第13章 その2 入院とお見舞いと新聞と絵本
その2 入院とお見舞いと新聞と絵本
「ええ?エクスェイル教官が!?」
ガクエンサイ当日の、巨人襲来以後、2,3日姿をお見せにならないセイン・エクスェイル教官の消息が、今朝のホームルームでワグナス教官から告げられたのです。
シャルノたちの驚きの声が響きます。
しかし、それにしては・・・。
「閣下、これには事情がおありなのです。」
デニー?
このミステリーマニアを気取る詮索好きは、何か知っているようなのです。
全く、そのくらい意欲を持って学業にいそしんでいれば、とっくにレベル4認定くらいはできたでしょうに。
とはいえ、後期に入ってから基礎学力の向上や魔力の増大、加えて幾多の実戦経験・・・学生なのに実戦豊富なわたしたち・・・によってその実力は急速に伸びているのですけど。
今日も1~3校時の市街再建は、昨日同様の流れで終わりました。
そして今は4校時の休息です。
「フェルノウル教官、まだ?」
リトと並んで足湯につかっています。
常時靴をはく習慣のわたしたちにとって、素足になるのは恥ずかしいのですが、疲れた後の足湯は、なかなか癖になります。
首を振ったわたしの隣で、レンが唇とがらせ、かわいくすねています。
「ようやく戻ったくせに?これだったらアントのままの方がよかったよ。」
それはそれで・・・どっちもどっち。
二人を足して・・・同一人物ですけど・・・10くらいで割れば、まだギリギリ社会的に許容できるって感じです。
「クラリス様!レン様も、リト様も。さ、順番ですよ」
わたしたちの会話に怒ったわけでもないでしょうが、多少語気が荒いメルです。
メルとしては、今の大人の叔父様が、しかもひきこもっている方が独占できるのでうれしい状態なのでしょう。
今日はアドテクノ商会から女性が数名きています。
わたしたちの全身を採寸し、制服などの改良に活かしたいとか?
エミルの実家の商魂がたくましい、というよりも、やはりこれは叔父様がなにかたくらんでいる、と考えるべきなのです。
「・・・詳しくはご主人様からお聞きください。」
はいはい。
どうせこの犬娘メイドは叔父様から口止めされているのです。
まぁ必要ならエミルが実家に聞くでしょうし。
「うう~う」
「デニー?どうしたの?リル、なんかした?」
デニーが何やら落ち込んでいます。
身長はわたしと同じくらいですが、やせ過ぎなデニー。
クラスで4番目に小さいけど・・・胸のサイズはトップクラスのリル。
リルと一緒に胸を採寸されたデニーが多大な精神的なダメージを受けたようです。
よかった。
わたしはリトとレンと一緒で。二人とも小柄でお人形さんみたいにかわいいのです。
いろいろと。
「閣下ぁ、さては狙っていましたね!」
「さあ、何のことでしょう?」
まったく・・・それは邪推です。寝れ衣です。ただの偶然なのです!
