第13章 その4 初めての魔法街
その4 初めての魔法街
「クラリス!?」
遠くで誰かがわたしの名前を呼んでいます。
そう、わたしはクラリス・・・フェルノウル。
エクサスの製本・写本士の娘。
一介の市民・・・今は・・・エスターセル女子魔法学園の学生です。
わたしを呼ぶのは・・・?
何でしょう?
寒い!
冷気で魂が刻まれるこの感覚・・・痛くて、そして怖い!
何も見えず、感じるのは寒さだけ。
さっき一瞬何かが聞こえたのも気のせいなのでしょうか?
圧倒的な寒さと、それ以外何も感じられない恐怖がわたしを離しません。
「助けて・・・叔父様・・・叔父様!」
わたしは子どもころのようにひたすら叔父様に助けを求めます。
ですが、叔父様が来てくれないのです。
そんなことはありえない。
こんな、わたしが助けを求めても叔父様が来てくれないなんてことは、絶対にありえないのです。
たとえ、あの青く麗しいエスターセル湖そのものがこの世に存在しない幻だったとしても、叔父様はきっと来てくれるのです。
それなのに叔父様が来てくれない?
ならば!
・・・わたしはその想いだけを頼りに叫ぶのです!
「ではこれは夢なのです!夢なら覚めます、いえ、目覚めてみせます!」
「クラリス!」
・・・・・・・・・・・・レン?
「クラリス?」
・・・リト?
わたしがベッドの上で目を覚ますと、当然、そこは・・・学生寮の私室。
同室のリトが心配そうに、まだ横になっているわたしの顔を覗き込んでいます。
「大丈夫?どこかおかしくない?」
レンがリトの隣で不安そうです。
「レン?どうしてあなたがここにいるのです?また寮則違反ですか?」
寂しがり屋のレンは時々、寮の規則を破ってわたしのベッドにもぐりこみにくるのです。
「バカ!・・・夜中に急に冷気が襲ってきて、でも、きっとクラリスの所だって思って・・・」
よく見ると不安げにまたたくレンの瞳は青みがかっています。
ミライが教えたのでしょうか?
ですが、冷気、と言われて、わたしも先ほどまでの冷気、異常な寒さを思い出し、毛布をかぶりなおします。
まだ寒い!
体の芯が冷え切っていたのです。
両腕で体を抱いても寒い。
「やはり・・・あの冷気はクラリスの所だったのね」
見かねたレンがわたしのベッドにもぐりこみ、温めてくれます。
「・・・いつものお返しなの。」
って。
わたしより小さい癖に、でも今はとても暖かくて思わず抱き返します。
「ありがとう、レン。・・・今は?」
「夜中・・・0201。」
リトが同調している魔術時計を読み込んでいます。
わたしは魔術時計どころか魔術回路そのものも凍り付いているような感じです。
それでもレンを抱きしめながら、状況を確認していきます。
まず暗い部屋はずの部屋が明るい。
これは魔術の「光」。
リトの手には学生杖。
ランプをつける間も惜しくて術式を行使したのでしょう・・・リトまで寮則違反ですね、真面目なリトが珍しい。
わたしは歯の震えを隠しながら、心配させまいと強がります。
「リト、ありがとう。お礼にそれ、見逃します。」
正直に言えば、こんなにも心配してくれたことがうれしくて、でも、照れ隠しにワンドを指さしてしまうのです。
「・・・バカ。それどころじゃない。心配した。レンが来た時はなにかと思った。」
リトにもバカって言われちゃいました。
でも黒曜石のようなリトの瞳が、魔術の光を反射して、とれもきれいです。
「夜中にごめんなさい、リト。それにレンも。」
一方レンの瞳からは、青が抜けて、彼女本来の緑が勝った黄金色に戻っています。
こっちも光にあたってキラキラ。
「・・・気にしないで。」
「了解。」
リトとレンが、わたしのためにいろいろ手を尽くしてくれたんです。
レンと、それにリトが淹れてくれた暖かい黒米茶のおかげで、随分落ち着いたわたしです。
「もう大丈夫。心配かけました。リト。レン。」
「なにがあった?」
「あの寒さはなんだったの?」
二人とも、もっともなことを聞いてきます。
わたしがベッドの中で異常な寒さに襲われていたことを、レンは少し離れた自分の部屋で気づき、やってきてくれました。
リトはレンの言うことを信じて部屋に入れ、わたしを見守ってくれました。
ですが・・・わたしは首をふるばかり。
なにも思い当らない。
ただ寒かっただけ。
あのままでは死んでしまうのでは、そう思いながら、でも何もわからないのです。
「ただ・・・ある種の夢だ、ということだけはわかったのですが・・・」
「・・・クラリス、夢の途中で夢ってわかるの?」
「珍しい。」
かわいく首をかしげる二人です。
確か「明晰夢」と言うんです。
「ええ。すぐに夢だってわかりました。だって、助けを呼んでも叔父様が来てくれなかったんですから。」
もう、それだけで現実じゃないってすぐわかるのです。
そう言ったら
「・・・ここで、それ言う?」
「・・・クラリス・・・ノロケてる!?」
リトはつぶらな目をいっそう細くして、レンは目を吊り上げて、二人ともわたしをにらみつけてくるのです。
これはうっかりしてたかも?
