第3章 クラリスとクラスメイトと「光害」事件 その1 新任の教官
第3章 クラリスとクラスメイトと「光害」事件
その1 新任の教官
2学期の始業式が終わり、新任式が始まりました。
新任?どなたか新しい教官の方が着任するということです。
級友たちがキョロキョロ、ザワザワと落ち着きがなくなり、イスオルン主任教授にたしなめられます。
そんな雰囲気の中、ノロノロと演壇に着いたのは・・・ありえないのです。
「あ・・・えっと・・・僕が、フェルノウル、です・・・よろしくお願いします。」
しかし、あの黒い髪にいつもの黒いシャツとスラックス、それに白ネクタイと黒マントという教官の印をまとった人物は・・・。あの人前での気弱気な話し方も・・・。
「フェルノウル教官には、「魔術原理」と「術式の書方」の一部を担当していただきます。」
セレーシェル学園長が大人っぽい少し低い声で、お話ししています。でも
「なんで叔父様が・・・。」
気のせいです。目の錯覚です。幻影に決まってます。
あのひきこもりで面倒くさがりで女性嫌いで魔法を使えない叔父様が、この女子魔法学園の教官!
しかもわたしに内緒で!
そんなことは、夏のエスターセル湖が氷ついて、伝説の湖の精霊が巨大な氷像になるくらいありえないことなのです。
そんな景色を想像して、めまいを起こしたわたしは、隣のシャルノに支えられました。
「どうしました、クラリス?夏バテでもしたのですか?」
「これは気のせいです。目の錯覚です。幻影に決まってます。」
ひたすらそう繰り返すわたしは、そのままシャルノに救護室に連れていかれました。
夏休みの「あの事件」の後、わたしはそのまま10日ほど実家で穏やかに過ごしました。
ただ、夏休みと言っても、魔法学園では2週間ほどしかありません。
その後、ヘクストスに戻ると、もう終わってしまいました。
そして級友と再会し、楽しく始まった2学期・・・それは20分で終りました。
この後にやってきたのは、激動の2学期の始まりでした。
「これは気のせいです。目の錯覚です。幻影に決まってます。」
救護室のベッドに寝かされながら、なおもそう繰り返すわたしに、担当のスフロユル先生もシャルノも、不思議な生き物を見る表情です。
わたしは新種のUMAでしょうか?
そこにエミルとリトも様子を見に来てくれました。そして
「どうしたの?コレ?」
エミル、コレはひどいです。
「故障中?」
リト、わたしはモノですか?見たままストレート過ぎです。
「始業式か新任式で何かあったの?」
スフロユル先生がわたしに聞きます。
わたしはピタッと止まって何も答えられなくなりました。
だって、あれは気のせいで、目の錯覚で、幻影に決まってるのですから。
しかし、シャルノが言ってしまいました。
「そう言えば、新任の教官が自己紹介なさった時、急に・・・。」
「それ・・・まさか?」
リト!?気づかないで。言わないでください。
「運命の出会いね!?なに、あの教官にひとめぼれとか?」
・・・エミル。その発想はどこから来たのです?
でも、みんなその話題に食いつきました。そういう年頃ですから。
「クラリスはああいうのが趣味なのですか?意外ですね。エミルとリトはどう思いましたか?」
ああいうの?どういうのですか?少し癇に障ります。シャルノ。
「そうね・・・年はまあまあとしても、オドオドして、めっちゃ頼りない。」
「うん。情けない。」
その後、しばらく「もっと若いのが」「もっと背が高い方が」「暗い」「生白い」とかの批評が続きます。
それが増える度に、わたしのこめかみがなぜかピクピクと震えるのです。
そして「挙動不審」という言葉とともに、ついに、わたしの中で、何かがプチッと切れた音がしました。
「エミル!リト!そんな言い方はないでしょう!仮にも教官で、わたしの叔父様に向かって失礼は許しません!」
わたしはベッドの上にすっくと立ちあがり、3人のお友達を睥睨します。
わたしが言う分には、ひきこもりでもコミュ障でもいくじなしでも一向にかまいませんけど。
「クラリス復活。」
「この子は本当に怒ると別人ですね。」
「ていうか、今叔父様って言ったよ!」
あ?・・・。
「「「叔父様!?」」」
3人が口をそろえて驚愕します。スフロユル先生が、困っています。
「口止めする前にばらしますか。この子は。」
それは・・・先に教えてくれればいいのではありませんか!
