第12章 その10 かなえられた誓い
その10 かなえられた誓い
「やれやれ。キミは、僕のクラリスは、いつだって、僕の正解を知っているんだね。そうだな、これしかないもんな。」
覚悟を決めた叔父様は、再び自ら左手で操縦棹を握ります。
わたしと動きをああわせ、槍を左手に持ち替える操作をします。
さっきから息はピッタリです!
ゴラオンは、その槍を背中の大きな箱に一度突きさし、次に引き抜いた時には、さっきのように液体が舞い跳び、暗い中に銀色の弧を描きます。
その間も相手から距離をとるゴラオン。
そして、左の操縦棹にある引き金らしいものをひきながら、叔父様が言うのです。
「♪マジックブラシ~♬」
なんでそんな不自然な発声で言うのかは知りませんが、そういう「作法」とか「お約束」とか、そんなモノなのでしょう。
「え?でもこれ・・・」
槍じゃぁ?
と言いかけるわたしの前で、槍の穂先だったものがミルミル変わり、最初にリルが言ったような絵筆みたいになります。
でも絵筆よりふさふさしてます。
「まるでメルの尻尾なのです!」
「・・・その尻尾を切り取って、もう一本作ってほしいのですか?」
「ひいいっ!ご主人様!クラリス様があんな恐ろしいことを・・・」
悲鳴を上げる犬尻尾メイドを放置して、わたしは、なぜか頭を抱える叔父様に聞きます。
「叔父様、これは?」
「・・・・・・あぁ。毛筆だ。固くしてペンにもできるけど。」
「ペン?槍じゃなくて?」
「さっきのは槍じゃない。This is a pen.ペンは剣よりも強しってね。」
「それでペンで敵を刺してたんですか!?」
それは意味が違いすぎです!
「で、今は、a writing brush。魔力を伝導することで、形状や硬度が変化する、聖獣クジラ竜のヒゲを使ってる。取り寄せるの大変で・・・アドテクノ商会と伯爵さんちのおかげでやっと手に入ったよ。」
「でも・・・なんでペンと、その毛筆に使い分けるんですか?」
「それは・・・まずは・・・その目で御覧じろ!」
ゴラオンの左腕はその毛先にたっぷりと魔銀虹インク・・・小瓶で金貨10枚はしそう!・・・を吸った筆で、地面に見慣れぬ複雑な文様を書き始めるのです。
「叔父様、これは?」
さっきから質問ばかりのわたしです。
ですが、こんな時でも叔父様はわたしの疑問にはちゃんと答えてくれるのです。
さすがに早口ではありましたけれど。
しかし
「魔術回路。」
その事もなげな言葉に、魂が消し飛びそうなわたしです。
魔術回路とは、本来魔術師が己の体内に形成するものです。
その疑似的なものを描く技術があり、かつての叔父様・・・アント・・・が自分の腕に刻んでいたのを知っていましたが。
それでも
「直接地面に!?」
しかもこの速さで、何も見ずに?
ありえないのです。
それは、湖面に一晩で1000枚の絵を描いたという、あのエスターセル湖の「湖の精」でもなしえないのです!
「精選された魔銀虹インクにクジラ竜のヒゲでつくった筆、そして、長年研究したこの魔術回路の文様・・・精製した紙はなくても充分に効力は!」
まるでホウキのような、マジックブラシを地面にふるい、ついに書き上げる叔父様です。
「これで・・・この空間は聖別され安定して・・・僕でも魔術の作用が容易になって・・・続いて・・・」
素早く、毛筆をペンにもどします。
ふさふさの毛が一瞬で固いペン先に変わったのです。
「空間刻印!こいつで空間に直接術式を刻むことができる!」
空間に直に術式を刻む・・・もういい加減叔父様のなすことにいちいち驚くのはばかばかしいとすら思う時もあるのですが、どうにも止まらないのです。
次から次へと衝撃が続きます。
よくも操縦を失敗しなかったとすら思います。
しかしそんなわたしたちの動きを敵が見逃すはずもなく、岩がつぎつぎ飛んできます。
「あれが当たったら!」
せっかくの魔術回路は消えてしまう、そう思います。
しかし、岩ははるか手前の空中で弾かれます。
「最初に「障壁」は基本でしょ。一緒に書いといたよ。ちなみにパリ~ンと割れる効果はまだない。」
なにが基本かは分かりませんが、割れなくていいんです。
障壁ですから!