わたしだってスタイル抜群のエミルから「お子様体形」とか言われたことはありますけど、だからってそんな小細工はしないのです・・・ホントですよ。
確かに採寸は班ごとに、とは聞いていましたけど。
ダメージから回復したデニーが、早速「例の件」について話し始めます。
ですが・・・
「まずはこれです!」
シャルノやエミルまで集まった一画で、デニーが取り出したのは「ヘクストス・ガゼット」です。
しかもこのトップ記事の「出陣!エスターセル女子魔法学園!」って・・・。
「これは・・・クレオさんの記事ですね?」
「はい!これが市内では飛ぶように売れて、ガゼット社は売上倍増ではきかないとか!」
「このイラスト!・・・クレオさん、ホントに上手ぅ~」
「いやぁ、わたいたちの活躍、めっちゃ書いてるよぉ、すごい!」
「しかし、この記事・・・詳し過ぎるのではありませんか?」
ハッ。
そのシャルノの述懐を聞いて、わたしは記事を見直します。
確かに。
当日のガクエンサイの流れはともかく、2班の独走から教官方やパン女魔、ヘク魔女まで巻き込んだ迎撃戦の流れ、そして我らエス女魔の遊撃戦の様子まで・・・。
クレオさんは当日いませんでしたし、こんなモノを知っているのは・・・ジロリ、です。
わたしの視線に気づいたみんなも
「デニー!?」
「クレオはんにうちらを売ったんかい!」
「あなたという人は!」
「見損なったよ、デニーのバカバカ!」
「・・・レンはもう口をきいてあげないの。」
と、ことの真相に気づき、一斉に非難するのです。
「待ってください!」
デニーは半泣きになりながらも言い訳をするのです。
「これは一重に我がエス女魔ガクエンサイのためなのですぅ~」
・・・わたしたちのガクエンサイは、このヘクストス・ガゼットのおかげもあり、一度大々的に宣伝していただいた上で三日前に行われたのです。
しかし、それが「巨人災禍」で一旦中止になり、更に「市街再建」と抱き合わせになって一週間延期になったことを知っている者はそれほど多くはありません。
それではもう一度、宣伝する必要があるのではないか・・・と。
「クレオさんにそう持ちかけられたのです。」
「それで、その引き換えにあなたは当日のエス女魔の様子をリークする、そういう取引に応じたということなのですね・・・。」
さすがクレオさんです。
仲がいいだけではなく、デニーの情報収集力から「取り扱い方」にいたるまで心得ているようです。
恐るべし新聞記者魂、なのです。
「・・・まぁ、この件はクレオさんの提案にも一理ありますし、ありがたいのも事実ですわ。大目に見てあげてもよろしいのでは?」
シャルノは寛大にもそう言うんですけど・・・
「ダメです!だって!こんな記事が広まったら・・・ダメ!もうわたし街を歩けません!」
この「どんな軍曹よりも勇ましく、いかなる参謀よりも策謀に長け、古今の名将に勝る胆力を兼ね備えたる、信望この上なく厚い戦隊長閣下」って、誰ですか!?
「ああ~・・・でも大丈夫。クラリス、今回はさすがに名前は書いてない。」
リト、そんな気休めは無意味なのです。
だって前号までの記事でわたしの名前が閣下の称号付きで出ていたのですから。
「まぁ・・・悪口やないし、気にせんでもええんちゃうか?」
いいえ、エミル。
時に過剰な表現は悪口よりも痛々しいのです。
これはもう、筆禍なのです!
「まぁ、ヒトの噂もなんとやらです。それよりデニー・・・」
シャルノ?
薄情です!
あ?
でも、そうか、もともとは・・・
「あ、はい。エクスェイル教官殿の件ですね。」
そうです。
すっかり忘れてました。
デニーも話を逸らすタイミングをつかめてうれしそうなのです。
「実は巨人の襲来を知ったエクスェイル教官は、学園を飛び出してクレオさんを助けに向かい、ケガをされたのです。」
つまり、ガクエンサイ当日。
わたしたちの対抗魔術戦を中心に取材日程をつくっていたクレオさんでしたが、その直前に巨人の転移現象がありました。
それを告げる市観測班の「拡声」を聞いたエクスェイル教官は、公務を放棄して、妹であるクレオさんを迎えに行こうとして、別な巨人と遭遇し、負傷されたとのことなのです。
「そ・・・それは、さすがに問題になるのでは?」
シャルノが見るからに動揺しています。
あの美青年教官にあこがれていた彼女からすれば、心配は当然です。
しかし危機であった学園を放棄しての私事優先、その上でのおケガとあれば真面目で優等生の彼女としては表立っては批判せざるを得ないのでしょう。
「シャルノ。それくらい平気でしょう。叔父様なんて、戦場実習からガクエンサイまで、研究開発やら引き込もりやらで、それでもまだクビになってませんし。」
「そうよ。エクスェイル教官だって、きっと大したことないわよ。」
そんなカンジで、みんな口々にシャルノを気遣うのです。
午後はガクエンサイの準備、夕方はいつもより遅いホームルームを終えます。
「あの、教官殿!エクスェイル教官殿は・・・どこにいらっしゃるのでしょうか?」
シャルノ・・・大胆です!
ホームルーム後、わたしとエミルを連れ、ワグナス教官の教官室に赴いたと思えば、用件はそれですか?