二人とも、教官としての叔父様を敬愛している熱烈なファンでした。
あのジャーネルン教官とエクスェイル教官という、二大イケメンに次いで叔父様が学生に人気があるのは、この二人・・・あとアルユンも・・・の支持があってのことでしょう。
ひょっとしたらデニーもメガネつながりで、リルは食べ物につられて支持に加わるかもしれませんけど?
そんなわけで、この日はもう最悪のスタートでした。
さらに、今日の朝食が、残念。
「ブリティッシュの食事は朝食に限る・・・です。」
「・・・クラリス?またそれ?」
それでも、2班全員で学生食堂で合流し、朝食を食べたのはよかったのですが。
今日の朝食もいつぞや同様の、ライ麦パンにチーズ、ミルク・・・。
せめてベーコンエッグでも欲しいと思ってしまって、コンティネンタルは今一つです、という気分なんです。
「どうも、今日は食堂の職員方も市街に出て炊き出しをするということですよ。」
デニーが相変わらずの事情通を見せます。
こういう時のこの子は得意げです。
「じゃあ・・・まさかあたいたちのお昼御飯も手抜き?」
朝から早くもランチの心配をするリルです。
これではご飯に釣られて悪い大人に騙されそうで心配です・・・ホントに16歳ですか?
「・・・レンはこれでいいよ。そんなに食べないし。」
「あなたはもっとお食べなさい。まだまだ成長期なのですし。」
そう言って自分のパンのお代わりがてら、レンの分もとってきます。
「・・・多いよ。もう・・・リト、半分食べて?」
「うう・・・半分なら。」
リトも食が細い方なのですが、それでも半分食べることにしたようです。
「もう、あたいはお昼の分も食い溜めするぞ!」
リルは、更に2個ほど追加して、ミルクもお代わりです・・・これはこれで、この身長のどこに入ってるんでしょう?
やはり胸なんでしょうか?
じゃあ、わたしの食べたパンはどこに・・・?
なんだかムカッとします。
いえ、きっとエネルギーに変わっているんです!
そうに決まってます!
つい乱暴にライ麦パンを引きちぎるわたしを、デニーのメガネが訳知り顔にニヤニヤしているのが、いっそう頭にきます。
「デニー!あなたももっと食べなさい。骨ばかりのくせに。」
「・・・クラリス、それ、八つ当たりって自覚、あります?」
あります!
もう、プイ、です。
そんな11月20日。
ガクエンサイまであと二日です。
わたしたちの市街再建活動も、まずは今日で一旦終了。
あしたは一日中ガクエンサイの準備に入るからです。
幸いなことに学園周辺の市街は、かなり再建が進み、生存者の救出も遺体収容も、住居修復もほとんど終わっています。
そこで今日は少し遠方まで出向くことになりました。
これが、また・・・最悪になってしまいました。
ここは北街区、別名北府街の中でも北部にある、魔法街です。
我がエスターセル女子魔法学園は魔法施設であるのですが新設の小規模、しかも軍学校という立場なので、魔法街の中心部からは離れた場所に敷地があります。
ですから今日は、魔法街の中心部から北部にかけて活動することになったわけです。
しかし、いざ出向くや・・・さすがは魔法街の中心部。
こんな中心部にまで来たのは、ヘクストスに着て半年以上たって初めてなんです。
市街地に近いエス女魔と違って、辺りは魔法省が管轄する研究施設や魔法大学なんかの大きな建物がたくさんあります。
先日の被害は余りなかったのか、或いはもう復旧したのか、大きく壊れている建物は見かけせん。
しかし・・・未だ完全でもないのか、工事が行われています。
でも・・・その光景が、もう衝撃的!