「さてと・・・そろそろご退場願おうか。お前のおかげでかかなくてもいい恥までかいた。」
「叔父様。さすがにそれは八つ当たりです。」
誰がどう見たって「ハロウィン」とやらの一件は自己責任ですよ・・・反応なし、ま、いいですけど。
叔父様は、ゴラオンの前の、何もない空中に「マジックペン」を走らせます。
時々背中のインク壺?にもどすのがもどかしいのですが、その度に魔銀虹インクの輝きが飛散してとても幻想的でしょう、遠くで見ていれば。
「・・・叔父様。」
「これ以上は急げない。もう少し我慢して。」
せかしそうになるわたしと、それをたしなめる叔父様。
わたしだってわかってはいるのです。
ですが、もう目の前にまで特大種の邪巨人が迫って、見えない障壁を殴りつけているのです。
大きな拳が振るわれるたびに、その音がここまで聞こえるようです。
「クラリス様はご主人様にしがみつけるから、まだ恵まれているのです。メルなんか・・・・。」
再び勝ちました、とは思いましたが、それはただの役得なのです。
でも懸命に落ちつこうとして、つい話しかけてしまいます。
「これは・・・速記体じゃないんですね。」
「ちゃんと古代魔法文字の正規の書体だ。余裕があれば飾り文字にするところだけど。」
叔父様のちょっと角ばった癖字の、でもとてもきれいな古代魔法文字が、次々と連なって空中に書かれていく様は、一種の芸術です。
場をわきまえず、思わず見とれていたいくらいです。
しかし、ついに障壁が破られました。
パリンって音はしませんが、魔力の膜が引きちぎれる光景が見えます。
しかし、それと同時にペンをふるい終わったゴラオン!
「完成だ・・・あとは、うまくいくかだけ・・・か。」
ふっと一瞬弱気になった叔父様です。
わたしは、そんな叔父様の、残った左手の上に手を添えるのです。
微かに震えていた自分の手を引っ込めようとする叔父様。
でも、わたしはその強く握って、そしてまた背中を預けるのです。
「・・・大丈夫です。叔父様。わたしが一緒です。」
「メルも一緒なのです!」
ちぇ、いえ、舌打ちはしませんけれど。
ですが、今、叔父様にはわたしたちの信頼が必要だったのです。
「そうだったね。キミが、キミたちが信じてくれれば、僕はなんだってできる!」
ゴラオンは、その十倍もの巨大な人型に向かって、左手に持ったペンをクルリと器用にまわし、突きつけます。
これは魔法杖でもあるのでしょうか?
槍であれば石突と呼ばれる部分に、青く大きな魔宝玉が取り付けられていて、叔父様の意志に応じて輝きを増しています。
足元の地面には巨大で複雑な魔術回路が、眼の前の空間には書き込まれた古代魔法文字が白銀色の輝きを放ち、まぶしいほどです。
「じゃ・・・初めてだけど、これが・・・超級術式・・・「超加重!」」
叔父様の叫びによって、眼前に展開した文字が形を変えていきます。
そして配置を変え、その周囲に複雑な印章が浮かび上がっていきます。
更にその周囲には幾重かの円が形成されていきます。
円に従って並び変えていく古代魔法文字と、印章。
ついには、今まで見たこともないほど見事な魔法円に変わっていくのです。
魔法円が今完成しました。
すると、それはひときわ強く白銀の輝きを放ちます。
いつしか辺りを煌々と照らし、それはまるで白銀の太陽のようです!
その強い輝きが放たれると、邪巨人の背景の景色が、周囲に見えていた微かな星明りが歪みます。
グニャって音がするかのような・・・そして、邪巨人も!