道理で「反エクスェイル次席」のリトを誘わないわけです・・・って、あれ?
それでいけば「反エクスェイル首席」はわたしになりそうですが?
しかし
「シャルノくん・・・それは話すことができません。本人の意志でもあります。」
ワグナス教官はそう言ってわたしたちを追い出してしまわれました。
「どうしますか?シャルノ?・・・ご本人がそうおっしゃっておられるようですし・・・」
わたしはそう言ってシャルノと引き上げようとするのですが
「なに言ってるのよ、クラリス。そんなんだから、フェルノウル教官も引きこもったままで一向に出てこないのよ。こういう時はちゃんと追いかけないと!シャルノ、そうしないとエクスェイル教官殿もひきこもり癖がついて、ああなっちゃうわよ。まだ若いうちに手を尽くさないと!」
・・・「ああ」なるんですか?
よりにもよって、そこで叔父様の話を出すのはズルいのです。
しかも叔父様のひきこもりは前世からの筋金入りで、過去10年以上、わたしがどんなアプローチをしても解決した試しはないのです・・・ですが、最近はこれでもマシになった方なんですよ。
が、まぁ・・・ひきこもるかどうかは別にして、このままのシャルノは放っておけないのです・・・あれ?
なんでここにあなたがいるんですか?
「閣下。それにシャルノ。よろしければ支援いたしましょうか?」
・・・つけてましたね、この詮索メガネ。
「いやぁクラリスの嬢ちゃん!すっかり有名人じゃないか!」
ダレのせいですか!
ダレの!
名前だけならともかく、しっかりイラストまでつけて紹介した前歴があなたにはあるのです。
おかげで、もう、ここに来るまで・・・。
「で、そのビン底みたいな分厚いメガネはなんの冗談だい?」
「クレオさん、これはわたしの予備のメガネです。わたしは着用、予備、変装と常時3つのメガネを持ち歩いています。その一つですよ。」
そうです。
デニーの変装用のメガネとやらを借りたモノの、これが「度」が強過ぎて前を真っすぐ歩けないシロモノ。
以前借りた「予備」には「度」がなかったので油断しました。
もう、何度もつまずいたりぶつかったり大変だったんです!
普通に顔を出していた方がよかったでしょうか?もうメガネを外すことにしました。
クレオさんは、相変わらず、茶色のベレー帽に同色でちょっと安っぽい背広のスタイルです。
紺色の髪も短くて、初対面の時は男性かと思ってしまいました。
その上言葉遣いも乱暴。
でも近くでよく見ると、目鼻立ちがとても繊細なんです。
「で、おそろいでどうしたんだい?こんなヤローくさい職場まで。」
そう。
ここはヘクストス・ガゼット社の待合室です。
さすがに編集室には「素人の女なんか誰が入れるか!」的なフンイキで、さすが男尊女卑の最前線って感じです。
そこで、女性ながら「見習い」として働いてるクレオさん。
立派です・・・言いたいことも多いですけど。
「いいえ、閣下。クレオさんは今度、正規の記者になるんですよ!」
「ええ?それはスゴイです!」
こんな女性に閉鎖的な職場で認められるなんて、どれだけ努力なさったんでしょうか?
ただの才能なんかではすまないことです。
みんな口々に驚き、お祝いします。
「アリガト。でも、実はこれも嬢ちゃん方のおかげさ。あんたらの記事がとにかくウケてね、そのおかげ。だからお礼を言うのはむしろこっちの方なんだよ。」
そういって、ベレー帽を押さえ頭を下げるクレオさんです。
「いいえ。事実を書いただけでは、こんなに評価される記事にならないのはわたしにだってわかります。だから、やっぱりクレオさんの実力です。叔父様もきっと喜びます!」
「そう言ってもらえると、なんだか照れ臭いぜ・・・でもアンティパパに喜んでもらえたらそれが一番だけど・・・んっ。」
そうちょっと顔を上げた時のクレオさんの瞳はとっても乙女色です。
叔父様を父親代わりに思っていた時期もあり、文字や絵も叔父様に習ったというクレオさんは、単なる恩人以上の想いを叔父様に抱いている様に思えます・・・とっても複雑です。
なんか、クレオさんは、叔父様の一番いい所しか見ていないのではないでしょうか?