「ねえねえクラリス、なにアレ?」
リルが指さしたのは、暗褐色の鈍い光を放つ人型です。
そんな粘土の巨人が、何体も歩いて、大きな石材を運んでいます。
巨人は、わたしたちの3倍以上はありそうな大きさです。
顔は・・・目や口らしい位置に丸い穴が空いています。
全体にノッペリした感じ。
みんなも見慣れないのか、わたしたちはそろって顔を上げ、見上げてしまいます。
エミルなんか、お口まであんぐり開いちゃって、乙女にあるまじき失態です。
いつものお姫様顔がとっても残念。
ですが、わたしには、見覚えが・・・叔父様の研究書にあったはず。
確か・・・「魔法生物」大百科に!
「あれはクレイゴーレムです。中級術式でつくられます。」
「あれはなんでしょうか?」
メガネを光らせたデニーが見てるのは、人と同じサイズの、一見人間。
ですが、よく見れば関節に歯車があったり・・・動きもぎこちないです。
「あれはオートマータですね。機械仕掛けの人形に術式で判断力を付与しているのです。」
「クラリス、戦闘準備!?」
殺気だったリトが、剣を抜こうとしています。
お人形さんと見まがうかわいい見かけによらない武闘派ですが、さすがに物騒すぎです。
ジーナも危ない目をしてます。
突撃寸前、さすがクラスきっての脳筋、戦闘種族。
彼女らの目がにらむのは、動く骸骨の一団。
しかし・・・
「落ち着いて、あれは幽霊でもスケルトンでもないわ。死霊系魔術でつくられたモンスターじゃなくて、人骨でできた小型の魔法生物、ボーンドゴーレムよ。ホラ、シャベルやツルハシを持って働いているでしょう。」
これも中級の術式で、しかも比較的少ない魔力で生成できるゴーレムなのです。
しかし、リトたちでなくても、知識がなければスケルトンと思って市民のみなさんが怯えてしまうでしょうに。
そもそも被害者が多数出た災害の後にこんなモノを使役するなんて、犠牲になった方々への配慮がなさ過ぎです!
「あまりに発達した魔術は、ただの非常識となる」というのは俗説ではないようです。
ここでは叔父様も意外に許容されそうな気がします・・・。
「・・・さすがは王都ヘクストスの魔法街、というところですね。」
「しかし、めっちゃ趣味悪いよ。ゴラオンの方がよっぽどマシ、ううん。うんとかわいかったよ。」
シャルノやエミルの感想には同意です。
まったく、魔法街とは言え、こんなモノが当たり前にウヨウヨする景色は、初めてです。
「すんご~!まるで魔界みたい~」
「一歩間違えたら、確かに魔王の居城だね。」
「ねえ、あれは、あれはなに?」
「魔術師ってこんなの使役すんだね。」
「うちらの学園って大人しいほうだったんだぁ・・・」
魔法学生であるわたしたちが、これではただの「おのぼりさん」なんです。
「おいおい、なんだよ、このモンスターの群れは?ち~ぃっとばかしやっつけた方が・・・」
「この脳筋!やるなら一人でやって。ついでにその運動着ぬいで他人になって!」
「そうだね~魔術師がこれ見て言うセリフじゃないよね~♡」
さすがにあのファラファラのセリフもまともです。
でもそのユルカワな仕草に騙されるのは、おバカな男子学生だけで十分なのです。
あそこで見とれてるような。
あら、その一人と目が合ってしまいました。
「おいおい、だっせえ~やつらだぜ。」
「どこの田舎モンだぁ。」
「女子学生が運動着姿でうろついてる~。」
「いっちょ前に学生杖なんか持ってるぜ。」
「運動着にワンドって間抜けな格好だよな。」
「「hahahahahahahaaha!」」
グッサァ、です。
わたしたちは思わず胸を抑えます。
田舎者はまだしも、運動着にワンド・・・。
実はわたしたちだって密かにそう思ってはいたんです!
しかし実習の授業でしかも魔術を行使しての活動で、主任に指定されたので仕方がなく・・・。
よくもその傷口に塩を塗ってくれましたね!