「あいつの体重が550tだとしても・・・」
その計算はどっからきたんですしょう?
「その100倍以上の重力には耐えられまい!しかも魔術が影響するのはそこの空間だ。そこに入ったからには、ヤツ自身の魔法抵抗は必要ない。」
叔父様が話す間にも、あの大きな体が歪み、崩れ、潰れていくのです!
そして、魔法円の光が消えたそこには、巨人のいた形跡も描かれた魔術回路も何一つ残っていませんでした。
「「ふう。」」
叔父様と同時についた、安堵のため息。
自然に叔父様にもたれかかるわたしです。
「疲れたろ、クラリス。」
頭の上からそんな優しい叔父様の声です。
でも今は・・・
「はい、ですが、叔父様の方がおつかれでしょ?」
トクトクトク・・・叔父様の胸の鼓動を静かに聞いていたいのです。
「メルも!メルだって疲れたのです!」
・・・。
「ちっ。」
です。
あ!
つい舌打ちをしてしまいました。
いけません!
「クラリス・・・今、舌打ちした?まさか、僕のクラリスがそんなことをするわけないよね!?」
「ええ。もちろんです。そんなこと、わたしがするわけないですよ?叔父様。」
しれっと答えるわたしです。
叔父様はわたしを疑うことはないので気のせいと簡単に納得します。
「ちょろい」のです。
でも、もう、なんでこんなに舌打ちをいやがるんでしょう?
叔父様の世界では一種の魔術的な禁忌なんでしょうか?
「みんな、やっつけました!これでもう安心ですね。」
慌ててごまかしにはいったわたしです。
ですが
「あ、クラリス。それ、フラグ!」
「ご主人様、地面が・・・」
続けてそんな声が!?
「直接地面に描いた魔術回路が、魔力の逆流に耐えきれず、物質形態維持の限界を超えちまったか!?」
「分析は後にしてください!叔父様。」
どこかで言われたようなセリフを自分で言いながら、操縦棹を握るわたしです。
「そりゃ、正論だ。」
叔父様も足元のペダルを踏み・・・一度は飛び立つ機体。
しかし!
「・・・んくぅ・・・ご主人様。申し訳ありません。メルはもう・・・。」
もともと魔力奴隷であったメルだからこそ、回復薬を使いながらもここまでもっていたのです。
しかし魔力を完全に使い果たし、ついに意識を失ってしまいした。
「浮揚」が途切れ、失速を始めるゴラオン。
足元には不気味な赤黒い混沌が広がっています。
今、地面は別な何かに変っているのです。
それを見ているだけで正常さを示す数値が減少していくのです。
エスエーエヌとかいう値だそうです。
吐きそう・・・。でも!
「叔父様、操縦棹を!」
わたしはそのまま、足元のせまい隙間に向けて頭から飛び込みます!
そしてそのまま落下しきる前に、ぐったりするメルの前にある刻印された大きな魔玉石・・・魔力を供給する魔法装置・・・に手を叩きつけるのです。
両手から魔力を流して・・・お願い、ゴラオン!
思わず「祈る」わたしです。
グン、と勢いよく下に流れる力。
ゴラオンは動力を回復し、叔父様の操縦でなんとかこの場を脱出することに成功しました。
ふう・・・この短い間に何回ため息をついたやら、です。
視界に広がっていた怪しい景色は、もうただの・・・と言うには荒れ果てていますが・・・地面にもどっていました。
「もう大丈夫・・・って、ク、クラリス!?なんて恰好を!」
え?
上から聞こえる叔父様の声で、わたしは今の自分の姿を思い浮かべます。
わたしの上半身は操縦席の下です。頭が下を向いていて、両手で体を支えています。
そしてわたしの下半身は・・・操縦席がわに足が残っていて・・・・なにやらスースーするのです。
今は学園の制式戦闘衣です。
紺のハーフローブに青い制服・・・スカート!
わたしはスカート姿で逆立ちをしているようなもので!
思わず悲鳴を上げます!