あのオタクっぽいところとか、ひきこもりなところとか、そんなところは知らないのでは?って思っちゃいます。
「ところで、クレオさん。実は今日はエクスェイル教官殿のお見舞いにいきたいのです。」
「ええ?あのくそ兄貴のお見舞いをわざわざ、しかもこのエス女魔きっての精鋭たちがかよ?」
実のお兄さんのことになると、途端に言葉遣いも態度も劣化するクレオさんです。
仲がいい方だと思うのですが、兄妹ってこんなものなんでしょうか?
リルもそんなことを言ってましたけど。
「精鋭なんてそんな・・・一学生として、教官殿のお見舞いに行くのは当然のことですわ!」
・・・そうですか?
ま、シャルノがそう思うのならいいですけど。
「だけど・・・ホラ、クレオさん・・・」
「なんだよ、らしくないなデニー・・・って、ああ・・・そういうこと?」
「はい・・・」
「兄貴・・・ちょっと落ち込んでてな。ケガも、その理由もそうだけど、要は自分が力不足だってことなんだよ。今さらなのにな。」
・・・実はクラスの中でもそう言う声はあったのです。
それがイスオルン主任の復職の後押しになったのかもしれません。
ですが・・・
「あの主任教授と比べられては、あんまりですわ!」
シャルノが言うのも当然。
いかな名門エスターセル魔法学院を次席卒業の秀才とは言え、まだ18歳。あの戦場帰りの鬼教官とは実力が違うのは必然です。
もしも問題があるとすればそれは・・・
「きっと叔父様がいけないのです!ご自分がエクスェイル教官を推薦なさったのに、自分は引きこもってばかり!何のアドバイスもなさってないのでしょう!」
「戦場実習」の直前に臨時に採用されたエクスェイル教官は、経験も準備も不足。
それを助けるどころかご自分は好き放題です。
で、イヤになったらひきこもり!
こんな叔父様が悪い!
そう思ったんですが・・・
「クラリスの嬢ちゃん。あんまり兄貴をなめないでくれ。てめえの不始末くらいはてめえで何とかしなきゃいけない。まして中級魔術師とは言え経験もなにもないのに仕事まで紹介してもらったんだ。恩義はあっても不満なんかあるわけない。それくらいあのバカ兄貴でもわかってる。だから・・・まぁ、みんなの気持ちはわかったし、うれしいけど、見舞は遠慮してくれ。あれでも学生の前で見せたくねえツラもあるんだよ。」
わたしたちは、結局そのまま帰るしかなかったのです。
シャルノ、残念そうです。
「なぁ、シャルノの嬢ちゃん、あんなヤツ、あんたみたいなお貴族様が気にするような男じゃないんだよ」
って、それはそれでどうかと思いますけど。
「男女の格差はイヤでも、身分の格差は認めるのですか?クレオさん。」
「・・・ち、いてえトコつくな。クラリスの嬢ちゃん。さすがにアンティパパの姪っ子だけのことはあるぜ。」
「・・・ただの姪じゃありませんけど。」
「ほぅ~?」
ちょっとバチバチ。
にらみ合っちゃいます。
素のクレオさんは男勝りで怖いんですけど。
「閣下ぁ、ここで話をややこしくしないでください。」
「そうよ、めっちゃ面倒くさくなりそう。」
ふたりに言われて引き下がったわたしですけど。
その日は、シャルノとエミルはそのまま自宅に帰り、わたしとデニーは寮に向かうのです。
あら、デニーと二人きりなんて、滅多にありません。
せっかくだし・・・これはチャンスです。
実は彼女にゆっくり聞きたいたいことがあったのです。
「デニー、少し聞いてもいいですか?」
「はい。」
静かに話し出したのがよかったのか、いつもの「閣下」がなくてホッとしました。
「あの時・・・あなたが叔父様に見せたあの絵本・・・」
そう。
叔父様がお戻りになった際に見せた、あの絵本です。
「「メガネの魔術師は探偵さん」ですか?・・・あれはわたしが初めて読んだ絵本なのです。」
「え?」
夕暮れももう消えかけて、11月の寒い空気の中、まだ復興が終わらない市街をわたしたちは並んで歩きます。
「と言っても最初に見たのは、もう10歳くらいで、でもわたしはまだ文字が読めなくて。」
はてな?です。
市民とは言え、裕福でもない家の女子であれば、10歳で文字が読めないのは仕方がありません。
それでも今は15歳のデニーは大のミステリーマニアで、魔術はともかく読み書きには全然不自由がなくて・・・
「あ~・・・実は・・・隠していたわけじゃないんですが・・・わたし、14歳です。」
はい?