「では、あれが、クラリスの叔父様ですか!・・・7月のエスターセル女子魔法学園爆発事件、そしてエクセスの怪眠事件、その真犯人の!」
「シャルノ、怪眠事件のことをなぜ知ってるの!?」
あれは学園がきちんと隠蔽、いえいえ後始末してくださったはず。
「有名。クラリス認識不足。でも。」
「うん。それがクラリスの叔父様が犯人だったのは、あたしもみんなも初耳。」
「ですが、かなり人物像を書き換えなくてはいけませんわ。」
「うん。もっと格好いい人かなって思ってたよ。」
「いえ。もっと変人だと想定していた。」
・・・みんな、わたしが語った叔父様の話をどう聞いていたのでしょうか?
「怪人です。」
「奇人ね。」
「変人。」
・・・否定はできませんが、腹が立つのはなぜでしょう?
それでも3人とも新任のフェルノウル教官がわたしの叔父様だということは内緒にしてくれると約束してくれました。
もっとも
「そのうち詳しい話をいろいろ教えてくださいね。」
「ていうか、一番ばらしそうなのって、クラリスだよね。」
「シャルノに同意。エミルに賛成。」
・・・はい、気を付けます。
そして、その日の3時間目に早速「魔術原理」。
最初のフェルノウル教官の授業です。
しかし、教官こと叔父様は、自己紹介もなく、小声でボソボソと難解な魔術用語をつぶやき、膨大な量を板書していきます。
もともと新任式の自己紹介が不評だったこともあり、10分もしないうちにクラスメイトの不満が目に見えて高まっていきます。
人前が苦手。しかも相手が初対面、大勢、若い娘という三重苦です。
本当になんで教官なんて引き受けたのでしょう?
いえ、なんでこんな人に教官なんてやらせようとするのでしょう?
でも、その自覚はちゃんとあったようで・・・感心にも・・・対策は立てたようです。
しかし、その対策が最悪。
授業に当たって助手を連れて来た叔父様は、その助手に自分が小声で話している講義の内容を代弁させています。
ですが、その助手とは、わたしたちよりも見るからに幼く、犬耳に尻尾をつけた半獣人!
メルなのです。
メルは新調のメイド服という、かわいらしい姿で、皆の視線や表情に無頓着なまま、愛らしく澱みなく話し続けます。
わたしたちとの温度差がすごいのですが、全く気にしない。
彼女が気にするのは叔父様だけですから当然なのですけど。
少し離れた席からシャルノがわたしをにらんでます。
気持ちはとても分かります。わたしだって同じです。
あんな侵略者の末裔の半獣人が、栄誉ある魔法学園・・・まだ1年目ですけど・・・の授業の助手をしている。
しかも明らかに自分たちより年下!
バカにされてるとシャルノが、いえ、みんなが思うのは当然です。
しかも隣のエミルやリトもわたしに小声で苦情を言います。
「クラリス・・・今どきこんな講義ばかりの授業、みんなめっちゃ嫌がるって。」
「エミルが正しい。実習したい。」
そう、ここは軍の経営する魔法学校。
民間の魔法学校にはできない、最新の魔法実習設備があり、かつ10月に始まる戦場実習の前にもっと実戦的な授業を望むみんな・・・わたし自身も・・・にとって迂遠で退屈な座学は、嫌われて当たり前。
ここの講義室ですらかなりの魔法演習ができるくらいの広さや設備はあるのに。
クラスの不満がますます高まっていきます。
これでも軍学校なので、上下の秩序に厳しいわたしたちですが、限界があります。
「教官殿に質問があります!」
ついにシャルノが我慢しきれず声を上げます。
叔父様は、教本から目を離し、プラチナブロンドをひるがえしながら立ち上がる彼女を見つめます。
「きみは?」
・・・生徒の名前くらい覚えてください。20人しかいないクラス。
しかも新設校でまだ1年生1クラスが全校生徒の小規模校なんですから。
いくら人の顔にも名前にも興味がない世間知らずのコミュ障でも、教官をするにはそれくらいはやってほしいのです。
まして、伯爵令嬢でクラスきっての美少女でクラス委員。
シャルノが怒るのは当然です。
「失礼しました。教官殿。わたくしはジャゼリエルノス・デ・テラシルシーフェレッソと申します。質問のご許可をお願いいたします。」
抑えた声で話すシャルノは、いつもと違って少し怖いです。
いつもは礼儀正しさを残しながらも気さくな暖かさを感じさせるシャルノが、今は、とても冷たい印象なんです。
「はい。どうぞ。」
でも、それに全く気づかない叔父様・・・。さすが20年もひきこもってるだけのことはあります。
「教官殿。我がエスターセル女子魔法学園は、異世界からの侵略者と戦う魔法兵の育成のために創設された軍の学校です。それなのに、教官殿はなぜ敵の末裔である半獣人を助手として扱うのですか。さらに申し上げれば、我々学生よりもみるからに年下の、そんな子どもに授業の手伝いをさせるとは、教官殿はわたくしたちを侮辱しているのですか!」