「きゃああ!叔父様!見ないで!H!」
もう、顔どころか全身が真っ赤です。
顔を両手で隠したいのですが腕を離すわけにもいかず、かわりに足をジタバタさせますが何も変わりません・・・もうイヤッ!
叔父様に「舌打ち」をしらばっくれたバチなのでしょうか?
涙が出ます。
「もももちろん見るわけないさ。」
「ウソつき!ゼッタイ見ましたね!」
「見てない、見てないから。頼むから魔力供給に集中してくれ!また落ちそうだ!イテ!」
今、足に手ごたえ(?)がありました。
おそらく叔父様をけとばしたのでしょう。
「もう他所にお嫁に行けません!責任取ってください!」
もちろん行き先はとっくに決めてましたけども、こんな時でも外交戦術は必要なんです!
思わず「本音がだだもれ」状態ではないのです!
「それを言ったらキミは赤ん坊の時からどこにもいけなくなっちゃうよ。」
「赤子のおむつ交換にまで、そんな重大なことは押し付けません。わたしは今の・・・あの先ほどのことを言ってるんです!潔く責任をお取りください!」
「浮揚」「迷彩」を駆使して、人目を隠れてこっそりと学園に到着したゴラオン。
飛び立った研究施設に着地成功です。
しかし、その中で、でもわたしたちはまだ出られません。
意識を失ったメルは、わたしと入れ替わりに叔父様に引き上げられています。
ゴラインの上と下、二つの席に別れて「責任論争」を続けていたわたしと叔父様。
そこに外からの声が聞こえます。
「クラリス?まだ?」
「ええ。いい加減降りてきてはどうなのですか?」
「めっちゃ心配したんだから。」
「閣下、教官殿のメガネは無事ですか?」
「だからデニー・・・そこ?」
「・・・マニアだから。」
みんなより先に到着したのに、まだ出られず、そろそろ呆れられています。
ちなみに帰還すると、叔父様はメガネは外していました・・・メガネの着脱が気分転換・・・デニー、よく見てますね。
「いい加減出たいのはやまやまなんだけどさぁ・・・」
「戦いの被害で、ハッチが歪んでしまいまして・・・開かないのです。」
上の操縦席も、ここ動力室も外に出られせん。
で、その数分後。
ボソボソした男性の声が外から聞こえます。
それと共に広がる、うっすらとした魔力の輝き。
「ボソボソ・・・そのあるべき姿に戻したまえ・・・我、人の子の一人ヒュンレイが願う。「金属修復」・・・」
あ!
ごぎがああん、がががん、ぎがががが、という異音とともに、ゴラオンの外装のゆがみが修正されていきます。
これはヒュンレイ教官の術式の様です。
叔父様とは違う意味で人前に出たがらないあの方です。
もう去ってしまわれたのでしょう。
座席ごと体を揺らす振動がようやくやみます。
ふう、です。
もう今日のため息何回目でしょうか?
ようやくハッチを開き、わたしは外に出て大きく伸び・・・をする前に、リト、レンに抱きつかれ、続いてエミルにリル。
少し離れてシャルノ、デニーも大きく口を開けて「クラリス」「閣下」って。でも閣下はヤメテ。
「僕のクラリスは人気者で何よりだ。」
別にすねてるわけでもないでしょうが、メルを抱いたまま降りて来た叔父様です。
ですが、
「そんなにメルを抱っこしなくても。」
・・・この犬メイドを!
つい、以前みたいに差別的になってしまいます。
「ま、今日は頑張ってくれたしね。僕が運んであげるよ。」
片手で器用に、そして大事そうにメルを運ぶ叔父様・・・・・・叔父様のバカ。
「ク・・・っとフェルノウルくん。」
・・・何を今さら。
「それにキミたちも。僕はよくわからないけど、今日は大変だったね。」
「はい。いいえ、教官殿。大したことではありません。」
あわててわたしもみんなも教官に対する態度に改めます。
教官に聞かれたら、たとえ否定するにしても「はい」からなのです。
それを聞いてニヤリ笑う叔父様。
「今日くらいは・・・クラスのみんなで騒げばいいさ。凱旋式だと思えばいい。」
さっきみんなに言った「帰ったら大騒ぎ」が実現しそうです!
