!教官殿!」」


 って。


 敬礼も完全に同期してます。


 それを見た主任は、例によって人が悪く


「ふふん。」


 とあざ笑っているんですけど。




「さて、それで、だ。今さら魔法街に戻るのも無駄だ。今日の活動は、このまま城外にて行う。先日の対巨人戦の戦況や戦術を解説する。その後お前らは戦場の視察を兼ねた後始末だ。わかったか?」


「はい。教官殿。了解しました。」


 ・・・って、これはある意味ラッキーです。


 もちろん市街の再建も大切ですが、先日の戦いから学ぶことができる。


 しかも直接その場で、主任の解説付きで!


 願ってもない幸運にわたしたちは


「どうしたんでしょう?」


「主任・・・変?」


「先ほどの一件もお怒りかと思えば、随分と・・・」


「めっちゃ寛大ね。」


「推測するに、意外にお怒りでないのでは?」


「そうそう。いつものアレ、言ってないよ。」


「・・・うん。レンもそう思うの。」


 いつものアレ。


 確かに。


 授業中、しかも実習中に他校とトラブルなんて不祥事を起こしたわたしたちに対して・・・「これだから女は」って言いそうなものですけど・・・。

 

 あの、女性差別主義者の教官は、社会や戦場にわたしたち女が進出することを極端に嫌がっていた人です。


 それで、学園に対して反乱まで起こして一度は収監された人。


 叔父様もわたしや女子が戦場に行くことをとても嫌がっていますが、それよりも極端な人なのに。




「邪巨人の大型種の身長は・・・クラリス!」


「は、はい、20m以上、40m未満です!」


「では、そのサイズの敵に有効な攻撃手段は・・・リト!」


「弩、騎馬突撃・・・魔術。」


「そうだ。通常の弓矢、刀槍では効果が少ない。後は罠の設置、と言いたいところだが・・・リルル、先日の戦いでなぜ城外の罠が使われなかったかはわかるな?」


「ええ?あたい?」


「こら!返事せんか!」


「あ、はい!・・・えっと、あの・・・」


 かなり簡単な質問なのですが、急に当てられてあせったリルは詰まっています。


「・・・ち・・・今のお前と一緒だ。わかるか?今お前はどんな状態だ?」


「はい!急に当てられて焦ってます!・・・そっかぁ!味方も急に巨人が来たから焦ったんだね!あたいとおんなじで、来ると思ってなかったんだぁ!」


「そういうことだ。「集団転移」を使う魔術種の存在は、それほど一般的ではないが、しかし全く知られていないわけでもない、要は根拠もなく「自分は大丈夫」という油断が、初期の犠牲を大きくしてしまった・・・わかったな、リルル!」


「はい!教官殿!」


 そう元気よく胸を揺らしながら答えるリル。


 その姿を見ながら、わたしたちは主任を少し違う目で見るようになったのです。


 以前なら、劣等生扱いして終わっていたリルに対し、時間をかけて、しかも彼女が理解できるような手順を踏んでいる。


 以前ならしないはずだって。


「クラリス。巨人種相手に有効な罠は?」


「ええっ?またわたしですか?」


「バカモン!ちゃんと返事せんか!しかも今の話を聞いて、何の油断だ!走ってこい!」


「はい!教官殿!クラリス・フェルノウル、行ってまいります!」


 ・・・もっとも、その分わたしに厳しくなった気がするんですけど。


 ブス、です。


 


 そして・・・戦場の近く。


 ここは地面の色がおかしい・・・まるで地面が泥の結晶にでもなったかのような、そんな場所を走っていたわたしです。


 ここは・・・もしかしてゴラオン、いえ、叔父様が描いた魔術回路のあたりなのでしょうか?


 変質して一時、混沌と化した?


 ・・・ゾクッ。


 急に厳しい冷気がわたしを襲います。


 11月の半ば。


 もうすぐ冬です。


 しかし今日は特別な準備をしなくても城外に出ることもできるくらい日差しが暖かい日です。


 なのに・・・。


 なんでしょう・・・この体をむしばみ、骨の髄までしみこんでくるような、そして強烈な冷気・・・。





「ミス・フェルノウル。ユーは気づきましたか。アンティの特異性に。」


 声?