叔父様を冷然と見つめながら、そう言い放つシャルノに、クラスのみんなが拍手しています。
エミルとリトもわたしを気にしながらも、小さく拍手しています。
拍手しないわたしを、シャルノが見つめています。
でも・・・。わたしは毅然とシャルノを見つめ返すのです。
気持ちはわかりますが、あなたが気づかないこともあるのです。
これはひいきではありません。
そんな緊迫した中で、叔父様の声が響きます。あ、ちょっと本気の声です。
「では、きみの質問にお答えします・・・ええっと・・シャゼ・・・」
「シャルノで結構です!」
「愛称で呼ばせていただくのは気が引けるけど、すまない・・・シャルノくん、ね。」
叔父様が何か話すたびに室内の気温が急変していくのがわかります。
本人以外には。当のメルはというと、自分が話題と言うのに変化なし。
この子はブレないのです。叔父様以外無関心。
今みたいに半獣人と非難されても平然としています・・・不自然なくらいに。
「まずキミは魔法学園の本分を間違えている。」
あ・・・今、心の室温が100度くらい上がった気がします。
「シャルノくん。軍学校としての魔法学園の本分とはなんだと思いますか?」
「敵に、侵略者に勝つことです!」
「そうです。軍にとっては、敵に勝つこと。教官の僕にとっては、キミたちを死なせないこと。それがここでの授業の本分であり目的です。」
「だったら、なぜ、半獣人を!」
「この子は敵ではない・・・あなたはこの子が敵の、侵略者の味方であるという証拠を持っているのですか?」
「その耳と尻尾が証拠です。」
「じゃあ、僕が仮装して耳と尻尾をつけたら僕も敵なのですか?」
ぷっ。その光景を想像したわたしは思わず吹き出してしまいました。
「し~~っ。」
エミルとリトにたしなめられます。不謹慎だったようで、シャルノにもにらまれてしまいました。
ゴメンなさい、と頭を下げます。
「見るからに敵の痕跡をつけたまま、潜入する、そんな敵がいると思いますか?」
「・・・いません。ですが、敵の末裔です。」
「だけど、人の子でもある!」
ドン!叔父様が教卓を強くたたきます。
叔父様は怒っているのです。
「確かにこの子は獣人、狼獣人の血をひいている。でも、後の半分は人族の血だ。なぜだれもそこを見ない!そして、彼女が術式の詠唱で唱える真名は、人の子なんだ!シャルノ、みんなも、術式での真名で偽ることは出来るのか?教官として聞く。人族の魔術師を名乗るのならば、心して答えろ!」
叔父様は、真剣に問います。もちろん、答えられるはずがないのです。
彼女の詠唱での真名が「人の子メルセデス」と聞いたわたしが、違和感を持ちながらも認めざるを得ない真実です。
そんな、誰一人答えられない沈黙が続き・・・。
そんな中で、メルは目を伏せたり表情を変えることすらしません。
講義の内容を代弁した、その時の姿勢のままです。
ですが、今はその瞳から一筋の涙が流れています。
あの叔父様の「人の子」という言葉を聞いた時から。
それを見たシャルノは、いえ、エミルもリトも、他のみんなも、顔を伏せていきます。
「誰も答えられないだろう。半獣人を全て敵とするのは、無責任で無分別。言われない差別だ。敵味方の区別すらロクにしないまま、まして不正確な情報で戦うのは、負ける戦いだ。軍も魔法学校も負ける戦いを行うのは本分ではない。なにより僕が許さない。そして僕は信じている。人族の社会で暮らし共に手を携える限り、本来、人に貴賤はない。」
叔父様の声は、厳しいまま。ですが、メルの頭に手を伸ばし、優しく、本当に優しく撫でています。
メルは眼をつむり、叔父様の愛撫に応えているようです。
いつしか泣き止んで、耳も尻尾もわかりやすく喜んでいます・・・こんな時くらい慎んでほしい。
わたしは、その光景を見て、つい立ち上がり、発言してしまいます。
「教官殿。わたしはクラリス・フェルノウルと申します。そこまで教官殿が仰るのであれば、その半獣人に術式の行使をさせてください。もしも人の子として詠唱し、術が行使されるのであれば、人の一族なのですし、また、その魔術の威力が高ければ、助手としての能力を疑うものではありません!」
叔父様は、しばらくわたしを見つめ、いえ、クラス中がわたしを見ます。
「ク・・・っと、フェルノウルくんだったね。」
下手です。他人のふりが。いかにもです。エミルとリトが笑っています。シャルノも呆れてます。
「では、この子に「光」の術式を行使させる。その結果で判断してもらいます。それでいいね。」
叔父様の言葉に、異議を唱える者は誰もいませんでした。