叔父様にしてはありえないくらい気が利いています。
「フェルノウルくん。一時間したら僕の教官室においで。できる範囲で食べモノや飲み物を用意しておくよ。場所は教室を使えばいい。」
それはとてもうれしく、みんなが飛び上りそうです。
でも・・・
「ですが、まだ避難して、家に帰れない方も多く残っています。わたしたちだけが・・・。」
こんな中そこまでされては、市民のみなさんに申し訳ないのです。
クラスのみんなには悪いけれど、仲間で騒げるだけで十分。
「あ!でも、市民のみなさんには、わたいの家から救援物資が届いて、不自由はしてないよ。」
「ええ。いろいろな手続きはテラシルシーフェレッソ伯爵家と王弟サーガノス大公がとりなしました。」
「うん。もう帰った人も意外に多い。」
主要道路から離れた住居は比較的破損が少なかったとか。
そうなのですか?
ですが・・・
「さすがに、手が早いね。あの人たちも・・・大公?そんなヤツいたんだ?」
「しぃっ!不敬ですよ。叔父様。」
もう、この人は・・・。
慌てて口を塞ごうとして、うまくかわされました。
お互い相手のことがわかるとこんな感じです。
「おっと・・・やれやれ。ならいいと思うけど、でも真面目なキミだから気にして当然か。じゃ、妥協してパンとお茶だけ用意しよう。なら大丈夫だろ?・・・ワグナス教官、おっさんも今日くらいは見逃してくれよ。」
わたしは、みんなの期待のこもった視線には逆らえず、うなずきます。
「しかし・・・んん~・・・まあ、生徒たちも今日は立派でした。ですが学園長にはあなたが許可をとってください。それでわたしは黙ることにします。」
「うへえ。そりゃ・・・ま、いいさ。で、おっさんは?」
「好きにしたまえ。キミの姪・・・それにその女生徒たちがどれだけのことをやり遂げたか。
それを考えれば、それくらいはよかろう。」
その賛辞は不器用でも、わたしたちの心に強く残ったのです。
では素直に感謝して、ご厚意を受けさせていただきましょう。
「ありがとうございます!教官方!みんな・・・教官方に・・・敬礼!」
今日はびしっと決まったわたしたち。
その場を立ち去り、ゴラオンの周りに集まる教官方。
そして、一度みんなでニマニマしながら顔を見合わせて・・・一斉に飛び上がって!
「やったあああ!」
「あたい、みんな呼んでくる!」
「レンも!」
「ではわたくしは会場の準備をお手伝いいたします。」
「わたいも、めっちゃ張り切るよ。」
「それではわたしも。教室に行きましょう。閣下はしばらくお休みください。」
「ん。同意。」
そうです・・・この日は忘れられない日になりました。それはもう、最初から最後まで。
「お、い、し、い~!なにこれなにこれ~!」
「リル、これは叔父様のつくられたカナッペです。簡単に作れて、でも上に乗せたハムやチーズとかで種類も豊富で・・・」
簡単、といってもわたしは作れませんけど。確かにバゲッドベースです。
パン料理です。
でもこんなにおいしい・・・隠し味はなにかしら?