 いえ、それは声ではなく、直接頭に響く・・・「精神結合」(リンク)した時の思念波に似た感じです。


「ヒーは「転生者」のはずです。前世を引きずっている存在。にもかかわらず、自分の世界の知識も技術もこの世界に広めようとしません。定番の「火薬」はおろか、実家が製本業のくせに、「印刷」技術すら試さない。そして、代わりにこの世界の知識や技術を学び、独自に発展させ、「複写」術式をつくりあげました・・・あのゴーレムも、発想はともかくあくまでこの世界の技術の産物なのです。他の「転生者」や「転移者」たちが、自分の特殊な力や、前世の知識・技術に頼ろうとして失敗しているのとは、顕著な差異です・・・ジャップのくせにサクラにもオンセンにもさほど執着がないんです・・・。いやいや、変わった男ですよ・・・。」

 

 寒い。


 その寒さはもうわたしの奥にある魂を切り刻むかのような・・・。


「そして、そんなヒーのとなりにユーがいる!なんと興味深いことでしょうか!これが偶然のはずが・・・」

 




「クラリス・・・クラリス・・・クラリス!!」


 ・・・レン?


「意識は?」


 リトまで。


 なんだか「デジャブって」ます。


 わたしの左からレン、右からリトが覗き込んでいます。


 二人とも不安そうな顔・・・また心配かけちゃいました。


「ふふ。今朝もこんな感じでしたね・・・。」


「バカ!」


「・・・もう・・・クラリスぅ!」


 リトとレンが横になっているわたしにしがみついています。


 地面の上にローブがしかれて、その上に寝かされているようです・・・寒い。


 さっきほどではありませんが、それでも寒い。


 せっかくだから二人を抱きしめて、温めてもらいます。


 頭がぼうっとしているせいでしょうか?


 なんだか甘えてるみたい。


「閣下ぁ!」


「デニー・・・閣下は禁止です・・・」


 またメガネがくもって・・・外せばいいのに。


「大丈夫?頭痛くない?リルなでてあげようか?」


「うん。お願いします。」


 リルの小さくて、でも暖かい手が額に、そしてわたしの赤い髪に置かれます。


 あら、リルに膝枕されてたんですね。


 さすが年上・・・しかも下から見上げるとすごいボリューム。


 でも、看病されるのも久し振り・・・叔父様は・・・いるわけありませんね。


 では、あれも夢。


「クラリス、ムリしたらあかんでぇ。」


「エミル、またその変な話し方になって・・・お姫様みたいな顔が台無し・・・。」


「ほっとけ。」


「いいえ、やはり疲れがたまっていたのです。走ってる途中で急にお倒れになるなんて・・・わたくしたちがあなたに頼ってばかりで・・・。」


 シャルノも心配性です。


 意外に世話好きなんでしょうか?


 それで男子の趣味もあんな残念イケメン系に?


「安心して、シャルノ。わたし、ムリなんかしてません。」




 その後、なんとイスオルン主任が飛行術式でわたしを運ぶと言い出したのですが


「お断りします!大丈夫です!それに以前主任は人ひとり運んで「飛行」すると魔力の消費がとても大きくなるとお話になっていました。先日の魔術種と闘った時も、短距離なのにかなり魔力をお使いの様でしたし・・・」


 そう言いはって断固拒否しました。


 さすがに非礼とは思いましたが、戦闘中ならともかく、叔父様以外の男性と、しかも街の上空を飛ぶところを見られるなんて、さすがにゴメン被るわけです。

 

 主任も苦笑して、それで納得しました。


 が・・・なんと!?


「少し待っていろ・・・あの男に連絡してやる。」


 え?


 イスオルン主任が「あの男」と呼ぶのは相性最悪、出会いから何からひたすら仲が悪いフェルノウル教官こと、わたしの叔父様なのです。


「主任が叔父様に連絡!?」


 それはありえないのです!