「何者?」
「どこの生徒だい!こんきちしょうめ!」
「・・・イヤな感じなの。」
「深紺の襟高、魔炎の制帽、深紅のスタッフ、白衣のローブ・・・音に聞こえしエス魔院!」
デニーが歌の一節を歌うようにつぶやきます。
ヘクストス市内では有名なんだとか。
って、デニー、前に着てましたね、変装で。
「じゃ、あれって」
「はい。エスターセル魔法学院の生徒です。」
市内きっての名門校。
20年前に叔父様が受験した、あの・・・落第しましたけど。
「なんだぁ。じゃ、10月に俺たちがセムス川でノシタヤツラじゃねえか?」
「そうね。だいたい女子相手に口先だけの男ってロクなもんじゃないわね。」
「それは言い過ぎかな~、年頃相応に身の程を知らないだけだよぉ~♡」
いつもはジーナを止めるか、スルーしてるアルユンとファラファラたち3班も今は同調してます。
これは・・・危険信号です。どうしましょう?
「ま、その通りやな。」
「ええ。負け犬の遠吠えと捨ておいてもよろしいのですが・・・。」
困りました。
エミルはまだしも、シャルノまで好戦的です。
「みんな?どうしたんだい、ボクらはケンカしにやってきたんじゃないよ!」
ヒルデアが制止するのは当然です。
ですから、その援護に入りましょう。
とわたしは思いました。
この時までは!
「あ?あいつら、エスターセル女子魔法学園の連中だ!」
「あの、嘘っぱち記事で、先輩方に「水操り」で勝ったとか言ってる卑怯者の!?」
「ああ、しかも「巨人災禍」じゃ、教官方の手柄を横取りして自分たちが活躍したような記事を書かせてる恥知らずだ。」
「あんなガクエンサイとかって物珍しさで目立とうとする怖いもの知らず!」
「あそこのゴーレムやオートマータを見て目を丸くする田舎ものさ!」
大間違いです!
いろいろ間違いすぎ!
まぁ・・最後のセリフだけは反論できませんが・・・でも、あとは全部間違ってます!
だいたい一方的に「水操り」で嫌がらせしてきたのはそっちじゃないですか?
それを・・・「先輩」?
ウソだって言ってるんですか?
「真実検知」くらい使えばいいでしょう!?
魔術師がそんな簡単に真実を見誤るなんて!?
「だいたいあの「閣下」ってなんだよ。よくも恥ずかしくないよな。学生のくせに自分からそんな風に呼ばせるなんて・・・」
ブチ、です。
いま、額でそんな異音が鳴り響きましたが、もうどうでもいいのです!
ズンズンと、その男子たちに向かって歩き、
「わたしは一度たりとも好きで呼ばせたことはありません!ろくに事情も知らず、だいたい男のくせに、どっちが恥知らずですか!!」
もう、猛然と食って掛かるわたしです。
「え!?」
「クラリス・・・」
と一瞬驚いたリトも、とっくにあきらめていたデニーも
「やったぁ、やっちゃえ!」
「・・・まぁ、仕方ないってレンも思うの。」
最初からやる気満々のリルも、充分覚悟してたレンも
「めっちゃ燃えや!」
「よくぞ言ってくれましたわ!」
端っから期待していたエミルもシャルノも
「ああ、きったねえ、戦隊長!?が、のったぜ!俺もいくぜぇ!」
「ああ、もうクラリスあんた戦隊長の自覚ある?・・・ま、協力するのは今回だけよ。」
「へ~アルユン素直なの~でもファラもその気なのぉ~♡」
わたしに先を越された感のジーナ、アルユン、ファラファラも
「みんながその気じゃあ、仕方ないよね・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
様子見をしていたヒルデアに無口なユイ、クラス委員までも・・・
ついにみんなが、わたしの後ろに19人全員が並んだのです。
そして・・・みんながわたしに呼びかけるのです。
「「戦隊長!準備完了です!!」」
って。
なんだかわたしたちって、こんなときばっかり息がピッタリ!?
もう後には退けません!
・・・ま、退く気はさらさらありませんでしたけど。
わたしがワンドを頭上に掲げると、全員それにならいます。
呆気にとられているエスターセル魔法学院の男子生徒たち。
その眼前で、わたしたちは、完全に同調した動きを見せつけます。
右手は腰に当て、左手に持ったワンドを回転させながら、頭上から左方向に腕を円を描き、最後は右肩でピタッと止め!
「エスターセル女子魔法学園生徒一同、学園の名誉をかけて、エスターセル魔法学院に決闘を申し込みます!」
一斉にワンドを前に突きつけて、宣戦布告したのです!!