わたしごときでは見当もつきませんがシャルノが「あんちょび?」とかつぶやいていました。
「・・・これは?」
「ホットサンドですね。サンドイッチを焼いただけの簡単な・・・」
これもパン料理。
もちろんわたしには作れませんし、シャルノも「このソースなにかしら」と首をかしげていました。
全く、限られたメニューと時間でこんなおいしいものをつくれるなんて、ホントに器用な叔父様です。
後日「まよ」とか言ってましたけど。
他にはデザート用にと生クリームとフルーツを乗せたパンケーキまで。
これは「パン」違いなんですけど、みんな喜んでるから見逃します。
時間がなかったせいで、手間のかからないものばかりですけど、おいしい料理が並びます。
他にお茶も数種類。
香ばしい麦香茶にすっきりした苦みの黒鳳茶、香り高い紅玉茶・・・。
「どうせ明日は休みだ。片付けは明日僕とメルがするから、後は思う存分楽しみたまえ。」
という伝言を添えられて。
後はわたしたちだけの無礼講。
最初ちょこっと学園長とワグナス教官がお見えになりましたが、それもすぐ退室なされて。
クラス20名全員が参加した祝勝式・・・さすがに凱旋式と言うのは敷居が高かったのです・・・そして・・・。
今日の戦いはもちろん、ガクエンサイ準備期間中の苦労話、いきなりはじまった「たこ焼き隊」奮戦記に歌劇「エスターセル女子魔法遊撃隊」。
大いに盛り上がって。
その間にリルが黒板に即興でみんなのイラストを描き始めます。
クレオさんのイラストとはまた違う、粗削りで、線が単調にみえるようで実は繊細な曲線で、みんなの特徴をよくとらえてます。
最後はみんなのイラストの下に、寄せ書きして。
明日消されるのはわかっていますけど、でも今だけはきっと永遠。
「じゃ、さようなら。次は明後日ね!」
一晩中。
そういうつもりでしたが、なにしろ今日は戦闘の連続でした。
最年少のレンが真っ先に眠り始め、リルとデニーが学生寮に連れ帰ります。
リトもウトウトしていたので一緒に帰します。
わたしたち2班は戦闘の最初から最後までずっとでしたから。
この辺りで自然に「お開き」になりました。
わたしは、一人学生寮に向かわず、叔父様の教官室へ向かいます。
お礼ということもありますし・・・ゴニョゴニョ・・・要は会いたかったのですけれど。
コン、コン、コン、コン、コン!
五回のノックは「わ、た、し、が、来たぁ」の合図です。
「やれやれ・・・今日くらいは、一晩中みんなと一緒に騒ぐのかと思ってたよ。」
「みんなも疲れてます。特に2班は昼過ぎから連戦。レンなんかもうオネムです。」
「そりゃそうか・・・そう考えるとキミはタフだね。」
わたしに温めたミルクを用意してくださる叔父様。
ご自分はブランデーという強いお酒をたしなんでいたところとか。
「きっと、子どもの時からいろいろ苦労したせいだと思います。」
あなたのおかげで、とは黙ってますけど。
でもなんか伝わったみたいです。
気まずそうに肩をすくめる叔父様。
「そりゃどうも・・・ま、あれもキミが強くなるための修行になったってことだね。」
それは、あの苦難に満ちた日々を美化しすぎなのです。
でも楽しくなかった、とも言いませんけど。
今にして思えば、それはあなたと過ごした日々でもあるのだから。
叔父様は、メルに薬を飲ませ、今日はベッドを完全に明け渡すつもりのようです。
「あの子は、乗り物酔いなんてごまかしていたけど・・・」
メルはもともと魔力奴隷として育てられていました。
幼いころから命にかかわりかねないほど魔力をアイテムや魔宝玉に注ぐ奴隷です。
「メルにとってゴラオンに魔力を供与することはつらいことを思い出す、残酷な仕事なんだ。それを僕の為に・・・僕は知っててやらせてる。ひどい悪党さ。」
・・・憂鬱な叔父様。
そして、メルの過去を知りながらそのことに考えも及ばなかった愚かなわたし。
どちらも、しばらく無言のままです。
ですが・・・叔父様のそんなお顔を見てるのはツライのです。
「叔父様。目が覚めたら、メルに優しくしてあげてください。それがあの子にとっての一番のご褒美なのです。そして・・・あまりご自分をお責めにならないでください。叔父様とあの子のおかげでこの街は救われたのです。」
最後まで動かなかった、魔法騎兵のゴーレム。
もう二度と動かないのでしょうか?