「しかたなかろう。非情事態だ。しかもお前に何かあったら、あの男は何をしでかすかわからん。」


「さすがは主任や。」


「よくご存じですわ。」


 ジロリとにらまれて、エミルとシャルノは慌てて目をそらしてます。


「ですが・・・主任、質問があります。」


「何だ、こんな時まで・・・急いでいる。」


「連絡を申されると「遠話」ですか?ですが「遠話」では・・・」


 そうです。


 中級術式「遠話」は使い勝手が悪いことで有名な魔術です。


 それは離れた位置の2人で行う儀式魔術だから、と言われています。


 つまり双方向に交信するために、2人の術者が同じ時間に儀式を行わなければならない、と言うことです。


 実際には儀式は簡略化され、例えば今の例で言えば前もって軍施設や学園には専用の魔法装置の設置されています。


 後は2人の術者が決めておいた時間に魔法装置を起動させ、魔術の行使に入るだけなのです。


 ですが、これでは緊急時の連絡には役に立たないのです。


「・・・黙って見てろ。」


 そう言って主任は、右の人差し指を立て、なにやら簡略化された呪文を唱えます。


「百文は一剣に如かず。されど我が術式は百剣に勝らん・・・」


 すると、人差し指に今まで見えなかった指輪が現れ、主任の指先が白銀色に光るのです。


「呪符された指輪・・・?」


 そして、主任はその指で、宙をなぞります。


 なぞった跡には白銀の軌跡が残り・・・これは?


「魔法文字?ですが・・・こういう呪符物は・・・まさか?」


 魔法文字は短文で、「02より11,12へ クラリス不調 北城門に迎えに来い」


 この程度の内容ですが・・・。


 クラスみんなが注目する中、主任が文字を書き終えると、文字も指輪も消えていきます。


「これは「魔伝信マジックメール」という術式だそうだ。これでも中級術式だが、相手に短い伝文を送る魔術だ。・・・ま、だれがこんなモノを作った何て、言わなくてもわかるな。」

 

 クラス全員が悟りました。


 これは叔父様のつくられた術式で、それを呪符したマジックアイテムなのです。


「でも、これじゃ話できないよ?」


 リルが思うのも当然ですが


「いいえ。「遠話」で会話しようとすれば、二人の術者が同時に術を唱えなくてはなりませんわ。それは前もって時間を決めておけばよろしいのですけど、こういう場面では不可能なのです。」


 シャルノがその疑問に答えてくれます。


「つまり・・・一瞬で送る魔術の手紙なんですね!」

 

 デニーが理解できたようです。


「つまり、お互い、自分の都合のいい時に手紙を書いて送る、それを魔術で行っている・・・。」


 それだけ、と言えばいいのでしょうが、「遠話」と比べれば魔力も少なく、また時間の制約がない・・・便利さでは比較になりません。


「そんなところだ。内容は、まぁ、一度で20文字程度しか送れないがな。」


「あの番号は?」


「名前では容量が限られる。だから教官にはそれぞれ番号が振り当てられ、簡略化する。ちなみにこの指輪もその番号あての「送信」文しか「受信」しない術式が込められている。」


 「送信」に「受信」。


 この二つで「魔伝信マジックメール」が完成した、というわけです。


「これ以上詳しいことは、本人に聞け。ホラ。」


 ホラって・・・主任の見る方向に目を向けると、そこには黒一色の人影が。


「返信もよこさんで、よっぽど急いだと見える。」




「クラリス!」


「ええ?」 


 って、この後、わたしはその人影・・・要するに叔父様なのですが・・・に強引に連れ去られ、みんなにあいさつする暇もありませんでした。


 わたしは茫然、みんなは唖然・・・


「今のなに?」


「クラリス、誘拐された?」


「拉致?」


 ・・・そう。


 まさに「拉致」。


 これもわたしの数多い拉致・誘拐歴に入れた方がいいでしょうか。


 本気でそう悩むのです。




 コツン。


 オデコをくっつけられます。


 顔、近すぎです・・・。


「熱はない気がするけど・・・でも顔が赤いね。」


「これじゃ、熱がなくても熱が出ちゃいます!」


「ええ?でも昔はこうしてたし。」


「もう子どもじゃありません!・・・叔父様。強引すぎますよ。」


 拉致された立場としては、少し怒ったふりをしてわたしは叔父様をにらみます。


 ですが、あの夜を最後に数日会えなかった叔父様が来てくれた、本当はそれでもう満足しているわたしなのです。


 それでも叔父様はすまなそうに答えてくれます。


「だって・・・遅くなったら、おっさんの「飛行フライ」で飛ばされて、イヤな思いをするんじゃないかって、気になって。」

 