「以前レンが13歳って時に言えばよかったんですが、言い辛くてずっと黙ってました。すみません・・・。」
・・・確かにあの時、年齢制限を緩めた二次試験で入学した生徒がレン以外にあと二人って言ってましたね・・・それが当の本人。
「別に謝ることではありません。驚きはしましたけど。それより、10歳まで文字の読み書きができなかったあなたが、何で絵本に興味を持って、しかもたった4年でこんなに文字を読みこなしている方が驚きです。」
わたしがそう言うと、デニーはずれてもないメガネをわざわざ直すのです。
その仕草?
「はい・・・まず10歳のわたしがあの絵本に興味を持ったのは、まず絵がきれいだったからです。ミスター・・・フェルノウル教官殿は黒歴史なんておっしゃってますけど、わたし以外の多くの子どもも字は読めないのが当たり前です。でもそんな子どもにも絵を見ていれば、だいたい筋書きがわかるように工夫された、とてもすごい絵本なんです。だからみんな夢中になって、近所の貸本屋で立ち読みしては追い払われて・・・それで貸本屋が、こんなんじゃ商売にならないって・・・」
それであちこちの業者から酷評されて注文がなくて「黒歴史」ですか・・・叔父様らしいと言う気がします。
あの絵本は、叔父様が製本・写本職人として自立する直前に、自分で書いた本なら自由に出版できるから製本の習作がてら始めた作品とか。
それで絵本を選んだのは致命的な失策という気がしますが。
で、ある時「捨て値」がついたその本を、デニーは貸本屋の手伝いをするという条件で譲ってもらったそうです。
そしてその店主から、一度文章も音読してもらい・・・
「その時、わたしは今まで絵だけで知ってるつもりだったことが、文字を読むことにより何十倍も知ることができるって知らされたのです・・・アンティという魔術師が気が弱くて、要領が悪くて、それでも一生懸命に人の役に立とうと頑張って、それが認められない日々が失敗談と共に面白く書かれてて、でも時に悲しくて・・・そんなアンティが、魔法のメガネをかけた途端にすごい推理を披露して、事件を解決するんです。そのかっこよさ!いつしか自分で読めるようになりたいって、そう思って・・・結局、貸本屋での手伝いは、安い給料で、でも店主がよく勉強を見てくれて・・・」
最後には給料の代わりに辞書までくれたとか。
「でも、いい年して、そんな大したお金にもならない手伝いより、さっさと嫁に行けって親に言われて・・・それが去年。わたしが13歳の時でした。」
そうなのです。
わたしたちは軍の学校にいて、学びながら、しかも軍からお金をもらって生活しています。
しかし同年代の多くの娘たちは、働くか、結婚するか。
働く当てがあるならまだいいし、好きな人と結婚できるならそれもいいのです。
ですが、現実にはそうでない不幸なこともまた起きてしまうのです。
「それ!それです。このままじゃ結婚か、或いは愛人かって迫られていた時に、店主が教えてくれたんです。新しくできる学校では、女が勉強しながら、しかもお金までもらえるって。そこからは猛勉強して・・・でも一度・・・年齢制限があって、自分は一歳年がたりないって知った時は、もう絶望して・・・実はわたし、少しぐれたんです。」
デニーが!?