それは叔父様が調査なさるでしょうけど、でもわたしだって、今に力になるのです。
いつか二人で「世界の深淵」をのぞきたいのです。
「僕にとって、街を救ったことはオマケだよ。世間に興味がないし。何より街を救ったのは君だよ。君が願ったから、僕は戦った。それだけさ。」
・・・この人は、まったく。
今日の危機をなんだと思って・・・いえ、待ってください?
「叔父様・・・それは、わたしの願いをかなえてくださった、叔父様にとってはそれが一番大きな意味があった、ということですよね!」
「・・・もちろんさ。僕にとっては世界がどうなるよりも、それが大切だよ。」
勢い込むわたしに、少しひき気味の叔父様です。
ですが、ふふふ。
ニンマリしてしまうわたしがいます。
ホント、世話が焼ける大人ですこと。
胸がドキドキ。
でも決行します!
「では叔父様。叔父様には・・・わたしがご褒美を差し上げます!」
まばたきして、わたしを見ている無防備なお顔。
立ち上がり、ゆっくりその隣に行き、一瞬だけためらいましたが・・・でも、いきなり不意をついて、わたしは叔父様の頬に口づけしたのです!
しばらく茫然として、それから慌てて騒ぎだす叔父様。
「あ・・・いや、ちょっと、今?え?クラリス?」
昔からキスが苦手な叔父様は、たったこれだけで大騒ぎです。
元の世界はスキンシップ不足のお国なのでしょう。
ご自身もそうですけど。
「叔父様。あまり大きな音を立ててはメルが起きてしまいますよ?」
わたしは勢いに任せてソファのとなりに滑り込みます。
せまいけど、いいのです。
そのまま叔父様の胸にもたれ、顔を埋めます。
トクントクントクン・・・。
聞こえる叔父様の心臓の鼓動。
これはもう、わたしのモノ。
「ちょっとタンマ。タンマだ!」
タンマってなんでしょう?
そう思わずはてな、となって顔を上げたスキに、叔父様はソファから、わたしの腕から抜け出し、準備室に立てこもったのです。
その素早いこと!
「クラリス、お休み~!」って。
もう!
こんな時だけ素早くて!
そして、叔父様は翌日からまたひきこもったのです・・・。
ちぇ、です。
ですが、その前に叔父様は、クラスみんなの机の上にご褒美を置いていました。
あの夜、教室の黒板に描かれたイラストと寄せ書きの「複写」です。
高価な絹毛紙・・・中質紙とはいえ大判で一枚銀貨2枚はします・・・を使って!
・・・でも、これは無駄遣いとは・・・ええ、許します。
わたしのアンティノウスにしては、上出来なお金の使い方だとほめて差し上げます・・・ひきこもりが終わったら、ですけど。
ホームルームで、ワグナス教官が、今日の講義「魔法術式の書方」が担当者の都合により自習になったと告げます。
リトやレン、リルまでが「ええ~っ?」って不平の声を上げています。
アルユンも不満そう。
エミルがニヤニヤ笑いながらわたしをけしかけて、放課後叔父様の教官室を強襲する計画を立てることになって・・・そんな時、ワグナス教官の静かな声が少し大きくなりました。
「今週の午前中は、みんなで街の復興に協力します。そこで講義はなし。午後は臨時に六校時が追加され・・・来週に延期された学園祭の準備に当てたいと思います。」
延期?
ガクエンサイが?
・・・延期・・・ということは中止じゃない!
「・・・えええぇ~っ!」
一瞬の静けさの後の、みんなの大歓声!
「やるんだ、ガクエンサイ!」
「やったよぉ、練習の成果を見せられる!」
「やったね、クラリス!」
「閣下!やったのです。閣下は、私たちは・・・」
そうです。
わたしたちは、ガクエンサイを守ったのです!
しばらくの間、ワグナス教官が止めないのをいいことに大騒ぎ。
わたしもリトやエミルたちと抱き合って喜んで。
そして復職する主任教授の怒声を浴びることになったのです。
余計なオマケつきの。
「うるさいぞ!・・・まったく、これだから女生徒は!あの男の提案なんかに賛成するべきじゃなかった。」
意外に仲、悪くないのかも?お二人。