 ・・・風系の精霊魔術「飛行」と違って、叔父様が編集しなおした重力魔術「浮揚」では、周囲に障壁めいたものが展開され、風当たりがありません。


 偶然でしょうが、今の、まだ寒さを感じているわたしには、とても優しい術式です。


 それに・・・

 

 ぎゅうっ。


 叔父様の首に両腕をまわすわたしです。


 世に言う「お姫様抱っこ」。


 恥ずかしいのですが、暖かくもあります。


 わたしが「寒くて体調が」と話すと、叔父様はご自分のマントでわたしを包み、こんな姿勢にして抱き上げたのです。


 以前の失敗から人目を避けるために、「偽装迷彩カメレオン」のスクロールをお使いの上に、かなり高く飛んでいますが、全然寒くありません。


「だいたい叔父様・・・あの日から引きこもっていらしたのに。よく主任の「メール」が届きましたね。」


「うん?・・・ああ。さすがに僕の「隔離」の中には「メール」来ないけど、おっさん気をきかせてメルにも「送信」したろ。さすがにメルからの「式神」だけは僕の所にくるからね。」


 宛先に複数の番号を記入することで、一回に何人にも送れるとか。


 ちなみに11番が叔父様、12番がメルなんだそうです。


「しかし記念すべき初「受信」が、おっさんからとはね・・・天変地異の兆候だな。」


「ホントに・・・あ!?いえいえ、叔父様、そんな失礼なことを言ってはいけませんヨ!」


 あわてて取り繕うわたしですが、手遅れの自覚はあるのです。


「・・・はいはい。ま、おっさんも前よりは随分マシになった。」


 叔父様も?


 驚いたことに、「巨人災禍」の後、主任が叔父様の教官室を訪れになったとか。


「互いに大人になろうってことさ。目的は、けっこう近いしな。」


「大人?叔父様がですか!?」


 主任ならともかく、叔父様が?


 なんて似合わないセリフでしょう。


 それに目的が近い?


 これは問題です!


 お二人は、わたしたち女が社会や戦場にでることに反対なさっている方々です。


 それが結託なさると言うことは・・・!


「・・・そんなに疑わないでくれよ、僕のクラリス。」


 あ・・・その呼び方はズルいのです。


 つい、いろいろと許してしまいそう。


「もう・・・叔父様・・・じゃ、お聞きします。主任とどんなお話をなされたのですか?」


 エスターセル女子魔法学園の中でも対極にあるといっても過言ではないお二人。


 仲もホントに悪くて・・・まともにお話ができるなんて、想像できないのです。


「詳しくは言えないけど・・・。ま、ゴラオンのこと、ヘクストスの守護鋼像のこと、新しい術式のこと、今後の学園のことに・・・あと、2班のキミたちがどうしてこんなに成長したか、とかね。」


 わたしたち2班の?


「ま、普通じゃ・・・なにしろ軍学校の規格じゃ当てはまらないメンバーばっかりだからねぇ・・・おっさんからすれば不思議でしかたがなかったんだろ。」


 劣等生とか言われるのとは違う意味で、規格外なんて言われると、イ~ヤな感じです。


 しかもよりにもよって叔父様から言われるなんて!


「おっと!怒らないでくれ。僕は褒めてるんだ。おっさんはまだ戸惑ってるけど・・・でも随分わかってきたと思う。」


 ・・・褒めている?


 しかも主任もわかってきた・・・?


「ま、僕とおっさんじゃ、考え方も性格も違う。それでも互いの長所を認めることで、役に立つこともあるさ・・・ちょっとはね。どうせおんなじ場所でおんなじ生徒を見てるんだ。なら、いろんな生徒に対しては、いろんな教え方があってもいいし、いろんな教官・・・大人がいたっていい。軍じゃ認めにくいけどね・・・あ?僕が大人って言うたびにそんな疑わしい顔しなくたっていいだろ?」


 いけません、顔にでちゃいましたか?


 でも、叔父様が「大人」なんてよく言えたものです。


 まさに常識的には「半面教官」のくせに。




「そう言えば叔父様!今日までずっと何をしていらしたのですか?授業もなさらないで!」

 

「え?今度はそっちかい?・・・ま、ええっとね・・・」


 なんでもガクエンサイを盛り上げるための「仕事」をしていらっしゃるとか。


 意外です。


 他に、例えばさっきの「魔伝信」のような術式・呪符物の開発に、「足湯」をはじめとする学生の休息設備や装備の開発・・・日常の教官の仕事より大変そうです。


 でもこれって「ひきこもり」って言わないんじゃあ? 