・・・ですが、確かに以前のデニーは少し蓮っ葉というか、軽い話し方をしていました。
単になんかの探偵っぽい話し方かなって思ってましたけど。
「でも、そんな時店主のおっちゃんが店をたたむって聞いて、久々にあいさつに行ったら思いっきり叱られて・・・親にもあんなに叱られたことなかったのに・・・でもおっちゃん・・・」
お前にやったあの絵本・・・ホントはすごくおもしろかったんだな。
お前にくれてやって、お前に読んでやってから、初めてわしも面白いことに気づいたよ・・・
「別れ際におっちゃんに言われて、もう一度、読み返して・・・泣いて・・・このくらいでめげてちゃ、アンティ・ノーチラスに合わせる顔がないって・・・一年勉強する時間が増えた、そう思うことにしたんです。何とか親の圧力に一年耐えようって・・・そしたら合格者が足りなくて二次募集をやるって!」
・・・デニーのこんな顔初めてです。
メガネ、外せばいいのに。
涙、拭けてませんよ。
「で・・・後はクラリスも知ってる通りです。なんとか二次募集で引っかかって、今に至る、です!」
「デニー・・・。」
「クラリス、ちょっと何をするんですか!」
「少しじっとしてなさい。年下のくせに・・・逆らうんじゃありません。」
わたしは、この二か月で急速に親しくなった、このちょっと変わったメガネの少女を抱きしめたのです。
なんだか、とってもかわいくなって。
「かかかかっつ」
「閣下は禁止!」
「ささささげるのは」
「心臓も唇も要りませんよ、ばか」
この子が自立して、しかも新聞記者をしているクレオさんにあこがれる気持ちも、今なら何となくわかる気がします。
「ですが・・・・クラリス・・・」
「なんですか、もう」
「スンゴク見られてます。」
「・・・・・・・・・・・・え?」
ここは復興途中のヘクストス市街地。
無人の荒野でもなければ、いつもの学園でもありません・・・。
それにしても
「こんなに人っているんですか!?なんでみんな見てるんですか!」
通りすがりの人、ガレキの影や通りの向こうから見てる人、なんだか人だかりです!、
いえ、これは「変な趣味」でも「見世物」でもないのです!
女の友情はまだまだ世間では知られていないと言うのでしょうか?
わたしは真っ赤になっているかわいいデニーの手を取って全速力で走り去るのです。
無許可でも「俊足」を使いたいくらいです!
でも・・・走りながら聞いてしまいます。
「デニー、ところで、絵本の作者が叔父様っていつわかったの!?」
するとデニーは、ずれてもいないメガネを直して言うのです。
「最初からです。ですからクラリスがうらやましかったです。」
って。
だけど意地悪な気持ちになって聞いてしまいます。
「それって・・・今でも?」
「ぐえ?・・・まぁ、まだ半分くらいは。」
メガネをまたいじってます。
これはウソの仕草。
あなたも絵本のアンティと同じ仕草をするんですね。
でも、そのウソはどっちのウソですか?
実はがっかり?
それとも・・・
次の日の、朝のホームルームです。
「今日からエクスェイル教官が復帰なさいます。」
シャルノが急に顔を上げます。
わかりやすいのです。
「5校時めの、基礎体力向上を担当なさいます。」
基礎体力向上?
そこに入ってきたエクスェイル教官です。
金髪に青い目。
すっきりとした目鼻立ち。
何人かの生徒が思わず見とれています。
「今日から復帰するセイン・エクスェイルです。今までみなさんには迷惑をかけました。」
あら?
なんか肩の力が抜けたというか?
とげとげしさがなくなったいうか?
「イスオルン主任は復帰なされましたが、君たちには女性特有のハンデというべきか、基礎体力が男性と比べて低いという問題があります。このままでは将来、軍での活動に支障をきたしかねない。そこで、君たちの体力を底上げする授業を新設することになりました。」
そこで一斉に
「ええ~っつ!」
という大きな悲鳴。
わたしだって悲鳴です。
そんな体力向上?
走るんですか?
泳ぐんですか?
重い「コンダラ」とかをひっぱるんですか!?
そんなの魔術の勉強とは関係が・・・
「皆さん、お静かに!教官のお話し中ですよ!」
シャルノ・・・この裏切者。
思わずつぶやきます。
「わかりやすすぎです」って。
ところが
「クラリス、それ言う?」
「寄りにもよって、あんたが?」
・・・ふん、です。