 また「打倒猫型ロボット」なんでしょうか?


「いいや。昔ならアニメにゲーム、ネットやってたけど、こっちにはないだけだからね。好き勝手やってることがたまたま役に立つ分野だからって、世間から・・・人から逃げてることに変りはないさ。」


 要するに世間から逃げてることに変りはない。


 たまたま今叔父様が熱中できることが術式や魔術具の開発なだけ、ということ。


 わたしは、いっそのこと、そういうお仕事につかれては?


 ってそう言いそうになります。


 ですがリトやレン、アルユンがものすごい顔で怒ってるイメージが浮かんで、もしも叔父様が教官をおやめになったらもう、わたしは平謝りでは済まないのです。


 それで慌てて引っ込めました。


「半面教官」でもだめな大人でも、きっと必要にしている生徒がいるんです。


 主任とは違う方法でわたしたちを見てくださるこの人を。


「おっと、学園に着いたよ。」


「もう?」


 もっとこうしていたかったのに。


 ですが現に眼下には、みるみる大きくなるエスターセル女子魔法学園の校舎です。


「この後救護室に連れて行くけど、今日は、もう寮で休みなさい。」


 優しい叔父様の声に、つい頷きそうです。


 ですがなんとか首を振ります。


「放課後に明後日の魔術対抗戦の代表会議があります。王女殿下もいらっしゃるのです。わたしが席を外すわけにはまいりません。」

 

 そのかわりではありませんが、救護室まではこのまま送っていただくお願いをします。


「え?校舎内もかい?」


「はい。体調のすぐれない生徒を抱きかかえることに何か不都合でもあるのですか?」


 にっこり笑うわたしから眼をそむける叔父様。


 結局叔父様はわたしに逆らえず、そのまま・・・わたしを「お姫様だっこ」をしたまま・・・救護室に行って、スフロユル教官に目を丸くされるのです。


「クラリスさん?フェルノウル教官?どうしたんです?」


 叔父様はさすがに言いにくそうで、小声でつぶやきます。


 単に女性嫌いな叔父様が、若くてきれいなスフロユル教官を苦手にしてるだけかもしれませんけど。


 ですがその後です!


「いや、実習中に倒れたっておっさんから連絡が来て、飛んでいったんだよ・・・ああ重かった。」


 ビキッ。


 今日二度目の、額で何かが切れた音。


「それは叔父様がひきこもってばかりで軟弱だからです!わたしは重くなんてありません!」


「え?僕はクラリスがこんなに大きくなってうれしいんだけど。」


 それでも乙女に言ってはいけないのです!


 この人はまったくわかっていないのです。


「大きくなんてなってません!」


 わたしと叔父様。


 お互いの顔はすぐ近くなのに、こんな言い合いです。


 その有様を見て、スフロユル教官がお笑いになってます。


「あらあら。もうすっかり元気に見えるけど・・・でもフェルノウル教官、重くはなくてもそろそろ降ろしてあげては?」


 ・・・・・・・・・・・・確かに「お姫様だっこ」されてケンカするのは違和感があります。


 わたしも叔父様も、口をとがらせ、でも大人しくするしかありません。


 そんな様子もスフロユル教官にコロコロ笑われます。


 それでも壊れ物を扱うかのようにわたしをそっと降ろしてくださる叔父様です。


「スフロユルさん、後はお願いするよ。」


 そして、そう言って足早に立ち去る叔父様。


 わたしはお礼もちゃんと言えませんでした。


 それも、わたしのことを気遣って、あんなに急いできてくださった叔父様に。


 なんだかまたすれ違いのままです。


 それでも叔父様が来てくださったことがうれしくて、ついニマニマしてしまうわたしです。


 「後でお礼にいきます」って口の中でそう呟き、大人しくベッドに横たえられるのです。


 


 この時には、もうあの時聞こえていた声も、あの異常な寒さも、既にわたしの記憶から消え失せていったのです。



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作者:SHO-DA 作品名:異世界に転生したのにまた「ひきこもり」の、わたしの困った叔父様 URL:https://ncode.syosetu.com/n8024fq/
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